茫漠地平 タブラ・ラーサ   作:和泉キョーカ

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・フラムベルク
【コードネーム】フラムベルク
【性別】女
【戦闘経験】五年
【出身地】カジミエーシュ
【誕生日】8月14日
【種族】クランタ
【身長】157cm
【鉱石病感染状況】
 メディカルチェックの結果、感染者に認定。


憧れは陽炎のように

 鉱石病(オリパシー)罹患者が死に至れば、その死体を媒介にして、新たな源石(オリジニウム)鉱床が発生する。だからこそ、このテラの大地には鉄鉱脈と同等の頻出性で源石を簡単に採掘できる。

 だが、死体から源石が生じる時、爆発的な速度で成長する鉱石に耐え切れず、肉体は四散する。その衝撃で、高熱の源石粉塵が周囲へ拡散し、それを起点に爆発災害や、下手をすれば天災を招く切っ掛けにも成り得る。

 だからこそ、そういった事態に陥った時、最善策はとにかくその場から退避する事にある。

「見ててドクター! ボクらのエース、ジーラちゃん……フラムベルクちゃんの活躍が始まるよ!」

 興奮に紅潮する頬を隠しもせず、隣でポップコーンを齧歯類のように貪り続けるチゼルが、ビデオが映る画面を指差し、私の肩をしきりに叩く。画面の中では、クランタの少女が騎士の甲冑と槍を手に独り戦場に立っていた。

 

「――せめて。」

「せめて。」

「社長の無念を。」

「お前たちを、道連れに――!」

 身体中から巨大な源石結晶が飛び出した、最早生も死も定かではない盟社(カンパニー)戦闘員の大群を前に、少女はドローンカメラを背にして自身の名を告げる。

「……自己紹介をしておきましょう。肖兵はコードネームを『フラムベルク』。ロドスにおいて、ドクターの危険排除のみを主目的とした特務組織、特殊親衛隊RO.S.ESに所属する重装オペレーターです。」

 ガチャンと音を立て、自身の体重と同等の重量はあるであろう重厚かつ巨大な盾を持ち上げ、兜のバイザーを落とす。

「生まれはカジミエーシュ。故郷では陽炎騎士などと持て囃された時期もありました。が、鉱石病に感染してからは肩書も失くし、人望も失くし、故郷も失くし。残ったのは数少ない親友と、この心に未だ燃える騎士の誇りと――耀騎士ニアールへの、果てぬ憧れのみとなりました。」

 ちらりと、フラムベルクが背後を一瞥する。ドローンがその方向にカメラを向けると、そこには遠く退却していく私たちロドスチームの背中が見えた。つまり、フラムベルクは単独で殿を務めているのだろう。

「何も知らないお前らに!」

「苦しみも、怒りも知らないお前らに!」

「一方的に捻じ伏せられる屈辱も知らないお前らに!」

「社長は……俺たちの『親父』は、お前らなんかとは――!」

 怨嗟の声と、破裂する体表結晶を振りまきながら、一歩また一歩と戦闘員たちが近付いてくる。その、喀血と共に吐き出される恨み言を聞いたフラムベルクは暫くの間押し黙り、そして。

「貴殿らに何を言おうと、最早魂を喪ったその肉体に肖兵の言葉は届かないでしょう。故に、肖兵は実力を以て貴殿らへ敬意を表します。貴殿らも、そして肖兵も。何も変わりありません。既に死した命。既に死した魂。在るのは、淀んだ眼窩の奥にて燃え盛る怒りと、誇りの焔だけ。」

 最初に飛び掛かってきた戦闘員を、手にした盾で弾き飛ばす。その五体は脆く、空中で分解されてしまう。無論、そこから生ずるのは源石の粉塵爆発。それも盾で防ぎ、フラムベルクは尚も前を見据える。

「ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない!」

「にげるな、おまえら、にげるな!」

「ぜんぶうばって、ぜんぶけして、ぜんぶもやしたくせに!」

「――にげるな!!」

 理性も無く、本能と激情のままに次々襲い掛かってくる戦闘員の成れの果てを相手に、怯みもせず恐れもせず、フラムベルクは一体、また一体とその肉塊を盾で殴り、蒸発させていく。高温の粉塵が、露わになっている彼女の頬を焦がすも、フラムベルクは構いもしない。

「逃げません。」

 ある者は盾で圧し潰し。

「退きません。」

 ある者は槍で刺し貫き。

「貴殿らを一人残らず見送るまで、肖兵は――私はここから一歩も動きません!」

 

 吼えるフラムベルクの身体に、直後見てわかるほどの変貌が起こる。それは、地獄の亡者へと変わり果てた戦闘員たちと同じ特徴。すなわち、肩から、背中から、腕から、脚から、黒ずんだ茶褐色の巨大な結晶が甲冑を突き破って出現したのだ。

「痛い――痛い、いたい、イタいッ……――痛いいいぃぃ――!!」

 その表情が、初めて苦悶に歪む。だが、その脚が後方へと踏み込む事は無い。歯を食いしばり、それでもフラムベルクは戦闘を続行する。

「う……が、ぁ! うわあああああぁぁぁぁ!!!」

 断末魔にも似た悲鳴をあげながら、鉱石の枷を五体に杭打たれたフラムベルクは、襲い来る戦闘員たちを盾で殴り飛ばしていく。殴られた人体は発火し、まるで陽炎のように揺らめきながら、空中でじりじりと灰燼へと帰した。

「うわぁ! わぁっ! ぐっ……ぐあああぁぁ!!」

 見るに堪えない惨状が、カメラの向こうで尚も続いていく。

 その左手のほとんどが源石結晶に覆われ、ついに握ったジャベリンが指の間から滑り落ちたとしても、右手に構えた大盾だけはしかと離さず、這いずって進む亡者の群れを一人も漏れなく、忸怩たる思いの滲む表情で、歯を食い縛りながら叩き、投げ、撥ね、壊していく。

「オエッ――、ま、だ。負けてない。敗けてない。倒れて、斃れてない。わた、しは生きてる! 活きてる! いきているぞぉ――!!」

 甲冑に付着した肉も血も、焼け爛れた顔の皮膚もものともせず、何故生きて、動き続けているのかまるで理解できない状態のまま、フラムベルクは闘い続ける。

「おまえ、たちが、生きていたかった、『今日』を! やがて訪れる、『明日』を! わたしが背負って、抱えて、生き抜いてやる! だから、もういい! もういい! 眠れ! この残影を、浮かぶ陽炎を、天馬の光の成り損ないを見て、逝けェ!!」

 ――それは、陽炎と言うにはあまりにも鮮烈で。あまりにも――凄惨だった。もはや源石の剣山と変わり果てたフラムベルクの肉体を媒介に、大規模な現実改変が起こる。見ようによっては翼。見ようによっては紅焔現象。見ようによっては悪魔の顕現。

 地面から陽炎のように噴き出し、昇り、霧散していく火炎が、やがてフラムベルクの盾に装着された貯蔵機構へと吸い寄せられていく。結晶と甲冑の隙間から漏れ出る火炎が、フラムベルク自身の身体にも負荷をかけるが、彼女がそれを意に介そうとする気配は無い。

 陽炎と呼ぶには程遠く、さながらに太陽の炎を周囲へ充満させ、その炎を纏って燃え盛る盾を振るい、散在する命もどきを次々に灰燼へと帰していくクランタの少女は、――ロドスの理念からはかけ離れているように、思えてしまう。

「我がヒッツェシュライアーは尽きぬ憧憬の情熱! 崇拝は身を焦がし、やがて破滅を呼ぶ! 私もおまえたちも、何も変わらない! 『ただひとつ』を追い求め、『ただひとつ』に身を滅ぼした愚者! だから、もうここがおまえたちの終点! ――おわり、なんだよ!」

 甲冑も炎に呑まれ、フラムベルクの全身が灼炎に包まれる。直後、ドローンカメラの映像が乱れる。砂嵐のようにノイズが介入し、やがて音声と映像が完全に停止してしまった。

 

「あー、まぁこうなるよねー。」

 この結末を予感していたように、チゼルがビデオデバイスの方へと四つん這いになって近付いていく。

「クロージャお姉さんがおかんむりだったのはこういうことだったかー。ジーラちゃんの炎って、急成長中の人体結晶をそのままエネルギー源にしてるから、金属とか余裕で熔けるんだよね! それでも耐えられる鎧と武器を使ってるから、ジーラちゃんは平気なんだけどねー。このドローンたちってば防塵防水耐衝撃の超高性能機器のはずなんだけどなー。」

「……あのあと、フラムベルクはどうなったんだ?」

「ん? あぁ、うちの医療オペレーター(マラボレマさん)に回収されたよ。それは本人から聞いた方がいいんじゃないかな? ジーラちゃんのパートはちょっとショッキング過ぎて、ドクター以外には見せないつもりだし……。」

 デバイスから録画端末を取り出し、次の端末を選ぶチゼルは、そんな言葉を口にしながら部屋のドアを指差す。その方向を向くと、ちょうどドアの向こうからノック音が聞こえてくる。

『ドクター、フラムベルクです。入室、よろしいでしょうか。』

「構わないよ。」

 私の許可を得てから、先程まで画面の中にいた少女――フラムベルクが、真っ暗な部屋の中に入ってくる。その姿はビデオ序盤に映っていた姿で、戦闘中の彼女の異形の容体は面影すら残っていなかった。ゆえに、フラムベルクの用事を聞く前に、私は彼女に尋ねていた。

「身体中に癒着していた結晶の行方……ですか? 拙生は使用するアーツの特性上、毎回このように暴走しておりますから。特殊親衛隊RO.S.ES所属の専属医療オペレーターであるマラボレマ女史の治療も手馴れて来たものとつくづく実感しております。」

「あの状態から、あの巨大な体表結晶をすべて除去したのか!?」

「ええ。案ずることはありません。拙生も慣れておりますゆえ、その工程にさしたる苦痛はありません。」

 骨や肉、皮膚、内臓が変質した源石の結晶。それを摘出したのだ、相応に身体に影響が出ていなければおかしいというのに、フラムベルクは表皮に手術痕こそあれど、内臓や筋肉が欠如しているようには見えなかった。

「あ、これこれ! 次のビデオ! ライトニングさんのやつ、これでいいよね?」

 チゼルもこれといって心配している様子もない。フラムベルクの言う通り、特殊親衛隊RO.S.ESにとってフラムベルクがビデオの向こうで見せた、あのアーツの使用後に五体満足のままでいられるというのは、普遍的な出来事のようだ。

 ――いや、しかし。

「そーいやジーラちゃん、キミは何の用で来たの? 今のドクターはボクが独り占めしてるんだから、仕事の話とかやめてよねー?」

「するわけないでしょ。私が用あるのはアリサ、あなたよ。」

「ボクぅ?」

「あなた、そのビデオ撮った時の作戦の始末書、結局提出してないでしょう?」

「ぎく!」

 私の前で、年頃の少女の何気ない会話が紡がれていく。互いに負の感情は無く、あるいは困ったような笑顔を、あるいは呆れたような笑顔を浮かべて談笑している。

 ――本当に、ビデオの向こうに映っていた少女は、このスポーティな軽装でチゼルの頭を小突く少女と、同一人物なのだろうか。

「――そうだ! ジーラちゃんも一緒に見ようよ!」

「私はまだ仕事が残って……。」

「ドクターもっ! それでいいよね?」

 だが、その疑念は今この瞬間には、不要なものだと。こうして『今日』を楽しんでいる少女たちを前にして、今この瞬間に影を落とす疑念は、不要だと判断して。私はこくりと首肯して見せた。

「……では、不肖ながら、今回はフラムベルクでは無く――ジーラ・フランベルジュという、ひとりの感染者として、同席に預かるとします。……では、失礼致します。」

 そう言って、フラムベルクが私の隣にクッションを置き、そこに腰を下ろす。それを確認し、チゼルは満面の笑みで再生デバイスのスイッチを押す。

 

『……オレの名前を言うべきところか。ライトニング、というのはコードネームなわけだが。イルダ・モンタルボという名前は、源石エネルギー科学の分野ではそれなりに名が知れていると自負しているつもりだ。』

 そこは、壊滅した商業都市、ロカプラナ。その中央区画で、数名の学者オペレーターと共に立っていたのは、長身のエーギル女性だった。

『あー、ド派手な場面をお見せする事はないだろうが、まぁ特殊親衛隊RO.S.ESの働きを記録するという目的なのだから、オレの戦闘シーンなど見せてもしょうがないのだがな? とは言えやはり、私とて戦闘補助オペレーターゆえにな……。』

 顔面下半分を覆うガスマスクに手を当てながら、ライトニングと名乗るその女性オペレーターは、ドローンカメラに向かって鮮やかなウインクを決めて見せた。

『……とかく、このオレの普段の仕事ぶりをその目に焼き付けていくことだな!』

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