横浜騒乱編はガッツリバトルあるので……もう少しだから……
九月も月末週に入った。
まだまだ残暑の厳しい日も多いが、めっきり秋らしい風を感じる日も少しずつ増えている。
「……だからと言って、校内の雰囲気が少しも熱くならないのもまた、どうかとは思いますが」
「何のこと?」
小首を傾げる真由美を、少しばかり目を細くして達也は見返した。
「会長選挙のことですよ」
いよいよ明日は生徒総会、そして生徒会長選挙が行われる。真由美にとって、今日が生徒会長としてこの部屋で過ごす最後の日……の一日前なわけである。
「明日か明後日には、会長のこと会長って呼べなくなんのかぁ。イマイチイメージ湧かねー」
そう呟くのは、暇して生徒会室に入り浸っている八幡。
「あら、気軽に呼んでいいのよ? 『真由美先輩』って。ほら、呼んでみて?」
「なあおチビパイセン、去年から身長幾つ伸びた? 俺は7cm伸びたよ」
「滅ぼすぞ」
何故コイツは息をするように人に喧嘩を売るのだろうか。達也からすると疑問でならなかった。
「……まあ、高校の生徒会長選挙なんて、そんなに盛り上がるものでもないのかもしれませんが……」
何の見返りもない、せいぜい内申書の点数が上がる程度の名誉職ならば、然して熱心になる必要はないだろう。
……しかし、そうは言いつつも盛り上がらない理由が別にあることを達也は知っていた。そもそも立候補者が一人しかいない信任投票では、盛り上がりようがない。挙句信任されない可能性はゼロに等しい。こうなった理由は、生徒会長の座に目の色を変える程の魅力はないから……ではなかった。
魔法科高校の生徒会長も、社会的に見れば高校の生徒自治組織のトップに過ぎない名誉職──────しかし、その『魔法科高校』の希少性により話が変わってくる。年に九名しか輩出されない『魔法科高校の生徒会長』という経歴。普通の魔法師ならば──────趣味で魔法師やってるどっかのぼんくらなど例外はいるが──────目の色変えて欲しがる地位である。
では何故、それに対して立候補者が一人しかいないのか。そこには当然、人為的な力が働いていた。
「……」
「……?」
達也は未だに罪の無い笑顔で小首を傾げている現生徒会長へ目を遣った。彼女は一体どういう顔で潜在的な対立候補に立候補を断念すべく説得して回ったのだろうか。『会長って無邪気に見えるだけでフツーに邪気あるからな』と呟いた八幡は真由美によって外に連れ出された。数秒後、鈍い打撃音が何度か響いてくるのに対して達也はそっと合掌する。
「ん~、今回は残念ながらあーちゃん一人になっちゃったからねぇ……。でも一応信任投票前の立会演説はあるんだし、明日はそれなりに盛り上がると思うけど」
返り血を頬につけながら戻ってきた真由美がそう呟く。立候補者が一人では正確に言えば「立会演説」ではないのでは……そんなつまらないツッコミをする趣味は、達也には無かった。後直前に友人がボコボコにされているので同じ轍を踏みたくなかった。
視線を部屋の隅に転じると、昼食もそこそこに、あずさが真剣な顔で原稿と睨めっこしながらブツブツと小声で呟いている。携帯端末のディスプレイではなく紙の原稿を出力して読み込んでいるあたり、確かに彼女は相当気合いが入っているようだ。
……ちなみに、賞品の飛行デバイスは彼女が立候補を届け出た時点で既に渡してある。彼女のようなタイプは成功報酬で引っ張るよりも、報酬の先渡しでプレッシャーを与える方がテンションが長続きすると考えた結果だ。そしてその目論見通り、あずさは変な義務感の虜になって、対立候補もいないのに「頑張らなきゃ、頑張らなきゃ」と自分に鞭打ってここまで来ている。この調子なら、演説が終わるまでこのテンションは維持されるだろう。
「どちらかと言えば、問題は生徒総会の方でしょう」
達也の心を読んだわけでもないだろうが、達也がまさに考えていたのと同じ事を鈴音が口にした。その鈴音は卓上端末のディスプレイを先程から眺めている。……眼球が上下しているから、文書をスクロールして読んでいるのか、あるいは同じ文書を読み直してチェックしているのだろう。
「春の臨時集会であれだけ大見得を切ったからな。今更引っ込みはつかんだろう」
弁当箱を閉じながら摩利がそう指摘すると、「引っ込めるつもりなんて全く無いけどね」と同じように後片付けをしながら真由美が答える。
「もしかしたら暴走する方も出て来るのではないかと懸念していたのですが、杞憂だったようですね」
全員にお茶を配りながら深雪が冗談めかした笑顔でそう言うと、今度は摩利が合いの手を入れる。
「闇討ちか? まあ我が校の生徒に、この女に挑むような身の程知らずはいないだろうさ」
「うわっ、失礼しちゃうわ。女の子相手に、酷いと思わない?」
達也に話を振った真由美の顔には、明らかに冗談だと分かる笑みが浮かんでいる。自分相手に魔法戦を挑むような相手はいない、少なくともそのような実力者なら闇討ちなどという卑劣な真似はしないと、真由美も確信しているのだろう。
「そうですね……用心に越したことは無いと思いますよ」
「そうだぞ、夜道じゃ顔分かんねえんだから。そこらのガキだと間違えて襲いかかったら
達也の言葉に、何とか復活して生徒会室に戻ってきた八幡がそう賛同する。もう一度真由美によって連れ出され、また暴行の音が響いた。それに対して誰も特に反応を示さないあたり、もはや恒例行事というやつなのだろう。
「……真面目な話、一部の生徒が会長の提案をつぶそうと根回ししていて、それがほとんど功を奏していないらしいという噂を耳にしていますので。タイムリミットが近い以上、強硬手段に走る可能性もあるかと」
「確かにそういう噂も耳にしているが……」
摩利が困惑気味に回答したように、反対派は達也から見ても上手に立ち回っている。彼が摩利よりも確度の高い情報を摑んでいるのは、某職員によるまともな手段でない情報収集のおかげだった。
「反対派にとっても、残された日は今日と明日しかありませんからね。会長……今日は、一人にならない方がいいでしょう」
「あはは、やだな達也くん。ちょっと大袈裟じゃない?」
真由美は達也の発言を冗談として、軽く笑って済ませようとした。……が、あまり上手く行かなかった。
「何か摑んでいるのか……?」
冗談にしようとした真由美に乗ってこなかった達也へ、眉を顰めて摩利が訊ねた。
「残念ながら。何か分かっているなら、むしろ安心できるのですが」
「少し考え過ぎではありませんか?」
「ハハッ、そうですね」
鈴音に杞憂ではとの指摘を受けて達也も軽く笑って頷くが、それがポーズに過ぎないことは、誰の目にも明らかだった。そしてまだ戻ってこないあたり八幡がそれなりに重傷であろうことも明らかなのだが、割と芸人気質なので問題なかった。
「達也君」
昼休みも残りわずかとなり、教室へ戻ろうとしていた達也。生徒会室を出てすぐの廊下で、その背中を摩利が呼び止めた。
その言葉に達也と深雪が同時に振り向くと、どういうわけか摩利が軽く苦笑いを浮かべた。大方「仲の良い兄妹だ」とか考えたのだろうが、これこそいちいち気にしていてはきりが無いことだ。
「何でしょうか?」
達也はさっさと用事を済ませるべく、摩利に続きを促した。
「少し相談したいことがあるんだ。本部へ来てくれないか」
彼女が「本部」と言う場合、訊き返すまでも無くそれは風紀委員会本部のことだ。
「今からですか?」
「手間は取らせない。……ああ、そうだ。できれば司波にも同席してもらえないだろうか」
達也と深雪は意外感に打たれて顔を見合わせた。摩利が深雪に「用がある」とか「相談がある」とか言うのは、兄妹が記憶している限り初めてのことだった。
「
友人への無体な扱いに思うところはある達也と深雪だが、アレはアレで『度が過ぎたらしっかりとお仕置きするが、それ以上に身分や立場を気にせず接してくれる』という気楽さもあって真由美や摩利も受け入れているものだ。なまじ良い生まれなせいで友人とのプロレスじみたノリの交流の経験がない真由美たちからすれば結構有難いのである。弄ると可愛いのがあずさで、気兼ねなく話せるのが八幡といった塩梅だった。
それはさておき。半年前に比べると別人の様に……ならぬ、別室の様に整理整頓された部屋。風紀委員会本部にて、半年前には無かった応接セットに摩利と兄妹は向かい合わせで腰を下ろした。そして先程真由美に念入りにボコられた挙句摩利に投げ込まれたことで床に転がっていた八幡が再起動、起き上がったところで。
「──さて、君達のことだ。多分、予想できてると思うが」
摩利のもったいを付けた前置きに、達也は「おやっ?」と思った。何せ微妙な緊張が彼女から伝わって来るのだ。まさか、深雪がいるから……という理由でもあるまい。生徒会室では毎日のように顔を合わせている間柄だ。言葉を交わす機会は何故か少ないとはいえ、上級生の摩利の方が今更緊張しなければならない理由は無い。
「……相談したいのは、真由美のことだ。実はあたしも、さっき達也君が指摘したのと同じ懸念を抱いている」
「……生徒会役員一科生限定廃止案の反対派の件ですか?」
摩利が緊張している理由が見えぬまま、達也は相槌を打った。
「そうだ。……あたしも、反対派が大人し過ぎる、と思う。春の集会では雰囲気に吞まれたのか表立った反対者は見られなかったが、真由美の提案に心情的な反発を覚えているヤツは決して少なくない……はずだ。同じ一高生同士、こういう事は考えたくないんだが、平和的な裏工作が上手く行かずに、暴力的な手段に走るヤツが出て来るんじゃないか、ということは十分警戒しなければならないと思う」
「あり得る話ですね」
そう考える事に躊躇も嫌悪も持たない達也は、暗い表情の摩利に向かい、あっさりと頷いた。
「真由美は……人が好いと言うかお嬢様育ちと言うか、そういう『人の悪意』に疎いところがある。窮鼠猫を嚙む、という心情も、アイツには理解できないだろう」
ふむ、と達也は心中、頷いた。摩利はどうやら、照れているのではないだろうか。この二人の憎まれ口の応酬は仲が良い証拠、というのは傍から見ていれば明々白々だ。それ故に摩利が真由美の心配をするのは達也からしてみれば「当たり前」のことなのだが、摩利はそう思っていないらしい。
「さっきも……君の警告を、あまり真面目に受け取っていなかったようだしな。真由美には『マルチスコープ』の特殊スキルがあるから、周囲を警戒していればアイツに闇討ちを喰らわせられるヤツなぞいないだろうが。そもそもあの能力は
そこまで言ったところで摩利は言葉を切ると、改めて口を開いた。
「それで、だ。君たちに頼みたいのは……今日は真由美と一緒に下校してもらえないだろうか」
「……会長を家まで送って行け、ということですか?」
「別に家まで送らなくても……いや、できればそうしてもらえるとありがたい。学校にいる間は心配ない、と思う。教室では大勢の取り巻きに囲まれているし、生徒会室には市原も服部もいる。一番気になるのは下校時なんだ。あの女は何故か、学校の外で取り巻きを近づけようとしない」
「十師族の直系だからじゃないですか?」
達也が何気なく挿んだ相槌に、摩利は「今まで考えたことが無かった」と表情で語った。
「……そういうものなのか?」
「さあ? 俺は十師族じゃないんで、単なる想像ですけど」
「いや、それが当たりかもしれんな……ともかく、真由美は大体一人で下校する。事故に見せかけるにしても、校内より簡単だ。こういう時期でなければ服部に声を掛けるんだが、アイツは生徒会が終わった後、部活連の方で色々と準備があるようだし……そういう事情で、達也くん、君に頼みたい。最強の対抗魔法『
摩利の話に達也は一つの疑問を抱いたが、それを言葉にすることはできなかった。彼が口を開くより早く、深雪が摩利の問い掛けに答えたからだ。
「お任せ下さい。兄でしたら間違いありません」
「ン、まあ『
『
「……にしても、アレっすね」
「……なんだ、比企谷」
「先輩も大概ツンデレっすね(笑)」
次の瞬間に手刀が脳天に叩き込まれて崩れ落ちる八幡を見て、同じことを考えていた達也は『声に出さなくて良かった……』などと考えるのであった。
比企谷八幡
失言癖がある。敵対するとCADを封じた状態から音使いの技術でボコりに来る。
司波達也
八幡と連んでいるせいでろくでもない思考が混ざりつつある。敵対すると消し飛ばしてくる。
司波深雪
八幡が失言してボコられるのにはもう慣れた。敵対すると凍らせてくる。
渡辺摩利
後輩をシバくのに慣れつつある。敵対するとぶった斬ってくる。
七草真由美
後輩とのプロレスじみた掛け合いが何だかんだ楽しい。敵対すると撃ち抜いてくる。
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