惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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華麗なるコリント卿の魔術研究

 昨夜の会議は精神的に疲れた。

 議題の取りまとめや各人の意見要約はナノムを通じてイーリスにまかせ、仮想スクリーン上で論旨を追うだけだが、感情的な対立は当然ある。

 この拠点の最高位に位置するのが俺だから仕方がないとは言え、これから入植が本格的になると「政務」に明け暮れることになるだろう。

 そのうえ、例の暗殺未遂事件が発覚してからというもの、ダルシムは常に近衛の誰かを俺に護衛に付けたがった。クレリアからの指示もあるのかもしれない。

 新しい拠点は大樹海の奥地だし、刺客が紛れ込むほど人も多くないから大丈夫だと思うのだが。

 もうガンツの旧拠点には軽い気持ちでは行けないな。いまや爵位持ちのアラン様だ。しかもこの星系での人類銀河帝国の大使代行、アレス星系の最高指揮官(戦時任官)という。この俺が最高指揮官とは世も末だな。

 

 

『イーリス』

[なんでしょう]

「個人的に魔法を研究したいのだが、場所がない」

[城館の稽古場は来週には利用可能です]

「外に出たいんだよ。一人で。指揮官でもプライベートな時間くらいあるだろう」

 航宙艦にいたときは艦長は雲の上みたいな存在だった。それでいて、ヘマをやると即座に譴責くらったりするもんで、俺は密かにイーリスに監視されているんじゃないかと思っていたものだ。

 

 仮想スクリーンにマップが表示された。居住区のずっと北側にある湖のあたりだ。そこまでは北門から出て結構な距離がある。まだ伐開にとりかかったばかりの場所だが、湖の周辺は平地が広がっていて練習には良さそうだ。

 仮想スクリーンにクレリアたちの予定を呼び出した。

 クレリアとエルナは建設準備中の教会を視察に行っている。セリーナはサテライトの教練、シャロンは学校だ。校舎ができるまで、野外講習するらしい。……教育担当の俺としては講習の内容を知っていなけければならないんだが、あとでイーリス経由で情報を入手しよう。

 

 タラス村でクレリアに選んでもらった平民の服がまだとってあったので、着替えて外に出た。もともと城館は街の中心から北寄りだし、このあたりの真新しい通りにはまだ人影は少ない。平服に着替えた俺を男爵様と見抜く者もいないだろう。

 北門には衛兵を配置していない。敵が来るとすればガンツ方面で、四千メートル級の山を越えて側面から攻撃するものもいないだろう。大樹海方面から俺たちの街に背後から攻め入るのはさらに難しいはずだ。

 

 門を通り抜けてしばらくして、念のため探知魔法を起動してみる。仮想スクリーンの中心点から魔素の波動が円状に広がっていく。

「ん? 誰かついてきてるな」

 観察しているとかなり尾行技術に長けているのがわかる。俺と歩調を合わせて距離を一定間隔に正確に保っている。振り返ってもその姿は見えない。狩猟の経験があるとみえる。散歩のたぐいではないだろう。

 魔素の濃度を変えて放射してみる。これは俺の研究の結果、対象物を識別するためのテクニックだ。

 人間、女性。蓄えている魔素の集まる胸の位置が高い。

 クレリアではないだろう。もう少しよく観察すると魔法剣に含まれている魔素を感知した。……これまでの動きからするとエルナだな。

 

 俺一人を残していくのが気がかりでクレリアがエルナに俺を監視するように指示したというところだろう。

 ちょうどいい。エルナは近衛随一の風魔法のエキスパートだ。俺は前から風魔法について考えていたことがある。

 しかし探知魔法を展開していなかったのもそうだが、宙兵としては追跡に気が付かなかったのは面白くない。エルナを撒いてやろう。

 宙兵をなめるなよ。

 林の中を迂回して背後から接近して驚かしてやろう。幸い周囲には魔物はいない。

 

「ナノム、高速走行モードだ」

[了解]

 俺は近くの木陰に飛び込む。センサースクリーン上の追跡者の足取りが止まった。俺の姿を見失ったので前に進むのをやめたらしい。この用心深さは間違いなくエルナだ。

 

 血液中の酸素濃度が跳ね上がり、通常人を遥かに超えるスピードで茂みを抜ける。木々が視界を流れ去り、俺は障害物を高速で回避する。

 もうすぐ魔素が描く輝点が近い。草むらをかき分けエルナの背後から……。

 

 ……誰もいない。そんなバカな。

 

「エアバレット!」

「うわっ!」

 いきなり右からの突風で俺は跳ね飛ばされる。

 目の前にエルナが立っていた。

「くそっ、やられた」

 笑みをこらえきれないエルナが言った。

「このところの仕事で体がなまっているのではないですか。アラン」

「いったいどうやったんだ。エルナ、よかったら教えてくれないか」

 エルナは近くの木に向かい、ちょうど自分の胸のあたりに結びつけてある革袋を取り外した。

「魔石をそこに入れていたんだな」

「以前、アランが探知魔法について説明してくれたでしょう? あれからシャロンにも話を聞いてどんなものか理解できました。魔素の濃度差と反射を利用して距離を目に見えるようにしたもの、ですよね」

「魔石を自分のダミーにつかって自分はすぐ近くに隠れていたんだな?」

 探知魔法のスクリーン上では一個の輝点にしか見えないくらいの近い距離で。そこへ背後を取ったと勘違いした俺がやってたところへ容赦なくエアバレットを放ったというわけだ。

 

 俺はナノムに頼りすぎかもしれない。

 エルナはナノムや近代兵器で強化されていない分、生き残る感覚が特に鋭敏なのだろう。戦士として求められる良い素質だ。体術や魚釣もそうだったがエルナは体捌きが絶妙にうまい。どんな技能でもあっというまにものにしてしまう。剣技もセリーナがつきっきりで教えているから、全く油断ができない。

 

「完全にいっぱいくわされたよ」

「これで一勝一敗というところですね」

「冒険者ギルドで近衛たちと模擬戦をやったときのことか」

「あのときは時間稼ぎができると思ったんですが」

 エアバレットの速度を落とし、そのうしろから剣戟を放つのは普通の人間ならよけきれなかっただろう。

 

 話しながら俺とエルナは街へ続く小道にでた。

「クレリアはまだもどってないんだよな」

「教会関係者と打ち合わせ中です。女神ルミナス様のためですから聖堂はりっぱなものにしたいと。クレリア様の護衛は同じ近衛のサーシャに頼みました」

 

 俺はいったん街へ向かいかけた足を止めた。

「エルナ、時間はあるか。ちょっと付き合ってほしいんだが」

「えっ、何をですか」

「いいから早く。クレリアが戻る前には城館に戻りたいからな」

 俺は湖に向かって走り出す。

 エルナがなんとかついてこれるくらいのスピードで。

 

 

 

 湖畔で待つ俺の場所にようやくエルナが追い付いてきた。

「すまない。エルナ」

「……いいえ。私の鍛錬不足です」

 息を切らしながらも、こう返してくるところはエルナらしい。俺もちょっとだけ仕返しをしたかったのかもな。

 

 俺とエルナは湖畔の少し開けたところに立っていた。風がなく、陽が湖面を照らしている。凪いだ水面は鏡のようだ。

「風魔法についてもっと知りたいんだ」

「アランは近衛の魔法士が束になってもかなわないほどの力を持っています。いまさら知見とか言われても」

「いや、魔法についてはまだよくわからないことがたくさんある。試しにここでやってみてくれないか」

 

[解析のためにエアバレットを水面と平行に放つように伝えてください]

 

「エルナ、すまないんだけど」

 俺はナノムのメッセージを伝えた。エルナは俺の指示にちょっと疑問をいだいたようだが、すぐに集中に入り始めた。

「エアバレット!」

 エルナの声と同時に水面が割れていく。手から放たれた空気の流れが円弧上に水を押しのけて飛沫を上げながら、四十メートルほど先で弱まって消えていく。

 

 魔法の発動時間が以前見たときの半分くらいになっている。日々研鑽を怠っていないということか。俺も負けていられないな。

 

「エアバレットの広がり方は調節できるのかな」

「もちろん。アランと模擬戦をやったときに見せたでしょう」

 スピードもコントロールできるということか。エアバレットは透明な空気の移動だから暗闇で無詠唱だったら俺でも避けきれないだろう。

「逆に早くしたり、エアバレットの展開角度を変えてみてもらえないか」

「アランの風魔法のほうがずっとすごいんですが」

 あれはなんというか、ちから任せの雑な感じがする。制御されたエアバレットは閉ざされた空間、室内とか通路とかで放たれるのが一番怖いんだよな。俺のだとあたりをめちゃくちゃにしそうだ。

「そうかも知れませんが……」

 それから何回かエルナは条件を変えてエアバレットを放ってくれた。

 

 空気の流れは全く見えないが、水面がエアバレットの速度と広がりを間接的に伝えてくれる。ナノムの指示理由は多分それだ。

 

[解析が終了しました]

『結果を明示してくれ』

 仮想スクリーンに身体のエネルギーの流れとエアバレットの種類に応じた変動幅が視覚的に展開している。条件を変えるごとにエネルギーの流れが微妙に違う。

 

「エルナ、このエアバレットには反動がないみたいだが」

「大昔の風魔法は反動のせいでかなり使い勝手が悪かったみたいです。長い年月をかけて魔法研究者たちによって改良されたのがいまのエアバレットなのです」

 術者がエアバレットを放った瞬間、作用・反作用の法則で自分も吹き飛んでしまうようであれば、戦闘には使えないだろう。さっきのエルナは髪一つ揺らすことなくエアバレットを放っていた。これはつまり、

 

[無反動機構が組み込まれています。エアバレットが放たれた瞬間の反動は無効化されています]

 

 だとするともしかして……。湖の水面がしだいに落ち着いていくのと同時に、俺の頭にはある考えが浮かんでいた。

 

「エルナ、反動ありで何回かやってみてくれないか」

「魔法書の工程を一部回避すれば古魔法は再現できると思います。やったことはないですけど。自分が吹き飛んでしまいます」

「そこをなんとか、俺が後ろから支えてるから」

「ちょっ! アラン!!」

「だって反動が危ないんだろ」

「大丈夫です!!」

 

 顔を真っ赤にしてまで怒ることはないだろう。いきなり腰をつかんだのは良くなかったのかな。おなじクランの仲間だし、エルナは俺に対して言葉に容赦がないから同僚といってもいいくらいなのに。よくわからない。

 

「アラン、少し離れてください」

 エルナは岸辺に立ってから、体を支えるように左足を後ろに出して手を伸ばした。

 風が鳴って水面が震える。さっきよりずっと範囲が狭い。エアバレットを撃ち出すほどに、エルナの上体が前後に震えている。

 

「これぐらいでどうですか」

「さっきより発射間隔が短いのは、工程を省略したからだな」

「エアバレットの詠唱の半分以上は反動抑止、風力の絞り込みなどの工程でできています。省略すると無詠唱でも可能ですよ」

 

『ナノム、いまのエネルギーの流れをトレースしろ。そして俺の両手からエアバレットを放出できるように、出力は通常の半分で、ただし毎秒五回のペースで連続だ』

[了解しました。トレース完了。……エネルギーストック完了]

 やはり魔素のエネルギーを相当使うようだ。全部でファイヤーグレネード二個分はある。一気に爆発させずにエネルギーを絞り出すイメージでやってみる。

 

 俺は手を広げ地面に向けた。

 エアバレット!

 毎秒五発のエアバレットが生み出す振動が手から肩にかかった。ふわりと両足が地を離れる。

……飛んだ! 飛んだぞ!

 伸ばした手のひらから連続的に小出力エアバレットがジェット噴流を吐き出している。

 こんなに簡単にできちゃっていいのか。ちゃんと手から出る風のおかげで俺は宙に浮いている。ただ、毎秒五回では振動がひどいな。おっと、もう水面から三十メートルは上を飛んでいる。

 もう少し出力を絞ってみるか。毎秒三回の出力ではどうだろう……。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「アラン」

「なんだ」

「今日は暖かい日で良かったですね」

「言うな、エルナ」

 ずぶ濡れの俺の前でエルナが焚き火に枯れ枝をくべている。

 このまま帰ったらクレリアになんと言われるか。護衛につけたエルナもお小言の一つくらいあるかもしれない。乾くまでの辛抱だ。

 

 降下中に魔力補給に失敗し、落下する俺の視野に驚愕の表情のエルナがちらりとみえたが、今はほとんど呆れ顔だ。両手がふさがっていては魔石を使えないのを忘れていた。

「エルナは先に帰ってくれ」

「クレリア様にはアランを監視するように言われていますので」

「俺ってそんなに信用ならないのかな」

「いえ、逆です。ダルシム隊長をはじめ、近衛全員、そして辺境伯軍の多くがアランを信頼しています。アランなしで国を取り戻せると考えているものはいないでしょう。私はときおり疑問に思いますが」

「疑問とは」

「もう少し威厳を持たれたほうが良いかと」

 俺に威厳を求めるなんて無理な話だ。とはいえ俺はこの地を治める貴族様だ。それなりの立ち居振る舞いを要求されているのだろう。わかってるさ。

 

「古魔法の欠点を逆に利用して飛翔するとは、実際に目にしても信じられません」

「両手がふさがるのが欠点だな」

「私が言いたいのはそこではありません。あまりにも非常識というか」

「これくらいでちょうどいいのさ」

 とはいえ、ここはエルナに従っておこう。まだ改良の余地があるが今日はここまでだ。

 服が乾いたので俺とエルナは城館へと歩みを向ける。少し後ろから歩いてくるエルナは、なぜか城館に着くまで一言も口を開かなかった。

 

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