エース娘コンバットダービー   作:Jeep53

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ーーー理解したいのだよ、敵を



この度、またまたとりか様より支援絵を頂きました!勝負服姿のアルカンジュてす!本当にありがとうございます。とても嬉しいです!

【挿絵表示】




MISSION 18 「領域(ゾーン)

 「トレーナー、ちょっといいだろうか」

 

人気のない例のコースからトレーナー室に戻った私はトレーナー室の扉を勢い良く開けた。

 

「アル?どうしたんだ?メニューならまだ…」

「いや、不思議なことがあったんだ」

「不思議な…?あっ」

 

 トレーナーは壁にかけてあるカレンダーを見て納得、といった顔をした。脇に座っているシリウスも訳知り顔だ。リットは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているが。

 

「当ててやろうか、アル。なんか記憶があやふやになって強くなったんだろ」

「…よく分かったな」

 

 シリウスがやはり、と呟いて笑い、トレーナーと顔を見合わせていた。大分距離が近いな…トレーナーとシリウス。なんだか胸の奥がモヤモヤと…いかんな、まるで思春期真っただ中の女子中学生みたいな感情じゃないか。*1

 それはそうとして、なぜ分かったのだろうか。

 

「なんで分かったんだ、って顔だね。実はね、クラシック期のこの時期は本格化とは別の原因不明の身体強化が起こるときなんだ。効果の大きい小さいはあるけれど、どのウマ娘も強くなるんだよね」

「私もそうだったからな。よく覚えてないが」

 

 …なる…ほど?にわかには信じがたいがそれを経験した当の本人であるし、否定する気はない。そして全員か。ならテイオーもまた強くなってるのか。ぬか喜びだったな。

 

「大方テイオーに勝つための足掛かりになるのでは、と思ってここに戻ってきたんだろ?そう落ち込むなって、全く役に立たないわけではないんだ」

「あぁ…分かった。あともう一つ…」

 

 私はトレーナー達に向正面で見えたHUD…現実にはあり得ない視界の話をした。シリウスにはバカにされるかもしれない、と思っていたのだが…。

 

「オイ、それは本当か?」

「アル、本当?」

「あぁ。一瞬だったが見えた。間違いはない」

 

 二人とも驚いているようだった。そして次には悪戯っぽい笑みを浮かべ、トレーナーに至ってはガッツポーズをしていた。何だ、いったい何だというのだ。

 

「アル、それは領域(ゾーン)といって、優秀なウマ娘のみが持つ必殺技みたいなものだ。それをコントロールできるようになればテイオーに勝つのも夢じゃないぞ」

「何!?それは本当か?」

 

 食いつくように反応した私に二人は首肯した。リットも雑誌から顔を上げ、興味津々だ。

 

「私達は今その領域をどうやって発現させるかって話をしていたんだ。きっかけさえ掴めてんなら話は早い。…だろ?トレーナーさんよ」

「そうだね。…でもトレーニングの前にちょっと領域について学んでおこうか。これはトレーナーマニュアルに載ってることだから今すぐできるよ。いいかい?」

「あぁ」

 

 トレーナーの言葉に短く応え、案内されるがままにホワイトボードの前に用意された椅子に座る。ちゃっかりとなりにリットも鎮座している。シリウスはマーカーを持ったトレーナーの後ろで後方腕組み師匠面をしていた。

 ホワイトボードに大きく領域と書いて丸を付けたトレーナーは私たちに向き直った。

 

「さっきも言ったけど、アルが一瞬体験したそれは領域と呼ばれる一種の超集中状態の事だ。競争ウマ娘がレース中に展開するものの事を指すよ。この領域は世代最強とか、またはそれに準ずる実力を持ち合わせるウマ娘しか持つことができない…というよりも、強いウマ娘でないと発現させることができないんだ。こればっかりは素質だね。強くてもレース中にある程度の冷静な思考を保つ必要があったりするらしく、強くても発現できないこともあるから、この領域を持っているのはほんの一握りなんだ」

「領域を持っている奴らで代表的なのは皇帝サマ、スーパーカー、葦毛の怪物、白い稲妻だな。あと私も持ってるぞ」

 

 シリウスが得意げに言い放つ。とても気分がいいらしく、普段見せないドヤ顔である。

 

「とまぁ、こんな風に誰でも知っているようなウマ娘が持ってる必殺技と思ってくれればいいかな」

 

 マズいぞ。例として挙げられた後半二人を知らない。

 

「一個上の世代…リットの同級生達だね。そこにはいっぱいいたけど、アルの世代ではまだ領域を獲得したという情報は入ってきていない。もしかしたらアルが初になるかもね」

「俺の同級生そんなヤベー奴らいたのか…知らなかったぞ」

「…リット…」

 

 呆気に取られているリットを見てトレーナーは頭を押さえた。すまないな、どうもこの世界の常識には疎いんだ。

 

「話を戻すぞ。それで、領域というものは大きさ、規模という概念がある。一番小さいものは自分の視界にちょっと現れる程度の物。アルが経験したやつだね。それは自分のちょっとした強化とかが主作用として知られている。次に大きいのが自分の視界を全部塗り替える程度の物。これはワンランク下の奴よりも強い強化が主作用の物。それで次はレースをしているウマ娘全員の視界を塗り替える程度の物。これは自身の超強化、または相手への弱体化が主作用だね。このランクのものを所持しているウマ娘達が所謂世代最強と呼ばれるレベルの子達だ。さっき挙げられた4人とか…あ」

「その4人の中にはもう一個上がいんだろうが」

「そうだった、ごめん。あー、で、今シリウスが言ったもう一個上、これが現在確認されている中で最も強力な領域で、レース場全体…つまりは観客席にいる人たちの視界も塗り替えてしまう規模の領域だね。主作用はまぁ、超強化と超デバフかな」

 

 ふむ。つまり領域という必殺技みたいなものはランクが4つあるのか。

 

「それでここからが面白いんだけど、領域というのは発動者の心象世界を現実に映し出すと言われているんだ。だから個人個人で効果が違うんだ。誰一人として同じ領域はないんだ」

 

 やはりこの世界は面白い。そんな非科学的な事象がまかり通っているのだから。どうせなら私も強力な領域が欲しかったが…先ほど見えたのは自分の視界に映り込む程度の物、つまりは一番下と説明された物だろう。これで勝てるのだろうか。

 

「そして領域というものは成長させることができる」

 

 なんと…!?

 

「もちろんそのウマ娘によって上限は決まっているけどね。発現した最低レベルのまま終わってしまう子もいればかなり成長する子もいる。まぁ結局素質なんだよね子の分野は」

「ちなみにだが私の領域は上から二つ目だ。勝ちこそ上げられなかったが私は海外で活動していたことがあるからな。それにダービーも勝っている。それなりに強いんだ」

 

 シリウスが本日二度目のドヤ顔を披露してくれた。この言いぶりからして海外行きと東京優駿勝利は珍しく、栄誉なことなのだろう。

 

「ということで!アルには今日から領域を成長させるトレーニング漬けになってもらうよ。正直基礎ステータスは十分すぎるほどだからね。主にスタミナ」

「いつだったか、スーパーカーとの練習で結構本気のあいつに追いついていたもんな。まあ十分か。…だがそれをもってしても追いつけねえテイオーとやらは相当に化け物だな」

「見てたのか…」

 

 確かに私の基礎的な実力はそれなりにあると自負している。皐月賞もあと5m長かったら私が勝ってただろうしな。そこに領域を足せば…よし、やるしかあるまい。

 

「ただ…」

 

 だが、トレーナーは表情を暗くし、言い淀んだ。

 

「テイオーも領域を実践レベルにまで仕上げてくるかもしれない、という話だろう?」

「よく分かったな、アル」

 

彼女の事だ。素の性能を100%引き出せるようになったところに皇帝…生徒会長の指導が入っているのだ。領域所持筆頭として紹介された彼女がトレーニングに関わっていることからテイオーは東京優駿までに領域を身に着けてくることだろう。恐らく大きいものを。

 

「なぁに、上から二番目くらいまでの奴をキング…アルが習得すれば最悪相殺で終わるだろ。そうだろ?シリウスさんよ」

「フン、まぁそうだな。会場全体を包むようなデカい領域をクラシック級で仕上げてくるとは思えねえな。いくら皇帝サマと言えど無理だろう」

 

 言い草からして、会長が会場全体を包む領域の所持者か。流石会長の座に収まってるだけはあるな。もしかしなくても私たちは相当強いタッグを敵に回しているのかもしれない。

 純度100%の素質をいかんなく発揮できる機体(テイオー)熟練パイロット(生徒会長)。沖野トレーナーも相当な実力者だが立ち位置としては整備士あたりであろう。

 

 だが、私はそれを超えて見せる。前世の感覚と、今世の努力によって。

 

 全く、年甲斐もなく楽しくなってきてしまう。前世では誰かの実力的な背を追いかけることなどほとんどなかったからな。

 

「それじゃ、領域成長トレーニングについてだけど…。これは今の状況、強力な助っ人がいる場合ではいたって簡単なんだ。自分より速いウマ娘、シリウスと並走して、追い詰めてもらう。アルの場合は引き離してもらう、だな。その時に勝ちたい、とか、追いつきたい、という気持ちが沸き起こったときに領域というのは発現する。発現したらそれを維持、拡大するイメージを頭の中に浮かべるんだ。その世界に入り込もうとすればいい」

「トレーニング相手なら任せな。絶対お前じゃ追いつけないだろうから丁度だろ」

 

ーーー

 

 トレーナーの説明とシリウスの挑発を受けた数分後、リット含む私たちは例のコースに来ていた。相変わらず人はいない。全く便利なコースである。

 

「ちぎられる準備は良いか?アル」

「あぁ。行こうか」

 

 二人で不敵な笑みを交わした後、簡易ゲートに収まり、トレーナーの合図を待つ。リットはコース端で見学である。

 

「よぉい…スタート!」

 

 トレーナーの掛け声とともに簡易ゲートが軽い音を立てて開く。瞬間、私の脇を風が駆け抜けた。

 シリウスである。大きな口を叩くだけあって、やはり速い。当たり前だが、手を抜くことはできない。

 

 先ほどトレーナーの言っていたことを頭の中で反芻する。勝ちたい、追いつきたい、などの気持ちによって発動したものに対し、その世界にのめり込むようにするのだ、と。私が視認したのは見慣れたSu-30SM(フランカー)のHUD、つまり私の心象世界は空である可能性が高い。なんだ簡単なことではないか。前世に還ったと思えばいいのだ。空なら何十年も飛んでいた。

 

 向正面に入り、前を走るシリウスとの差は5バ身ほど。さて、ここで簡単なイメージトレーニングをしてみよう。私を前世の私として、Su-30SMに乗っているとする。そして前を走る彼女を敵だと仮定する。敵をどうするべきか?そう、撃ち落とすだけだ。

 瞬間、先ほど見たHUDが視界に映り込んできたのでより一層、自分は飛んでいるのだと、目の前には戦闘機を駆る的がいるのだと思い込む。するとどうだろうか、先ほどよりもHUDの表示が鮮明になったではないか。

 

(まだ…足りない)

 

 脚の回転を上げ、追いつこうとするが、瞬間彼女の姿が消えた。コーナーに入ったのだ。

 私は慌ててストライドを狭め、コーナーに入る。小さな領域は霧散し、いつも通りの視界に戻った。彼女との差は縮まらない。

 

(最終直線…行けるか?)

 

 一足先に立ち上がった彼女の背を追うように加速する。瞬間また出てくるHUDは、先ほどよりもさらにはっきりとした物だった。だが、何か足りない。というよりかは、この小さな領域に入ることで得られる強化が小さすぎて彼女に追いつくことができない。

 私はそのまま、彼女に4バ身程差をつけられて負けてしまった。

 

「アル、お疲れ様。どうだった?」

「ダメだ、小さい領域ははっきりと出るようになったが如何せん効果が弱すぎる。恐らくだが一バ身程度しか縮まっていなかっただろう?」

 

 “最初の一本目ではっきり出せるようになるってすごいんだけどな…”と呟くトレーナーを後目に、私はクールダウン中のシリウスに話しかける。

 

「シリウスは領域を使えるんだろう?コツとかを教えてはくれないだろうか?」

「コツか。私の場合相手をどうやって抜かすかを考えてれば自然と入っていることが多いから明確なアドバイスはできないが、強いて言うなら思い込みだ。ずっと深く、精神世界に閉じこもる勢いで思い込むんだ。今自分はその世界に居て、レースに勝たないと死ぬくらいの覚悟をしてやってみろ。きっと成長するはずだ」

 

 レースに勝てなければ死ぬ、か。作戦を完遂できなければ死ぬ…何度かあったな。

 

「よし、やってみよう」

 

ーーー

 

 「…ダメだ。足りない。何かが足りない」

 

あれから十本ほど走ったが、HUDの表示が鮮明になったところから何一つ進みやしない。だが私の領域の成長限界がここではないのは確信している。というのもHUD表示以外にも空の色のようなものや、戦闘機のコックピットフレームのようなものが視界の端に見えてきているからである。だが、その段階に至るのに何かが足りない。その何かが分からないのだ。

 

「今日はこのくらいにしておこうか。これ以上やると身体にダメージを残しかねない」

「…分かった。また明日にしておこう」

 

 トレーナーからストップがかかり、今日のトレーニングはこれで終わりとなってしまった。私はモヤモヤとしたものを胸の内に抱えながら帰路につく。

 いったい私に何が足りないのだろうか。思い込みの力だろうか。分からない。いくら考えても、分からない。

 

ーーー

 

 「ただいま戻った」

「おぅ、おかえり」

 

先に部屋に戻ってきていたゴルシに出迎えられ、私はそのままベッドに倒れ込んだ。シャワーは浴びたので綺麗なのである。

 

「どしたんアル。だいぶ落ち込んでるじゃーないの。このゴルシ様にそうだんしてみ?パパっと解決しちゃうゾ♡」

「いや…実は…」

 

 領域の事を言いかけて、やめた。彼女はテイオーが所属するチーム「スピカ」の一メンバーであることを思い出したからだ。ここで領域について話してしまえばテイオーを刺激することになり、より一層勝ち筋が薄くなるのではないか、そう思ってしまった。

 

「…いや、何でもない。忘れてくれ」

「なるほどなぁ、確かに領域って難しいもんなぁ」

「そうなのだよ………うん?今なんと?」

 

 ハッとして彼女の方を見ると、ニヤニヤとこちらを見ながら笑っていた。ちょっと待て。なぜ知っているんだ。これもうテイオーに伝わっているのでは?

 内心大量の冷や汗をかいている私の気持ちなどよそに、ゴルシは話を続けた。

 

「いくら難しいと言ってもオメーは難しく考えすぎだ。軽くでいいのよ。かるーく、ふわふわと」

 

 そう言ってゴルシは空中に浮いた。私は考えることをやめた。

 

「現実的に考えすぎてんだよ。HUDが見えたからと言ってここは現実、そういう意識が心のどっか奥にあんだろうな。だから大きな領域に変化しないし、ミサイルも撃てない」

 

 そう言って彼女はベッドの上に着地した。

 なぜここまで鮮明にバレているのだろうか。練習コース周りに人はいなかったはずなのだが。そして私の領域は自分にしか見えない程度なのだが…。うむ、考えるだけ無駄か。こうして敵チームの相談に親身になって…くれているよな?まぁいい、それだけでありがたいと思わなくては。

 

「それに、領域はそのウマ娘の心のうちの理想を極限状態の活力として速さに生かす代物なんじゃよ。変に現実めいていては成長する領域も成長せんよ。ふぉっふぉっふぉっ」

 

 白ひげを生やしたゴルシはそう宣った。

 理想…か…。確かに、前世の記憶に頼りすぎていたかもしれない。こう飛びたい、こうしたい、と願うことが大事という事か。

 

「ありがとうゴルシ。道が開けた」

「なぁに、いいってことよ」

 

 いつの間にか元の姿に戻ったゴルシはいつものように悪戯っぽい笑みを浮かべてそう言った。全く、明日の練習が楽しみだ。

 

「それはそうとアル、今日はツッコミがないぞ?どうしたんだ?」

「なんだ、構って欲しかったのか」

「違っ、ひゃぁ!?」

 

 逃げようとするゴルシを捕まえてその頭を膝の上に乗せる。これで彼女は大人しくなるのだ。

 以降、飯の時間になるまではゴルシを構う時間となった。知っていたか?彼女は孫を構うようにしていると意外とかわいい声を出すのだ。この時間は私の至福の時の一つでもある。

 先ほどの真面目…真面目だったか?…な彼女から一転して、まるで身内に甘える子供のような態度になってしまった彼女の頭を優しくなでる。孫にこうしたことが何回あっただろうか。こうも幸せな気持ちになれるのならばもう少し時間を取ってやるべきだったかもしれないな。

 

「アルじーちゃん」

「!?」

 

 ゴルシの口からこぼれた言葉に思わず肩が跳ねた。

 

「なんか安心すんだよな。アルの雰囲気。よく分かんねぇけどよ」

 

 どうやら杞憂だったようだ。心臓に悪い。前世だったら心臓麻痺で死んでいたかもしれないな。笑えん。

 しばらく膝枕を続けているとゴルシは静かな寝息を立て始めてしまった。どうしたものか。動くに動けない。いつもはある程度経ったら勝手に起きてくれるのだが…。まぁ、たまには悪くないか。

 

 そうして食堂が閉まるギリギリの時間まで私たちは部屋にいることになったのだった。起き掛けゴルシの「寝ちまったぁ!?」は傑作だったと言っておこう。

 

ーーーーー

 

 日付は変わって現在時刻は朝の五時。私は寝ているゴルシを起こさないようにそっと部屋を抜け出して朝練の最中である。別に、昨日教えてもらったことを早く試したかったとかそういう訳ではないのだ。断じてな。

 土手の階段を上り、河川敷の舗装道路に入る。この場所は試すにはちょうどかもしれない。

 

 集中。ここを空の上だと、私が描く理想の空の上だと思え。ここではすべての事象が私の思い通りに動くのだ、と。動かなければ動くように仕向けてやる。

 私の視界にHUDが出始めたのを確認し、一瞬目を瞑る。次に目を開けたとき目の前に広がっていた景色は…。

 

 純白の雲を下に見る、綺麗な、綺麗な、空の上だった。敵はおらず、悠々と自分は飛行している。そう、Su-30SMを駆って。

 

「あぁ…これだよ。私が求めていたのはこの透き通った空だ。あぁ、懐かしい」

 

 若いころ、国の動乱に嫌気がさし、知り合いだったパイロットに頼み込んで飛んでもらい、その時に見た空によく似ている。どこまでも蒼く透き通っていて、邪魔するものは何もない。私が、最初にあこがれた空だった。

 それが、今私の視界一杯に広がっている。あの時好奇心に目を輝かせていた私に笑いかけていたパイロットはいないが、それでも余りある感動が私の胸を満たしていた。前世では、その後の動乱の連続によって二度と見ることができなかったこの空。思わず目頭が熱くなった。

 できるならば、この世界にずっと閉じこもっていたいが、そうもいかない。そろそろランニングの折り返し地点だからだ。領域のおかげか、いつもより早くついた折り返し地点にて領域をグレードダウンし、視界に広がるHUDに戻す。一度感覚をつかんでしまえばコントロールなど容易。そのまま先ほどの空の様に晴れた心で、私は学園へと針路をとったのであった。

 その日の授業の私はいつになく嬉しそうだったらしく、クラスメイトは揃って不思議そうに首をかしげていた。

 

ーーー

 

 「驚いた。一日経つだけでこうも領域がアップグレードされるとは…」

「ハッ、これはダービーが楽しみだな。いったい誰に教わったんだ?」

 

 午後、トレーニングの時間になって領域を披露した。自分周辺どころかトラックの対面にいるトレーナーにも私の空は見えたようで、トレーナーは困惑の表情を、シリウスは獰猛な笑みを、リットはまぁこうなるよな、と言った表情をしていた。

 

「ゴルシにヒントをもらってな。だからまぁ、スピカに私が領域を持っているという情報は伝わっていると考えていいだろう」

 

 これにはトレーナーも少し渋い顔をした。だが領域が完全に開花したというメリットが大きすぎるので、些細な問題とされた。領域の中身を知っているのはチームメンバーだけなので、そこまで心配することもないだろう。

 

「よし、一つ私とレースをしてみよう。昨日は私の圧勝だったが、今なら僅差くらいにはもっていけるんじゃないか?」

 

 シリウスがそう言い、領域トレーニングの最後の締めくくりとして模擬レースが組まれた。といっても昨日やったような二人だけのレースだが。

 

 スタート。まずはシリウスが私を引き離しにかかる。ここは無理について行かず、向こう正面までは抑える。向正面に入ったら、領域を展開し、相手を自分のフィールドに取り込む。

 領域が広がって彼女を取り込む際、彼女は一機の戦闘機となった。あとは、墜とすだけだ。

 コーナーで差を詰め、最終直線で射程圏内に捉える。

 

「FOX2」

 

 ワンヒット。戦闘機(シリウス)から煙が上がり、速度が目に見えて低下する。前世の感覚で即座に2発目を叩き込みそうになるが、今は必要ない。あくまでこれはレース、抜かせばいいのだ。

 速度が低下した戦闘機を追い抜き、3バ身差をつけて私はレースに勝利した。

 

「速度が上がるだけじゃないのかよ…クソッ!んだよあのうるさいアラートは!」

 

 シリウスは超が付くレベルで悔しがっていた。まぁそれもそうだろう。彼女ほどの負けん気が強い奴は負けると大抵こうなる。掴みかかってこないあたり良識はあるようで安心した。前世ではしょっちゅう暴力沙汰が起きていたからな。

 

会場全体を包む(最大レベルの)領域で、スピードが上がって、相手のスタミナもミサイルで削る…これは面白い。対処法がねぇな!」

「ははは…」

 

 リットは大笑いし、トレーナーは乾いた笑いを漏らしている。私は知っている。この笑いがどうしようもない力を前にしたときに出る本能的な笑いであると。

 

「アル、お疲れ様。明日からはダービーに向けたトレーニングに切り替えていくから、そこんとこよろしくね。…それとリット」

「ん?」

 

 トレーナーは負けたシリウスを煽りに行っていたリットに向き直り、こういった。

 

「君のデビューも近い。ダービーと同日だから、追い込んでいくよ」

「場所は?」

「東京レース場。ダービーの直前だ」

「ほぉう、二レース連続で勝利してチームソルの名を轟かせようって魂胆だな?」

「そいつぁ面白れぇ。当日は私も見に行ってやるよ」

 

 その日の練習は、それでお開きとなった。残りは自主練と言い渡されたのでひたすらに坂路をリットと一緒に走るというとても成長が実感できるトレーニングをこなした。これをやっていると本当にずっと走っていられるようになるのだよ。

 

 領域も習得し、あとは東京優駿を待つばかりだ。トウカイテイオー。待っていろ、私が勝つ。

 

ーーー

 

 後日、河川敷周辺の近隣住民のほとんどが早朝、空を楽しそうに飛ぶ戦闘機の夢を見たという怪現象が都市伝説となったのはまた別の話。

*1
その通りである




領域(ゾーン)習得回でした。さぁ、これでダービーへの布石はバッチリと言ったところでしょうか。

以下性能。




固有スキル「いつか見た空」
持続時間
:任意の場所で発動、集中が続く限り持続する。
主要効果
:共通:最終直線で発動した場合、補佐効果の効果が上がる。
:Lv1:HUDを淡く自身の視界に表示する。
:Lv2:HUDを自身の視界に表示する。
:Lv3:レース出走者全体を包み込む自身が思い描くフィールドを展開する。
:Lv4:レース場全体に自信が思い描くフィールドを展開する。
:???:Unknown
補佐効果
:このスキルを発動している間は巡航速度が少し上がる。速度上昇割合は領域レベルに比例する。
:このスキルを発動している間に発動した既存スキルは効果が上がる。効果上昇割合は領域レベルに比例する。(例:AB(アフターバーナー):消費スタミナ量減少)
:このスキルを発動している間は兵装スキルが使用可能になる。(Lv3以上限定)
:このスキルを発動している間、フィールドに取り込まれた相手は威圧耐性が減少し、集中することが難しくなる。さらに、巡航速度をわずかに下げる。(Lv3以上限定)
:このスキルを発動している間、フィールド内の相手の視界には常時軽い警告が表示され、兵装スキルにロックオンされるとけたたましく鳴り響く。(Lv3以上限定)




兵装スキル:固有スキル(領域)発動時のみ使用可能。現在使用可能な兵装スキルは以下の通り。

AAM:標準的な赤外線誘導ミサイル。命中した対象のスタミナを削る。




 盛りすぎた気がしなくもないので、もしかしたら何かしらの効果が削除になる可能性が高いです。ご了承ください。すべては大雑把な計画しかなく、ほぼノープランな私が悪いのです。
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