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最も運がいいウマ娘が勝つと言われるクラッシックロードの二冠目。
一生に一度しか挑むことのできないその舞台では、毎年様々なドラマが繰り広げられている。
今年、数多の汗と涙の上に成り立つその栄光は、誰が手にするのか。
東京優駿一週間前、私を含む出走メンバー全員の記者会見が開かれていた。この日は意気込みなどを語るとともに、レースの枠番が決まる日でもある。
「…トウカイテイオーさん、ありがとうございました。次で最後になります。アルカンジュさん、お願いします」
司会者に促され、私とトレーナーは壇上の席に座る。袖に居た時は分からなかったが、かなりの数のマスコミである。緊張はしないが。
当たり障りのない定型質問が数個行われ、インタビューは恙なく進んでいく。
「…それでは、質疑応答に移りたいと思います。アルカンジュ陣営に質問のある方…はい、そこの方」
司会者に指名された男が立ち上がる。
「○○新聞社のーーと申します。日本ダービーで勝つためにどのような特訓を?」
質問に対してマイクがトレーナーに渡される。
「詳しくは言えませんが、格上とのトレーニングと言ったところでしょうか」
「なるほど…ありがとうございました」
それだけの情報でいいのか…マスコミとはもっと貪欲な奴の集まりではなかったか…?
「では次の方…はい、そこの方」
司会者が言い終わると同時にその女性は立ち上がった。
「月刊トゥインクルの乙名史と申します。先程トウカイテイオーさんはインタビューで絶対に負けない技術を身につけたと言っていましたが、それに関してアルカンジュさんはどのようにお考えでしょうか」
今度は私宛の質問か。トレーナーからマイクを受けとる。
「技術には技術で対抗する、と言っておこう」
「ありがとうございます。他のメンバーに関して思うことなどはありますか?」
他メンバー…か。
「トウカイテイオー、マヤノトップガン、スペリオルドーラに特に注意している。彼女たちは強いからな」
「…す」
す?なんだろうか…と、考えているとにわかに会場が騒がしくなり、司会者が額に手を当てている。なんだ、何がーーー
「素晴らしいです!!!!!」
…なんて?
「ライバルの強さを認め!その強さに追いつくために毎日血もにじむようなトレーニングをこなして彼女たちに挑むと!?素っっっ晴らしいです、感動しました!」
「ま、待て。私は何もそこまで…」
「トレーニングにひたむきに励む努力性、このような場で謙遜も使える社交性!アルカンジュさん!あなたh」
「乙名史さん、ありがとうございました。次の方に移らせていただきます」
突然暴走を始めた女性記者に困惑していると、司会者が彼女よりも大きな声でストップをかけた。女性記者…乙名史記者はちょっとだけ残念そうな顔をして席に着き、その後目を輝かせながら手元のメモ帳に何かを爆速で書き始めた。一体何を書かれているのだろうか。先程の感じからして悪い人ではなさそうではあるが…別なベクトルで恐怖を感じた。
「…ハァ…次で最後の質問です。ハイ、そこの方…げ」
心労が多そうな司会者が疲れた顔で次の記者を指名し、嫌そうに顔をしかめた。
立ち上がったのは、よれよれのスーツを身に纏った、この場にあまり似つかわしくない格好をした奴だった。
「週刊誌◇◇のーーーだ。世間はトウカイテイオーの無敗の二冠を楽しみにしていて、彼女の実力も皐月賞の頃から飛躍的に上がっている訳だがアンタに勝てるのか?」
礼儀のなってない奴だ。だがここでこれまでと違う対応をするのはよろしくない。あくまでいつも通りだ。
「ふむ…先に謝っておくとしよう。すまないな。誰の記録がかかっていようが手を抜くつもりはないし、私は私の実力を信じている。記録を楽しみにしている人には悪いが、東京優駿を獲るのは私だ」
男は少し驚いたような顔をして座った。なんだ、意外と普通の質問だし、追及もしてこないじゃないか。
「…以上で会見を終わりたいと思います。アルカンジュさん、ありがとうございました」
こうして意外とあっさりと…いや、ちょっと濃かった記者会見が幕を閉じた。
ーーー
ーーワァァァァァァ…!
レース場の方から響いてくる歓声を遠くに聞きながら、私は今、メイク担当にメイクされているところだ。二回目だが、この感覚には慣れない。
「あら、同じチームの方が勝利したそうですよ。おめでとうございます」
メイク担当が置いてあるスマホの画面を見てそう言った。まぁそうだろう、私やマルゼンスキー、そしてシリウスとトレーニングしてメイクデビューを勝てないわけがないからな。だがやはり心配はしていたので、安心した。
次走は私が走る東京優駿。本日最後のレースだ。それに勝てばチームソルが同日レース二連覇となる。公的な意味は全くないが、気持ちの問題では意味が大ありだ。前座…というのは少し可哀想かもしれないが、勝利を飾ってくれたリットには感謝だ。
「はい、これでメイクは終わりです。お綺麗ですね」
「感謝する。毎度すまないな」
”いえいえ”と謙遜する彼女を後目に私は鏡の前に立つ。…うむ。今回も大分仕上がっている。皐月賞以上のパフォーマンスは確定だ。
「出走時間は…まだあるな」
メイク担当が出て行った控室で私は静かに腰を下ろした。トレーナーはリットの方に行ってもらった。勝利の後に迎えがないというのはあまりにも悲しいからな。
…やけに落ち着いている。一生に一度の大舞台の前だというのに私の心は水を打ったように静かだった。緊張していないと言えば嘘になるが、大分心地いい緊張具合だ。
「アル!ただいま」
「トレーナー?リットはどうした?」
リットの方にやったトレーナーが急いで帰ってきた。どうしたというのだ。
「いやぁね、自分は大丈夫だからアルのところに行けって言われて…」
「…そうか。では最終確認といこうか」
そうだね、と言ってトレーナーはタブレットを取り出す。どうやらまたシミュレーションを組んできてくれたようだ。皐月賞以後模擬レースで何回か見たが、毎度のごとく外れているからあまりアテにはしていない。というか私が外しに行っている。悪いな、トレーナー。勝つから許してくれ。
「スタート直後、恐らくだけど今回は全員差しや追い込みが不利になるスローペースを打ってくると思う。もちろんだけどアル対策だ。他の差しや追い込みも自分を殺してまでアルを抑えに来るだろう。予想が外れてハイペースになったらいつも通りでいいんだけど、スローペースだとスタミナが余っちゃう。だからもしスローペースになるようなら早々に上がって最悪逃げみたいになっても構わないから自分のペースを維持してほしい。自分の力が最大限出せるペースをね」
タブレット上には、囲まれて抜け出せない
「…まぁ、アルの事はあんまり心配してないよ。俺の指示が無くても大体何とかやってるし」
「トレーナー、一つ聞きたい。スタート直後から
「自分と、対象者にだけ見せる程度なら最初からやって構わないよ。大っぴらに見せると最終直線までに対応されかねないからね」
なら無問題だ。この日までにやってきた領域トレーニングによって私はさらに自在に空を操ることができるようになっている。自分で考えた作戦で行けそうだ。
「トレーナー、私を見ていてくれ」
「ん?いつも見てるけど…?」
「ッ…あー、そうじゃなくて、レース中だ。メイクデビューの完全上位互換をお見せしよう」
私がそう言うと、トレーナーは意図を察したのか悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「楽しみにしているよ」
ーーー
「そろそろ時間だ。トレーナー、行ってくる」
「無事に帰ってきてね」
ニコリと笑って言うトレーナーに背を向け、地下道へと急ぐ。
道中、少し暖かくなっていた心とは裏腹に身体が冷えていくのが感じられ、不意に前世の感覚が戻ってくる。
ーー寒い。だが、体の芯は燃えるように熱い。
私はこの感覚を知っている。強敵と相見える少し前の感覚だ。
レース場の喧騒が若干響いている地下道を通り、集合場所へと到着する。その場の空気は緊張に支配されており、誰一人として口を開こうとはしなかった。
『間もなくーーーー年、東京優駿、日本ダービーが開催されます。お座席の移動はお早めに…』
アナウンスが入り、さらに空気の緊張度合いが高まったように感じられる。まぁ、私が危険視している奴らは全くと言っていいほど緊張していないようだが。残念だ。緊張してくれていたのなら楽に勝てたというのに。
トウカイテイオー、マヤノトップガン、スペリオルドーラ。三人とも瞑想中か。いったい誰の真似だ?それに、前に見た時より一回りも二回りも強くなっているじゃないか。走らずともわかる。今日は
『ただいまより出走メンバーの紹介を行います』
来た。情報確認と行こうか。今回の出走者は20人、私が出たことのあるレースでは最多。だが何も問題はない。私が勝つのだから。
緊張した顔の一番が、光の中に消えていく。
『一枠一番、イイデシビア』
皐月賞に居た。気にする必要はない。差し策だ。
『一枠二番、シャコーグレイド』
皐月賞に居た。長距離向きらしいから皐月賞よりは伸びるかもしれない。先行、または差し策。
『二枠三番、スペリオルドーラ』
脅威その1。前回よりさらに仕上がっている。領域の有無は不明だが、威圧が効きにくい事を考えると最後まで残られたら一番厄介なタイプの相手である。もともと切れ味のある末脚を持っている癖に先行策を執れるスタミナ量も脅威だ。早めに潰したい。
『二枠四番、トウカイテイオー』
脅威その2。前回の比ではないレベルで強くなっている。領域の所持はほぼ確定、すり潰す前に逃げられるのが考え得る限り最悪のパターンだ。加速、最高速共に同世代最高レベルの水準を持つ。こいつもドーラと同じく、切れ味のある末脚を持っているのに先行策を執ることができる。そして何よりも今回のこいつは生徒会長…シンボリルドルフ直伝の戦法がインストールされている。生半可な戦法ではねじ伏せられるだろう。
『三枠五番、シンホリスキー』
皐月賞に居た。逃げよりの先行。そこまで強くはない。
『三枠六番、マヤノトップガン』
脅威その3。これで脅威は出そろった。トウカイテイオーに次ぐレベルで強くなっている。メイクデビュー時から言われていた変幻自在の脚質の持ち主で、柔軟な対応力さえあればどんなレースも怖くないはずだ。そして今の彼女は落ち着きすぎている。今言った柔軟な対応力も身につけていることだろう。どの脚質で来るかが分からない故、スタート前の今一番怖いのはこいつだ。だが威圧耐性や直伝の戦法はないはず、その点他の脅威よりは攻略難易度が低いと言えるだろう。
『三枠七番、ワンモアライブ』
先行策を執るらしいウマ娘。初対戦だ。
『四枠八番、ビッグファイト』
先行策。弥生賞ぶりだな。
『四枠九番、ロングタックル』
差し策。気にすることはないだろう。
『四枠十番、カミノスオード』
先行策。弥生賞ぶりである。
『五枠十一番、レオダーバン』
初対戦。差し策を執るらしい。実力はあるらしいが、気にするほどではないと思いたい。
『五枠十二番、コガネパワー』
逃げを執るらしいウマ娘。初対戦だ。
『五枠十三番、イイデセゾン』
弥生賞、皐月賞と世話になった逃げウマ娘。今回も頼むぞ。ペースはハイペースで頼む。
『六枠十四番、ソーエームテキ』
初対戦だ。私と同じ追い込みらしい。
『六枠十五番、イイデサターン』
先行策。皐月賞以来だ。
『六枠十六番、イブキノウンカイ』
先行策を執るらしい。初対戦だ。
『七枠十七番、タイコンチェルト』
追い込み策を執るウマ娘。初対戦だ。
『七枠十八番、ホクセイシプレ―』
逃げウマ娘。初対戦である。大外枠で不憫だ。
『七枠十九番、ツルマルモチオ―』
先行策を執るらしい。こちらも初対戦。大外枠だが、頑張ることだ。
『八枠二十番、アルカンジュ』
前回の皐月賞よりもさらに増えた観客で埋め尽くされている観客席に向かって、帽子を取り、一礼。その後口角を片方だけ上げ、踵を返す。湧き上がる歓声を背に受け、ゲートへと歩いていく。あぁ、実に
『ーーーー年、日本ダービー、天気は快晴、バ場発表も良、好条件がそろっています』
『ゲートインが間もなく終了しますね。人気を振り返っていきましょうか』
集中。スタートの直前だけは周りの雑音をカットする。スタートの時ばかりは周りの情報が邪魔になるからだ。
『3番人気はスペリオルドーラ』
『豊富なスタミナと同世代で最高峰の威圧耐性を持っているウマ娘です。好走を期待したいですね』
……。
『2番人気はアルカンジュ』
『最後方からすり潰すような追い込みで全員をノックダウンしたメイクデビューは圧巻の一言でした。今回は彼女らしい走りが見られるでしょうか』
……。
『1番人気はこの子を置いて他に居ない、トウカイテイオー!』
『皐月賞までとは雰囲気が全然違いますね、トウカイテイオー。無敗の二冠達成なるか、これは期待できそうです!』
『各ウマ娘ゲートインが完了したようです』
『ーーーー年、日本ダービー…今、スタートです!』
ガコン!というゲートの音と共に飛び出す。もちろん追い込みなのでそこまでロケットスタートという訳ではないが、かなりの好ダッシュを決めることができた。このままスルスルと、最後尾につく。
予定通り、ズレはない。
『十三番、イイデセゾン。快調に飛ばしていきます。十二番コガネパワーも懸命に先頭を取ろうとしますが届きません。2番手に落ち着きます。3番手は外枠からの逃げ、十八番ホクセイシプレ―。逃げ集団の後ろには先行策を執るウマ娘達が集団を成しています』
『かなりの混戦ですねえ。おっと、逃げに追随する形の先行集団とちょっと差しよりの先行集団に分かれましたね』
『集団は位置取りが完全に終わっていない様子。差しと追い込みの方では位置取りが終わったようです』
『今回も最後方はアルカンジュですね』
さて、始めよう。各個撃破ではなく、「各個撃墜」を。
私の前を走るのはタイコンチェルトとソーエームテキ。同じく追い込み戦法を執るウマ娘だ。彼女らでこの戦法を試すとしよう。
距離は…およそ1バ身。出力を上げすぎないように。自分と彼女らだけを包むように
「「!?」」
彼女たちは私の空に飲み込まれ、その姿を戦闘機へと変える。ただ、この幻覚は彼女らのほんの僅か前を走る差し策の子たちには見えていないはずだ。その証左に、目に見えて動揺している追い込みと違って、自分のペースを保てている。
ビーーーー、というブザーが鳴り響き、ミサイルのロックが完了した旨を私に伝える。あと私がやるべきことは…。
「FOX2」
彼女らに一発ずつ、ミサイルを撃ち込むことだけだ。完璧に墜とす必要はない。削るのが主目標である。
眼前に表示されるHITの文字を確認した。エンジンノズルから黒煙を噴く2機が後方へ流れていくのを確認して領域を解く。悪く思うなよ、これが私の
『おや?どうしたのでしょう。追い込み策を執っていた十四番ソーエームテキと十七番タイコンチェルトがアルカンジュにポジションを譲ります』
『心なしか苦しそうですが…アルカンジュが特に仕掛けた様子もありません。原因不明ですね』
原因不明、か。最終直線では嫌でも原因が分かることになるだろう。
『先頭が第1コーナーに入ります。先頭の十三番イイデセゾンに続く形で先行集団がコーナーを駆け抜け、3バ身程離れて差し集団が入ります。二十番アルカンジュ以外の追い込みは大分遅れています』
『自分のペースで走れていませんね。落ち着きを取り戻せるといいのですが』
コーナーはもちろんピッチ走法で素早く駆け抜ける。差し集団の最後尾につけ、じりじりと削っていく。もう少しすれば第2コーナー。差しはここから向正面の間に
迎えた第2コーナー、私は先行集団を追う形でまとまっている差し集団に対し、領域を展開した。
広がる空、増える
『二番シャコーグレイド、加速します』
『スパートには早すぎますね。後方が詰まった様子もありませんし、どうしたのでしょうか。今回のレースは何かありますよ』
先行とも差しとも取れない位置にいた彼女に少しだけ領域が被ってしまっていたらしい。まあ私の領域から抜け出したとしても彼女はここで無理な加速をしたツケを後で払う事になるだろう。結果オーライという訳だ。
そして領域の中に取り込まれたままの三人、イイデシビア、ロングタックル、レオダーバンは目に見えて動揺していた。機体がフラついている。もちろん今、私たち以外にこの空が見えるはずもない。それ故に…
『一番イイデシビア、九番ロングタックル、十一番レオダーバンの姿勢が安定しません。しきりに周りを気にしています』
『強風もないですし、アルカンジュが重度の威圧をかけているわけでもありませんね。威圧ならもっと違う反応をするでしょう』
レースを観ている人間には何が起こっているのか分からない。リットやシリウスあたりは爆笑していそうだが。
さて、そろそろ時間だ。
「FOX2」
まずは2発。イイデシビアとロングタックルに寸分違わず命中し、機体が大きく揺れる。そのまま私の後ろへと機体は下がっていった。レオダーバンはやられた2機を観て悟ったのか、加速を始めた。
『一番イイデシビアと九番ロングタックルが失速!』
『姿勢が乱れていますね。転倒…はしなさそうですね、持ち直しました』
『十一番レオダーバンが加速!?』
『らしくない仕掛けどころですね』
解説、彼女は仕掛けたのではない。逃げ出したんだ。
「FOX2」
1発。今更逃げ出したところですぐさま射程圏外に退避できるはずがないのだ。
私は後ろへと下がる彼女を確認して領域を解き、向正面に入る。目指すのは、先行集団。
『レースは中盤、向正面に入りました。順位を振り返っていきましょう。先頭を悠々と走るのは十三番、イイデセゾン。2番手は3バ身差、十二番コガネパワー。1バ身離れて十八番ホクセイシプレー、並んで五番シンホリスキー。2バ身離れて四番トウカイテイオー、その後ろ三番、スペリオルドーラ。1バ身後ろに六番マヤノトップガン。その後ろ2バ身離れて八番ビッグファイト、十番カミノスオードが並んでいます。その1バ身後ろに十五番イイデサターン、並んで七番ワンモアライブ、十六番イブキノウンカイ、十九番ツルマルモチオー。1バ身離れて二十番アルカンジュ、ここにいた。後ろ4バ身離れて十一番レオダーバン、一番イイデシビア、九番ロングタックル。さらに2バ身離れて十四番ソーエームテキ、十七番タイコンチェルトとなっています』
『だいぶ縦に長い展開ですね。これ後続は間に合うんでしょうか』
向正面も三分の一を過ぎた頃、射程圏内に先行集団最後尾のツルマルモチオーを捉えた。
私は
『8位以降6人の姿勢が安定しません。こちらもしきりに周りを気にしています』
『これはもしや…いや、何でもありません』
「FOX2」
ロック完了のブザーが鳴り響いたのを確認して2発、ツルマルモチオーとイブキノウンカイへと一筋の煙が向かっていく。
『十六番イブキノウンカイ、十九番ツルマルモチオーが後退、二十番アルカンジュにその場を譲ります』
『アルカンジュは微妙な加速を続けていますね。じわじわと先頭集団に向かっています』
またもやロック完了のブザー。2本の煙筋。ワンモアライブはそのまま被弾、イイデサターンは若干避けようと行動を取ったように見えたが、ミサイルの追尾性能を振り切ることはできずに被弾、外側に膨らみながら後退していった。
『七番ワンモアライブが後ろに…十五番イイデサターンが外に膨らみながら後退!』
『直線で外へ…?姿勢も乱れていますし不安ですね。脚部に変なダメージが入っていないといいのですが』
大人しく当たっておけばよかったものを。中途半端な回避はやらない方がダメージが少なく済むこともあるのだ。
『十番カミノスオードと八番ビッグファイトが加速!7位の六番マヤノトップガンに迫っていきます』
『仕掛けるには早すぎますね。ロングスパート系の選手ではなかったはずですが、掛かってしまったのでしょうか』
流石に逃げ出すか。まあ逃す気など微塵もないのだがね。
「FOX2」
『じ、十番カミノスオード、八番ビッグファイトが苦しそうに後退します!二十番アルカンジュが8位に躍り出ました!いったいどういう事でしょう。スタミナ切れの雰囲気などなかったのですが』
『…アルカンジュの新しい技…ですかね。考えられるのは』
解説が事実にたどり着いたようだな。まあこれだけ暴れれば気付かないという方がおかしいというものだ。
さて、残すは7人。こいつらは長めの最終直線で墜とすとしようか。
『十八番ホクセイシプレーがスタミナ切れを起こしました。五番シンホリスキーにその座を…あぁっと、あおりを受けて五番シンホリスキーも後退!』
『トウカイテイオーに少しずつ削られていたみたいですね。ここにきてようやくアルカンジュ周辺部以外の順位変動ですね』
訂正、残すは5人だ。テイオー、私の仕事を減らしてくれた事、感謝するぞ。
『まもなく先頭が第3コーナーに入ります。先頭は依然として十三番イイデセゾン。少し離れて十二番コガネパワー。3位には四番トウカイテイオー、1バ身離れて三番スペリオルドーラ。並びかけてきた、六番マヤノトップガン。その後ろ1バ身差、二十番アルカンジュ。後ろ2バ身、十八番ホクセイシプレー、五番シンホリスキー。その次……何バ身差でしょうか、かなり離れて十番カミノスオード、八番ビッグファイト。また3…いや、4バ身ほど離れて七番ワンモアライブ、十五番イイデサターン、十六番イブキノウンカイ、十九番ツルマルモチオー。固まっています。1バ身後ろに十一番レオダーバン、一番イイデシビア、九番ロングタックル。さらに2バ身離れて十四番ソーエームテキ、十七番タイコンチェルトとなっています』
『縦に長いどころの話じゃないですよこれ。このペースで行くと後続のゴールタイムが3分台になる可能性が出てきました。差しや追い込みの表情と走り方を見る限り末脚が発揮できるとは思えません』
前の5人、そのなかでもテイオー、マヤ、ドーラは余力を残して走っているように見受けられる。特にテイオー、彼女は恐らく、再々加速くらいまで行う余力はあるであろう。
コーナーの内側をなめるように曲がりながら先頭を見据える。間もなく、第4コーナー。
『先頭が第4コーナーに突入し、レースも終盤です。っと、ここでトウカイテイオーが仕掛けた!前との距離をどんどんと詰めていきます!』
『3位という先行策において理想的な位置、彼女の実力的にもここが一番の仕掛け時でしょう』
1位と2位に迫るテイオー。彼女が2位に躍り出るかという時に、私は、私たちは光を見た。
レースはもう終盤、ボクの順位は現在3位。アルは順調に順位を上げてきているみたい。でも今回も勝つのはボク!ボクはカイチョ―みたいな無敗で三冠を取るウマ娘になるんだから!
カイチョ―に教えてもらった
瞬間、練習で幾度となく見た
最後はしっかりと脚を溜め、踏み切って大空へ。
…踏み切った、はずだった。
視界一杯に広がる空は自分の
そしてなによりもボクを困惑させたのは周りに飛行機…、いつか部屋でマヤに見せられたような…戦闘機みたいな、ちょっとカッコいい飛行機が何機も飛んでいた。前に2機、後ろに沢山。なぜかボクも戦闘機に乗っていて、空を飛んでいる。
目の前の
いったいこれは何?空を飛んでいるはずだけど本物の戦闘機のように自由な動きができない。レース場は見えないのに、まるで導かれるように空を進んでいる。恐らくだけど、この動きに無理に逆らっちゃダメだ。目には空が見えていてもボクがいるのはターフの上。変に曲がったら転倒の大事故になっちゃうかも。
もしかしてマヤの
しかし、予想は外れた。マヤは動揺からか、フラフラと飛んでいる。速度も上がっていないし、マヤのじゃないみたい。ドーラちゃんのものでもなさそう。しっかり飛んでるけど、速度がむしろ下がってる。となると…
「…アル?」
もちろん応える声はない。だが確信した。この領域はアルのものだ、と。慣れない領域に当てられたのか、先頭の二人が盛大にヨレて後ろに下がっていく。これでボクは1位。どんな効果かは知らないけれど、絶対に逃げ切って見せる!
いったいここはどこでしょう?私はターフの上を走っていたはずなのですが…。一瞬ふわふわした空に飛ばされたと思ったらいつの間に私は戦闘機に乗って…?あ、先頭のお二人が後ろに…。
あれ?今私後ろに下がっていく戦闘機をみて先頭のお二人…と…。もしかして、これは、トレーナーが言っていた
それにしてもこの警告音、不愉快です。一体何を示しているというのでしょうか。
ちょーっとマズいかも。みなれたレース場から一転、私は空を飛んでいた。お気に入りの、F-14に乗って。確証はないけど、直感的に分かった。これはアルの
そして何よりも私を焦らせているのは、目の前のHUDに表示された「Warning」の赤文字。ちょっと戦闘機の事をかじっている私は分かる。これはレーダー照射を受けた時に表示される警告文と、アラート。つまるところアルの射程圏内に思いっきり入っちゃってるってコト。
振り切るためには距離を思いっきりとるか、
「マヤ、分かっちゃった!」
少しでも可能性がある方を試すべき。
速度を上げ、この空からの脱出を図る。
だけど、速度を上げ始めた私に無慈悲に届けられたメッセージは赤く染まったHUDと、一層けたたましく鳴り響くアラートだった。
『…な、なんということでしょうか!第4コーナー途中で二十番アルカンジュが
『これは凄い隠し札です!クラシック級で会場全体に影響を及ぼす領域を持っているのはあのシンボリルドルフ以来ではないでしょうか』
実況、解説、その目にしかと焼き付けるがいい。これが、私の空だ。
『飛んでいるのは…戦闘機でしょうか。解説さん、前から四人の機体、何だかわかりますか?』
『先頭のトウカイテイオーがF-22、二番手スペリオルドーラはタイフーン、別名ユーロファイターですね。三番手マヤノトップガンはF-14、四番手アルカンジュはSu-30SMですね』
『き、急に早口になりましたね…』
…解説はこちらの知識があるやつだったか。まあそんなことはどうだっていいんだ。
『レースも終盤、恐らく最終直線に入ります!コースはおろかゴール板も見えないのでここからは展開前の位置と速度から考えて実況させていただきます』
『アルカンジュの速度が上がってますよ!』
まずは一人目。狙うは
「FOX2」
この空から逃げようとしてか、はたまた普通に仕掛けただけかは分からないが、速度を格段に上げつつあったマヤに対して、放ったミサイルは二発のエンジンの片一方に命中し、一瞬爆炎が上がり、次第に沈静化、黒煙の筋を噴きながら徐々に、徐々に速度を落としていく。
先程まで絞られていた可変翼は名一杯開かれ、私の後ろへと下がっていく。コックピットのマヤは苦しそうな顔をしている。
『二十番アルカンジュがミサイル発射!?』
『マヤノトップガンに命中!黒煙とともに下がっていきます…。もしかして、いや、もしかしなくても今回のレースの不自然な後退、全部アルカンジュの仕業だったのではないでしょうか』
『領域の範囲コントロールまでできるというのですか!?』
正解だ。実況解説お二方。
次は目の前に居るドーラ。彼女は私の領域に取り込まれたにもかかわらず、慌てず、自分の走りを保てている。
前から思っていたが、こいつは威圧耐性が周りと比べてかなり高い。…恐らくだが、ミサイル1発では足りないだろう。
ハイスピードを維持するためにアフターバーナーを焚きつつ、彼女に肉薄する。
「FOX2」
発射されたミサイルは距離が近いこともあってすぐに命中。だが、彼女の走りは変わらない。爆炎も上がらなければ煙一つ噴かない。
やはりこいつは面白い。あのマヤですら一発で沈んだというのに、まるで効いていないではないか。これで分かった。この空では実際の機体の強度は当てにならないという事が。ユーロファイターが直撃弾を耐えるはずがないからな。
自然と口角が上がるのをどうにかして抑え、ロックしたままの彼女に向けてもう1発。こんどは命中したあと、若干の炎と煙が噴きあがり、少し機体がふらついた。が、まだ垂れない。
私は操縦桿のトリガーを引き、機銃掃射を行う。立て続けにドーラの機体に火花が散り、先ほどより大きな炎を上げて彼女は減速した。ようやくである。
『二十番アルカンジュが三番スペリオルドーラを撃墜!』
『ミサイルと機銃の連携攻撃でしたね。3発目はなぜ撃たなかったのでしょうか』
簡単な話だ。3発目をドーラに使うと装填前にテイオーにゴールされてしまうからだよ。
背後に下がるドーラを後目に、私はスタミナの燃焼率を上げ、さらに速度を上げる。二人を相手している間にテイオーに少し離されたのだ。
この日のために育ててきたスタミナは、彼女の驚異的なトップスピードにも負けず劣らない速度を作り出している。
その時だった。眼前に迫っていた
『四番トウカイテイオー順位を明け渡します。なぜでしょうか』
『違いますねコレ。コブラ*1で後ろをとったんですよ』
マズい!後ろを取られた!…とか思ってたりするのかな、アルは。
マヤとドーラちゃんが抜かされる過程を聞いて分かった。アルの前に居ちゃダメだ、後ろに回って墜とすしか道はないって。
前にVRウマレーターで遊んでおいてよかった。あんまりやり込んでなかったし、空を飛ぶことを楽しんでしかいなかったから、ミサイルの撃ち方なんてわからないけど機銃ならわかるもんね!このトリガーでしょ!
ちょっとの反動と、連続的な音と共に光の筋がアルの機体の方に伸びて行った。そのまま銃弾が火花を散らしてアルの機体をちょっとばかり削り始めた時だった。
急に目の前が開け、コックピットに影が落ちる。
ーーさっきまで太陽があった方角には、上下逆さまで、こっちを完全にとらえている
世界がゆっくりと流れる。まるでスロー再生を見ているように。
アルと目があった気がした。でも、それを確認する前に、アルはボクの視界から消えてしまった。
違う、ボクが姿勢を崩したのか。転倒は…しない!
ようやく前を向いて再度走れるようになったボクの目に飛び込んできたのは、再加速を以てボクを突き放すアルの姿だった。
『…に、二十番アルカンジュ、四番トウカイテイオーを撃墜しました!』
『クルビットですね。いやはや恐ろしい…。後ろをとることは許さないということでしょうか』
『二十番アルカンジュ体勢を立て直して再加速!』
テイオーの作戦には少しばかり驚かされたが、それしきのことで動じる私ではない。前世と同じ対応をとらせてもらった。まあ、前世と違って使ったのは1発のみだが。
これでテイオーは私に追いつけない。クルビットで失った速力は…
「アフターバーナー起動」
無理やり取り戻せばいいだけの話。
瞬間、先程テイオーに詰め寄ったときの倍以上のスタミナが瞬時に削れ、爆発的な加速を私にもたらした。
『二十番アルカンジュ、脅威の加速で四番トウカイテイオーをぐんぐん引き離します!』
『これは、もう決まりですね!』
こうして、私は。
『二十番アルカンジュ、今、ゴールイン!!全機撃墜の戦果を挙げ、見事ダービーを制覇しました!!』
『あ、領域が閉じられました。いつものターフが戻ってきましたよ』
私の理想とする空を一番で駆け抜け、クラシックロードの冠を一つ、手にしたのであった。
『2着は3バ身差、四番トウカイテイオー、3着は六番マヤノトップガン、4着は三番スペリオルドーラ、5着は五番、シンホリスキー』
『タイムは2.25.9ですね。大暴れしたレースのタイムとしてはかなり早いですよ』
歓声が鳴り響く。私はウィナーズサークルにゆっくりと歩いて行き、帽子をとって一礼。さらに歓声は強まり、耳が痛かった。だが、今はそれすらも心地よい。
「アル!」
地下道へ戻ろうとする私を、呼び止める声があった。
テイオーだ。
「負けたというのに、随分と晴れやかな顔をしているじゃないか」
「ふふ…なんでだろうね?もちろん悔しいんだけど…。なんでだろう、今日のレースは、悔しさを上回るくらい、楽しかった」
「…そうか」
本当にいい顔をするようになった。皐月賞後よりも、さらに成長したようだ。
「でも、次は負けないよ?」
「望むところだ。私とて、負けるつもりはない」
お互いに笑い合い、今度こそ地下道へと歩き出す。歓声は途切れることなく、今も会場中に響いている。
ーー
「アル!おめでとう!!!」
控室前の壁にいつものごとくもたれかかっていたトレーナーがニコニコ顔で駆け寄ってくる。
「あぁ、ありがとう。トレーナー…どうだった?今日の私は」
「最っ高!やっぱり綺麗だった!」
「そ、そうか…」
綺麗…か。レース運びの事だろうか、それとも
「アルカンジュさん、衣装とメイク直しがありますので…」
メイク担当が申し訳なさげに割って入ってくる。レース後のスケジュールはかなり厳しいからな。致し方あるまい。
「それじゃ、観客席で待ってるから」
「あぁ、見ていてくれ」
ーーー
その後、私はセンターで「Winning the soul」を歌い、踊った。いつものごとくトレーナーやその友達は最前列で法被にサイリウムであった。
今回はファンサービス…というか、トレーナーに向けてだが、ウィンクをしてみた。感謝の気持ちを込めて、だ。他意はない。全く、私もらしくないことをするようになったものだ。身体に意識が引っ張られているとでもいうのだろうか。
ーーー
東京優駿を終えた翌日。今日はオフの日であるが、トレーナー室に遊びに来ていた。
だが、ここに居ても(休みだというのに)仕事をしているトレーナーを眺める事くらいしか娯楽がない。まあ私はそれで満足なのだが、さすがにずっと見ている訳にはいかないのでスマホでニュースを調べ始めた。
そして、速報!と書かれたニュースの見出しを見て、昨日から今日までの幸せな気持ちが、一気に抜けていく感覚を覚えた。
トレーナーのスマホにもニュースが届いたのか、ひどく驚いた顔をしている。
ーーー『トウカイテイオー、骨折か』
実況解説が撃墜とか言ってるけど思ってみたら撃墜はしてないと思った今日この頃。
ちょっと終わりが自分的にあまり気に食わない気がしなくもないのでもしかしたら治すかもしれません。
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お読みくださりありがとうございました。前書きにも書きましたが、これからリアルがかなり忙しい状況になるので更新が止まります。ですがいつかまた再開しますのでそれまでお待ちいただけると幸いです。最後ちょっと雑になっちゃってすみません。