茫漠地平 タブラ・ラーサ   作:和泉キョーカ

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・イノセント
【コードネーム】イノセント
【性別】女
【戦闘経験】八年
【出身地】ラテラーノ
【誕生日】11月22日
【種族】サンクタ
【身長】183cm
【鉱石病感染状況】
 メディカルチェックの結果、非感染者に認定。


罪なき者のみ、石を投げなさい

 これは、私の目の前で起きたことだった。

「ねえドクター、聞いてる?」

 心配するアーミヤ、それを宥めながら、彼女を引率していくブレイズ。そんな二人とは別行動を取っていた時の事だった。作戦遂行上、重要ポイントであると推察していた最初の地点に到達した私は、ふと我に返ると、既に三十名弱の襲撃者に包囲されていたのだった。

「よくこんな状況で考え事とかできるよね!」

 私の目の前には、特徴的な漆黒の光輪を頭上に戴くサンクタ族の女性の背中があった。それは、ラテラーノ公国の公務員と言うべきか――。公証人役場、ラテラーノ国外に居住する公民であるならば、その存在は法令以上の畏怖――脅威? そして安堵をもたらす存在――執行人。

 名を、『イノセント』。無罪を意味するそのコードネームを掲げる一個超兵器は、既にその場に十数名の気絶し――ないし命を落とした襲撃者の躯体を転がしていた。

 

「で? キミたちはアレだ、ドクターをどうしろって言われてるわけ?」

「生け捕りだよ、サンクタ。」

 襲撃者たちのうちの一名が、彼らの目的を律義にイノセントへと伝える。イノセントは「ふぅん」と短く応じると、血に塗れたサーベルを腰の鞘へと戻して見せた。

「あー、ドクタードクター。」

 そしてイノセントは私の方を振り向くと、まるで小さな子供と一緒になって悪戯に興じる年長者のような意地悪な笑顔を見せると、人差し指を唇に押し当てて黙認を求めてきた。

「これからやること、公国とか法王庁とか……あ! あとあのイグゼキュター(かたぶつ)にも内緒にしててね! あくまで今のアタシは特殊親衛隊RO.S.ESのメンバーであって、執行人じゃないから! あいや、執行人なんだけどさ……ええと、義務とお節介の線引きって事かな? とにかく、ネッ?」

 ばっちりと綺麗なウインクまで披露してみせ、再びイノセントは襲撃者たちの方へと向き直る。その背中からは、先程までの怠慢な態度とは打って変わり、純粋な『敵意』のみが漲っていた。

「オッケー、こっちも急いでるから、ひとり三発までってことでかかってきな!」

 イノセントが肩にかけていたトランクのハッチを開くと、蓋に固定されていた数種類の銃器が取り出しやすいように大きく展開される。その中から、造形を同じくする小型の短機関銃を二挺取り出すと、器用に手の中でクルクルと回しながら安全装置(セーフティ)を解除し、彼女は襲撃者たちに向かって啖呵を切った。

「主よ、無慈悲にして親愛なる我らの父よ、この行い、この罪を赦されよ! ――これより我が名は『罪無き咎人(イノセント)』! 主よ、我が前に並ぶ命を、貴方にお返し致します!!」

 敬虔な信教者たるイノセントが祈り――ないしは懺悔――の言葉を零した時には既に、彼女の真正面に立っていた襲撃者の全身から勢いよく、おびただしい量の血液が噴出していた。

「ありゃ、三発は流石に無理があったか。」

「ッ――! 射撃隊、撃て! 守衛は俺に続いて包囲しろ! 術師隊、詠唱を止めるな!」

「術師がいるの? まずいね。」

 襲撃者たちを先導するペッローの男の指示に、イノセントの表情が険しくなるのがわかる。

「ドクター、この地形――キミならどこに術師を配置する?」

 まるで家庭教師のように、イノセントはすぐに眉を緩め、私に対して尋ねてくる。

 ここは、すり鉢状に掘削された、廃棄された採石場。その最低部、岩盤に検問所を設置した、商業移動都市ロカプラナへの入り口。我々が立っているのは、まさしくその検問所の前――すなわち、最低部であった。襲撃者たちは急斜面に広がるように立っており、一見するとここからなら全部隊の概要を把握することさえ容易と考えられる。

「……え、本気で言ってる?」

 だが、その実態は多分に複雑なのだろう。採掘場であるからには、横道――このすり鉢から派生した坑道がいくつも存在しているはずだ。それを利用して『都合の悪いモノ』を隠すのは、この地域をよく知る人間ならば誰でも考え付く。

 ――だからこそ、その逆。()()()()()()()()()()と、イノセントにそう伝えると、彼女は引き金を引く手は止めないまま、唖然とした顔で私の方を見てきた。

「えぇ、だって……いや、それっぽい人はいないけど?」

 訝しげなイノセントに対し、私はふと目についた人物――クロスボウを構えたまま動かず、イノセントに狙いを定め続ける狙撃手の方を指で指し示してみせた。

 ほぼノータイム、私がその方向を指差した瞬間には既に、狙撃手は銃弾によって絶命していた。

『――ちら、術師隊! ――がやられ――! ――唱に時間――はかかる――!』

 敵勢力の会話を傍受した通信機から、途切れ途切れの焦燥の声が聞こえてくる。イノセントへ首を縦に振ることでその成功を伝えると、イノセントは大きなため息を吐いて見せた。

「やばいね、ドクター!」

 果たして称賛とも、呆然ともつかないようなその発言を最後に、イノセントはそこから軽機関銃をトランクに設けられたガンラックに掛け、ホルスターから抜いた拳銃を用いて、狙撃姿勢のまま動かない、射撃手に偽装された術師と思しき襲撃者たちを次々と射殺していった。

「ドクター、アーツメーターとか、持ってる?」

 ――イノセントに唐突に問われ、コートのポケットをまさぐれば、すぐにその直方体の黒光りする器具が指先に触れる。それを取り出し、計器を操作すると、目盛りがゆらゆらと揺れた後に微動だにしなくなる。その様子をイノセントに伝えると、凄腕の執行人はニカッと笑ってリーダー格へと大声を張り上げた。

「ねえ!キミたちんトコの術師、みんな死んだみたいだけど!?」

「……――ッ!?」

 刹那、確かにリーダー格の襲撃者の表情に、焦燥と――微塵の恐怖が滲む。

 目の前にいる天命の執行人(サンクタ)がまるで――戦禍の捨て駒(サルカズ)とも見紛うほどの狂気を帯びて、今まさに自分たちの灯火を吹き消さんとしている、その凄惨たる銃火器の躍動。それが敵ならば――私とて、平静ではいられないことは想像に難くない。

 

「……怖いね。」

 ふと、共にホームビデオを眺めていたチゼルが、甘ったるい香りを放つ補給室印のキャラメルポップコーンを頬張りながら呟くのが聞こえた。

「イノセントお姉ちゃんは、笑って人を殺すんだ。それは楽しいからじゃない。みんなを安心させるために、笑いながら敵を殺すんだ。一緒に戦ってくれる誰かの為を思って、笑いながら生命を蹂躙する。他者の死を、侮辱しないために笑うんだ。」

 ――人の死を前に笑うことは、その人物の誇りを穢すことに他ならないのではなかろうか。

「じゃあドクター、イノセントお姉ちゃんの笑顔を見て、誰かを馬鹿にしているように見える?」

 私は静かに首を横に振った。イノセントの笑顔は鮮烈であれど、そこに凶悪性や悪辣性は微塵も感じられない。しかし、ならばなぜ。

「怖いでしょ? あんな人が敵になったら、流石のボクも真っ先に殺さなきゃ安心できないもの!」

 

 ――やがて、イノセントの銃口から溢れ出していた、鼓膜を引き裂くような破裂音が止まり、辺りが静寂に支配される。 

「粗方、片付いたかな。」

 機銃をトランクにしまい、余裕綽々の表情を浮かべながら、イノセントは足取りも軽やかに、採石場のエレベーターの昇降スイッチを握り拳で叩く。程なくして、上層から降りて来たシャフトに飛び乗ると、執行人は呆け立つ私の方を振り向き、不思議そうに首を傾げながら左手をこちらへと差し伸べて来た。

「どうしたの?」

「……エレベーターに細工がしてある危険性を考慮するに、徒歩で最上層まで移動した方が安全だろう。」

「ん~? ……細工、ねぇ。じゃあドクター、本当は雑談してる暇は無いんだけど……。このエレベーターに施せる可能な限りの細工、挙げてみてよ。」

 彼女の唐突な問い掛けに、少々面喰ったが。――古来より、移動手段を暗殺手段へと改造する手法は普遍的だ。ゆえに、私はひとつふたつと、私たちを殺すに充分な手段を列挙して唱えていった。

「あー、あー! わかったわかった! アタシが悪かったってば! ――でもねっ!」

 十四種類目の殺害方法を口にした直後、イノセントが私の眼前で掌を激しく左右に揺らしながら、私の発言を掻き消した。

「ごあんしんめされーぃドクター。ここにおわすはラテラーノ公証人役場執行人イノセントこと、ハナエルお姉さんですよ? 少なくとも、起爆剤の類はパッと見ればわかるし、加工の痕跡だって触ればわかる。アーツで細工されちゃ流石にアタシの専門外だけど……さっき、みんな殺したしね。」

 淡々と、しかし自信に満ち溢れた声音と眼差しで、シャフトの手摺に積もった土埃を指で撫ぜりながら、イノセントは私の手を引いてシャフトに無理矢理と引き寄せて乗せて来た。

 そんな時だった。土砂が沸騰するような轟音に、イノセントの目の色が一瞬にして変貌する。逡巡も無く、その背後に私を庇うように腕を広げたイノセントの目の前には、先程のリーダー格と思しき襲撃者の男が、満身創痍の体躯に鞭を打ち、よろめきながらこちらへと歩み迫ってきていた。

「逃がす……かよぉ……!」

「しぶといね。」

 イノセントの、心胆まで凍てつくような冷徹な声を受けても、襲撃者の長は怯む事無く、ただ前へ前へと突き進んでいた。

「おまえら……みてぇな! 『大多数の正義』――だとか、『世論の言う邪悪』……だとか、そんなモノを自慢げに振りかざして……俺ら少数派の意見を……勝手に、どこからともなくやってきて……踏みにじって! 誇らしげに、『改善しました』なんて綺麗事を吐く連中に! この門はッ――!」

 言い終わる前に。

 想いを伝えきる前に。

 彼の頭蓋骨を貫通して、その後頭部から赤黒い体内物質が、白灰色の地面の上に、鍋に入れたトマト煮込みをひっくり返したかのように拡がって染み込んだ。

「――行こ、ドクター。」

 口元が笑っているのに、その胸の内にある感情は真逆なのだろうと、容易に推察できるような眼差しで私をじっと見つめ、イノセントは痩せ細った手をぎゅっと握ってきた。

 

 ――いつだったか、それはイノセントと所属する機関を同じくする、二人のオペレーターから、彼女の過去について聞いたことがあった。

「イノセント先輩、まだ新人の執行人だった頃、『遺言遂行』中に一名の無関係なサルカズ男児を射殺未遂したらしいんですよ。」

「……それに関しては、執行人にとって些末な付随結果に過ぎません。しかし彼女は、あろうことか自身の任務を途中停止し、そのサルカズの男性児童の延命治療を開始したのです。」

「人としては当然の事なんですよ?」

「執行人としてはあるまじき行動です。我々執行人は任務の急速実行にのみ注力すべき存在です。」

「ともかく、その光景を目にしてから、イノセント先輩はとにかく敵であっても、必要以上には殺人は行わず、状況が終了して生き残った外敵は可能な限り逃がすようにしていると人伝に聞きました。」

「……。」

「イグゼキュター先輩も、イノセント先輩に対して何度も改めるように言ってるんですけどね。」

「それは既に諦めました。彼女はこちらが何を言おうと変わりません。」

「ははは……。」

 

 その後、危なっかしく揺れ動くシャフトの上で、投射されたビデオの中のイノセントは終始、私の手を握り続けていた。

「……こちらイノセント、ドクターの護送は今の所順調。作戦通り、ロカプラナ鉱山駅に向かいます。そちらは?」

『オイオイお嬢ちゃん、ヤにテンション低いじゃねぇの! いつもの笑顔が無きゃ俺様の心まで落ち込んじまうぜ!』

 画面に一瞬のノイズが奔り、場面が再び別のものへと切り替わる。そこには、複数人のロドス戦闘オペレーターと共に、銃弾や鉄矢とアーツの嵐の中、遮蔽物に隠れる男の姿があった。

「オーライ! しっかし流石のハナちゃんだなァ! 俺様も負けてらんねぇ!」

 手にした紙煙草を、すぐ横を猛烈な勢いで流れ飛んでいく金属の洪水の中へと放り出すと、目深に被ったテンガロンハットのブリムを指で弾き、カメラへと視線を向けたフェリーンの美青年の手元で、リボルバーのシリンダーがギラリと光り輝いた。

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