翌日の放課後。
達也はプレゼン用の資料を揃える為、図書館へ向かった。……本音を言えばサンプル──────自らの継母にあたる人間から預かった、
図書……といっても、今ではほとんどがデジタル化されていて、紙の書籍は所蔵データの極一部。オンラインで閲覧できればわざわざ館内に足を運ぶまでも無いのだが、達也たち論文チームが必要とするような文献は図書館内でしか閲覧できないという厳重な管理が行われている。そんなわけで空きブースを探して閲覧室を奥へと進んだ達也だったが、個室タイプの閲覧ブースから知り合いが出てきたのに出会した。
「あら、達也くん」
「七草先輩、『読書の秋』ですか?」
真由美と最後に会ったのは約一週間前、「久し振り」というほどではない。達也は当たり障りの無い挨拶を返した、つもりだったが……真由美は不服そうに、少し口を尖らせた。
「あのね、達也くん……私、三年生なんだけど」
「はぁ……存じております」
分かり切ったことを然も重要事の如く言われて、達也は戸惑いを禁じ得ない。
「高校三年生といえば大学受験でしょう? 何で受験勉強って発想が出て来ないかなぁ……私って、そんなにお気楽そうに見える?」
真由美の説明は達也をますます困惑させることとなった。
「……七草先輩は、推薦が決まっているのではありませんか?」
成績優秀、生徒会長を務め、魔法競技アスリートとしても有名で、獲得した優勝トロフィーは数知れず……これで推薦がつかなかったら、誰を推薦するというのだろうか。しかし、真由美の回答は達也の予想の斜め上を行った。
「あれっ? 達也くんは知らないんだ? 私、推薦は辞退したの。生徒会役員経験者は推薦を辞退するのが当校の不文律なのよ」
「……初耳です」
「魔法大学の推薦枠は魔法科高校ごとに十人、って決まっているからね〜。ウチは他校より受験する人が多いから、枠は有効に使おう、ってことになってるのよ」
「つまり、ボーダーラインの生徒を優先的に推薦する、と?」
「それはちょっと言い方が悪いけど……まあ、そんなものかな」
「それは……」
ある意味合理的かもしれないが、やはり何かが間違っているのではないだろうか。達也はそう思ったが、何の疑いも懐いていない真由美の顔を見て、指摘するのを止めた。そんな達也に「んっ?」とばかり真由美は小首を傾げたが、すぐに興味が余所へ向いたようだった。
「ところで達也くんは何しに来たの?」
ここにいるのが意外だと言いたげな口調がいささか心外だったが、達也からしても別に隠すことではない。
「論文コンペの資料を集めに来たんですよ」
「ああ、そういえばリンちゃんのお手伝いに指名されたんだったわね」
「(……お手伝い、ね)」
他人から見ればまあそんなものだろう。達也は思った。同じチーム戦といっても、個々の活躍が目に見えるモノリス・コードのような競技と違い、論文の作成は各メンバーの貢献度が外から見えない。メインの発表者以外は単なるアシスタントと思われても不思議は無い。
「……っと、こんな所で立ち話してちゃ他の人の邪魔だし、中に入ろっか」
そう言って真由美は、出てきたばかりのコンパートメントを指差した。
「使うでしょ?」
又貸しは本当はマナー違反だが……まあ、扉の前に列ができているわけでもないので大丈夫だろうと達也は遠慮無く頷いた。
三人入れば身動きも難しくなる一人用の閲覧室は、二人でもかなり窮屈に感じられた。真由美は女性としても小柄な方だが、達也の体格は高校一年の秋にして既に成人男性の平均を上回っている。特に大男という程ではないが、肩幅があるので座ると結構場所を食う。端末の前に座った達也と予備のスツールに腰掛けた真由美は、肩を寄せ合うような格好になった。
……狭い部屋の中で、美少女と二人きり。並の男なら垂涎ものだが、しかしこういうシチュエーションでも、達也は興奮も萎縮もしない。真由美はそのことを過去の経験から学んでいた。……彼女が自分のことを「美少女」と見做している件については、まあ、客観的な認識だから横に置くこととする。
触れ合う肩を気にする様子も無く慣れた手つきで端末を操作する達也に、苛立ちも落胆も逆説的な警戒も無く、真由美は中断していた話を再開した。
「達也くんには急な話だったと思うけど、よろしくね?」
「……確かに急な話でしたね」
前置きも無く当然の様に唐突に話し掛けられて達也は少し戸惑ったようだが、頭の中で中断前の会話とつなぐことに成功したようで「何が」とは訊き返さなかった。
「しかし七草先輩が気にすることではないのでは?」
相変わらず目をモニターに固定したまま、達也は余り関心無さそうに問いを返した。
「それはそうだけど。でも今回のテーマはリンちゃんにとって、コンペの勝ち負けにとどまらない意味を持ってるからね」
「そういえば、先輩のところに代役の話は来なかったんですか?」
「私じゃ手に負えないテーマだから。それに私、複雑な工程を持続的に作用させる魔法は余り得意じゃないし」
質問と答えが少し嚙み合っていないような気がしたが、真由美の得手、不得手を知悉している鈴音が予め候補から外した、という意味なのだろう、と達也は解釈することにした。
「リンちゃんには色々と助けてもらっているから、こんな時に手伝えないのは私自身、残念なんだけどね」
独り言なのか彼に話し掛けているのか、判り辛い口調でフェードアウトした真由美のセリフに相槌の打ちようも見えず、結果的に達也は無言でデータの抽出作業に指を走らせた。
「だから達也くんには今回、頑張って欲しいのよ。達也くんならリンちゃんのことを助けてあげられると思うから」
「市原先輩は今回のテーマに、何か特別な思い入れがあるんですか?」
達也がそんなことを訊ねたのは好奇心からと言うより、単なる激励を超えた力の入り方がふと気になったからだった。
「ある意味、リンちゃんの夢を実現する為の第一歩だからね」
それだけでは具体的なことが何も分からない回答だったが、達也はそれ以上を問うつもりは無かった。何せ鈴音がどんな夢を抱いていても、自分には余り関係なさそうだ、と思ったからだ。しかし、そんな達也の思考を余所に、真由美は言葉を切らなかった。
「魔法師の地位向上。それも、政治的圧力によってではなく、経済的必要性によって、魔法師の地位を変える。魔法を経済活動に不可欠なファクターとすることで、魔法師は本当の意味で兵器として産み出された宿命から解放される。重力制御魔法式熱核融合炉はその為の有力な手段になる……って、リンちゃんはずっと言っているわ。今回の論文作成はその為の具体的な第一歩なの」
達也は思わず振り向いていた。見開いた目で凝視され、真由美がたじろぎを見せる。
「えっ、なに?」
「……驚きました。市原先輩が全く同じことを考えていたとは」
「えっ、達也くんも?」
目を丸くして上ずった声で問い返した真由美に、動揺を留めた表情で達也は頷いた。経済的便益の提供による魔法師の地位向上は、実を言えば鈴音や達也のオリジナルではない。支持者が少ないながらも、このアイデアが提唱されたのは、もう二十年以上前のことだ。……しかし未だに、それには実現の兆しすら見えない。今でも魔法師の主な用途は、軍事目的。世界情勢が小康状態の現在は、実際に兵器として使用される事例は減少している。しかし魔法師の開発──魔法の開発ではなく──は、軍事利用を目的とするものが依然として九割を占めていると言われている。
そしてそれは、現状では仕方の無いことだった。民生に転用可能なほとんどの魔法は、機械技術で代替できる。温度をコントロールする技術も、物体を加減速する技術も、魔法ほど劇的な効果は得られないとしても、社会活動に必要なレベルであれば非魔法技術で安定的に供給することができる。故にわざわざ魔法で代替する必要は無い。高度に発達した自動機械を魔法師に置き換える必要は無いし、機械を操作しプログラムするのに、魔法技能は必要無い。現在の科学技術では実現不可能なテクノロジーが魔法により実用化され、それが社会に必要とされる、そんな状況が作り出されない限り、「経済的便益による魔法師の解放」は理想主義者の空想に過ぎない。
その一方で、重力制御魔法式熱核融合炉もまた、達也たちのオリジナルではない。こちらは核融合炉の研究が行き詰った五十年前から、魔法によって実現できないかどうかが研究されている。しかしこの研究もまた、現在では下火となっている。
重力制御魔法で継続的な核融合反応を維持することは「加重系魔法の三大難問」に数えられるほど困難な技術だと判明した上に、太陽光エネルギーサイクルが先進国のエネルギー需要を今のところ不足無く賄っているからだ。『出来たら最高だけど、出来るかどうか分からないし今のところは間に合ってるから別にいいや』……そういう代物なのだ。
魔法師の地位向上と重力制御魔法式熱核融合炉の実現を結びつけて論じる者は、少なくともこの二十一世紀末においては、ほとんど見ることができない。
「こんなマイナーな思想の持ち主が、こんなに身近にいるとは思いませんでした」
驚いたというよりもむしろ感心したように呟く達也に、真由美は何故か、ジトッとした目を向けた。
「……ふぅん、良かったわね。リンちゃんと気が合って」
目つきだけでなく、声音までご機嫌斜めを主張している。
「いえ、別に気が合うとか合わないとかいう問題ではないと思いますが……市原先輩と俺では、方法論が全く違うようですし」
何を拗ねてるんだろう、と思いながら、達也の回答もつられたように言い訳がましさを帯びていた。
「でも基本コンセプトは同じなんでしょ? 達也くんって、実はリンちゃんみたいなのがタイプなの?」
「はぁ?」
「こーんな美少女と肩寄せ合ってお話してるっていうのに、全然手を出す素振りも無いと思ったら。ゴメンねぇ、お姉さん、子供体型で」
一体全体、この人は何を言い出すんだ……というのが達也の偽らざる感想だった。大体、研究テーマが同じだからといって常にパートナーになるわけではない。むしろライバル関係になる方が多いし、それ以前に真由美は背が低いだけで決して子供体型ではない。むしろグラマーで成熟した体型だと彼も思っている。
解かなければならない誤解が多すぎて、一体何処から手をつければいいのか、達也は迷った。
「……俺に露出性癖は無いんで、監視カメラの前で女性に手を出したりはしませんよ」
達也も相当困惑していたのだろうか。迷った末に選んだファースト・アンサーは、余り適当なものではなかった。
「えっ……?」
意味深なようでいて実は深く考えていない達也の回答に、真由美はそわそわと視線をさまよわせ始めた。
「えっと、じゃあ、カメラや人目が無かったら? そうね、例えば、二人きりでホテルに部屋を取ったら?」
「先輩の据え膳なら、遠慮無くご馳走になります」
ガタガタッ、と音を立てて、赤面した真由美がスツールごと壁に密着し、狭い室内で精一杯、彼から距離を取ったのを見て、達也はようやく自分の失言に気がついた。思いつきの発言を繰り返した結果、あらぬ誤解を与えてしまったようだ。しかし、これ以上言い訳しても更に墓穴を掘ってしまいそうな気がしたので、会話が途切れたのを幸いとばかり、達也は真由美から視線を外し、資料集めの作業に専念した。達也の答えに身の危険を感じた──はずの真由美は、何故か、閲覧室を出て行こうとはしなかった。
「(……八幡、助けてくれ)」
誤ったことは分かるが、この状況の収拾の付け方に関しては達也には分からなかった。そういう機微に聡い友人へと助けを求める達也だったが──────
「ぐう」
当の本人は、風紀委員会本部にて書類仕事を終わらせぐっすり寝ているのであった。
「ハッキングぅ?」
コンペの論文、その提出を三日後に控えた夜。夜中に達也からの電話で、俺は叩き起されていた。
『ああ。こちらでもアドレスを変更するなど対策はするつもりだが、手口からして相手は素人じゃない。間違いなくうちのグローバルアドレスを狙い撃ちしている』
「……なるほどね、了解」
となると、こっちも色々動かねえとな。
「達也、悪いが予約だ。今から……それが無理なら明日の明朝。FLTの三課に顔を出しておきたい」
『……なるほど、お前に譲渡したバイクか?』
「ああ。五十里先輩は千代田先輩がいるし、お前は深雪たちと下校するから問題ない。市原先輩に関しても、服部先輩と桐原先輩が付くとのことだ。だから俺がやるべきは『機動力』……万が一、つけた護衛でも不足した時に即座に駆けつけられる足だ」
『判った、こっちから話は通しておく』
「助かるよ。三課の人ら共々、礼は後日させてもらう」
『事が事だ、コンペが終わってからでいい』
有難い話だ。……にしても、ハッキング。いや、この場合はまず悪用目的だろうからクラッキングと呼んだ方が正確か。また随分ときな臭くなってきたものだな、ここは……『セブンスコード』シリーズが一つ、
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