惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

100 / 150
ガンツ攻防戦(その3)

「イザーク様だ! イザーク様が姿を現された!」

 商人の一人が叫ぶと、城壁で観戦していた人々が天を仰いだかと思うと次々に跪いている。

 

 クレリアの檄が終わって、ガンツの有力者たちが敵の陣容を見渡したとたん、すっかり落ち着きをなくしていた。これほどの大軍とは思っていなかったのだろう。ガンツ守備隊のギート隊長は明らかに不信の目を私たちに向けていた。

 

 ディー・テンのステルスモードが解除され、まるでイザーク様が雷を落としているかのように見え始めると、隊長はあわてて床に膝をついた。

 リアやエルナも跪いている。まるで今日の戦いが女神ルミナスに祝福されたものであることを確信しているかのようだ。信仰の力はこれほどまでに人の心をとらえるものなのか。

 

 騒ぎのかたわらで一心不乱に手にもった手帳に羽ペンを走らせているのが、フォルカー士爵だ。普段の穏やかさはどこへやら、わき目もふらずに没頭している。

 

『シャロン、スターヴェーク王国旗を掲揚しろ』

『了解』

 

「ダルシム隊長、スターヴェーク王国旗を」

 私の指示を今か今かと待っていた、ダルシム隊長が旗を台に固定した。折からの風に双頭のドラゴンと四つの星々が描かれた旗が風にたなびく。

 

「ブレーズ、火魔法の合図を許可する」

 ブレーズは私に一礼すると集中に入った。やがて両手を頭上に掲げて叫んだ。

「ファイヤーボール!」

 突如として我々の頭上に現れた火球は、馬車よりも大きい。まっすぐに敵の本陣に進んでいく。炎上するバリスタを超えて敵本陣の手前で赤い炎が花弁のように広がった。アランのファイヤーグレネードのような激しい衝撃はないが、分裂したファイヤーボールが火炎をまき散らしているようだ。

「ブレーズの火魔法は素晴らしい。まさに大陸一の名に恥じぬ」

 立ち上がったクレリアが誇らしげに言った。そばにいるエルナもうなずいている。

 

 向かって左翼の兵の動きがみるからに鈍くなってきた。一人、また一人と歩みを止め、唖然としてスターヴェーク王国旗を見上げている。巨大ファイヤーボールで確信が広がっていくようだ。武器を取り落としている者もあらわれた。

 

「クレリア様。迷えるスターヴェークの兵にお姿を」

 ダルシム隊長が城壁に作られた掲揚台に、輝く甲冑を着たクレリアを導いていく。風に揺れる王国旗の柱に手をやったクレリアへ、ブレーズが穏やかなライト魔法を展開した。すかさず両脇のダルシム隊長とエルナが片膝をつく。

 

 はためく巨大な王国旗と輝くクレリアの姿は私でも神々しいと思ったくらいだ。ブレーズは演出をよく心得ている。

 

 ……左翼の兵の動きは完全に止まった。拡大してみると腕を目に当て泣いている者すらいる。

 

 私は辺境伯軍の軍旗を王国旗からみて左側の城壁に立て、そばにいる二人の伝令に指示した。

「辺境伯軍の第一隊は正門から出撃。確保目標は左翼。第二隊は右翼防衛に注力せよ」

「はっ」

 待ちかねていたかのように二人の伝令は別々の方向に全速で走り去っていった。

 

『アラン、こちらから見て左翼がスターヴェークの傭兵で間違いありません』

『了解。全ドラゴンは直ちに出撃。現時点をもって作戦はGルートに移行する』

 

 掲揚台の真下にある正門が重々しい音を立てながら開いた。

 ガンツ中からかき集めた馬にのった辺境伯軍五百名が駆け出していく。部隊の先頭になっているのはヴァルターだ。大音声で叫んでいる。

 

「スターヴェークの兄弟よ! クレリア様は健在なり! 偽りの契約から解き放たれよ。正義の名のもとに参集せよ!」

 

 スターヴェークの傭兵が、わが方への帰順を明確にした時点で、セシリオ軍から裏切りと察知されないように偽装用の雷撃を打つ手はずになっている。

『イーリス、兵の回収を開始したわ。隠蔽用の雷撃を発射』

[了解]

 

 上空に紫光がひらめいたかと思うと、スターヴェークの傭兵の後方五十メートル付近に次々と雷撃が撃たれ、一気に蒸発した地中の水分が噴煙を上げて広がっていく。敵本陣から見れば、傭兵部隊が雷に打たれているように見えるはず。

 

 グローリアを先頭にドラゴンたちが次々と私の頭上を飛び越えていった。

 五匹の若いドラゴンたちは右翼のセシリオ兵を囲むように旋回し、ブレスを一定間隔で吐き始めた。敵兵を誘導する完璧なフォーメーションだ。ここまでの指示をアランはしていないのに。まるで過去にドラゴンが人間の大軍と戦ったことがあるかのようだ。

 

 ナノムを経由してアランの指示が聞こえる。

『セリーナ、本陣と先頭集団の中間にドラゴンブレスを展開』

[了解]

 グレゴリーの巨体が急降下していく。赤外線モードで視るとグレゴリーの腹腔はすでに赤熱している。ブレスの準備はできているようだ。グレゴリーが軍勢のちょうど中間地点にブレスを吐いた。

 轟音とともに地面が燃えている。直径百メートルはあるだろうか。グレゴリーは急に進路を変えて敵の後続部隊へと向かった。

 ……そうか。これは追い込みだわ。セリーナたちが大樹海に狩りに行ったとき、グレゴリーが周辺の魔物をまとめて追い込んだと聞いた。同じように威圧して、後続部隊を街道に誘導している。セリーナの指示もあるだろうけど、ドラゴンは本当に賢い生き物だ。

 

『イーリス、敵本陣の護衛隊を武器が使えなくなる程度に沈静化しろ』

[了解]

 

 アランが先頭を切って本陣に突っ込んでいく姿が見えた。グローリアがドラゴンブレスを吐くと、本陣指揮所の衛兵たちは一目散に逃げていく。

 突然、アランの姿が輝き始めたかと思うと、相当な高さがあるのにグローリアの背中から飛び降りた。……一体、なにをするつもりなの?

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。