| 八幡 |
| 22:58 |
| 皆で海に遊びに行かない? |
| 22:58 |
| 既読 | 行くわ |
| 22:59 |
| 既読 | 絶対行く |
| 22:59 |
| 既読 | 何がなんでも行く |
| 22:59 |
| うわびっくりした |
| 22:59 |
| 爆速で既読と返信来るじゃん |
| 22:59 |
| まあ話が早くて助かるよ |
| 22:59 |
| 既読 | 日程は? |
| 22:59 |
| 予定盛り沢山の達也さんに合わせる |
| 22:59 |
| 明日の朝にでも深雪が聞いてみるって |
| 22:59 |
| 既読 | 了解、決まったら教えてくれ必ず空けておく |
| 22:59 |
……なんてことがあり、俺はわくわくしながら準備を整えて待ち合わせ場所に向かっていた。指定された集合場所は神奈川にある葉山のマリーナ。葉山と言っても
「──────一番乗り、か」
ワクワクしすぎて、到着したのはなんと予定集合時間の
「……ん」
情報端末を使いネットサーフィンすること凡そ30分。すると、俺の耳に異音が響いてきた。その方向を見ると、一台の乗用車が向かってきていた。そしてその車はマリーナで停車……中からは心音が四つほど。うち二つは同年代の女子、一つはそこそこの年齢の男性のもの、一つは……成人は迎えているであろう女性のものだ。なるほどね。
「あ、八幡。もう来てたんだ」
「めちゃくちゃ楽しみで待ちきれなかった」
「遠足前夜の小学生かな?」
耳のせいでまともに社会的生活送れなかったからな。小学6年生の修学旅行が俺の初めての遠足だぞこちとら。
「そういう雫も、随分と楽しみにしてたみたいじゃないか」
「……わかる?」
「ああ。表情の変化は光井くらいしかわからんだろうが、心音が弾んでいるのがよく分かおぐぅ」
腹パンされた。
「……変態」
「ごめんて……」
そんなことを話していると、車から一人の男性が降りてきた。その男性はギリシャ帽を被り、飾りのついたジャケットを着ており……所謂『船長スタイル』というやつだった。
「初めまして、本日から三日間お世話になります。雫さんの学友である比企谷八幡と申します」
「八幡が……敬語を……!?」
「よーし雫、普段俺をどう思ってるかについてちょっと話そうか」
俺のこと『天上天下唯我独尊全方位ウルトラ無礼人間』とでも思ってるのかな君は。
「ははは、そう硬くならなくても大丈夫さ。雫から君のことは色々聞いているよ。私は
「……一応、雫が何と言っていたかお聞きしても?」
「無駄に強い異常者と」
「雫ァ!!」
俺が叫び、雫が逃げる。あんにゃろ……何を言ってんだ。
「だがそれ以上に、頼りになる大事な友達と言っていたよ」
そう言って差し出された手を握り返す──────瞬間。
「っ……」
その手が力強く、万力のように俺の手を締め上げてきた。……なるほどね。
「こちらこそ、雫には色々と助けられています。本当に、俺には勿体なく思えるくらいの頼りになる友人ですよ」
その目は娘の友人以上に、
「……ふ、我が娘ながら人を見る目は中々良く育ったらしい」
めっちゃ親バカ発言が飛び出してきた。
「お父さん?」
あ、何か癪に触ったらしい雫がやって来て連れていった。
「お父さん、八幡に圧かけないの」
「いやあ、だって雫に悪い虫がつかないか心配だし……」
「八幡はそういうタイプじゃないから大丈夫だって。そもそも音楽家やってて既に金も地位も名誉も持ってるんだもん、下心で私に近付くメリット全くないよ」
「それは分かってるけども……念の為に、ね?」
「第一に、八幡って趣味で魔法師やってるし。知ってる? 九校戦出場決めた理由『良い成績取れたら夏休みの宿題無くなるから』なんだよ」
「えぇ……」
……聞かなかったことにしておいてやるか。暫く手持ち無沙汰にしていると、雫と潮さんが戻ってきた。
「いやあ、すまないね。娘に叱られてしまった」
「いえ、お気になさらず。私も若い身ですが、何時か連れ合いを持って子供まで出来てその子供が雫みたいに可愛らしい時、同じことをしない自信はありませんから」
何なら俺は身内への情が深いタイプだからな。
「ふふ、上手いことを言う。どうだ、その人生の連れ合いに雫と言うのは」
「お父さん?」
「願ってもない、私には勿体ない程のお話ですが……」
「八幡?」
「不肖この私は、魔法師である前に人の心を感動で動かすエンターテイナー……音楽家で御座います。そんな私が、肝心の当人の感情を無視して事を進めるのは以ての外というものでしょう。故にこの場は一つご容赦を。お互い、勝手に話をして雫に怒られるのは避けたいでしょう?」
「違いない、この辺で仕舞いにしておくとしよう。……だが、まあ」
そうだな、まあ──────
「二人とも正座」
とりあえずちょっぴりおこな雫が許してくれるかは、また別問題だ。
「これは……どういう状況だ?」
なお、雫による説教は何だかんだと全員集まり、説教されてる俺を見て達也がそう呟くまで続いた。朝5時から説教しないでくれと呟いたら脳天をぶん殴られた。
「なあ、八幡」
潮さんに見送られてマリーナを出て、およそ九百キロ離れた北山家の別荘へとクルーザーへ向かう俺達。高性能な
「どーしたよ」
「先程『クルーザーよりも安くて速い飛行機を使わないのは何故だろう』とふと呟いたら、レオとエリカに『旅の醍醐味』と言われてな。いまいち分からんので聞きに来た」
「お前そーゆー機微的なの疎いよな……」
度々ズレてるよね、達也。まあいい、それくらい説明するさ。
「人には余韻といった
近年は
「人は存外に脆いからな、休める時間だって必要だ。刺激ばかりじゃ疲れちまう。そうだな……深雪が綺麗な服で着飾るとなった時、深雪がその衣装に着替えている間。達也が『可愛い妹はどんな綺麗な服を着てくるのだろう』と思いを馳せることは、果たして無駄だと思うか? 例えどんな服を着ていても深雪が可愛く綺麗で美しいことが自明の理であったとしてもな」
「……なるほどな。確かに、俺にとってそれは無駄とはなり得ないな」
「そういうこった。与えられる物を受け取るまでの間、それに対して心踊らせ待ち望むことは受け取る側のマナーと言ってもいい。共に居る相手と『この後何しようか』『どんな感じなんだろう』と話して待ち望むこと。それを含めた
余韻を楽しめない奴は人生の9割を損してるってのが俺の持論だからな。
「ま、分かんねぇならこれから学べばいいさ。まだまだ俺ら
「……そうだな。ゆっくり学んでいくとするよ」
「おう、しろしろ。趣味人の極致みてえな
さて、趣味の話も出たし。折角だから一丁やるか。俺は今回皆で海で遊ぶと聞いて色々と準備しておいた大荷物の中からあるものを取り出す。それは──────ウクレレだった。
「何で?」
「海といったらウクレレだろ」
「知らない文化」
困惑するエリカを他所に、一曲演奏しよう。楽しい楽しいビーチバカンスだ、明るい門出で始める方がいいだろ?
途中嵐に遭うこともなく──────「八幡、万が一嵐に遭遇したら吹き飛ばして」「出来なくはねえけど反動でこの船消し飛ぶけどいいの?」「やっぱ辞めて……」「嵐吹き飛ばせはするんだ……」なんて会話こそありながら──────俺達を乗せた船は、無事に別荘のある
到着もそこそこにビーチへと向かった俺たち。白い砂浜に眩しい太陽、その光に煌めく海面……また随分と素晴らしい景色だった。早々に沖へと駆け出したレオと幹比古によって飛沫が上がりまくってるが。
「っし、パラソルやらシートやらのセットも完了と」
俺がセットしている間にとっくにセットし終わって日陰でのんびりしていた達也*1も、深雪や光井の言葉により泳ぐ気になったようで。上に羽織っていたヨットパーカーを脱ぎ──────空気が変わった。
「達也くん、それって……」
エリカの言葉に、しまったと言わんばかりに達也の顔色が僅かに変わる。
パーカーの下にあったのは、鍛え上げられた鋼の肉体。しかしそこには、無数の傷跡があった。切り傷、刺し傷、火傷──────血のにじむような鍛錬によるものであると、容易に察せられるそれ。……ふむ、しょうがないな。
「すまない、見ていて気持ちの良いものじゃ──────「ていっ」
脱ぎ捨てたパーカーを拾い上げようとした達也の背後に忍び寄り、膝カックンを叩き込んだ。崩れ落ちる達也、慌てる深雪。ウケんね。
「……八幡、何を」
「クソしょうもねえことで顔しかめてんじゃねーよ、ドアホ。それに何の恥じ入る要素がある? お前の鍛錬の証ってのはバカでも解るんだ、胸を張れとまでは言わんが堂々としとけ。それでお前に対しての見る目が変わっちまうほど俺らはガキじゃねえよ、バカにしてんのか」
それに、と一度前置いて。
「それ言ったら俺だってやべーよ。ほら」
そう言って、俺もまた上に着ていたラッシュガードの前のファスナーを開いた。
そこにあったのは傷、傷、傷。達也と同じように刺し傷切り傷、火傷……強いて違いを挙げるならば、その傷の全てが
「……その傷は?」
「俺の聴覚の副産物。師匠に出会って色々教わるまではマジで制御効かなくてな、超騒音に寝ても覚めても二十四時間三百六十五日苛まれ続けてたんだよ。それを誤魔化すため、あるいは解放されるためにしてた
確か物心ついた時から自傷癖あったから……師匠に出会うまでの十年ほど、毎日毎日自傷行為に走ってたな。試みた自殺は五千回以上、多い時は一日三回くらい自殺しようとしてたくらいだ。まあこうして達也や深雪、雫たちと出会えたから自殺に成功しなくて本当に良かったが。
「で、達也はこれ見て俺への態度が変わるか?」
「いや……今が平気ならどうでもいいが」
「
勝利からは逃げられない──────なぜなら、常に消え去らない
そして過去は減るものではない。どれだけ振り払おうとしても、降り注ぐ雨のように内へ溜まって増えていくものだから。
己の生きた足跡を受け止める……それはとても簡単で、同時にとても難しいこと。
極論、痛みはどこまで行っても自分の物。それを肯定できなければ、他者をどれだけ屈服させて新たな勝利を得ようとも、
その錯覚から解き放たれたいならば、たった一つ、気づくしかない。自分の重ねてきた時間が生きてきただけで価値を秘めているものなのだと……そう思えたその時、人は何処へだって飛び立てる。
悲しいことも、苦しいこともあったとしても、だからといって嘆かなければならない理由なんてどこにもない。
目をそらさなければならない理由も、逆に見つめなければならない義務さえない。悲しめと命令するものなどおらず、また涙を流しながら笑うことさえ否定されていない。
どんな辛い記憶でも空っぽじゃない限り、人は気づけば簡単に救われてしまえる生き物なんだと。
古い愚かさを笑って許せるようになれば、それがもはや勝利なのだ。誰にとっても同じ、普遍的な意味合いでの“勝利”。人が生きていく上で勝つということ。
「お前がその傷跡を嫌な思い出として忌避してるなら仕方ない。だがお前が『そういうこともあった』『今となってはどうでもいい話だ』と受け入れてるんなら、態々変に気遣うだけ無駄だし迷惑でしかない。それならいっそそれを『そういうもの』として流して今を楽しむ方が俺たちにとって重要だ、そうだろ?」
そう言いながら、大荷物の中から持ってきた秘密兵器を取り出す。それは何と
「ほら、とっとと逃げねーと撃つぞ」
既に海水は充填済み。LED発光とモーターが唸る動作音が響く。その場にいた全員が逃走のために駆け出すのは三秒後の話であった。
比企谷八幡
『悪霊の聴覚』の『無数の人間から発せられる想子を音波として認識してしまう』という副作用により、物心ついた頃から発狂と覚醒を繰り返していた。物心ついてから、騒音の苦痛に慣れて発狂しなくなるまで三年。そして発狂しなくなってから師に出会うまで約七年。合計十年間、発作的な自傷行為に苛まれ続けていた。現在では鎮静化しているが、何かの拍子にパニックになると激しく首を掻くなどの自傷行為が表層化する。本人が『とりあえず暴力で解決しよう』という傾向があるのもこの為で、パニックになる前に一旦事態に一段落つけようとするのが原因。
司波達也
過去もあって人間の感情の機微に『知識』はあっても『実体験』『実感』がないため、専らそういう分野では八幡を教師としている。
司波深雪
お兄様の傷跡も『そういうもん』『達也は達也だろ』と言ってくれた友達ににっこり。
北山雫
男友達と父親が秒でうっすら意気投合してて困惑。