ーーー菊花賞に勝利せよ
菊花賞。それはクラシックロードの終着点。そして、「最も強いウマ娘」が勝つとされるレース。開催場所は京都。距離は3000m。生半可な仕上げでは勝つことは不可能だ。
世間の注目は大別して二つ。
一人目は、
二人目は、骨折発表から奇跡の回復を見せた皐月賞ウマ娘、”トウカイテイオー”。
この二人の首位争いになるだろうと予測されている。もちろん、それ以外の出走者を応援する声も数多くある。だがやはり、世間を俯瞰で見たときに多く目に入ってくる名前は上記の二人のものである。
ーーー勝利の女神は、誰に微笑むのか。
ついに来た。菊花賞だ。先日の天皇賞秋から一週間もたっていない今日、私のクラシックロードが終わる。だが私は終わらない。ここからさらに上へと飛んで見せよう。まぁ、クラシックの先を私は知らないのだがね。何があるのだろうか。
「アル、準備は大丈夫かい?」
「…あぁ。すべて完璧だ」
トレーナーが部屋に入ってきたのを機に瞑想を終え、目を開く。目の前の鏡に映る私はどこか楽しそうに見えた。あの日、東京優駿以来、ようやくテイオーと全力でぶつかることができる。何度か半分以下の力で併せはやったが、そんなものでは満たされない。私は飛ぶこと、そして走ることでしか満たされないのだ。…うれしいことだ。自分の居場所をもう一つ見つけられたのだから。イオネラとアルマに自慢してやりたいくらいだな。
時間まではまだ幾分かある。おそらくトレーナーから何かあるだろう。
「よし、それじゃ今回の作戦なんだけど…」
「今回は、アルの自由にしてもらって構わない」
「…なんだと?」
思わず聞き返してしまった。確かに今までも具体的な指示をしないことはあった。だが何もなしとはどういうことだ?
「ただ一つだけ言っておくことがある」
なんだ、あるのではないか。
「あまり”勝負”に固執しすぎないようにしてくれ」
「あぁ。肝に銘じておこう」
トレーナーが言いたいのは一騎打ちに夢中になるなということだろう。そのくらい弁えている。言われずともな。
『菊花賞に出場予定の方は地下道へお集まりください』
時間だ。場内アナウンスが私たちを呼ぶ。椅子から立ち上がり、部屋から出る。
「では、行ってくる」
「無事にかえって来るんだよ」
「あぁ」
トレーナーに見送られ、地下道へと赴く。すでに複数人の出走者がそこにおり、各々様々なことをしている。準備運動、瞑想、落ち着かずにうろうろ、等だな。
「やっほー、アル。調子はどう?」
「あぁ。万全だとも、テイオー。テイオーこそどうなんだね?調子は」
私の物言いにテイオーは悪戯っぽく笑い、その場で軽くジャンプした。
「おなじく万全!動画、見た?」
テイオーの言う動画とはチームスピカが夏合宿後に行った模擬レースを撮ったもののことだ。テイオーはそれを一般公開して自分が完全復活したことを世に知らしめたのだ。ここまで人気が回復したのはその動画のおかげなところが大きいだろう。正直復活というより進化といった方が正しいのだがね。天才とは実に恐ろしいものだよ、全く。
「見たとも。楽しみにしているぞ」
「…!任せといて、驚かせてあげる」
テイオーはそう言って離れていった。いつの間にか出走者全員が集まったようだ。そろそろパドックである。
ふと出走者のなかにライバルの姿を見止めた。スペリオルドーラとマヤノトップガンだ。二人とも今回は私に関わろうとしない。それだけ本気ということだろうか。
ドーラは…若干成長したといったところか。マヤも…そんな感じか。二人とも瞑想中だ。
『まもなく第〇〇回菊花賞がスタートします。実況は私ーーーーが、解説はーーーーさんです』
『よろしくお願いします』
ーーー始まる。……恒例の復習タイムが。
『それでは選手紹介に移ります。一枠一番、ナカノハヤテ』
脚質は逃げ、特筆すべき事項はこれといってない。だが、逃げの最内枠ということもあり警戒は必要だ。
『一枠二番、シンホリスキー』
皐月賞、東京優駿と一緒に走っている。地味に世話になることもあったな。逃げよりの先行だ。
『二枠三番、イイデサターン』
貴様も皐月賞、東京優駿と一緒に走ったな。先行だ。
『二枠四番、トウカイテイオー』
骨折からの完全回復、そして進化。天才はとどまるところを知らない。領域も強化してきたことだろう。今レース最重要マーク対象である。後遺症やPTSDになるのではと思ったこともあったがそんなことはない様子だ。精神面もタフである。事前インタビューでは「勝つ」とただ一言残していたのが印象的だった。先行策。ラプターの準備はできたか?
『三枠五番、ナイスネイチャ』
地味に初対戦。先行策を執る。自称普通のウマ娘。お前のような普通がいてたまるか。
『三枠六番、マチカネヒオドシ』
初対戦。差し策を執るようだ。
『四枠七番、キョウワユウショウ』
初対戦。たいそうな名前である。させないがね。
『四枠八番、イブキマイカグラ』
皐月賞ぶりだな。舞が得意な
『五枠九番、シャコーグレイド』
皐月賞、東京優駿と一緒に走った。差しよりの先行策、そして距離適性は長距離と聞く。警戒だ。
『五枠十番、スペリオルドーラ』
持ち前のタフさは私でも目を見張るものがある。どこまで成長したのだ?タイフーンでどこまでやれる?
『六枠十一番、マヤノトップガン』
変幻自在の脚質、今回は何で来るのだろうか。いつも通りであるならば先行策。F-14の整備はできたかね?
『六枠十二番、ロングタイトル』
初対戦。先行策。特筆事項はなし。
『七枠十三番、ホクセイシプレー』
東京優駿以来だ。逃げ策だというのに毎度外枠を引いていないか?
『七枠十四番、ワンモアライブ』
こちらも東京優駿以来だ。先行策。
『七枠十五番、イイデセゾン』
弥生賞、皐月賞、東京優駿と、私がいるすべての公式レースにいる子だ。いつものを頼む。ハイペースでな。
『八枠十六番、ヤングシゲオー』
皐月賞以来の対戦だ。特筆事項は…ないな。差しだ。
『八枠十七番、サクラヤマトオー』
皐月賞以来の対戦だ。差しよりの先行。
『八枠十八番、アルカンジュ』
観客で埋め尽くされた客席に向かって右手で帽子をとって一礼。被り直し、左手の手袋を締め直し、踵を返す。客席の盛り上がりは上々だ。この感覚はいつまで経っても慣れないな。比較的長時間パフォーマンスする子もいるが、私にはできそうにない。その点テイオーのファンサービスは素晴らしいの一言だな。
『以上が出走メンバーです。ーーーー年、菊花賞。まもなくスタートです。天気は晴れ、バ場状態は良。好条件ですね』
『そうですね。芝の状態も全体的にいいので選手たちは全力が出せるのではないでしょうか』
『まもなくゲートインが完了します』
もはや見慣れたゲートに収まり、深呼吸。焦ることはない。自分にできることをするだけだ。
一瞬の静寂が会場を支配しーーーー
ガコン!
ーーー今、終着点の火蓋が切られた。
『今スタートが切られました!四枠八番イブキマイカグラと八枠十八番アルカンジュ以外は横一列に並んでスタート!』
『これは位置取り争いが熾烈になりそうですね』
『先頭争いは一枠一番ナカノハヤテ、七枠十三番ホクセイシプレー、七枠十五番イイデセゾン。外枠で辛いと思われていた逃げ策の子は難なく先頭争いに参加しました』
『上り坂ということを感じさせませんね。実力も上がっているようです』
無駄にスタミナを消費したようにも見えない。なかなかやるではないか。
『1バ身離れて一枠二番シンホリスキー。続くのは二枠三番イイデサターン。ほぼ横並びに二枠四番トウカイテイオー。後ろに控えるのは三枠五番ナイスネイチャ。そこから半バ身ほどあいて五枠十番スペリオルドーラ。その後ろにピッタリとついて六枠十一番マヤノトップガン。1バ身ほどあいて六枠十二番ロングタイトル、七枠十四番ワンモアライブ』
『トウカイテイオーは余裕の表情ですね』
そうか、余裕の表情か…。すぐに歪ませてやろう。
『そこから2バ身離れて四枠七番キョウワユウショウ、八枠十七番サクラヤマトオー、五枠九番シャコーグレイドが固まり、1バ身離れて三枠六番マチカネヒオドシ、八枠十六番ヤングシゲオー。さらに1バ身離れて四枠八番イブキマイカグラ、その後ろピッタリついて八枠十八番アルカンジュです』
『先頭争いに決着がついたようです。イイデセゾンがハナをとりました』
イイデセゾンが先頭か。外枠だというのによくやってくれた。そしてそれによりこのレースはハイペースとなる。ここまでは計算通りだ。そして上り坂でのスタートダッシュ故、全員スタミナをいつもよりも多く消費している。全員等しく速度が落ちるため事前に知っている者以外は気づくものはいないだろう。これがラストの直線で響いてくる。まず
『まもなく第3コーナーに入ります。先頭の七枠十五番イイデセゾンはトップを維持したままコーナーに入ります』
さて、最初のコーナーだ。菊花賞はコーナーが6つあり、3,4,1,2,3,4,の順にコーナーをクリアしていく。よってコーナーをうまく回れるウマ娘が有利とされるレースなのだ。まあもちろん、コーナーだけがうまくて勝てるほどではないがね。あぁほら、力みすぎて外に膨らんでるやつもいる。あれでは最後まで走りきることはできても全速力を出せはしない。自分の持てるすべてを出すためには温存すべき場所では温存すべきなのだよ。だから今回、私は最初から領域による各個撃破は行わない。領域は集中力を持続させなければならず、使いすぎると自身のスタミナにも影響を及ぼすからだ。その事実は領域を持つすべてのウマ娘が知っていることだ。対価なしに使えるものではないのだ。
『第4コーナーに入ります。先頭は変わらず縦に長いレース展開です』
『菊花賞は長いですからね、逃げはたくさん逃げて、後方組は温存しているのでしょう。ただこの長いレースでハイペースな逃げをやるとは思いませんでしたが…』
その通りだ、解説。他は知らんが私は温存しているのだ。そしてまたイイデセゾンにつられている奴らは何も学んでいないようだな。視野が狭いのか、レースの緊張ですべてを忘れたのか、はたまた別の理由か。勝手に潰れてくれるに越したことはないな。そして今回のレースで自分のペースをしっかり保てているのは…。やはりトウカイテイオー、貴様か。
直線に入ったらペースを変えるとしよう。この分だと事前に注視していた奴ら以外は自壊する。あくまで目標はテイオーだ。それ以外は気にする必要はない。テイオーさえ詰めて、展開し、墜とせばいい。
『4コーナーを回って直線に入ります。一回目の直線、先頭の順位に変動はなし、中団は固まっていますが若干の順位変動が見られます。後方組は特に変動…いや、十八番アルカンジュが今前に出た!』
『ペースを上げ始めるにしては少し早すぎる気がしますが、掛かってしまったのでしょうか。ダービーで見たように領域で撃ち落としているのではなく、ただただ前に出たようです』
違うぞ、解説。領域じゃないところは当たっているが掛かった訳じゃない。私にはトレーニングで鍛えた並外れたスタミナがある。様子見の速度から巡航速度へ変わっただけだ。この速度ならば3000mを走りきることは容易。余したスタミナをラストスパートに使おうという算段だよ。
「…!」
今しがた並んだイブキマイカグラが驚いた表情をしているな。
「悪いがこの速度帯に合わせているわけにはいかなくてね。お先に失礼するよ」
そういってそのまま速度を上げる。前はヤングシゲオーか。今ので気づいて進路をふさぐように移動したな。あらかじめの行動だ、違反にはならないだろう。が、進路を塞ぐ気ならばこちらにもやることはある。といっても外から抜くだけの話だ。何も奇術的なことではない。ウマ娘はレース中、下手に横に移動してスタミナを消費することを嫌う。だからかなりの外側から抜けば妨害もなくすんなり抜くことができるのだ。
ヤングシゲオーをはじめとする後方組は悔しそうな顔をしているな。よほど後半のための貯えが少ないと見た。まあ仕方ないな。貴様らでは私に勝てない。
『順位を振り返っていきましょう。先頭は依然変わらず十五番イイデセゾン、後ろにピッタリと一番ナカノハヤテ、十三番ホクセイシプレー。2バ身はなれて二番シンホリスキー、後ろに三番イイデサターン。意気揚々と駆けていきます四番トウカイテイオー。後ろに五番ナイスネイチャ、並んで十番スペリオルドーラ。不気味に息をひそめています、十一番マヤノトップガン。すぐ後ろには十二番ロングタイトル、並んで十四番ワンモアライブ。今日はペースが速いぞ、十八番アルカンジュ。後ろ2バ身離れてーーーーー』
さて、先行集団の最後尾が射程圏内に入りそうだな。…おっと、コーナーだ。内に入らなくては。後ろに余裕はある。妨害判定はとられない。コーナーで先行の後ろを潰せばテイオーに追いつけるという訳だ。どうせ、と言っては可哀想かもしれないが逃げ組は垂れる。よほどのスタミナを持っていなければあの速度で3000mは不可能である。それに逃げ同士でも小競り合いはある。無駄に消耗していることだろう。勝利の道筋は見えているのだ!
『まもなく第1コーナーに入ります。ここで先頭が入れ替わります。一番ナカノハヤテが先頭に立ち、十五番イイデセゾンは二番手へ。その他順位は変わらず…いえ、十八番アルカンジュが前に出ます。十四番ワンモアライブ、十二番ロングタイトルをかわします』
前を走るのはマヤノトップガン。実力者は領域で潰しておこう。後々出張られても困るからな。前走では普通に墜とすことができたが、今回はどうだろうか?
コーナーを曲がる。体を傾け、前を走るマヤノトップガン以外の情報を遮断する。準備は整った。…今!
瞬間、私とマヤノトップガンの二人だけが入っている領域が展開される。今日の領域はやたらと雲が多い。雲の合間を縫うように飛んでいるマヤノトップガンの乗機は相変わらずマシングレー単色のF-14。ノズルの開き具合からして巡航速度。やはり余力を残している。そして取り込まれた瞬間分かり易く機体が揺れた。対策は不十分だったようだな?マヤノトップガン。
「FOX2」
「…ッ!ブレイク!」
「無駄だ」
この距離で、撃たれてからの回避は無理だ。
必死の回避もむなしく、ミサイルはF-14の尾部に吸い込まれ、爆発、爆炎がF-14を包む。そのまま雲に突っ込んでいき、見えなくなった。
「
『おっとここで十一番マヤノトップガンふらついて後退していく!』
『これは食らいましたね。小規模領域での各個撃墜が始まったようです』
おっと、ドーラとテイオーが速度を上げたな。まあいい。あとでじっくりと楽しませてもらうとしよう。
『まもなく向正面に入ります。順位は一番ナカノハヤテが先頭、すぐ後ろにピッタリと十五番イイデセゾン、並んで三番ホクセイシプレー。後ろ半バ身二番シンホリスキー、1バ身離れて速度を上げてきた四番トウカイテイオー、十番スペリオルドーラ。後ろ1バ身離れて五番ナイスネイチャ、三番イイデサターン。その後ろピッタリつけて十八番アルカンジュ。ーーーーーーー』
『アルカンジュだいぶと上がってきましたねえ。普通に速度が速いですね。表情も余裕そうです』
ドーラとテイオーには逃げられたが、目の前にはまだ二人いる。正直イイデサターンの方はもうバテているようにみえるので領域は使いたくないが、ナイスネイチャの方が未知数だ。一位をとった経験こそ少ないものの必ず掲示板にいるウマ娘、万が一ということがあるかもしれない。使っておこうか。前二人を取り込む程度なら後半に影響はないだろう。
「「!?」」
領域を展開したとたん、目に見えてナイスネイチャが動揺する。イイデサターンは東京優駿でも食らっているのでさほど驚いていない様子。ただもう彼女の機体は白煙を噴いている。これは…うむ。ミサイルを撃ち込むのは酷というものだ。
ロックオン対象をイイデサターンからナイスネイチャへとシフト、一秒と経たないうちにロックオン完了のブザーが鳴り響く。
「FOX2」
距離が近いこともあり、発射とほぼ同時に着弾、回避行動をとることすらかなわず彼女は被弾した。轟音とともに爆炎に包まれ、落伍していく。そのまま、今の今まで彼女がいた場所へと機体を滑り込ませ、イイデサターンに並ぶ。
「…ッ、何故、撃たない」
イイデサターンは息も絶え絶えにそういった。もう喋るのも辛いだろうに。
「その必要がないからだ」
そのまま加速し、彼女の先を行く。
領域の解除間際に見たイイデサターンの顔は、恐怖と怒りに染まっていた。
『まもなく第3コーナーに入ります。先頭に変更はありません。十八番アルカンジュが現在6位につけています』
『いやぁ…末恐ろしいですねえ。まだ余裕そうだったナイスネイチャが一気に落伍していきましたよ』
コーナーはしっかりと内側を回る。少しでもスタミナの消費を抑え、ラストスパートに使用する分を残しておくためだ。おや?誰か垂れてくるな。
『第4コーナーに差し掛かったところで一番ナカノハヤテ限界か?あおりを食らって二番シンホリスキーも下がってきます。これで先頭は十五番イイデセゾンとなります』
『イイデセゾンのスタミナも成長しましたね』
全くその通りだな。最終直線で撃墜する相手が増えそうだ。対戦相手の成長はやはり面白いものだ。
最終直線に入るまでもう幾分もない。その間に限界を迎えて垂れてきたナカノハヤテとシンホリスキーを横目に抜かし、4番手へと浮上する。前にいるのはイイデセゾン、トウカイテイオー、スペリオルドーラの3名。最後の直線は404m。撃墜は十二分に可能な距離である。
であるならば。
『まもなく最終直線に入ります』
展開のタイミングは…
『どのウマ娘もスパートの態勢に入ります』
ここだ。
『おぉっとアルカンジュの領域が炸裂!我々の視界までもジャックする強い領域、ダービーに続き2回目です!』
『やはり1度経験してても慣れませんね。ですが選手の方はそこまで動揺していないようです』
来た。アルの領域。ダービーで負けてからしばらくの療養期間の間はボクの領域をでっかくして打ち消すことを考えていたけど、走れるようになってからのカイチョーとのトレーニングでそれは諦めた。カイチョーの領域はアルの領域に近いものだけど、到底破れるものではなかった。
ならば溶け込めばいい。それがボク、トウカイテイオーの出した結論だった。カイチョーの伝手を使って海外で昔活躍したアルと似た領域を使える人を呼んでもらって、ひたすら並走トレーニングを繰り返した。アルのよりは弱かったけど、十分だった。
やたらとハンカチを大事にしていたそのウマ娘からは多くのことが学べた。学んだのは周りを巻き込む形の領域の対処の仕方、溶け込み方など。まぁ、その講義の合間に挟まれる故郷の凱旋門賞ウマ娘の…友だち?の自慢話は耳にタコができるほど聞かされたけど、得られたものは大きかった。
おかげで今、アルの領域に取り込まれたけど、以前に感じていたような力が入らない感覚はない。自由に動ける!
『おっと?四番トウカイテイオーの機体のカラーリングが変わってますね。どことなく彼女の勝負服を彷彿とさせます』
溶け込むことは成功しているみたい。この空間で自分を保てている。アルはまだ来ないね。おっと、イイデセゾンさんが下がってきちゃった。
『十五番イイデセゾン粘ってきたがやはり苦しいか!?機体が徐々に後ろへと流れていきます。今、四番
『ですが十五番イイデセゾンはかなり辛そうです』
ほう、イイデセゾンはF-104だったか。いい機体だ。だがもう限界だろう?さぁ、その場所を明け渡すんだ。
『Su-30SMがF-104を撃墜せずにパス、そのままF-104は落伍していきます』
『それにしても今回の領域は雲が多いですね。時々機体が隠れて見えなくなります』
さぁ、時間だ。
目の前で右に左に動くドーラに狙いを定める。おそらく彼女の機体では今断続的にレーダー照射アラートが響いている。それによって著しく集中が乱されていることだろう。レースは、集中力を欠いたものが負けるのだ。
ビーーーーーー…
「FOX2, FOX2」
立て続けにミサイルをドーラに向けて放つ。白い煙の尾を引いたそれはほどなくして彼女に命中、エンジン部分から黒煙が噴き出す。同時に速度が低下し、私の後ろへと下がっていく。
安心して前のトウカイテイオーに狙いを定めようとしたその時、後ろから空気を裂くような音が聞こえてきた。ミサイルだ。だが、ロックオンアラートは沈黙を貫いている。警戒して身構えるも、程なくしてそのミサイルは私に命中することなく頭上を通り越していった。ドーラが最後の抵抗に放ったようだが、無駄に終わった。これで残すはトウカイテイオー、ただ1機だ。
『やぁ、アル。調子はどう?』
無線だ。まだ話しかけられる余裕があるとはな。
『無事に1着が獲れそうで最高の気分だ』
『へぇ、言うじゃん』
その無線を最後に、テイオーの機体がその身を翻した。あぁ、またか。貴様は東京優駿と同じ手法をとるのか。ミサイルは撃てるようになったのかね?
自分の機体の真上を随分と明るい色になったF-22が通り過ぎた瞬間、機体を急加速、急上昇させる。こうすれば目の前にマニューバ後の失速中のF-22が来るという寸法……
「居ない…!?」
目の前にいるはずのテイオーの機体が、いない。どうなっている?間違いなく私の頭上を通ったはず。
『残念!お先に失礼させてもらうよっ!』
クルビットを終えて失速した私の視界には、先ほどよりも小さくなったF-22のエンジンの光が見えた。なるほどな、戦わずに逃げる作戦か。
『逃げ切れるとでも思っているのか?』
アフターバーナー起動、保持してきたスタミナの使いどころはここだ。消費量何倍でも構わない。追いつくことができればいいのだ。
瞬間、視界が歪み、張り付くような加速を感じる。現実世界だと足の回転速度が上がったといったところか。
『その加速は一体なんなのさー!』
ピピッ
兵装を切り替える。QAAM、こいつは高速かつ高機動で動く敵に対して有効だ。
通常ミサイルの耳に響くブザー音でなく、チチチチチという小さな電子音が連続する。ロックオン完了だ。
「FOX3,FOX3!」
2本の白い線が狂いなくF-22に向かって吸い込まれる。
『ウェッ!?か、回避!』
回避軌道をとろうとするが、高速故、機体が急には曲がらない。終わりだ。
『間に合わんよ。諦めろ』
『ワケワカンナイヨ-!!』
着弾、爆炎が噴き上がり、テイオーのF-22はバランスを崩すと同時に失速した。それを最高速を維持したまま抜かし、首位に立つ。
『十八番
宿敵になると思われていたトウカイテイオーは撃墜した。もうこのレースで抜き返されることはない。
だというのに。
「ーーーーなんだ?この胸騒ぎは…?」
なにか、見落としたか?
”ビーーーーッ!”
「ッ、ロックオン!?」
『FOX2!!』
雲の、中からだとッ!?
ダメだ、速度が速すぎて機体が曲がらない!これではテイオーの二の舞ではないかっ!!
『マヤノ…トップガンッ…!』
『撃墜確認はしっかりとねっ!ユー・コピー?』
瞬間、衝撃が私を襲う。なんということだ。私が被弾するとは!それよりも、彼女は確かに墜としたはず…!
計器類は異常を示し、コックピット内はエラー音が鳴り響いていた。機体ダメージは深刻、エンジンは推力を維持できない。被弾は一発だというのに、当たり所が悪かったのだろうか…?
まずい…速度を保てない、このままでは…!
灰一色のF-14が、私の前に躍り出る。決してその速度は速いとは言えない。だが今の私には、追いつけない。
(脚が…限界だというのか…!?)
テイオーへ肉薄するのに脚を使いすぎたか…!クソッ、あと少しだというのに!
じりじりと、F-14との差が開く。私の領域が、だんだんと薄れていく。空が、消えていく。ゴールまで、保てない。
私が、ここで、こんなところで…。
負けてしまったら、どうなる?
次は、あるのか?
領域は完全に消え去った。もう加速する脚も残っていない。だが、それでも。
速度を、もっと、速度を!
脚が……重い…!
『今、ゴォォォルイン!1着は奇跡の大逆転を見せた十一番マヤノトップガン!2着は僅差で十八番アルカンジュ。3着は四番トウカイテイオー!』
『着順が発表されるまでしばらく、お待ちください』
投稿がバカみたいに遅れた理由をお話ししましょう。多忙なリアルと初のデジタル絵である挿絵を描いていたからです。