上空から見るとドラゴンブレスと雷撃で大勢の兵隊が追いまくられている。
『イーリス、現況を報告』
[辺境伯軍第一隊は左翼のスターヴェーク傭兵を回収中。右翼セシリオ軍はすでにドラゴンにより潰走、街道方面に向かっています。敵本陣の槍騎兵はほぼ無傷です]
これだけ威圧しても屈しない兵もいるようだ。
『セリーナ、本陣と先頭集団の間にブレスを展開』
[了解]
セリーナをのせたグレゴリーが急速降下していく。吐き出されたブレスはゆっくりとひろがって地面に到達した。槍騎兵たちの馬が暴走し、荷馬車も火だるまだ。
『セリーナ、威力が強すぎだぞ』
『グレゴリーも張り切っているみたいです』
槍騎兵の多くは投げ出され、もう誰一人ガンツにむけて馬を走らせるものはいない。
『イーリス、敵本陣の護衛隊を武器が使えなくなる程度に沈静化しろ』
[了解]
偵察ドローンがピンポイントで敵兵の武器を撃ち抜いていく。ついで人質にする将官は足を、逃げてもらう一般兵は肩や腕を撃つ。気の毒だが、致命傷にはならず数か月で回復する部位を狙っている。
……そろそろおりて話をつけるか。
『グローリア、敵の本陣に白い天幕があるだろう? そこに向かってくれないか。それと俺が先に飛行魔法で降りるから少しあとに着陸するんだ』
『了解』
敵将には十分に印象づけないとな。
『ナノム、次に放つライト魔法に魔石一個分のリソースをすべて投入しろ』
[了解]
『イーリス、予定通り俺の着地地点の近くに雷撃』
[了解……発射]
轟音とともに雷撃が敵本陣のすぐ前に落ちる。白い陣幕が吹き飛んで、将兵の顔があらわになった。
すかさず飛行魔法を展開、グローリアの鞍から飛び降りる。
『ライト』
爆発的な光輝が周囲を満たし、放った俺ですら視覚が自動的に保護モードになった。ちょっとやりすぎたか。オーガーの魔石の威力は絶大だな。
着地すると周囲の将官たちはほとんどが動けないようだ。一番上座に座っているのが王族だろうか。目を細めたままこちらをにらんでいるが、俺の姿ははっきり見えていないに違いない。
「貴様、一体何者だ!」
「アラン・コリントだ。ベルタ国王の王命により大樹海を開拓している。お前たちのガンツ侵攻は失敗した。抵抗をやめれば命は助けてやろう」
「ふざけるなっ!」
周囲が動けない中、足を引きずりながらも男は長剣をさやから抜いた。振りかざすより早く、長剣の中ほどで立て続けに火花が散る。ドローンからのパルスレーザーだ。
「よく見みろ、剣はもう使えないぞ」
剣は中ほどから折れていた。すかさず投げ捨て、男は近くで跪いている配下から剣を取り上げる。
……また火花。溶断された剣の柄だけが手に残る。
周囲が呆然としている中、今度はフレイムアローが放たれた。剣戟ができないと悟ってすぐに集中し、しかも無詠唱とはなかなかやるな。すかさず高速フレイムアローで対抗、そいつのフレイムアローははじかれて、火炎が周囲に残った陣幕に燃え広がっていく。そこそこの使い手のようだが、俺にはまったく被害がない。
「抵抗は無意味だ。俺には将官首を刈って集める趣味はない。降伏しろ」
憎悪に満ちた目つきはそのままに、男は沈黙した。もう手立てがないと理解したのだろう。 唐突に何を勘違いしたのか数名の将官が俺に跪いた。中にはひれ伏している者すらいる。ちょっとやりすぎたか。あまり神格化につながるような演出はしたくないが……。
「アラン様! ご無事ですか」
ヴァルターと辺境伯軍の一隊が本陣になだれ込んできた。スターヴェーク傭兵の回収はは終わったようだな。
「突然、本陣が燃え上がったように見えましたが」
「問題ない。敵の将官は全員、丁重にガンツにお迎えしろ」
「処分しないのですか」
「情報収集のためだ」
ヴァルターは俺が作戦会議で将官を人質にするといったのを信じていなかったらしい。この大陸のルールでは敵の将官は皆殺しにするんだろうか。
「ここで殺してしまったらセシリオ側に遺恨が残り、大陸統一の障害になる」
「そこまで見越しておられるとは……。では逃げ遅れた敵兵はいかがいたしましょう」
「武装解除して、すべての武具を置かせたのち、追放しろ」
将官や貴族などは聞き取りの上、ライスター卿に顔を確認してもらった方がいいな。ここで身分を偽る者がいては今後の交渉にさしつかえる。
『シャロン、本陣は落ちた。サイラスさんに連絡していいぞ』
『了解』
辺境伯軍の兵たちによって次々と敵の将官が皮ひもで拘束されていく。
「ヴァルター、わが方の被害は」
「傭兵を指揮していたセシリオの将官が抵抗した際、わが方の兵が数人けがをしたほかはほぼ無傷です。大勝利、と言ってよいかと」
「兵を一人でも失うとクレリアに顔向けができないからな」
「ありがたいお言葉です。私も今回の戦でドラゴンの底知れぬ力を垣間見た思いです。スターヴェーク奪還も近いと確信します」
それはどうかな。ドラゴンは初めて見る者には恐怖を与えるが、二度、三度となると慣れるだろう。こちらの戦略も変えてゆかねば。
ドラゴンの空からの戦闘能力は、平面的な用兵に対して圧倒的な優位性を持っている。しかし優位はすぐに失われるだろう。人間の戦争にかける創意工夫と情熱はとどまることを知らない。やがて対ドラゴンに特化した地対空の連装バリスタや火魔法を創案する人間が必ず現れる。
しかしその創意工夫すら、数多くの知的生命体を滅ぼしてきたバグスの前には意味がない。この惑星の技術レベルはあまりにも低すぎる。この極端な差が戦闘であらわになったせいで、今一つ勝利を喜ぶ気にはなれない。
俺はいまだに煙霧にかすむ戦場を見渡した。ここからでもガンツ城壁にかかるスターヴェーク王国旗がみえる。逃げた兵たちによってこれは流布されることだろう。多分、今日この日が大陸制覇の始まりとなる。
少し離れた場所に、落馬した騎兵や、降伏した兵が集められていた。残りの兵は街道に向かったか。
『イーリス、敗走中の敵兵はどうなってる』
[街道をセシリオ方面に向かっています]
『偵察ドローンで常時監視させるように。周辺の村を襲うなどしたらドローンで沈静化しろ』
[抑止した兵は回収しますか]
『いや、動けなくなった連中は地元民にまかせよう』
どんな戦いでも敗残兵の扱いは苛酷になるものだ。まして村々を襲うなどすれば地元の人間が黙っていない。これも尾ひれがついて王都に伝わることだろう。悪事を働こうとした敗残兵にイザーク様の天罰がくだった、と。
ガンツの城門から次々と大型の荷馬車が出てきた。荷馬車の横板にはサイラス商会のほかにガンツの様々な商会の旗印がついている。サイラスさんは商業ギルド長として商人たちを総動員したらしい。
回収した武器は使用可能なものは荷造りし、壊れたものは夜を徹してガンツの鍛冶屋が修復するという。セシリオ軍敗北の話がベルタ全土に伝わる前に動かねばならない。
『グローリア、戦場を見渡したい。しばらくあたりを飛んでくれないか』
『了解』
俺が背に騎乗すると同時にグローリアが勢いよく飛翔する。次第に雲は薄れ、晴れ間が広がってきた。雷撃の本数が減ったのは残念だが、目的を達成したので良しとしよう。
『シャロン、現状報告』
『回収した傭兵のうち、傷病兵は辺境伯軍の治癒魔法ができる者に治療させています。リアはエルナをはじめ、近衛の数名と傭兵たちを閲兵しています』
『画像を送ってくれ』
『視聴覚を一時的に共有します』
ガンツ正門前の広場には膝をついた兵士たちで埋め尽くされている。中には涙をこらえきれないものもいるようだ。
輝く女性騎士の甲冑をつけたクレリアが壇上に立った。兵士を励まし、スターヴェーク奪還という新たな使命を与えるためだ。頼むぞ。
「スターヴェークの子らよ! 汝らを拘束していた簒奪者ロートリンゲンの鎖は今日、打ち砕かれた。スターヴェーク王国の血統を引く私も女神ルミナス様の恩寵を受け、命をつないでいる。皆は王国再建のために私に命を預けてほしい。とはいえ、圧制下の故郷に家族を置いている者もいることだろう。まずはわが拠点で英気を養い、再びスターヴェークの地へ向かい、時が満ちるのを待て。十分な路銀と活動資金を与えよう」
十分な路銀? 何の話だ?
『視聴覚の共有を解除します』
蒸留酒の件でサイラスさんと交渉したとき、カトルはガンツからスターヴェークまでの旅費は一万ギニーを超えると言っていた。もし五千人が一斉にスターヴェークに戻る場合の費用は……五千万ギニー。査察には合格したが、そんな巨額の支出には耐えられない。
「族長、あのう、これからどうしますか」
しばらくグローリアの背中で呆然としていたらしい。グローリアは鞍の上にいる俺のことを気にかけてくれていたようだ。この気持ちはいつもながら助かる。しかし勝利の余韻はものの数分で消失してしまった。クレリアが拠点に戻るまでに五千万ギニーを用意しなければならない。どうやってだ?
「族長、シャロンが手を振ってますよ」
見下ろすと城壁にいたガンツ市政の幹部たちや商人も一緒になって、歓声とともに手を振っている。誰一人セシリオに与せず、俺を信頼してくれたのはありがたいが……。
『アラン、クレリアがアランを紹介したいと言っています』
『俺は予定通りドラゴンとともに拠点に戻ると伝えてくれ。シャロンはその後、ディー・テンで帰投するように。拠点で対策会議だ』
『なんの対策でしょうか』
『……金策だ』