国立魔法大学付属第一高校で新生徒会が発足してから一週間が過ぎた。現在は昼休み、達也はE組の仲間たちと学食に来ていた。そも彼が昼食時に生徒会室を使っていたのは、真由美の職権濫用によるもの。それに元々生徒会室の昼食会は、なし崩しに慣例化されたもので達也がそれを望んだわけではない。だから新生徒会の発足と共に、達也は食堂を利用するようになった。
そうすると自動的に深雪も食堂を使うようになる。そこに二人の共通の友人たちが加わって、賑やかなランチタイムが十月に入ってからの日課となっている。とは言っても、達也・エリカ・レオ・美月・幹比古の五人と深雪・ほのか・雫・八幡の四人はクラスが違う。それ故に、どうしてもどちらかが先に来て席を取るという形になる。今日は達也たちE組メンバーが深雪たちA組メンバーを待つ形になった。
「すみません、お待たせしました」
「ご苦労様。俺も向かえば良かったな」
待った時間は五分ほど。予め生徒会の仕事で遅くなるという連絡を受けていた達也は、わざわざ彼の前に立ち止まって腰を折る深雪を笑いながら労った。
「ワリ、急にボンクラ教師から『一昨年の記録出せ』って言われてな。仕方ねーから俺と雫も手伝ってたんだわ」
食堂で一切の臆面なく教師を『ボンクラ』呼ばわりする八幡。まあ友人が急に仕事振られて、その結果として昼飯が遅れているので致し方なしというやつだろう。
「でも、私の手際が悪かったし……」
「深雪は四月からあのシステム使ってるし、俺もちょくちょく顔出してたからな。いきなり俺ら並に使いこなされたらこっちの立つ瀬がねえって、気にすんな」
……十月始動の新生徒会。ほのかはその役員に任命されていた。その新生徒会の顔触れは、会長・中条あずさ、副会長・司波深雪、書記・光井ほのか、会計・五十里啓、そして
実は当初、あずさは達也に副会長就任を打診した。無論達也は断ったが、その妥協案として庶務となることに。実際、達也としても特に目立たないで済む庶務というのは比較的有難かった。
「にしても、びっくりよねぇ。この中から生徒会副会長、書記、庶務……挙句
あの女の直接の後釜なのはアレだけど、と零すエリカ。
そう、新たな風紀委員長として摩利から指名された人員。それは八幡であった。
「確か、八幡と……千代田先輩だっけ。この二人のどっちかって言ってたよね?」
「ああ。委員長……いや、もう渡辺先輩か。先輩曰く『腕は確かだけど人間性がアレな八幡か、人格は問題ないけど少々雑な花音か』とのことだったが……決め手は何だったんだ?」
達也の言葉に、少々気怠そうに八幡が返事をする。
「あー、事務仕事だよ。俺ァ音楽家っつー自営業やってるのもあってな、確定申告とかの書類手続きも自分でやってんの。千代田先輩が摩利先輩に『私が委員長になったら絶対書類溜め込みますよ!?』って泣きついたことで、消去法で俺になった」
遠慮なくパシっちゃるからなあの先輩、と顔をしかめる八幡。それを見ながら、達也は納得したように頷いた。何せこの友人は万能性の代わりに人間性とか倫理観とかその辺りを喪失したような人種だ。夏休みから続いているFLT研究室でのテスターのアルバイトでも、新作のテストでの所見やらの報告書が分かりやすくて助かると牛山たちが呟いていたのを覚えている。
「大丈夫か? 八幡も大概現場主義っつーか、適度に暴れないとストレス貯めるだろ?」
「ああ、それを見越して高機動型の亜音速移動魔法を作った。だから事務仕事の合間でも休憩感覚で現場に急行出来る」
「仕事の合間に仕事しようとしてる?」
友人が社畜街道まっしぐらなことに戦慄するレオであった。
その日の放課後。八幡は風紀委員会本部にて、書類仕事に勤しんでいた──────が。
「きっしょ……」
「控えめに言ってやべーよお前」
本部にいた風紀委員、千代田花音。そして花音と同じ二年の風紀委員である沢木が、ドン引きした様子の声を洩らした。
「そうっすか? 慣れればこれくらい出来ますよ」
「絶対無理だって」
二人が怯える八幡の所業。それは
「いやー、摩利先輩がいた時はさすがに出来そうになかったんで。あ、そっちの書類もやっとくんで見回り行って大丈夫っすよ。何かあったら連絡だけお願いします」
その言葉と共に、二人の眼前にあった書類とペンも重力の軛から解き放たれる。見るに、
「……来年、新入生の前ではそれやるなよ」
「最初はしませんよ。書類仕事のやり方だけ覚えてもらったらその後はやりますけど」
無数の書類と数本のペンが八幡の周囲を飛び回る様は妙に幻想的。……絵面に対して、やっていることが余りにも常軌を逸しており傍から見る側が気が狂いそうになるという意味でも。
「……ん」
二人が見回りのために本部を出て、正真正銘一人きりに。その後も暫く事務作業に勤しんでいれば、八幡の目に一枚の書類が目に留まった。
『全国高校生魔法学論文コンペティションについて』
「……論文コンペ、ねぇ」
摩利から聞いた話では、毎年十月末にある高校生による魔法学・魔法工学の論文発表イベント。横浜と京都の二箇所で交互に行い、今年は横浜で開催され……その際に、取り扱う内容が『研究論文』であるためにメンバーの護衛を風紀委員が務めることになる。
「ま、基本的にメンバーは三人と小規模。この調子だとメンバーは市原先輩は確定だろうし……一人に風紀委員一人つけときゃ問題ないだろ。三年の先輩方は粗方居なくなっちまったし、達也も生徒会に引き抜かれたけど。沢木先輩も千代田先輩もいるし」
花音は『地雷源』と呼ばれるだけの魔法師だし、沢木も拳から衝撃波を放つ『マッハパンチ』を持つ故に近接寄りの雰囲気に見合わぬ奇襲性を持つ。護衛に関しては問題ないだろう。問題は──────
「……当日の警備、だよなぁ」
現時点で、風紀委員は委員長となった八幡を含めても五人。八幡、花音、沢木、岡田、そして関本。
「沢木先輩と千代田先輩は……まあ一旦申し分ないとして。岡田先輩も良いでしょ。問題は……関本先輩だよなぁ」
聞くところによると、今年のコンペにて主導を取る鈴音との方向性の違い──────平たく言えば『反りが合わない』せいでコンペのメンバーからハネられたらしい。
「俺は委員長としての方方への連絡があるし、護衛は余程じゃない限りしてらんねえんよなぁ……」
苦ではないが、ないだけだ。絶対的に時間を取られる作業が増える以上、必然的に時間的キャパシティはすり減っていくし、疲労は着実に溜まっていく。難儀な立場に置かれたものだと、八幡は一人苦笑するのだった。
「えっ? 達也、論文コンペの代表に選ばれたんだ?」
今日の俺たちの寄り道は、幾何学研究室への呼び出しが何だったのかを幹比古に訊ねられたのがきっかけだった。
オーダーの到着を待ちきれずに質問を再開した幹比古に対し、達也は先程あったことを説明する。それに対する幹比古の反応が、このセリフだった。
「でも、論文コンペの代表って、全校で三人だけなんじゃないんですか?」
「まあね」
目を丸くしたまま問い掛けた柴田の質問を、あっさり肯定する達也。二人の表情は、まさしく対照的だった。
「まあね、って……達也くん、感動薄すぎ」
絶句する美月と呆れ顔のエリカ。その隣でレオが楽しそうに笑っている。
「達也にしてみりゃ、その程度は当然、ってこったろ」
「一年生が論文コンペに出場するなんてほとんど無かったことだよ」
「皆無でもないんだろ? 職員室だって、インデックスに新しい魔法を書き足すような天才を無視できるはずねえって」
雫の反論に笑顔のまま再反論したレオ。
「天才は止めろ」
それに対して、照れているのではなく、本気で嫌そうに達也が釘を突き刺した。
「達也さん、本当に天才と言われるのがお嫌いなんですね……」
「都合の良い言葉だから」
皮肉その他の他意も無く不思議そうに問い掛けたほのかに、達也ではなく深雪が答えた。達也は妹の回答に苦笑するだけで、そうだとも違うとも言わなかった。
「ま、実際『天才』っつーフレーズはそういうもんだからな。『アイツは俺たちと違うから仕方ない』『才能がない俺たちには出来なくても仕方ない』……そんな諦観と嫉妬の入り交じった排斥と隔絶の妥協ワードだ。そこにそれを形にするまで当人が費やした時間と労力、研鑽は考慮されない。実際俺だってこの聴覚のお陰で実技の成績は優秀だが、そのデメリットとかの事情を知ってる皆はともかくそれを知らない連中は俺のことを『天才』として扱うだろ?」
俺がそう言うと、レオも具体例として納得したのだろう。知らなかったとはいえ自分の失言を達也に詫びるのだった。そしてあやしくなりかけた雰囲気を気にしてか、漂い始めた暗雲を吹き飛ばす勢いで幹比古が力説した。
「あの大会の優勝論文は『スーパーネイチャー』で毎年採り上げられているし、二位以下でも注目論文が学会誌に掲載されることも珍しくないくらいだから」
……確か、スーパーネイチャーってのは現代魔法学関係で最も権威があると言われているイギリスの学術雑誌のことだったか。しかし権威主義的なところがあって高校生が読むには不親切な内容だが、幹比古だけでなく達也、深雪、雫もこの雑誌を購読しているとのこと。……あれ、知らないの俺だけ?
「あっ、でも……もう余り日が無いんじゃなかったっけ?」
ハイテンションから一転、心配そうな表情で幹比古が問い掛けて来る。浮き沈みが凄いな、なんて思う俺を他所に達也が頷いた。
「学校への提出まで、正味九日だな」
「そんな、本当にもうすぐじゃないですか!」
「大丈夫だよ。俺はあくまでサブだし、執筆自体は夏休み前から進められていたんだから」
顔色を変えた光井を宥めるように、笑いながら手を振る達也。その姿に「それもそうか」と俺たちは安堵の息を漏らした。
「しかし、随分急なお話であることに変わりはありません。何かトラブルがあったのでしょうか?」
「サブの上級生が体調を崩したらしい」
眉を顰めた深雪の問いに、達也は笑顔のままで簡潔に答える。しかし達也のその答えでは、深雪を完全に納得させることはできなかったようで。
「それはお気の毒ですが、それにしても急すぎはしないでしょうか」
事情は納得できても心情的には納得できない、という様子だ。
「確かにお兄様だからこそ、いきなり論文作成のチームに加われと言われてもすぐに対応できるのですから、適切な人選とは思いますが」
だが、達也の代役は既に決定事項だからな。今更どうしようもない。
「そうでもないさ。市原先輩の選んだテーマが俺の全く知らない分野だったら、さすがに遠慮させてもらったよ」
その達也の回答に気になったのか、レオが口を挟んだ。
「へぇ、何について書くんだ?」
好奇心も露わに身を乗り出してきたレオに、「アンタが聞いて分かるの?」という冷たい眼差しを向けた
「重力制御魔法式熱核融合炉の技術的問題点とその解決策についてだ」
「……想像もつかねえよ」
……もっとも、質問者側はすぐにツッコミに対して間接的に回答する羽目になってしまったが。
「……随分壮大なテーマだね。それって『加重系魔法の三大難問』の一つじゃなかったっけ」
幹比古が難しそうな顔で呻るその横で、俺が質問を行う。
「ふーん……メンバーは? 市原先輩と達也、あと一人居るだろ?」
「五十里先輩だな」
ああ、あの人か。うーん……なるほどね。
「となると五十里先輩に千代田先輩かなぁ。市原先輩は……どうしたものか」
「何が?」
俺の呟きに、意味不明そうに首を傾げる雫。
「ああ、風紀委員の仕事でな。論文コンペのメンバーには、論文内容の機密性の問題から護衛をつけることになってんだよ。ただ、三年生の三人が引退しちまって今は五人しかいねぇしさ。今の風紀委員から三人に護衛を割り当てるならどうするかって話だよ」
五十里先輩と千代田先輩は恋人同士なので、同行してても全く不思議はない。問題は今回のコンペにおいて一高のリーダーである市原先輩だ。
「達也は……まあ本人が『
「出来ないとは言わないのか……」
氷に対してガンメタの魔法は持ってるしな。堕ち行く
「……一応聞くが、八幡。お前なら『術式解体』に対してどう立ち向かう?」
「んー……九校戦ン時に相手がやってたみたいな、『対抗されても問題ない魔法をぶつける』が一つ。もう一つは、その性質上『想子の弾丸にさえ触れさせなければただただ膨大な想子の塊でしかない』から、使用する魔法を自己加速魔法とかのセルフ強化系に限定した上で『
そういう意味でも
そんなこんなで放課後の雑談も終わり、俺は家へと帰るのだった。
原作との変更点
・原作では花音が次期風紀委員長だったが、人格と実力で大体プラマイ同格だった八幡と花音が事務能力の差で八幡が風紀委員長に。
・その結果、達也の生徒会入りを止める者が居なくなったので達也が生徒会入り。ただし原作通りに副会長は拒まれたので庶務。