夏休みも明け、二学期初日のこと。達也は八幡を連れて、生徒会室にてランチタイムと洒落込んでいた。著しく男女比の偏った空間で男一人というのは肩身が狭いのと、九校戦での好成績により一高の『割と良い生まれ』な生徒らに先輩同級生を問わずアプローチをかけられまくったことでストレスがマッハな八幡を逃がすついでに連れてきていた達也だったが、十分ほど前の自分の英断を柄にもなく褒め讃えたくなる会話が繰り広げられていたのだ。そんな中で、真由美が口を開いた。
「私たちも、今月で引退かぁ……」
先程まで『夏の暑さに浮かれた性の体験談』みたいなトークをしていたのは何だったのか、と内心首を傾げる達也。だがそれを顔に出すことなく、八幡をボードゲームでボコボコにする。
「そういえば、会長選挙は今月でしたね」
「ええ。選挙は月末ですが、体裁を整える必要はありますので。来週には選挙公示と諸々の準備に取り掛かる必要がありますね」
さすがに自分も関与することになる話題だけに、達也の意識が向けられる。そしてその達也の質問に答えたのは、さっきまで半分猥談じみたトークをしていた鈴音だった。あの冷静沈着な表情が崩れないのはどういうことだ、と自分を棚に上げて疑問に思う達也。
「体裁だけなんですか?」
実質は無いのか……という趣旨の質問だが、鈴音は達也の意図を正確に理解した。
「立候補者が複数いれば、選挙は行われます。と言っても、生徒会長になろうという生徒は限られていますから、所詮は身内同士の争いですが」
「身内同士?」
「過去五年、生徒会長は主席入学だった生徒が務めています」
そういえば、この部屋に呼び出された最初の日にそんなことを聞かされた記憶がある。
「つまり、選挙をするまでも無く生徒会長は決まっていると?」
「そうとは限りません。過去五年ということは、六年前は違っていたということです。ただ、直前の生徒会役員でなかった生徒が生徒会長になった例はありませんし、今回もまた、選挙になったとしても、服部君と中条さんの一騎討ちでしょうから。おそらく選挙前に、話し合いで立候補者は一本化されるでしょう」
成程、それなら確かに「身内同士」だなと納得する達也。しかし、納得できなかったのは、有力候補と名指しされた本人だった。
「わたしには生徒会長なんて無理です! 話し合いなんてしなくても、立候補するつもりはありません」
今の段階から涙目になっているようでは、確かに生徒会長は務まらないだろうな、と、これまた達也は納得した。……が。
「そうすると、六年ぶりに主席入学以外の生徒会長の誕生となるな」
「次の会長は、はんぞーくんかぁ……」
口とは裏腹に、
個人的な好悪は別にして、ポリシー的にはあずさの方がこの二人には近いだろう。だから彼女を次の会長に据えたい、と考えるのも分かる気はするのだが。
「(……本人にヤル気が無いのでは、な……)」
全く立候補者がいないのならあずさを説得するという必要性も出てくるだろうが、服部が立候補するならそれが一番順当ではないか。そんな思考が達也の脳裏を過ぎる。
「去年の主席入学は中条先輩だったんですね」
しかし、深雪の考えていたことは達也と角度が違っていたようだ。多少意表を衝かれた感もあったが、妹の指摘に、達也は「なるほど」と思った。深雪の指摘がきっかけで、自分も「去年の主席入学者は服部だろう」と、何となく思い込んでいたことに達也は気付かされた。
「そうなのよ。今でも総合成績はほとんど差が無いのよね?」
深雪に頷き、あずさ本人に訊ねた真由美に、答えを返したのは鈴音だった。
「理論は五十里君が学年主席で中条さんが次席、服部君が三席。実技は服部君が学年主席で中条さんが僅差で次席。総合成績も服部君が主席、中条さんが僅差の次席でした」
わざわざ、学内掲示板に貼られた一学期の席次表を、会議用の大型ディスプレイに映し出して説明する意味は……特に無いんだろうな、と判断する達也。朱に交われば……と言うが、真面目一方の生徒なら、そもそも最初からこの会長やこの委員長と対等に渡り合えるはずが無いのだ──というのが達也の鈴音に対する評価だったりする。
「実技の成績も中条先輩の方が千代田先輩より上なんですね?」
この表は深雪も既に見ているはずだが、九校戦を通じて親しくなった名前を改めて見ると、以前とは違う印象が生まれるのだろう。
「花音のヤツは大雑把だからな……そこに関しては、そこの
「せめて、豪快さが持ち味、と言ってあげるべきじゃない?」
身も蓋もない摩利の評価を、真由美が苦笑しながら修正した。大雑把という程ではないが、その最大出力の高さから細かい制御がどうしても不得手な
「逆に、あーちゃんの持ち味は細やかさだから。九校戦のようなスポーツ系競技には向かないのよ」
「だが、来年は中条も選手として出なければならないだろうな」
真由美のフォローには他人事のような顔をしていたあずさだったが、摩利が投げ込んだ爆弾にはビクッ、と身体を震わせて反応した。
「……話題を振ったあたしが言うのも何だが……来年の話だぞ、中条? 今からビクビクしてどうする」
「そ……そうですよね、来年のことですよね……。来年は千代田さん以外にも、司波さんとか北山さんとか光井さんとか、有望な選手もいっぱいいますし……」
上滑り気味の笑い声を無理矢理交えながら応えたあずさを、摩利は呆れ顔で見返した。
「確かに今年の一年女子は有望なヤツが多かったが……学年次席が下級生に責任を押し付けてどうする」
「いえ、そんな、押し付けるだなんて、わたしはただ、適材適所といいますか、その……」
それなりに筋の通ったことを言っている気もするが、半眼で見据えられただけで反論もできなくなるようでは、確かに生徒会長は辛いかもしれんな、と達也は改めて思った。それに耐え切れなくなったのか、あずさが話を逸らす。
「ふ、風紀委員会こそ次の会長は決めてるんですか? 今年卒業ですよね?」
「風紀委員会は指名式だからな、生徒会長のようなまどろっこしい選挙はない。……が、それはそうとして指名先を二択で迷っている」
「というと?」
「今日加入させた
ああ、それは確かに悩ましいな。そんなことを、他人事のように思う達也だった。
パトロール終了後の帰り道。生徒会が終わった深雪。クラブが終わったレオ、エリカ、美月、雫、ほのか。実験室で自主トレを終えた幹比古……達也と八幡はいつものメンバーと久し振りに合流し、駅までの道の途中にある喫茶店でテーブルを囲んでいた。
そして、いつの間にかまたしても、生徒会長選挙の話題になった。
「う~ん……正直言って、ちょいと頼りねえかなぁ」
レオはあずさに厳しい意見。
「でも実力はピカイチ」
「生徒会長は、優しい人の方がいいような気がします」
雫と美月は、どうやらあずさを支持する派のようだ。
「とにかく、服部先輩の可能性は完全に消えたんだよね?」
エリカの再質問に、「ああ。本人から聞いたらしいから間違いないだろう。いくら会長でも、部活連の次期会頭に決まった人間を横取りできないだろうからな」と肯定を返す達也。
「そうねぇ……いくらあの人たちでも、十文字会頭には敵わないような気がするな」
ウンウンと何度も頷くエリカの横で、 「ではやはり、中条先輩が立候補するしかないんじゃありませんか?」と美月が次期会長の予想に話題を戻す。
「でも本人はやりたくない、って言ってるんでしょ? そうだ、深雪が立候補しなさいよ!」
「ちょっとエリカ、何を言い出すの?」
そんなエリカの予想外のセリフに、深雪が目を丸くした。だが、エリカは意外と自分の思い付きが気に入っているようだ。
「別に一年生が生徒会長になっちゃダメ、って規則があるわけじゃないんでしょ? 深雪はこの前の九校戦でピラーズ・ブレイクの新人戦優勝に加えて、二年、三年入り交じってのミラージ・バット本戦でも優勝してるんだし、実力も知名度もバッチリだと思うけどな」
「無茶言わないで。大体、高校生の『実力』は魔法力だけで測られるものではないわよ? 学力ではお兄様に、実技では八幡に負けてるもの」
「学力だったら達也くんがいるじゃん。生徒会長になったら役員を自由に任命できるんだよ? 後八幡は"暴"の気が強すぎるから……」
「心外」
エリカと深雪の遣り取り……後八幡の抗議。それに、美月がエリカを支持する形で参入した。
「そうですね。七草会長は、一科生縛りのルールを廃止するって仰ってましたし」
「美月まで……」
表面的にはたしなめるセリフだが、深雪の声には揺らぎが感じられた。
「そーそー。それにさ、生徒会長になったら達也くんを風紀委員会から引き抜くことだってできるんだよ……」
「逆に達也が生徒会長になってもいいんじゃない?」
「おっ、そりゃ面白そうだな」
幼馴染に張り合ったわけでもないだろうが、今度は幹比古が突拍子も無いことを言い出した。それに対して悪乗り気味な同調をするレオを呆れ顔で見遣り、達也は「それは無理だ」と言い切った。
「確かに深雪だったら一定の支持を得られるかもしれんが、俺に票が集まるはずは無い」
しかし、どうやら雫の意見は違ったようだ。
「でも達也さんは、九校戦優勝の立役者」
「いや、雫、それはな……百歩譲って優勝に貢献があったとしても、競技には一つしか出てないんだから。しかもそれも八幡を矢面に立たせてのものだ、メインとした裏方の仕事なんて表から見ても分からないって」
再び出馬の可能性を否定した達也だったが、ほのかから熱心な反駁の声が上がった。
「でも私は、達也さんが立候補したら絶対投票します!」
「わたしもです、お兄様。お兄様が選挙に出られるなら、わたしは応援演説でもビラ配りでも何でも致します」
両隣で微妙に張り合ってる深雪とほのかの熱気に当てられたのか、達也は軽い頭痛を覚えた。助けを求めるように八幡を見て──────
「大丈夫だ達也。いざという時は俺がシバいて解決する」
なぜその一択なのだろうかと、達也の頭痛が悪化した。
その日の夜、するべき作業も明日の用意も終えて床に就いた達也。ある事情により情動の類が希薄な達也にしては珍しく、一つの夢を見た。
それは三年前の出来事。ある兄妹が、今の形になる前の──────今の形になる、きっかけとなった事件。
本来の歴史において喪われるはずの二つの命が生き残り、運命が大きく変わった
司波達也はそれを覚えている。司波深雪はそれを覚えている。四葉深夜も、桜井穂波も。
折り目正しい燕尾服。胸ポケットにはハンカチーフ。軽くウェーブのかかった肩まで届く黒髪に、整った顔立ち。
だが、名を知らない。知っている名は偽りだが、偽りであることすら知らない。████という名しか知らず、彼の本当の名を四人は知らない。
──────裏の世界において、彼は。
比企谷八幡
三年前から、知らず知らずのうちに四葉との繋がりがあった。
司波達也
三年前、妹たちを助けたあの人物を探している。
零崎曲識
三年前、沖縄での一件に関わった。
そういえば、本格的に執筆再開するにあたってふと気になったんですけど。この際文字数は話の区切りのいいとこまでにするため度外視として、何時頃に投稿してくれたらいいなとかあるんですかね。この時間帯に更新するならわりかしすぐに読めるみたいなの。あるならその時間に合わせて予約投稿しようかな。