参考時系列 1991年秋天 10/27
1991年菊花賞 11/3
私は悲劇が嫌いでね…。
「レース観戦に行かないか?」
菊花賞を目前に控えたとある日、急にトレーナーがそんなことを言い出した。
「今日行われるのは秋の天皇賞。合宿で一緒だったメジロマックイーンも走るレースだよ。おそらくアルも来年走ることになるから見ておいて損はないと思うんだけれども」
なるほどな、そういうことなら見に行くのもやぶさかではない。合宿中いろいろと世話になった間柄だしな。
ーーー
会場につくと、そこにはもう既に沢山の客が押し寄せており、正直言ってあの中に飛び込みたくはないと思える状況だった。なんとか前のほうに席を確保してレース観戦に臨む。会場は生憎の雨で、バ場状態は不良。私が走ったことのない状態の芝だ。そしてこの雨にもかかわらず、屋根がない観戦席まで満席だ。傘や合羽を駆使して全員がレースを見ようと必死になっている。そしてほとんどすべての人がマックイーンの応援グッズを手にしている。
ーーそこまですごいのか、マックイーンは。
合宿中の私の彼女に対するイメージは食べることが好きないいところのお嬢様といった具合だ。相手チームの意向で一緒のトレーニングをしていないから実力は分からなかったが…やはりただ者ではなかったようだな。
「人気は堂々の一番…ね」
場内のアナウンスによるとマックイーンの人気は他を離して一番であり、ほぼ勝負は決まったも同然のように扱われていた。
「どうなるんだろうね。勝負の世界は分からないから…とはいっても、メジロマックイーンはすごいからね」
トレーナーはそういって笑った。
「あ、パドックが始まるけど…アル、出走者分からないでしょ?」
「さすがにここは予習していなかった」
「俺が説明する。あれがね……」
『第104回天皇賞秋、間もなく出走となります。お座席の移動はお早めにお願いします』
アナウンスが控室にまで届く。大丈夫。
「緊張してるみたいだな?マックイーン」
「まさか。そんなことはありませんわ。早く走りたくてうずうずしているのです」
「そうかい」
事実、私は今日のレースを楽しみにしていた。夏合宿で感じられた成長はかなりのものだったからだ。早く走りたくて仕方ない。
トレーナーさんに見送られ、私は地下道へとやってきていた。そこに集合する今回の出走者たちの視線はすべて私に向いており、特段警戒されていることが分かる。威圧感もすさまじいが、気にしないし、気にならない。
(このレース…勝てる!)
パドックでの紹介は圧倒的ともいえる反応を頂き、二番人気との差は歴然。ゲートに入り、呼吸を整える。
ガコン!
ゲートが開かれるとともに地面を蹴り、前へと飛び出す。前へ、前へ。そして内へ。今回の作戦は内に寄らなければならないが、私は生憎の外枠。だから多少無理してでも内を目指す。
その甲斐あってか、予想通りの好位置をゲットできた。よし、これなら!
「これ…大丈夫か?」
不意にトレーナーがマックイーンの走りを見てそう呟いた。
「何がだ?理想のスタートダッシュだっただろう?」
「いや、内への寄り方が少し強引だったから…。進路妨害取られないかなって。海外のレースならばあのくらい日常茶飯事なんだけど、日本のレースは進路妨害とかに厳しいから、ちょっと気になったんだ」
なるほど…。確かに学習の過程で視聴した日本のレースはどれもこれもクリーンなレースをしていた…。海外は進路妨害が日常茶飯事、か。面白い。クラシックの後は海外というルートもいいかもしれないな。
それにしてもマックイーンの寄り方は進路妨害になり得るのか?後続は少しブレたが、転倒することなくしっかりとついて行ったぞ。
『まもなく4コーナーを抜けて直線に入ります!』
思考にふけっているとレースがいつの間にか終盤に差し掛かっていた。
『メジロマックイーン抜け出した!1バ身、2バ身…つき放す!』
スパートも完璧。これはすごい。私と年齢が近い選手でここまできれいなスパートを見たのは初めてだ。キレはマルゼンスキーなどに劣るがタイミング、出力共に完璧ではないか。これは…いつか、いつの日か戦う日が来るといいのだが。
『メジロマックイーン、2位に6バ身差をつけて圧勝!今手を掲げて…おや?』
『審議ランプが灯りましたね。やはり序盤の幅寄せでしょうか』
電光掲示板には、審議の文字が輝いていた。会場がざわつく。トレーナーは額に片手を当てて首を振り、「やっぱりか…」と呟いていた。
私の眼にはそこまでの進路妨害には見えなかったが…。それにマックイーンが内に行くことは予想できていたはずだし、実際に内に行けるだけのスペースもあったのだ。
トレーナーは相変わらず険しい顔だ。会場のざわめきも大きくなり、不安が会場一帯を支配する。客席は喧騒に包まれ、ターフの上で息を整えている出走者たちの視線は電光掲示板にくぎ付けである。審議のランプはいまだ灯ったままだ。
重苦しい雰囲気で時間の流れがやけに遅く感じる中、会場に動きがあった。
『今、順位が確定しました!1着は…変わらず、メジロマックイーンです!』
電光掲示板には「確定」の二文字。途端に会場は歓声に包まれた。
「良かった…!本当にきわどいところだったんだね…」
「ふむ…私には何の問題もないように見えたのだが…まぁ、いいか」
「…アルは指導が必要かもね。レース中の距離感の」
「なんだと!?」
ーーー
『お昼のニュースのお時間です。今回は昨日行われた天皇賞秋のゴール後の一幕について…』
あれから数日、特段変わったことはない。数日後に控えた自分の菊花賞に向けての調整は順調である。
『審議中、1着となったメジロマックイーンの18着への降着も議論されていましたが、進路妨害された側と判定された陣営からの申し出により降着は取り消しとなりました』
ただ一つ心配することといえば、最近マヤの姿が見えないことだ。テイオーに聞く限り寮にかえって来てはいるから特段何かあった訳ではないのだろうが、何故だろうか。妙な胸騒ぎがする。
『以下その陣営の走者からのメッセージです。「メジロマックイーンさんが内に入ることは私のチームでも予想してました。今回の件はメジロマックイーンを超える加速ができなかったことと、体勢をスムーズに立て直せなかった私に責任があります」、とのことです。SNSでは様々な意見が飛び交い…』
だが私とて何もせずにここまで来たわけではない。東京優駿の時からさらに進化していると声を大にして言える。皐月賞をテイオーに獲られている時点で三冠と呼ばれるルートは途絶えているが、二冠でも十分と聞く。*1菊花賞、全力で獲りに行かせてもらおう…!
『次のニュースです。二日後に控えた菊花賞について各陣営が意気込みを発表しました。まずは…』
おや。菊花賞についてのニュースかね。ライバルの情報は一通り頭に入れたが、今一度復習といこうか。
すみません、リアルが忙しかったのです。そしてこれからも忙しいのです。次は菊花賞の予定です。いつになるかはわかりませんが、なるべく早く仕上げたいと考えています。