当日。校内は朝から足が地についていない空気に覆われていた。
今日は午後の授業を全て潰して、生徒総会・立会演説会・投票が行われる。クラス単位の集会さえほとんど無くなった現代の高校においては、十分に一大イベントだ。
しかもそれだけではない。何せ今回の生徒総会は、生徒自治制度を大転換する提案が為される予定になっている。賛成派、反対派……両者の水面下のせめぎ合いは、実のところ夏休み前から始まっていた。現生徒会長七草真由美の人気に加え、建前上反対のしにくい提案。新人戦モノリス・コードにおいての二科生の活躍も影響したのか、数の上では賛成派が圧倒している。
だがそれでも尚、反対派であり続ける頑なさが、現在の状況を察している人間にはいっそうの危うさを感じさせ、それがますます学校を覆う雰囲気を落ち着きの無いものにしていた。
「全員揃ったな? 配置の最終確認をするぞ」
午前の授業終了後。風紀委員全員が、委員会本部に集められていた。ローテーションを組んでバラバラに行動することの多い風紀委員が全員揃うことは滅多に無い。生徒総会は風紀委員が一度に総動員される数少ない行事だった。
「委員会の持ち場は基本的に講堂内だ。講堂の外はシステム監視になる。こちらは自治委員会がサポートする」
風紀委員は総勢九名。この頭数で全校生徒五百六十名が集まる会場を警備しようというのだから、外部からの不審者に対処する余力は無い。また、そうでなくとも外部から侵入した無頼漢の相手は、生徒の仕事ではないのだ。
「大扉に私と千代田、通用口に辰巳と沢木……」
いつになく気合いが入っている……摩利の指示を聞きながら、達也は思った。一人称が「あたし」ではなく「私」になっている。風紀委員会という、いわば身内だけの会合では珍しいことだ。
「……演壇の上手が司波、下手が比企谷。以上だ」
摩利を含めた全員が立ち上がり、確認の意を表す。自分たちの持ち場は舞台袖。……もし、壇上の役員に襲い掛かろうという「跳ね上がり」が出た場合は二人で最終防衛線を務める、ということになるが……その様な事態を達也はほとんど心配していなかった。
昨日、真由美と一緒に下校してみて分かった。真由美に襲い掛かるような無謀な人間は、第一高校の生徒にはいない。……というより、一高内で真由美に襲い掛かるのは無謀。それを上級生の男子生徒ほど思い知っているのだから。
「では早速配置に掛かれ。……司波、比企谷。二人は少し残ってくれ」
他の委員が退出したところで、摩利はいつもの口調に戻った。
「早速だが達也くん、昨日はどうだった?」
……何が訊きたいのか、改めて問い返す必要は無かった。
「三回、襲われ掛けました」
摩利の顔がキュッと引き締まる。が、しかし。
「……俺たちが、ですけど」
その言葉を聴いて、「はぁっ?」と言いたげな表情に変わった。
「いや、俺は少し、会長のことを甘く見ていたようです」
「……説明してもらっても構わないかね?」
「ファンクラブ、なんでしょうね、要するに」
しみじみと達也が告げた単語に、摩利は納得顔になった。
「……つまり、勘違いで嫉妬された、と?」
「深雪が一緒だったんですから、そんなシチュエーションじゃないことくらい、分かりそうなものですけど」
昨日のことを思い出すと、どっと疲れがぶり返して来る。少なくともそういう気分に達也はなっていた。
「まあ、CADを起動しただけで、それ以上の具体的な行動に出る思い切りは無かったようですが。馬鹿な真似をして会長に嫌われたくも無かったでしょうし」
「なるほどな……」
……男二人女二人で、ダブルデートに見えたのでは。そんな思考が摩利の脳裏に過ぎるが、目に見えた地雷を踏む趣味はなかった。
「あの様な視線の十字砲火の中では、手出ししたくてもできないでしょうね……。会長に一撃向けた時点で、袋叩きに遭うことは目に見えていますから」
いくら狂信者でも犬死は望まない。自爆テロは敵とその協力者を巻き添えにできるから実行するのだ。自分の居場所を教えるだけで防弾ガラスを撃ち抜けない、と分かっていながら狙撃を実行するスナイパーはいない。
……心配していた自分が馬鹿みたいだ。そんな心情を共有した三人は、疲れの滲む笑みを交し合った。
……そんな背景もあり、達也のやる気はレベルゼロに近かった。アリバイ作り、という以上の意味は無い生真面目な態度──の演技──で、演壇の下手、階段の脇に立つ。
考えてみれば、たかが高校の生徒会の選任資格の問題なのだ。「生徒会長」という地位に大きな実利的意味があっても、「副会長」や「書記」の肩書きは卒業後に大した意味を持たない。第一高校の制度では、生徒会長がその気なら、副会長を二人選んだり書記を四人選んだりすることも可能なのだから、二科生が生徒会役員になれるかなれないかは面子の問題、プライドの問題でしかない。……しかも掛かっているのはかなりちっぽけなプライドだ。
「(……俺も、随分と俗世に染まったな)」
理想、金銭、面子、プライド……そんなもののために人の命が割安で取引される世界にどっぷり浸かっている達也は、理性的な話し合いで価値観の相違を解消しようと大真面目に試みている目の前の「舞台」を、銀幕でも見ているような非現実感をもって眺めていた。
「……以上の理由を以て、私は生徒会役員の選任資格に関する制限の撤廃を提案します」
真由美の議案説明が終わったところで、三年生の列からサッと手が上がった。
達也には見覚えの無い一科の女子生徒──────つまり九校戦には参加していなかった、九校戦メンバーに選ばれるだけの実力が無かった生徒──────が、質問席に立つ。
現代の集音マイクは日常会話を五十メートルの距離から拾い上げる性能を持つから、わざわざ質問席を設えること自体、形式、と言うか様式美に過ぎない。そんな小道具、大道具の一つ一つが達也の視界からますます現実感を奪って行く。
「……建前としては……正論です……」
質問者という名の反対派の言葉も、途切れ途切れしか耳に入って来ない。もっとも耳栓を使っているわけではないので、厄介ごとを引き起こしそうな発言は無意識のフィルターを抜けて意識に届く。
「現実問題として、制度を変更する必要があるのですか? つまり、生徒会役員に採用したい二科生がいるのですか?」
意図が見え透いた問い掛けに、達也は顔を顰めた。達也なら適当に誤魔化すだろうそれに対して……真由美は何か考えがあるのか、それとも何も考えていないのか。真正面から質問に答えた。
「私は今日で生徒会長の座を退きます。よって私が新たな役員を任命することはありませんし、そのようなことは考えてもいません」
「しかし、次の生徒会長に意中の二科生を任命するよう働きかけることはできるのでは?」
「(……意中の、と来たか)」
随分表現が露骨になって来たな、と達也は感じた。
「私は院政を敷こうなどと思っていませんよ」
少しおどけた口調に、軽い笑い声が上がった。
「次の生徒会役員の任命は、次期生徒会長の専権事項です。一切介入するつもりはありません」
「ということは次の生徒会長に、傍で囲っておきたい二科生がいて、その意向を受けて今回、制度の変更を言い出した、ということですね?」
毒のこめられた言葉に講堂がざわめいた。どうやら「おいおい」と思ったのは達也だけではなかったようだ。
「お静かに願います」
凛とした声で注意を呼びかけたのは、進行を補佐する深雪だった。
会長の真由美が質疑の当事者として立っている為、一時的に服部が進行役、深雪がその補佐役を務めているのである。なお、この学校に『議長』はない。前に八幡が「そこまで色々ちゃんとしてんなら三権分立までちゃんとやれや……!」とボヤいていたのに同意した覚えが達也にはあった。
「……そのご質問に対する答えは『否』です。今回この議案を提出したのは、私にとって今しか機会が無いからです。対立の火種を後輩たちに残さないことが生徒会長の責務だと考えるからです」
達也は心の中で感嘆の声をあげた。どうしてどうして、競技場の外でもこういう凛々しい顔ができるらしい。
「実際に役員へ任命すべき二科生がいなければ、対立にはなりません」
一方、質問者──────確か、浅野という名前だったはず──────の方は意固地になってしまっているようだ、と達也は思った。
「候補者がいる、いないの問題ではありませんよ、浅野さん。制度は組織の考え方を示すものです。二科生は生徒会役員になれないという制度は、本人の能力に関らず二科生を生徒会役員にしない、二科生には生徒会役員になる権利はないという生徒会の意思表明なんです。そんな選民思想は誤っています」
随分思い切った表現を使ったな、と達也は感じたが、会場は大きな拍手に包まれていた。それは必ずしも二科生の間からのみ起こったものではなかった。
「詭弁です!」
どんなに鈍感な人間でも、形勢不利を自覚せざるを得ない雰囲気が講堂を覆っている。その中でまだ、と言うべきか、自然と、と言うべきか、浅野の口調はヒステリックなものになっていた。
「会長は、生徒会に入れたい二科生がいるから、資格制限を撤廃したいんでしょう! 本当の動機は依怙贔屓なんじゃないんですか!」
やけくそ気味に「そうだ!」という散発的な声が上がったが、たちまちブーイングの嵐に押し潰された。嵐が引き起こした高波は質問者席にも押し寄せている。
「七草会長! 貴女の本当の目的は、そこにいる一年生を生徒会に入れることじゃないの!?」
ヒステリックに叫んだ浅野の指は、達也を差していた。
「知ってるのよ! 昨日の帰りもそいつと駅まで一緒だったでしょう!」
それは多分、自暴自棄、破れかぶれの発言だった。浅野の顔は引きつっていた。だがその一言は、思い掛けないほど大きな効果を発揮した。ブーイングの嵐がシンと静まる。全校生徒の目が、真由美と達也の間を往復する。真由美の顔が、微かに赤く染まっているのを見て、「そんな顔をしては誤解を増幅するだけでしょう」と達也は思ったが、不本意な注視に曝されている状態では、そんなツッコミもできるはずはない。
「(八幡、どうにか出来ないか)」
「(無茶言わんでくれない? 俺も昨日の帰りに居たんだぞ、火に油を注ぐだけだって。爆発させろってんなら吝かではないが)」
正論で返され、達也も黙るしかなかった。そんな事態を打開したのは、壇上から投げ掛けられた冷ややかな一言だった。
「──────仰りたい事は、それだけですか?」
いつの間にか、深雪が立ち上がっていた。冷たく見下ろす視線が、上級生の顔を貫く。壇上の奥からでも……いや、奥深くからである為に尚更、その眼差しは女王のような有無を言わさぬ威厳をもって、ゴシップを捏造しようとした上級生の唇を縫いつけた。
「(魔法は……発動していない)」
深雪が暴走していないかどうか、それを達也は真っ先に確認した。このプレッシャーは、魔法ではない。何の魔法も発動していないにも関らず、身体の自由を奪う厳冬の冷気が壇上から放射されているのを、達也でさえも感じていた。
「ただ今の発言には看過し難い個人的中傷が含まれていると判断します。よって、議事進行係補佐の権限に基づき、退場を命じます。不服があるなら、七草会長が特定の一年生に対して特別な感情を抱いているという発言の、根拠を示してください」
「それは……」
当然のことながら、浅野は口ごもった。元々真由美が達也に特別な感情を持っているということからして憶測の域を出ないものだし、それが今回の提案の動機であるというのは中傷でしかないということくらい、彼女にも自覚があったのだ。立ち尽くす浅野を、深雪は冷ややかに凝視している。魔法ではなくその瞳で、そこにこめられた軽蔑で、相手を、その心を凍りつかせようとしているかの如き眼差しだった。
そして現に、彼女の兄を中傷に巻き込もうとした扇動者は、指一本動かせない状態で立ち尽くしている。権威、序列、階級……社会経験が無く、そういったものに縁遠い高校生にも、「威厳」という単語がどういう場合に使われるのか、それを明示しているような光景だった。
「──訂正します。退場の必要はありません。ただし、質問は打ち切らせていただきます。浅野先輩、席にお戻り下さい」
ようやく収拾に動いたのは、進行役代行の服部だった。「ようやく」……それはつまり、彼もまた深雪の発するプレッシャーに吞まれていたということだった。深雪が優雅に一礼して椅子に戻り、浅野は一言も言い返せないまま、ギクシャクと自分の席へ戻った。
結果として、反対派の妨害は不発に終わった。その後は気軽に野次も飛ばせない雰囲気が講堂を覆い、なし崩し的──────あるいは尻すぼみ的にに電子投票へと持ち込まれ、生徒会役員資格制限撤廃議案は賛成多数で可決された。
そしていよいよ、あずさの選挙演説。立候補者が一人しかいないので所信表明演説に近いが、形式的とはいえ信任投票が行われる。意欲と緊張が入り交じった顔で演台に向かうあずさがピョコンと一礼したところで、大きな拍手が起こった。
所々に口笛と歓声が混じっていたが、あずさが演説を始めるとすぐに止んだ。芸能関係に疎い達也や深雪には分からなかったが、後に芸能系で生計を立てている八幡に確認してみたところ。キュート&フェミニン系女性シンガーのライブステージに詰め掛けた男性ファンのノリに近い空気がだったとのこと。
そしてこれまた達也には知る由もないことだが、あずさは理論・実技ともトップクラスの成績優秀者であるにも関らず、それを少しも鼻に掛けたところが無く、謙虚で人当たりが良い。そしてその容姿も相俟って、真由美とは一味違う「親しみやすいアイドル」の地位を、校内で築き上げているのだった。
失礼ながら能弁で「政見」と「政策」を発表するあずさ。基本は現生徒会のスタンスの継承であり、高校生らしく観念論に傾いている部分も多々観られたが、概ね無難に進んで行った。……時々、「しっかり~」とか「頑張れ~」とか妙な応援が入ったのは、まあ、ご愛嬌というべきだろうか。
そして波乱が起こったのは、次期生徒会役員に言及した時だった。
「──────本日の決定を尊重し、次期生徒会役員には、一科生、二科生の枠に拘らず、有能な人材を登用していきたいと思います」
『そこの二科生のこと~?』『あずさちゃんはワイルドな年下が好みなの~』
きっかけは、実に低レベルな野次だった。頭から抑え付けられて不完全燃焼のまま燻っていた反対派の不満が最も低劣な形で噴出してしまった形だ。おそらく彼らの潜在意識には、あずさならば反撃してくるよりスルーするだろう、という計算があった。……まあ、とんだ計算違いだったが。確かに、あずさは野次に対して、何も言わなかった。何せ、『誰だ、今のは!』『中条さんにふざけた真似を!』『言いたいことがあったら前に出てきなさい!』『卑怯者を吊るせ!』 ……そんな具合に大騒ぎになって、何も言う暇が無かったからだ。会場の真ん中あたりで小競り合いが生じていた。野次を飛ばした反対派と、その近くにいたあずさのファンが掴み合いの大喧嘩。
「お静かに願います! ご着席下さい!」
「静粛に願います!」
「落ち着いて下さい、みなさん!」
深雪や服部、真由美が何度も声を張り上げるが……逆上した生徒には聞こえていない。摑み合いの輪はどんどん広がっていく。野次もどんどん、聞くに堪えないものになっていった。
技も何も無い、団子状態の子供の喧嘩だが、割って入るだけでは押競饅頭に巻き込まれるだけだ。怪我をさせても構わないなら簡単だが……と、収拾の困難に頭痛を感じながら、沢木や辰巳とアイコンタクトを交わして、達也は飛び込む覚悟を決めた。
……が、決断は遅きに失した。達也とあずさの仲を邪推する、極めて下品な野次が反対派の口から放たれた瞬間、少女の叱声が騒擾を制した。
「静まりなさい!」
ハウリングが生じなかったのが不思議な大音声、というのは錯覚だった。声の大きさなどではない……声の強さが、取っ組み合っていた生徒の意識を圧倒した。
反射的に目を向けた生徒たちは、次の瞬間、反射的に目を閉じ、目を瞬かせながら再度壇上を見上げることになった。舞台の上では、想子光の吹雪が荒れ狂っている。激しい怒りが、世界を侵食しようとしている……そんな有り得ない事象が発生していた。
そも現代魔法は、偽りの現象を表す情報体を組み上げ投射することで、世界を改変する。組織化されていない意思が魔法として発動することはあり得ないはずだ。それなのに、荒れ狂う感情が、その混沌に世界を引きずり込もうとしている。常識を逸脱した干渉力の強さ。……このままでは、講堂が何時氷漬けになってしまうか分からない。
真由美が、服部が、鈴音が、そしてあずさが、一斉にその氷界の女王──────深雪を制止しようとCADへ手を伸ばした。
が、その瞬間。
「落ち着け」
「ひゃんっ!?」
いつの間にか壇上に立っていた男子生徒──────比企谷八幡が、荒れ狂う深雪の脳天にチョップを落としていた。
「……はぁ、全く」
会場を飲み込むほどの圧力をものともせず踏み込んだ、あまりにも異質なそれ。理解不能なそれに全員の意識が向けられる。
「……アンタらさ、歳幾つよ。最低でも15、先輩らは18とかンなってる人も居るだろ? 何やってんだ」
「良いぜ? 暴れたいってんなら。俺が相手してやるよ、こんなクソしょうもねえことで馬鹿みてえに暴れるボンクラなんざ、百人千人集まろうが話になんねえよ」
「なっ、一年が──────」
「おせーよ」
次の瞬間、八幡に対して悪態をつこうとした上級生の眼前に八幡が現れ──────
「──────『
超音速の蹴りがその上級生に叩き込まれ、会場のものを含めて五枚ほどの壁をぶち抜き吹き飛ばした。
「……さて。アンタらは、見せしめをあの馬鹿一人で済ませてくれるよな?」
その後は、憑き物が落ちたように──────あるいは八幡の脅しに屈したように、会場は完全な秩序を取り戻した。野次を飛ばす者も、コンサート気分の声援を送る者も現れず……演説会は粛々と予定を消化し、生徒たちは飼い慣らされた羊の様に列を作って投票箱に票を投じた。
そしてその投票結果は、生徒会費で雇った第三者の手によって即日開票が行われ、翌日の朝に発表される。その結果は──────
「おめでとう、あーちゃん」
「中条、おめでとう」
「おめでとう、中条さん」
──────朝一番で生徒会室に飛び交った祝福の声を聞くまでも無く、あずさが生徒会長に当選した。これにて一件落着……の、はずだったのだが。
「……司波さん。そんなに気にしなくても良いと思いますよ。所詮、無効票ですから」
「惜しかったな、達也くん」
労るような鈴音の声と、面白がっていることを隠し切れていない摩利の声を聞きながら、兄妹は揃って苦い顔つきで集計表を見詰めていた。投票数、五百五十四票。……内、有効投票数、百四十三票。得票数内訳……
「……でも、こんな結果になるとはねぇ」
「司波が百七十票、中条が百四十三票、達也君が百十一票、そして比企谷が百三十票か……」
「……待って下さい。勘違いしてわたしに投票した人たちが大勢いたのは認めざるを得ませんが……」
認めたくない……そんな旨と言外に叫びながら、深雪が抑えた声で抗議する。抑え切れたのは、ここまでが限度だった。
「何故『女王様』や『女王陛下』や『スノークイーン』がわたしの得票にカウントされているのですか!?」
「だっはははははは!!!!!」
泣きそうな声で、深雪はそう叫んだ。そしてその横で、八幡は大爆笑して
「投票用紙に『深雪女王様』とか『司波深雪女王陛下』とか『スノークイーン深雪様』とか書いてありますから……他に解釈のしようがありません」
申し訳なさそうな声で鈴音が宥めても、深雪が納得できるはずも無かった。
「何ですか、それはっ? わたしは変態的な性癖の持ち主だとでも思われているのですか!?」
「……いや、決してそんなつもりは無いと思うぞ。あの姿を見て、そんな度胸のあるヤツがいるとは思えんし……」
気圧されたように……実際、身体をやや仰け反らせて、摩利が慌てて否定する。
「じゃあ、わたしはそんなに偉そうでしたか!? そんなに鼻持ちならない態度でしたか!?」
深雪の声は、本格的に泣き声へと変わりつつあった。
「……深雪さん、落ち着いて。誰もそんなことは思っていませんから」
真由美が精一杯の猫撫で声で何とか深雪の気を鎮めようとしたが、ほとんど効果は無かった。
「ヒーッッッwwwww」
「……」
「あんぎゃーっ!?!?」
未だに爆笑している八幡を一度蹴り飛ばすと、深雪は真由美へと詰め寄る。
「投票用紙を貸して下さい! 誰が書いたのか、突き止めます!」
「そんな無茶な……第一、どうやって」
誰かが呟いた常識論は、この場合、何の役にも立たなかった。深雪が全身で達也へ向き直り、その瞳をたちまち潤ませる。
「お兄様ぁ……」
すがる様な眼差しと共に、涙を浮かべて擦り寄って来た深雪を前にして、達也は自分の困惑を一時棚上げとした。
「無理を言ってはいけないよ、深雪。無記名投票なんだから、誰が票を投じたのか、詮索するのはルール違反だよ」
ポンポン、と頭を撫でてて、小さな子供に対するように言い聞かせる。
「ですが……ですが……」
本格的に泣きじゃくり始めた妹を、持て余すことも無く達也はそっと抱き寄せる。
「大丈夫」
妹の耳元に口を寄せ──────
「お前は女王様なんかじゃないから」
深みのある優しい声で──────
「他の人にどう見えようと、俺にとって、お前は可愛いお姫様だよ」
達也はそう、語りかけた。
「お兄様……」
泣き声が徐々に収まり、同時に苛立ちと怒りが収まって行くのを見て、今度こそ魔法戦争か、と身構えていた一同はホッと胸を撫で下ろす。だがすぐに、別の意味で胸を押さえる羽目になった。
泣き止んでも、深雪が達也の腕の中から離れる気配は無い。むしろ頭を、頰を、嬉々として兄の胸に擦り付けている有様で、余りの甘ったるい雰囲気に一同──────深雪に腹を蹴り飛ばされて悶え苦しんでいる
その日の昼。さすがに朝にあの醜態を晒してしまったことで顔を出す気にはなれなかったのか、達也と深雪は何時もの一年生ズの方に顔を出していた。
「にしても、とんでもなかったわね。ヤジ飛ばされたり深雪がキレたり八幡がキレたり」
そう呟いたのはエリカ。昨日のこと故に容易に思い出されるそれが話題に挙がるのは、至極当然のことであった。
「……僕からしたら、司波さんに八幡がしたチョップの方が怖かったけどね」
それに対して幹比古が呟く。その言葉に反応したのはレオであった。
「何でだ? 普通のチョップだったろ。いや、あの状態の相手に良くもまあ平然とチョップ出来たなって意味では怖かったけど」
「いや……あの状態の司波さんにチョップして、
幹比古の言葉に首を傾げるレオ。それを見兼ねたのか、達也が口を開いた。
「……あの時、深雪は極度の怒りで暴走していた。迂闊に近付けば凍結魔法で氷漬けにされかねない状態だ」
「申し訳ございません……」
達也の言葉に顔を赤らめる深雪。それに対して達也は『気にするな』とでも言うかのように手を振ると、説明を続ける。
「あの状況で接近するには、基本的には『情報強化』で氷漬けにされないように自分を保護するのが安牌だ。だがそこの
「ん? ああ、普通に
「何言ってんだお前? とうとう狂ったか?」
シラフで訳の分からんことを吐かした八幡に、レオによるガチの暴言が飛び出た。
「……達也さん。波長を合わせるって、出来るの?」
「理論上は不可能ではない。要は波長を合わせてエイドスに『同一の存在』『魔法の発動者自身』と誤認させることで、『発動者に影響のない形で条件を定義され発動された魔法』の影響を受けなくするんだが……はっきり言って、両手に一膳ずつ持った菜箸で縫い針と縫い糸をつまみ、糸の先を縫い針の穴に通すレベルの超精密な想子操作が必要になる。……なるはずなんだけどな」
そう言って、自分の特殊な異能じみた代物も棚に上げて地球外生命体でも見るかのような目を八幡へ向ける達也。
「(……割と本当に、深雪の想子操作について八幡に頼んだ方が良いかもな)」
そう考えながらも、選挙を終えてようやくの暇を楽しむのだった。
『
トール・トーテンタンツ・ヴァルキュリア。
超加速魔法。雷を纏いながら超高速で移動し攻撃する魔法であり、今回は本来必要な詠唱を省略しているため出力は最大よりも大きく劣るが、それでも音速の数倍ほど。基本的にCAD以外の近接でも使用する可能性がある武器を携行しない八幡は、ここに手足への硬化魔法を組み合わせての『超音速電光ライダーキック』という形で攻撃を繰り出す。その結果『70kgくらいある物体が超音速で突っ込んできて、掠ると感電しスタンのデバフを付与してくる』というクソ仕様になる。