茫漠地平 タブラ・ラーサ   作:和泉キョーカ

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・ラセツ

Rasetsu
前衛:剣豪
特性:通常攻撃時、1回の攻撃で2回ダメージを与える

素質1『羅刹の魔』:敵を倒した時、その時の自分の体力の15%にあたる体力を回復する
素質2『白昼の妖焔』:敵に攻撃が当たる度に敵の防御とアーツ耐性を-20%(最大5段階)
素質3『渡海鬼因子』:スキルが発動可能な状態で自身に状態異常の効果が付与された時、SPをすべて消費して即座にそれを無効化し、その効果を付与した対象に同じ効果を付与する


理外のオビタ・ディクタム

 ―『エリア・ブランク』U-HID研究所 輸送セクター・PM5:18・晴れ

「よぉ兄弟、何を熱心に見てるんだ? 人に見せられないもんか?」

 背を曲げて端末の画面を食い入るように見つめていたエルハクラビの元へ、貨物列車の荷下ろし作業に確認印を押してきたサンクタの青年が手を振りながら笑顔で歩み寄ってくる。

「ブラキウム……業務は終わったんですか。」

「終わったから堂々とサボってんじゃねぇかよ!」

「まるで普段から隠れてサボっているかのような。」

「そんな事はどうでもいいだろ! ほら、何見てんだよ?」

 エルハクラビの端末には、周囲の木々をまるで障害にもならないかのように溶断しながら、襲い来る覆面の暴徒たちを斬り捨てていくロドスの剣豪、ラセツの躍動が映し出されていた。

「お、ロドスのサルカズか! 龍門映画みたいな活躍だな、見ていてスカッとするぜ! そういえばお前、知ってたか? 龍門映画でしょっちゅうアクションものの主演やってた女優! 名前は忘れちまったけどよ、今あの人、ロドスで働いてるんだってよ!」

「ブラキウム、きみはこの剣士に勝てると思いますか?」

 饒舌なサンクタ、ブラキウムの軽妙なトークも聞き流し、エルハクラビは視線を画面へ落としたままブラキウムに問いかける。ブラキウムも自身の話が無視される事など慣れた事のように、特に気にした様子も無く「うぅん」と唸る。

「手段と条件によっちゃ、イイトコまでは追い詰められそうだけどな。――まぁ基本は無理だろうな! 見ろよこの幹の断面! 赤熱してんだろ? 木肌が燃えずに一瞬で焦げてるって事は、コイツのアーツ……いいや、多分コイツが持ってる直刀だな。炎じゃなくて熱、純粋な高温を操ってるんだ。ほら、今のシーン! レユニオンだっけか? この兵士の上半身と下半身がまっぷたつに吹っ飛んでるってのに、血飛沫が飛び散って無いだろ? 断面が過剰な熱で一瞬で傷が閉じてるんだよ! そう、焼き鏝の要領だな!」

 ぺらぺらと喋るブラキウムの話を聞きながら、要所要所で映像を止め、ブラキウムが解説しやすいように拡大して彼の話の手助けをする。

「……さて。それでは出掛けますよ、ブラキウム。」

「お? どこにだよ、俺の仕事はもう終わったぜ? ジュウシャちゃんから荷票も貰ったし、俺はちょっくらフラガムキャリアまで出て馴染みのトランスポーター連中と酒でも飲もうかと――。」

「きみのお望み通り、カンフルタウンですよ。飲酒はまだ控えてください、きみには運転をしてもらわなくてはならないので。」

 

 ―『エリア・ブランク』カンフルタウン 八番街・PM7:30・晴れ

 ロドスの入植から数か月、彼らの介入によって『エリア・ブランク』という通称が波及したこの未開の大地には、最初期に開拓を始めたカジミエーシュの鉄道会社と、その物資輸送に力を貸したクルビアのフラガムキャリア通運の二大企業による尽力によって建造された移動都市が存在していた。

 『この地平線に足を踏み入れるすべての人々へと、情熱と野望が行き渡るように』――その願いを託してカンフルタウンと名付けられたその不夜城の大通りに面したカフェのテラス席で、三人のトランスポーターが顔を向き合わせていた。――否、一人は常にテーブルの上のカップへ目を落としていた。

「……おいエル、これじゃまるで尋問じゃねぇかよ。もう少しフレンドリーにできねぇのか?」

「極力やっているつもりなのですが……。」

「よくそれでトランスポーターになれたな……。」

 エルハクラビとブラキウムの前に座る漆黒のヘイローを持つサンクタの少年は先程から、問われた事にこそ丁寧に答えているが、その回答は至って簡潔であり、社交性は微塵も感じられなかった。

「な、なぁウェルキエルさんよぉ、お前も俺と同じスイーツの都出身だろ? このカフェ、スイーツがめっちゃ美味えんだよ! 好きなの頼んでいいぜ、金はこの朴念仁が払うからよ!」

「好意には感謝するけど、僕も雑談をするためにこのテーブルに座ってるわけじゃないんだ。」

 そう言って純粋なサンクタの道から外れた証であるくすんだ蛍光灯を頭上に冠する少年、ロドス製薬のトランスポーター・ウェルキエルは手元のカップを口元に寄せ、砂糖もミルクも入れていないコーヒーを啜る。

「君も、僕と同じ教令遵守の都出身なんでしょ? ……それならわかるはずだよ、僕と『共感』できないことくらい。」

「俺は――、」

 ブラキウムはそこで一度言葉を呑み込む。触れる事はできないが、そこにある光輪に指を伸ばし、それからまたウェルキエルと同じように、砂糖を多量に混ぜたコーヒーへと手を戻す。

「いいや、俺たちは。……ウェルキエルさんにどんな経歴があるのかなんて、ちっとも興味がねぇ。このエリア・ブランクにやってきた以上、俺たちは商売敵であり、同時にこの大地という名の怪物に挑む仲間なんだからな。そりゃあ知ってるさ、こんな仕事してりゃ、お前と同じように黒いヘイローした奴らだって何度か見てる。」

「ブラキウムの場合は義務不履行で見ているんだと思いますが。」

「バラすなよ、エル! ……とにかく、俺たちは『堕天したサンクタの』ウェルキエルさんに興味があるんじゃねぇ。『ロドスのオペレーターの』ウェルキエルさんに興味があるんだよ。」

 その時、それまで俯いたままだったウェルキエルの視線が、ようやくエルハクラビとブラキウムの眼を捉えた。その姿に、ブラキウムはにかっと笑うのだった。

「……やはり、きみを連れてきて正解でした。」

「なんか言ったか?」

「いえ、何も。」

 

 実のところ、エルハクラビは目の前でコーヒーを飲む少年について、事前調査を行っていた。

「珍しいね、エルが白壁の外に興味を向けるなんて。」

 ――あの星みたいな所長には、そんな風に皮肉られてしまったが。それでも、エルハクラビには彼の痕跡に思い当たる節があったのだ。

「……以前、龍門の薬理学院で勤務していた際、帰宅の折に忠告を受けた事があるんです。『最近はこんな夜遅くに帰ろうとするのはまずい、うちの仮眠室を使っていきなさい』と。」

 当時、市井は正体不明の殺人鬼の話題で持ちきりだった。ターゲットは成人済みかつ、更年期以前の若い男女。時間は日付を超えた深夜。現場は決まって、周囲を高層ビルに囲まれた路地裏。凶器は常に鋭利な刃物。被害者は総じて心臓を抉り取られ、遺体を常人では到底手の届かない高度のビル外壁に金具とワイヤーで固定されて発見される。

「それ……龍門近衛局の捜査報告書? エル、熱心なのは良い事だけど、違法な事には手を出さないでよ?」

「出していませんよ。これはきちんと手順を踏まえた上で知人から借りた物です。その証拠に、特に機密性の高い部分は黒塗りになっているでしょう。」

「ふぅん……でも、これってちょっと、黒塗りの部分が分散されすぎてない?」

「ええ、されすぎていますね。どうやらこの秘匿事項をチェックした督察隊の高官は少し寝不足だったようです。」

「……エールー? あなた、コネをそんな風に使う子とは思ってなかったわよー? もっと実直で正直なお兄さんだと思ってたんだけどなぁー。」

「持てる手段はすべて投じるのがポリシーです。……他の陣営のトランスポーターが介在しない場所でのロドスとのコンタクト、彼らの腹の内を知るにはまたとない機会ですから。」

「そう? 腹の内って言っても、あの人たちにそこまで深い目論見があるとは思えないけどね?」

「所長に比べたら、誰の目論見だって浅ましい限りですよ。」

「こーら、そんなこと言っちゃいけません!」

 一切力が籠められていない拳骨を脳天に受けながら、そんな事は意にも介さずに報告書と端末の映像を見比べ続けるエルハクラビの視界の端で、そのフェリーンの女性は遠征用の多機能白衣を翻し、手にした長大なアーツユニットを音高く鳴らしながら部屋を去っていく。

「それじゃ、またねエル! わたしの留守の間、いい子にしてるんだよ?」

「次はいつお戻りに?」

「さぁね、気が向いたら!」

 天蓋の裏側へと消えた創設者を追い求め、人智の彼方にある特異点を目指す旅人。彼女が消えていった自動ドアが閉まるのを見届けるエルハクラビの手元で、ちょうど映像の中の人物もエルハクラビの方を向いていた。

『――……。』

 金具とワイヤーを用い、樹林の狭間に心臓を失った外敵の五体を吊り下げながら、画面の中に映る漆黒のヘイローを持つ少年は、じっとカメラが置かれているであろう方向を――画面の前にいるエルハクラビを、無機質な瞳で見つめていた。

 

「なあ、ロドスってどんな場所なんだ? 職業柄、噂は聞くけど輪郭がぼやけたようなイメージしかないんだよ。そうだ、ロドスってあのクルビアのライン生命ともパイプがあるんだろ!? 俺、医療エンジニアリングが専攻だから、ライン生命の主任研究員に会える機会があったらなぁーってずっと思ってたんだよ!」

「ブラキウム、悪癖が出ていますよ。」

 早口でまくしたてるブラキウムを窘め、しまったとばかりに口元を両手で押さえる相棒を横目にエルハクラビは少しだけ上半身を前へと傾け、ブラキウムと同様の内容の質問をウェルキエルへと投げかける。

「しかしブラキウムの言う通り、ぼくたちはロドス製薬という組織についてほとんど実態を知らない。だからこそ、実際に勤務しているトランスポーターであるあなたから、直接ロドスという居場所についての所感を聞きたかったのです。」

 呆けたように口を少しだけ開いていたウェルキエルは、コーヒーカップを両手で包むように握り、その問いに対する答えを返そうと言葉を紡ぐ。

 ――しかし、エルハクラビに聞こえて来たのは、それまで数回会話を交わしていた物静かな少年の声では無く、どこか老成した不気味な雰囲気を持った、幼い女の子の声だった。

『よいばしょ、ですわ!』

 鼓膜では無く、自身の脳髄を音源として聞こえてくるその声に、エルハクラビは咄嗟に己のうなじを右手で掴んで背後を振り向く。無論、そこにあるのはどこまでもまっすぐ続く、カンフルタウンの街灯りだけだった。

「エル、どうかしたか?」

「今……聞こえませんでしたか、ブラキウム?」

「何がだよ?」

「……小さな女の子の声でした。ウェルキエルさんの代わりにぼくの質問に答えるような……。」

「何言ってんだよ、ウェルキエルさんはちゃんと自分の声で喋ってたぜ? ……おいおいやめろよエル、お前が冗談言わないことくらいわかってるけどよ……。」

 ちらりとウェルキエルを瞥すると――彼は微笑んでいた。それまで無表情を貫いていた少年が、明確に笑顔を浮かべていたのだ。

「ウェルキエルさん? いかが――、」

『すなねこの、おにいさま。あなたさまは、いちど■■■をみている、はずですわ?』

「――っ!」

 次に聞こえてきた声は、エルハクラビの内側からでは無く、目の前に座る堕天使の唇を借りて発せられていた。

「ブラキウム!」

「おいおい、エルがしっかりしろよ! 何が聞こえてるってんだ?」

「本当に……聞こえないんですか……?」

「聞こえてないよ。」

 エルハクラビの疑問には、ウェルキエルがウェルキエルの声を用いて返答していた。

「■■■ちゃんの声は、特定条件を満たした人間にしか聞こえないんだ。」

「何かの……アーツ?」

『いいえ、■■■はあーつのさんぶつ、ではありませんことよ?』

「■■■ちゃんは実在するよ。エルハクラビさん、今も君の網膜の中にいるはずだ。鼓膜の内側にいるはずだ。皮膚の裏、臓物の内壁、血管の内海に――■■■ちゃんはいるはずだ。だって――。」

『えるはくらびさまは、■■■をみつけてくださったのですもの!』

 自身の体温が、頭部の血が引いていく事で下がっていくのを感じる。息遣いが荒くなり、気付きたくない『真実』に到達しそうになる思考回路を必死で止めようとする。だがエルハクラビにも見当はついていた。ウェルキエルの殺人現場、それしか要因は考えられない。あの悍ましい儀式のような――儀式?

『いまいちど、さきほどのごしつもん、おこたえいたしますわ!』

 いや、だめだエルハクラビ。天秤の片皿の名を冠するU-HID研究所所属トランスポーター! 気付くな、辿り着くな! 思考を捨てろ、考えるのを止めろ! まだ間に合う、これは――記録媒体の視聴をトリガーに発動する『巫術』だ!

 

『とーっても、すばらしいばしょですわ! あなたさまもいつか――おいでなさいまし! ■■■たちのさいごのきぼう、じんるいのついのとりで、ロドス! このほしの、さいしゅうかんもんへ!』

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