茫漠地平 タブラ・ラーサ   作:和泉キョーカ

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・ウェルキエル
【コードネーム】ウェルキエル
【性別】男
【戦闘経験】三年
【出身地】ラテラーノ
【誕生日】7月31日
【種族】サンクタ
【身長】172cm
【鉱石病感染状況】
 メディカルチェックの結果、感染者に認定。


ロカプラナ街の悪夢

「……クロンズさん。本当に、和解の道は無いのですか?」

 小さな黒うさぎの問い掛けに、スキンヘッドの男は紫煙を揺らしながら、重々しく答える。

「ないさ、お嬢ちゃん。」

「理由をお聞きしても、構いませんか。」

「お嬢ちゃん、この世に『悪を為そう』と悪を為す悪者がいると思うかい?」

 ロカプラナを牛耳る大規模運輸商業社。クロンズ盟社と銘打たれ、人々には親しみと畏怖を込めて『盟社(カンパニー)』と呼称されるその企業の牙城――本社ビル屋上で、私とアーミヤ、ブレイズと複数名の戦闘オペレーターは、盟社(カンパニー)の創業者にして最高責任者、アルフォンソ・クロンズと相対していた。

 そう、これは紛れもない私の記憶。チゼルも知らない、ビデオカメラに映らなかった、ロドスの記録。

 

「残念ながら、そいつは映画の中だけの空想なのさ。誰しも、『自分にとっての悪』が欲しい。そうだろ? チェルノボーグの惨状を目の当たりにしたお嬢ちゃんたちなら、理解できるはずだぜ。」

「……ご存知なのですか、あの事件の詳細を。」

 約一年前、私たちが体験した悲劇――ないしは、世界の憎悪が産み出した当然の帰結。地獄の片鱗。それをあたかも、その目で見たかのように――アルフォンソ・クロンズは語った。

「うちの下っ端の中には、あれの生き残りもいてね。」

 静かに目を閉じて微笑むクロンズの表情からは、悪意は微塵も感じられなかった。その部下の事を想いながらその発言を口にしているのならば、そこにあるのは慈愛と憂慮だろうと、そう察する。

「俺らは、俺らが生きやすい世界を……生きやすいロカプラナを造りたいんだよ。お嬢ちゃん、あんたが言っている俺の悪行ってのも、世界からすりゃ無論善悪の観点で測れば『悪』だろうが――。」

 ――そう。『真っ当な』倫理観を最優先に考慮するならば、クロンズの行っていた数々の源石実験は、彼の下で永年従事しようとは思えない事項が数多く存在しているはずだった。それでも、彼の前に――私たちの前に、多くの戦闘員が凶器を手にして立ちはだかっている、ということは。

「俺たちにとってロカプラナは最後の楽園なんだ。……ここから去る? ここから逃げる? どこへ? 誰へ? 何へ? 居場所も、金も、肉親も、信頼も、愛も失った俺たちに身を寄せられる場所なんざ、もうココ以外に残っちゃいないんだ!」

 唇を真一文字に結んだ戦闘員たちが武器を握る手が、より一層強くなる。臨戦態勢を取るロドスの戦闘オペレーターたちを平手で御しながら、私の隣に立つ小さなCEOはクロンズへと歩み寄ろうとする姿勢を崩さない。

「でもそれは、あなた方の居場所をさらに奪っている事になります!」

「言っただろお嬢ちゃん。もうココ以外に俺らの楽園は無い。ここが俺らの楽園である以上、ロカプラナの評判はどうでもいいんだ。重要なのは、盟社の信頼と、運輸ルートだけ。それさえ盤石なら、ロカプラナの住民は限られたコミュニティの中で限られていても確かな幸福を得られる!」

「その代償に、間違った知識で記述された薬理学書の啓蒙、偏った知識で製造された薬品の投与が蔓延しているのは、この街の十年先を見据えられているとは到底言えません!」

「お嬢ちゃん、俺らは今を生きたいんだよ!」

「ひとりの企業責任者なら、未来の展望を考えるのは――市民と部下の今後を想定するのは、必要不可欠な事項ではありませんか!?」

「それが考えられるのは……金がある奴、恵まれた環境がある奴、この絶望の世界で一握りのラッキーを掴めるだけの運がある奴だけなんだよ!」

「そんなことありません! 皆さんには平等に、未来を考える権利があります! あなたの刹那的な考えは、あなたの子供たちの世代のロカプラナを蔑ろにしている!」

 どちらが間違っている、とは考えるべくもなく。

 だが――果たして。毎朝温かいスープを飲んで。毎日適度な運動を行い。毎夕定期的な予防接種を行い。毎晩柔らかなシーツに横になっている私が口にする「間違っている」とは――この世界を生きている多くの感染者の「間違っている」と、果たして同意義なのだろうか。

「アーミヤ、もう……。」

「待ってくださいブレイズさん! 私は、こんな……! ……いいえ、何も違いません。きっと、あなたの言っていることも正しいのでしょう。私に理解でき得ないとしても、あなたの隣に多くの人々が立っている以上……あなたの言う事は、きっと間違っていません。……ですが、それでも!」

 ブレイズの抑止も振り切り、アーミヤはなおも糾弾する。

今の鬱憤さえ晴らせれば(・・・・・・・・・・・)未来なんてどうでもいい(・・・・・・・・・・・)なんて!」

 ――それはかつて、我々が対面した革命組織が、崇高な思想の奥に秘めていた熱情。退廃的な八つ当たりの感情が、正義の皮を被って跳梁跋扈する倒錯の世界。たとえ、頂点に立つ女傑が血に蝕まれ、『そうなる運命だった』としても。

 それは、二度と見るに堪えないエゴイズム。

「……。」

 クロンズは手にしていた紙煙草を足下に放り捨て、それを地を這う虫をそうするように踏み躙ると、フゥ――と大きく息を吐く。

「若いな、お嬢ちゃん。この世界に生れ落ちて十年かそこら。……その眼に映るこの世界は、何色に見える?」

「色、ですか。」

「俺も、昔はこの世界にも青空があるって信じてた。いや――実際あったんだろう。現実的な意味で言えばな。でも……俺は、もうこの世界がモノクロにしか見えない。色も無い。光も闇も無い。あるのは……ただ、受け入れなくちゃならない理不尽だけ。」

「でも!」

「お嬢ちゃん、お前もいつかわかる時が来る。それはもう……来ないかも知れないが。お嬢ちゃんを見ていると、俺の娘が小さかった頃を思い出すんだ。だからどうか、お嬢ちゃんだけでも逃げてくんな。」

 その情けの一言に、アーミヤの拳がぎゅっと強く握りしめられる。

「――いいえ。」

 しっかりと。

「逃げません。」

 力強く。

「私は、」

 クロンズの曇り曇った両目を見据えて。

「私たちは、決して逃げません!」

 ロドスの小さなリーダーは、両手指に嵌めた指輪をクロンズと、その配下たちへ向けながら、声高に宣誓の言葉を放つ。

「あなたたちの過ちが、あなたたちの罪が、たとえあなたたちにとってそうでなくても――その思想の下に苦しむ感染者がいる限り、ロドスは――私たちは、あなたたちの敵となります!」

「……残念だ、お嬢ちゃん。」

 次の瞬間、事前に私が伝えておいた通りに、ロドスの戦闘オペレーターたちが一斉に前へ出る。それに応じるように、クロンズの部下たちも鬨の咆哮をあげながら、こちらに向かって突進してきた。突如として巻き起こる動乱の中で、私とアーミヤ、そしてアルフォンソ・クロンズだけが、微動だにせずに睨み合っていた。

 

 どれほど経っただろう。とにかく数に任せて総力戦に持ち込むクロンズ勢力に対し、綿密な統率と作戦の下に鎮圧を続けるロドスは俯瞰的に見ても圧倒的に優勢なように思えた。

 しかし、仁王立ちのままポケットに手を突っ込み、こちらを見据えるクロンズの表情に焦燥は見えない。それどころか、何かを虎視眈々と狙い澄ましているかのようにも思えた。

「――アーミヤっ!」

「っ! 皆さん、急いで屋上中心部から退避を――!」

 鼓膜が張り詰める感覚の直後、落雷と見紛う閃光が、私たちが立つ高層ビルの屋上を襲撃する。

「アーミヤちゃんッ!」

 残響、キーンと吼える空気の中、屋上が瓦解し、その場にいた全員が、地上百メートルの空中へとその身を放り出される。そんな中、ブレイズの伸ばした手が、アーミヤの手を掴むのが視界の端に映った。

「待ってください、ドクターが――ドクター!」

「ドクターの事は彼に任せるから! ――こら怠け者くん! 少しは仕事してよね!」

 崩壊する屋上を構成していた瓦礫の雨の中を、黒い影が矢の如き鋭い動きで跳躍していく。次々に空中遊泳を強制されたロドスのオペレーターたちの腰部に安全用ハーネスを接続していき、最後に私の背中と腰を抱えるように、瞬く間に背後に出現する。

「……や、ドク。」

 言葉少なく、私に挨拶してきたのは、途中でひび割れて二分割されたサンクタ人特有の光輪を頭上に浮遊させる青年だった。

「こうして会うのは初めてだっけ。……どーも。特殊親衛隊RO.S.ES所属の特殊オペレーター、ウェルキエルだよ。地獄への急降下ツアーの最中に自己紹介する非礼は、……どうか許してね。」

 そう言い残すと、再びウェルキエルは影を纏い、着地姿勢を取れずいるオペレーターたちの方に向かって落下していく瓦礫を利用しながら跳躍、接近し、その場の全員が地上に叩きつけられないよう、ハーネスに繋げられたワイヤーを、その場にあるビル壁やモニュメントなど、様々な場所へと接続させていく。

「姐さん、ドクとアーミヤは任せたから。」

 ガチャン、ガチャンと次々に生命線が増えていく。中には既に、地上数メートル上でハーネスに牽引され、多少強引だが安全に地上に爪先が当たったオペレーターもいるようだ。

「やっほードクター! 紐無しバンジーの具合はどう?」

 ウェルキエルが繋げたワイヤーを通じて、遠くにいたブレイズが、アーミヤを抱えたまま私の元まで滑り落ちてくる。

「このままウェル坊やのワイヤーを使って着地するから、振動に注意してね!」

 ――直後、ずしんと重苦しい音と共に、私とアーミヤを小脇に抱えたブレイズの腕から、筋肉越しに強烈な衝撃が伝導してくる。

「いっ痛ぁーい! これヒビ入ったかも!」

 努めて明るく、ブレイズは事も無げにそう嘯いて、私とアーミヤを大通りのアスファルトの上へと解放する。私たちが他のオペレーターたちの無事を確認した後、目の前に聳え立っていた剣を天高く掲げる姿の黄金の女神像へと目を向けると、その剣の切っ先にワイヤーを括りつけた状態のウェルキエルが、顎で女神像の向こう側を示していた。

 そこへ視線を移せば。

 

「――どこまでも、俺の見立てが甘かったのか。」

「ここ数か月間、盟社(カンパニー)絡みの武力事件はトランスポーターの皆さんからも聞いていませんでした。……もしかして……。」

「ああ、あれしきの砲撃で一掃できるような組織じゃないなどと、少し考えればすぐわかったものを。……俺の完敗だ、ロドス。」

 そこには、腹部に深々とナイフが突き刺さったアルフォンソ・クロンズが、口端から流血しながら、焦点の定まらない視線で私たちを睨んでいた。

「俺を信じて俺についてきてくれた――家族にも等しい部下たちの命を使い潰して決行した一世一代の作戦が、こうも簡単に御されちゃあ……地獄であいつらに合わせる顔が無い、な。」

「医療オペレーターの皆さん、至急盟社(カンパニー)本社直下エリアまで急行してきてくださいっ!」

「無駄だよアーミヤ。」

 音も無く、天使が舞い降りる。クロンズの隣に降り立ったウェルキエルの手には、クロンズの腹部に喰らいついているナイフと同じものが握られていた。

「あと四分十二秒でコイツは死ぬ。」

「そんな……ウェルキエルさん、どうして!」

「……それが僕らの仕事だから。」

「でもっ……!」

 ウェルキエルに向かって何かを糾弾しようとするアーミヤに対して、消え入りそうな声で、クロンズが「お嬢ちゃん」とアーミヤを呼ぶ。

「お嬢ちゃん……。俺は、俺は間違っていたのかもしれない。ただ――今を生きていたくて。今を、生きていていいんだって……皆で分かち合い、たくて。」

「喋らないで! あと二分もすれば、ロドスの医療班が到着します!」

「俺は……未熟だったから。戦士としても……商売人としても、夫としても、――親父としても。ああ……エリー。俺は……俺は。」

「それでも!」

「ああ。それでも。」

 アーミヤの涙ながらの反発に賛同する声が、私の背後から聞こえてくる。

 それは、腰に直剣を佩いた血魔。

 それは、銃と剣を携える天の御遣い。

 それは、テンガロンハットを目深に被った保安官。

 そして、全身に甲冑を身に纏い、顔面を覆面で覆い隠した女流剣士。

「それでも、お前さんは間違っちゃいなかったさ。」

「世界が間違ってると詰ろうとも、君の家族たちは君が正しいと心から信じていた。」

「よく見ろよ、あんたはひとりじゃないはずだぜェ?」

 その言葉に呼応するように、クロンズの後方から、満身創痍になりながらも彼の背中にひとたび手を触れようと歩み寄る、多くの部下たちが、行軍する騎士のように霧の中から現れ始める。

「――父さん。」

 そして、覆面の剣士が、クロンズの目の前に膝をつき、そのマスクを取って見せる。

「エ、リー。」

 クロンズに瓜二つの面立ちをしているその女性は、クロンズに対して満面の笑顔を見せる。

「はは……俺は……幻を――?」

「違うよ、夢でも幻でもない。家出したまま音信不通だった、エリファーだよ。」

「オリヴィエって術剣士の話……聞いてはいたが。」

「なぁに、自分の部下の事、何も知らなかったの?」

「はは……ははは。エリー。エリー、エリー!」

「ごめんね。頑張ったね、父さん。父さんは間違った事してきたし、その罪は死んだくらいじゃ償いきれないけど……。『未来』は、私たちが作るから。それは、このロカプラナに……みんなのための楽園を築いてくれた、父さんが繋いでくれた道標だから。だから……もう、いいんだよ。母さんによろしくね。」

「俺が……俺が、ラナと同じ場所へ行けるもんか! でも……でも――。」

 その瞬間、次々にクロンズの背中に、種族も年齢も性別も様々な部下たちの掌が触れては地に落ちていく。

「社長、おれたちはあんたと一緒に走れて――。」

「あたしたちは社長と一緒に無数の『今日』を造れて――。」

 

 楽しかったです。

 

 大粒の涙を流したままその場で動かぬ肉塊と化してしまったクロンズを見つめながら、ウェルキエルはとても――とても、遠い場所を見つめているような気がした。

「僕は……たくさん、色んな命を潰して来たけど。」

 ぽつり呟くその後悔にも似た感情は、すぐに掻き消されることにはなったが、しかし。

「こんなに満足しながら死んでいく奴、初めて見たかも。」

 その顔は、驚きと安堵と、悲嘆に染まっていた。

 

 そして、再び事態は転換する。

 ぴしりと亀裂音。ぱりんと破裂音。ぼんっと爆発音。

「――ドクター、逃げてください! ここにいる盟社(カンパニー)戦闘員たちの遺体――全員漏れなく、重度の鉱石病(オリパシー)感染者です!」

 あちこちで、花火が爆ぜるような音。大気中に溢れゆく黄金色の飛沫。粉塵。

「全オペレーターに通達します! これよりロカプラナ中央エリアを起点に、感染者の大量死による大規模源石(オリジニウム)粉塵爆発が発生すると予想されます! 必要最低限の装備を回収し、速やかにロカプラナ南外郭エリアに向かって高速退避を開始してください――!!」

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