キング…アルが
そして今日はダービーの開催日。トレーナーに連れられてきた東京レース場は過密だった。これが全てダービー目当ての人だと思うと、改めてレースの格式の高さを思い知る。
だがその日に開催されるレースはなにもダービーだけではないのだ。同じ日の違う時間に、色々なレースが開催される。ダービーはその中でも大トリ、つまり一番最後だ。そしてその一個前には俺のデビュー走となる、メイクデビューが予定されている。
正直言って、俺は緊張している。
トレーナーは気負いすぎだと言っていたが、油断は死に直結…この世界ではしないかもしれないが、まぁ、油断はダメだ。
「リット、調子はどうだい?」
「見ての通り、緊張でガッチガチだ」
控室にトレーナーが入ってきた。私は肩を竦めて応じる。口は回るが、正直今の状態で足が回る気がしない。初めての公式レースなのだから、という理由が通じないのは分かっているが縋りたくなってしまう。
「うーん…正直言ってこの状態になるのは予想外だったな…。実力的に今回はリットが一番強いはずだから…」
「でもレースに絶対はないだろ?俺は怖いよ」
今日の終わりには自信がついているだろうけど、と笑いながらいうトレーナーを後目に俺は瞑想を始める。走る前のルーティーンなんだ。これをやると気分がいくらか落ち着くのだ。
目を瞑り、精神を統一しようとしていると、いつもよりも俺の中にいる
(そうか、お前は楽しみか。それなら…勝たないとな)
「リット、そろそろ出走時間だ。用意はいいかい?」
「あぁ。任せとけ。アルの前座はしっかり飾ってやる!」
「瞑想前と心構え違いすぎない?え?別人?」
戸惑うトレーナーを控室に残し、地下バ場へと向かう。俺のバ番は二枠二番。早めに着かねえといけないんだ。
地下バ場に到着すると、もう大体の出走メンバーは揃っていた。特に顔見知りもいないので、彼女らとは話すことなく呼ばれる順番を待つ。…確か、アルはこの時間と紹介時間に相手の最終確認を行っていると聞いた。
『出走メンバーを紹介します』
ちょうどいい。アルに倣うとしよう。
『一枠一番、アードヴァーク』
差し策、最終直線で一気に差し切るタイプの差し。後半以外は気にしなくていいだろう。俺は先行だからな。
『二枠二番、サテリット』
呼ばれてステージへと上がり、手を前に伸ばし掴むようなしぐさをして胸元に引き寄せ、笑う。笑った後の礼は忘れない。アルが礼をした方がいいと言っていたからだ。
そのままゲートの方へ歩いて行き、アナウンスに耳を傾ける。
『三枠三番、デバステイター』
先行策。序盤での競り合いになるかもしれないな。
『四枠四番、フォックスバット』
差し策。競り合うことはないだろう。
『五枠五番、フォックスハウンド』
追い込み策。トレーナー曰くバカげたスピードで突っ込んでくるんだとか。要警戒だ。
『六枠六番、フロッガー』
前めをキープするタイプの先行策。序盤では位置取り争いをせずに先に行かせた方がいいだろう。
『七枠七番、ファルクラム』
先行、差し、追い込みの三策を使いこなすアルの同期のマヤノトップガンのような奴だ。今回は何で来るのか、予想がつかない。
『八枠八番、スピリット』
逃げ策。大外枠で可哀想だ。
なにやら聞き覚えのある名前ばかりだが、面識はない。全力で相手させてもらおう。
『晴れ渡る空の元、東京レース場ではゲートインが進んでいます。バ場状態は良。最高のコンディションと言えるでしょう』
『人気を振り返っていきましょう』
コックピットのような閉塞感のゲートに少し安心しつつ、アナウンスに耳を傾ける。
『3番人気、フォックスハウンド』
『学園内の模擬レースではかなりの好成績を残しているそうです。コーナーは苦手のようですが、期待したいところです』
直線番長かよ…。最終直線までに垂れてくれるとありがたいんだが。
『2番人気はこの子、ファルクラム』
『まさにマルチロール機といった柔軟な走りが特徴です。好走を期待しましょう』
やはりこいつか。先行だと競り合いになるから嫌なんだよなぁ…俺もアルみたいに追い込みやってみようかな…?……あ、無理?
『そして1番人気はこの子を置いて他に居ない、サテリット!』
『現在クラシック級で活躍中のアルカンジュのチーム、「ソル」の2人目です。走りのデータは少ないですが、その少ないデータではかなりの数値を出しています。楽しみです』
やはりアルカンジュの名前が出てくるか。いつかは俺も俺として紹介されるように、アルみたいに活躍してみせる…!…とは言っても、アル、まだG1勝ってないんだよな。G2だけでもすごいらしいが。
そんなことはいいんだ。まずは目の前のレースに集中しなくては。
『ゲートインが完了しました』
一瞬目を瞑り意識を整える。狙うは先頭から4番目、理想的な位置につくためにもスタートは失敗できない。
2番機の実力、見せてやる。
『ジュニア級メイクデビュー1800m…今、スタートしました!』
ガコン!とゲートが開くと同時にスタートダッシュを決める。比較的内枠であることも幸いし、スタート直後の順位は3番手、まあまあの位置と言えるだろう。
『先頭は大外枠をものともしない加速をみせた八番、スピリット。1バ身離れて2番手は六番フロッガー、すぐ後ろに二番サテリット、4番手に七番ファルクラム、5番手に三番デバステイター、その後ろ2バ身離れて四番フォックスバット、一番アードヴァーク、最後方には五番フォックスハウンドが控えています』
『かなり固まっていますね。コーナーでの接触などがないといいのですが』
ファルクラム…、先行策か。今ここで競り合うのは得策では無い。奴さんは前に行きたがっているようだし、順位は譲ることにしようか。
デバステイターとの距離はまだある。暫くは安定したレース運びになるだろう。
そろそろ第1コーナー、走法の切り替えの準備をしなくては。
『まもなく第1コーナーに入ります。順位は3番手に七番ファルクラムが繰り上がりまして、それ以外は先程と同様です。…おっと、二番サテリット。コーナーで加速しました』
『チームソルは2人とも走法切りかえができるようですね。驚かされてばかりです』
マズイ。前が遅い。だがここで仕掛けては後半スタミナが持たない。俺はアルほどスタミナを持ち合わせていないからな。無駄遣いは出来ないんだ。クソッ、速度が出せなくてイライラする。
『第2コーナーを抜けて向正面へ入ります。…おや、七番ファルクラム少し走りづらそうですね…おっと、六番フロッガー、スタミナ切れか?ズルズルと下がっていきます』
『だいぶ早いですが…背後のファルクラムが原因でしょうか』
『先頭は依然変わらず八番スピリット。快調に飛ばしていきます。2番手だった六番フロッガーが6番手にまで順位を落とした以外は特に変わり映えしません。穏やかなレースです』
ここで下手に動く必要は無い。先行を執っている俺が後方にできることもないので動いても損にしかならないのだ。
直線に入ってからスピードが少し上がった気がする。前を走る奴らが速度を上げたのだろうか。
『先頭集団の速度が上がりましたね』
『八番スピリットが加速しています。ロングスパートでしょうか』
『スタミナが厳しそうですね』
スピリット、ファルクラム、そろそろカーブだが、減速しないのか?
『向正面を終えて第3コーナーに入りま…おっと、八番スピリット、七番ファルクラムがオーバースピードで外に膨らんだ!すかさず二番サテリットがインを突いて順位が変わります』
『落ち着いて減速出来ていましたね。この時期にしては非常に完成された走りのように思われます』
オーバースピードを悟ってなんとか体勢を立て直そうとしている2人を抜き去って俺はトップに躍り出た。ちょっとばかし早かった気もするが問題は無いだろう。後ろの気配からしてデバステイターは詰めてきていたから、膨らんだ2人は恐らく軌道修正できずに垂れたはずだ。
次に注意するべきは…
『第4コーナーを回って最終直線へ!現在トップは二番サテリット、2バ身離れて三番デバステイター、四番フォックスバット、一番アードヴァークも上がってきた!六番フロッガー、八番スピリットと七番ファルクラムはスタミナが足りないか?』
『…おや?フォックスハウンドはどこへ…?』
…来やがった。
背後から明らかに回転数の違う足音が迫ってくる。だがピッチ走法では無いだろう。音からするにもう2バ身…いや、もう1バ身もねぇ!
フォックスハウンド…!
『おぉっと!五番フォックスハウンドが大外からカッ飛んできた!とてつもない末脚で一気に差を詰めます!』
『なんですかあれは!?最後方からまるで他が止まっているかのように追い抜いてきましたよ』
『並ぶようにして二番サテリットもスパートに入ります。両者譲りません!』
アルみてぇな加速しやがって…ぇ…!
負けない。負けてなるものか。何回俺が模擬レースでアルに墜されてきたと思ってんだ!当然逃げ切る末脚だって鍛えている!
走れ、飛ぶように、前へ!
『二番サテリット再加速!ジリジリと五番フォックスハウンドとの差を離していきます』
先頭は…譲らない!
『今ゴールイン!1着は二番サテリット、2着は五番フォックスハウンド!…3着は今ゴール、一番アードヴァークです!』
俺は倒れそうになる体をなんとか気力だけで立たせ、ウィナーズサークルまで移動する。
(…そうか、
心の中で会話しながら観客席に向かって一礼。アルのを真似させてもらった。気の利いたものが思いつかなかったというのはここだけの話だ。
ダービーの前座ということもあって、デビュー戦にしてはなかなかに多い観客の拍手や歓声に見送られながら、俺は地下道へと移動する。控え室前にはトレーナーが待ち構えていた。
「リット!デビューおめでとう!」
「ありがとう。そういやアルは?」
「アルなら自分の控え室で準備中。リットのウイニングライブが終わってすぐ出走だからね。早めの準備が必要らしいよ」
なるほど、だいぶタイトなスケジュールなんだな。アルに勝利のことを自分の口で言えないのはちょっと残念だが…まあ致し方ない。
「それじゃ、俺は着替えるから。トレーナーはアルの所にでも行ったらどうだ?」
「うーん…リットのライブも見たいんだけど…あぁ、体が二つ欲しい」
冗談めかして笑うトレーナーに思わずクスリと笑みがこぼれた。俺のことは気にせず行って欲しいと言うと、トレーナーはちょっと残念そうな顔をしながら去っていった。まあこの先ライブなんて沢山することになるんだ、そのどれかでも見てくれればいい…だろ?
その後、無事にライブを執り行ったのだが、なんと観客にはトレーナーの友人一行がご丁寧に俺の名前入の横断幕まで持って見に来てくれた。全力の応援がちょっと恥ずかしかったが、まあ嬉しかったことをここに記しておく。
さて、次はダービーか。早く着替えて俺も見に行こうっと。
所変わってここは少し前、東京レース場の観客席の一角。メイクデビューの様子を2つの黒い影が見ていた。
2人とも同じような動きでサテリットの動きを見ていたようだった。
「情報照合…結果、否。あの人じゃない」
「そう…なら、次のソルも見てみましょう」
短く言葉をかわすと、また彼女らは黙り込み、これから始まるレースを心待ちにしていた。
((この世界のことは分からない))
((でも私達の元となったあの人なら))
((何か知っているのかもしれない))
ある人を、探すために。
以上、サテリットのデビュー戦でした。
最後のやつは誰でしょうね。
お次はちょいとスレを挟んでダービーの予定です。今しばらくお待ちください。
ちなみに言うとテイオーは1991世代、ウマ娘内の学年を無視して史実に沿おうかなと思ってるのでリットは1992世代と走ることに……死ゾ。