ある日のこと、俺はある作業をしていた……のだが、突如"ボキリ"という音と共に手にかかる重みが一気に消えた。見ると、手に持っていたあるものがへし折れていた。
「うげっ……ついに寿命か。これたけーんだけどなぁ」
無惨にも今回逝ってしまったのは、
そしてチューニングハンマーでその弦を固定しているピンを調節することで張り具合や弦の長さを調整、結果として出る音まで調整するんだが……そのチューニングハンマーが折れちまった。こうなるとどうしようもない、ピンの形状にも種類があるからな。下手に「これでいいや」と適当に済ませたら今度はピンが折れかねない。となると……買うしかないか。
「くそぅ、結構高いんだぞこれ……」
プロ用ともなれば平気で七万か八万くらいは金が飛ぶからな。八幡だけに。なんて泣き言を言ったところで折れたものが直る訳もなく、仕方なしに俺は作業を一時中断。楽器専門店へと向かうことにするのであった。
「ありがとうございましたー」
店員のそんな声を背に受けながら店を出る。畜生、予定外の出費だ。口座にまだ金が日本円で九桁あるとはいえ、基本的には小市民寄りの金銭感覚なんだぞ俺は。明日突然片腕を失ったら楽器は引けなく…………いや別にならないけども。腕一本ありゃ楽器くらい演奏出来るけども。俺は出来るけども。それでも何が起こるかはわからん、多寡に関わらず「予定外の出費」というだけで痛いんだ。
「……にしても、腹減ったな」
時間は昼前、十一時半。昼飯時ということに加えて、俺が今出た楽器店はショッピングモールの中。近くの
「適当にラーメンでいいか」
麺類大好きだし。
そんなこんなで腹も膨れた。にしても大盛りにして半チャーハンと唐揚げもついて1000円ほどというのは随分と豪気な価格設定だな。満足出来たけど採算は大丈夫なんだろうか。
「さァて、せっかく外出たわけだし後何かしときたいことあっかなー……っと」
晩飯の食材は……まだ充分あるし。ゲームのソフトも、基本的に限定版系以外はダウンロード販売派だからウィンドウショッピングとかしないタイプだ。本も嵩張るから電子書籍。片付け出来ない訳じゃないけど、それはそうとして片付け自体がめんどいから物はなるべく減らしたい。
「……ん?」
そうなると飲食物とかの消え物かなぁ……なんて思いながら歩いていると、見知った影が俺の目に留まった。
「お、スバル」
「うん? ……ああ、八幡!」
偶然出くわしたのは、同じ一高の生徒である里美スバル。どうやら彼女も何かしらの用事か、はたまた暇だったのか──────まあそこは区別がつかないのでどうだっていいが。とにかくショッピングモールに来ていたようだ。着ている服も一高の女子用制服でなく、動きやすい中性的なパンツスタイルだな。
「八幡は……どうしてここに?」
「チューニングハンマー……楽器の調律用工具が壊れちまってな。新しいの買いに来たんだよ」
お陰でちょっぴり懐が痛いです。
「それは災難だったね……僕は暇だったからCADを見に来たんだ。意外と色々な
なるほどねぇ、まあ確かに用途によって色々な型があるもんな。つっても
「具体的にはどういうのがあるんだ?」
「定番は携帯端末型だね。然程大きくないから携行性に優れてるし、何より携行時は
「見た目に出ない……そりゃまたどうしてだ」
「まあ簡単に言うと、
確か森崎ん家はそういうのメインの家業だったか。なるほどね、警護の場合会合の場にも付き添うことだってある。腕輪型や指輪型といったアクセサリー型は
「特化型なら
武器ってかっこいいもんな。俺もわかるよ。
「八幡は楽器型だよね。ってことは……ワンオフ品か」
「よく分かったな」
「いや……依頼でもされない限りそんなの作る人いないし……」
うーん、正論。俺じゃなきゃあんなもん依頼しないし、仮に居たとしても使いこなせるのは俺くらいだし。
「にしても、CADマニアだったとはな。中条先輩と話合うんじゃね?」
「うーん……先輩はCADの
言われてみればそうか。まあこれは『
「スバルが使うならどういうタイプになる? 俺は……正味照準機能が要らねえから、使うなら分かりやすく近接武器型になると思うが。基本的に距離関係ないから相手が離れたとこを狙い撃つ感じで」
「うーん……僕も近接かなぁ。そもそも『認識阻害』で殴り合い強いし」
そうじゃん、コイツ認識阻害もあって本気で潜伏されたら基本的に見つかんないんだ。言ってしまえば型月の
「裏を返せば、一度お前に狙われると対処が間に合った段階でカウンターして確殺キメないと今後一生後手に回り命を狙われ続けるわけで」
「そういうこと。八幡ならこの場合どうする?」
「えっ、自分の居る建物ごと粉砕して崩落に巻き込んで殺す……俺はそんくらいじゃ死なないし……」
「うんまあ八幡ならそれ出来るよね」
照準合わせらんないなら照準もクソもねえ攻撃で圧殺すればいいだけだしな。塩い手ではあるが、命がかかってる場でそんなのわざわざ選んでらんないって。それ以前に俺はスバルの『認識阻害』効かないけど。
「やっぱりある程度の遠距離攻撃が出来る魔法と、機動力底上げが課題かなぁ……って、あれ?」
そんなことを話しながらショッピングモール内を散策していると、スバルが何かに気付いたようだ。
「どしたよ」
「うん……アレ」
見れば……うわ。
「ちょっと、辞めてよ!」
「いーじゃんかよぉ!」
このご時世珍しいナンパをしてる男と、それに絡まれてる茶のショートカットの髪をした推定女子中学生が居た。
「……どうする? 止める?」
「うーん……仕方ない」
見ちゃったしどうにかするしかねえか。
「スバル、あのバカは俺がやるから女子の方頼む」
「了解」
一瞬で作業の分担完了。というわけでやろうか。
「──────天昇せよ、我が守護星。鋼の
その言葉と共に、俺の周囲に水色の燐光が煌めき始める。本来ならエンターテイナーとしてエフェクトをもっとつけたいんだが、公共の場ではこれくらいが限界だ。
「有翼の帽子と靴を身に纏い、双蛇の巻かれた杖を手に、主神の言葉を伝令すべく地表を
示すは
「盗賊が、羊飼いが、詐欺師と医者と商人が。汝の授ける多様な叡智を、今かと望み待ち焦がれている」
『シルヴァリオ ヴェンデッタ』において、舞台である軍事帝国アドラー相手に取引を行う商国出身名家の三男坊。
「
あるいは主人公の親友であり、主人公と同じ負け犬。
「願うなら導こう──────吟遊詩人よ、この手を掴め。愛を迎えに墜ちるのだ」
あるいは──────帝国が死体を用いて製造した、
「太陽へかつて譲った竪琴の音を聞きながら、黄泉を降りていざ往かん。それこそ、お前の真実である」
名を『ヘルメス-
それ即ち──────
『
ミゼラブル・アルケミスト。最高の人造惑星にして最優の魔星、逃避の
「──────吹き飛べ」
「あっ? ──────なあっ!?」
そう一言呟けば、ナンパ師がまるで
その真価は
「寝てろ」
そう呟き、ナンパ師の体内……血中の鉄分、酸素を運ぶ赤血球に干渉。一時的に血流を著しく滞らせ、酸欠状態にして気絶させる。そして魔法を解除し、地面に落とした。……うん、外傷なし。いい感じに加減出来たな。
「そっちは?」
「大丈夫。怪我はないよ」
ならいいや。
「あ、ありがとうございます!」
そんなことを考えていると、さっきまでナンパされていた少女がお礼を言って頭を下げてくる。
「気にすんな、寧ろ大丈夫か?」
「いえ……
「君のお姉さん化け物か何かで?」
怖いんだけど。
「……というより、そちらこそ大丈夫ですか? 魔法使ってましたけど……」
「警察の捜査ってさ、まずエイドスの改変痕跡から探るんだよ。次に残留してる
「……?」
「俺は余剰想子が殆どないから、証拠として使える想子が
だから俺が魔法を使っても、俺が使ったという証拠が事実上発生しない。なので問題ない。ただし現行犯逮捕はダメ。
「だから気にしなくて大丈夫。これじゃ俺を逮捕できない」
「別ベクトルの問題がある気もする……」
シャラップスバル。
「まあそういう訳だ、姉ちゃんと来てんならあんまり逸れてやんなよ。兄貴姉貴ってのは弟妹が心配な生き物なんだからよ」
ちなみに俺にとって一番身近な具体例は達也と
「は、はいっ!」
「良し、いい返事だ。元気な返事のご褒美に……ほい」
そう言いながらすぐ近くの自販機でりんごジュースを一本買うと、その少女に押し付ける。
「ほら、これ飲んで忘れちまえ。ろくでもねえ思い出なんざとっとと失くすに限る」
「ありがとうございます……頂きます」
……ま、感情を支配する音使いだからこその信条だがな。トラウマだの嫌な思い出だのはやろうと思えば無理やり忘れさせることもできるが、本人の中で自然と風化して忘れ去ってもらう方が予後が良い。
「じゃ、俺たちはこれで。もうあんなの引っかかんなよー」
「あ、待ってよ!」
そう言って立ち去る俺とスバル。いやあ、良いことすると気分がいいな。
「少しよろしいですか? 今先程この辺りで魔法の使用について通報が──────」
「八幡?」
「作品ナンバー100、『
「八幡?」
よし、今来た警官からはここ数時間の記憶を奪った。これで万事解決だな。「嫌な思い出」は「(俺にとって覚えていられると都合が悪いので)嫌な思い出」も含むよ。
……一方その頃、先程八幡とスバルがナンパから助けた少女はというと。
「あ、お姉ちゃん!
丁度その姉、そして
「
「ごめんごめん、気が付いたらはぐれてた」
そう言って頭を搔く、
「あら、そのペットボトルは?」
「いやー、はぐれてる間にナンパされちゃってさ。その時に助けてくれた人がくれた」
あ、お礼はちゃんと言ったよと付け足す香澄。その言葉に真由美は頷くと、その『助けてくれた人』について話が移った。
「そう……それで、その助けてくれた人というのは?」
「えっと……あ、名前聞きそびれちゃった。
「えぇ……」
ガッツリ市街地で魔法使うやべー男と眼鏡の男の二人組。さすがにそんな情報で絞り込むなんてこと真由美にも不可能だった。
「(達也くんに八幡くんあたりなら……でもあの子たちに眼鏡かけた男の人の知り合いなんているかしら。今度聞いてみましょう)」
なお、聞いても色良い返事はなかった。当然だ、何せ香澄が勘違いしているだけで今日のスバルは
──────今回助けた少女、名を
比企谷八幡
調律工具が壊れたので買いに行った先で友達と一緒に未来の縁を作った。
里美スバル
暇なのでショッピングモール行ったら友達と一緒に未来の縁を作ることになった。中性的な男装状態で香澄に男だと勘違いされている。
七草香澄
姉と双子の妹との三人で買い物に行ったらはぐれた。ナンパされたが野生の狂人とその友達に助けられ、未来での縁が生まれた。スバルのことを男子だと勘違いしている。
『
ミゼラブル・アルケミスト。電気で電磁石を構築、その磁力を操作し様々な事象を起こす放出系統魔法。本編では相手を吹き飛ばしたり血中鉄分に干渉することで酸欠を起こさせるなどしたが、その能力は正に万能にして変幻自在。凡そ磁力が関与する事象全てを引き起こせると言っても過言ではなく、その万能性はそこらの魔法師からすれば喉から手が出るほどに起動式を求められるであろうことが想像に難くないほど。なおどっかのバカはそんな魔法をナンパ師撃退に使った。
また、その気になればCAD内の感応石に磁力で干渉しその反応を抑制し