惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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東奔西走

「財政破綻です」

 セリーナはあっさり言った。

 

「リアは立場上、傭兵が配下に復帰したので路銀だけでなく給金も必要と考えるでしょう」

「どれくらいだ」

「ガンツからスターヴェークまでの三十日間の旅費が一万ギニーとすれば、一か月の本給として同じくらいは必要では」

「えっ」

 

 五千人いるから路銀と本給を合わせて……一億ギニー。

 拠点にいる兵士の給料だってギリギリのところでやりくりしている。クレリアにはあらかじめ俺に相談してほしかった。傭兵たちには、適当な爵位を与えるとか言っとけばよかったのに。俺に無尽蔵の財産があるとでも思っているのかな。

 

 クレリアと近衛はガンツに一泊し、明日の夕刻には拠点に戻ってくる。五千人の傭兵たちは伐木が終わったばかりの北ブロックで野営してもらえばいい。食料や治療、そしてスターヴェーク情報の聞き取りは辺境伯軍に任せよう。だが路銀となると……。

 

『イーリス、スターヴェークの傭兵はどれくらい滞在できる?』

[五日で、拠点の食料は尽きます]

『倉庫群のたくわえもなくなるのか?』

[はい。もともと拠点の越冬用ですので在庫が少なくなっています]

『イーリス、バイオリアクターで増産は可能か』

[現在、調味料製造に使っている一台を転用し、さらにもう一台増設すれは、糖分などの必要量は得られるでしょう。ただし消費電力が増えるため、地熱井を増設する必要があります]

『いずれにしても拠点の人口増は続く。増強工事は進めてくれ』

[了解]

 

 汎用ボットの損耗も進む中、大規模な工事は避けたいが電力と食料は確保せねばならない。地下工場の拡張も必要だが、今すぐにできる作業ではない。これは次善の策としよう。セシリオ軍が残していった糧食を傭兵にあてがっても延長は数日だろうな。やはり問題は路銀か。

 

「セリーナ、五日以内に一億ギニーを調達する方法ってないかな」

「…………」

 

 執務室は沈黙に包まれた。あるはずがない。

 大勝利で意気揚々ともどったクレリアに、路銀が払えないなどといったら、クレリアの面目丸つぶれだ。傭兵たちにも不審の念を抱かれるだろう。というか、それを俺の口から伝えるのか。

 

「アランからリアに説明をお願いします」

 まるで俺の考えを読んだかのようにセリーナが言った。

 

「拠点の財政状況を話して、納得してもらったらどうですか」

「シャロン、それでクレリアが納得すると思うか? 俺はクレリアを嘘つきにしたくない。落胆する様子も見たくないし、期待にも応えたいんだ。……なぜそこで笑う?」

「いえ、なんでもありません」

「アラン、商業ギルドに引き渡したセシリオ軍の武器の代金があるはずですが」

 

 そうだった。以前、ゴタニアのザルク武器店でセリーナとシャロンに武器を買ったときは、魔法剣で十二万ギニー、ミスリルに似た金属で作った高級鎧は五万ギニーだった。皮鎧でも三千から三万ギニーと幅があったな。今回の戦闘では一般兵がほとんどだから、鉄剣と鉄鎧でこの十分の一くらいか。

 

 一セット二万ギニーで一万組を貴族たちに売却したとして、二億ギニー。はぐれドラゴンを商業ギルドに売却したときは、運搬、競売と解体費そのたもろもろで二割を経費として差し引かれたから、同じ率を適用すると純益は一億六千万ギニー、我々の取り分はサイラスさんとの契約で一割……一千六百万ギニー。

 全然足りないぞ。もっと多めに契約しておけばよかった。

 

[ギニー・アルケミンを使ってはいかがでしょう]

「まだ動作試験もしていないが」

 エルヴィンに王都から盗ませたギニー・アルケミンは、動作原理が分からないのでそのままにしていた。原料の貴金属を入れると、その種類に応じて生成された貨幣が装置の下部から出てくるらしい。

 

 この大陸共通の貨幣制度をあらためて考えてみる。

 銅貨が一枚で一ギニー。十枚で大銅貨一枚。順に、銀貨一枚で百ギニー、大銀貨一枚で千ギニー、金貨一枚で一万ギニーだ。例外なのが最上位の白金貨は一枚で金貨百枚分に相当するが、俺もまだ手に取ったことがない。クレリアの話だと白金貨はベルタ王国はもとより、スターヴェークでもめったに見かけなかったという。白銀貨の材料はもっと南方の産地らしい。

 

 一般兵が金貨を持ち歩けば怪しまれる。支給は銀貨だろうな。銀貨一枚が十グラムとすると、一億ギニー分の銀は……十トン。

 

『イーリス、大樹海の地中探査の結果は出ているはずだが』

[はい]

『銀の濃度が高い鉱床で含有率はいくらだ』

[0.02パーセントです]

『今、十トンの純銀が必要だとすると』

[五万トンの鉱石を採掘、精錬する必要があります]

 

 一日に一万トンの精錬って、どこにそんな精錬工場があるんだよ。全然だめだ。白金が存在したとしても含有率は銀よりずっと低い。短期間で精錬は不可能といっていいだろう。

 

『イーリス、地質調査データをもう一度精査して、なにか有用なものがないか探してくれ。どんなものでもいい。それから王都で収集した文献に大樹海の資源について記載がないか調べてくれ』

[了解]

 

「アラン、商業ギルドの通信アーティファクトを使えば大量の貨幣を用意する必要はないのでは。ドラゴンから得た収益四億ギニーをロベルトに送った実績もあります」

 

 通信アーティファクトをつかった商業ギルドのサービスには預金や送金するサービスがある。もちろん送る前に口座に振り込んでおかねばならない。送金サービスは一回当たり五万ギニーもする。では送金ではなく、俺の口座からの引き出し、という形ならどうだろう。

 

 例えば……。

 引き落としには少額の認証書を使う。認証書にはそれぞれ独立した数字や文字列を記載して一枚として同じものはないようにする。受け取り側の商業ギルドは、持ち込まれた認証書の文字列を通信アーティファクトでガンツに照会してから認証書を換金する。ギルド側は受け取った認証書を処分する。たとえどこかで複写されたとしても、その認証番号は二度と使えない。

 

 持っていくのは一枚一万ギニー相当の認証書一万枚だ。これだと持ち運びがかなり楽になる。

 五千人を五十人ずつのグループにわけ、信頼のおける隊長格百人に百枚ずつ渡しておく。こういった形の利用ができるように商業ギルドに依頼しよう。もし引き出しの手数料がかかるとしても元口座から差し引くことにすればギルドにも引き出し者にも迷惑は掛からない。

 認証書は紙ではなくて、ギルド証につかわれている金属プレートを利用したらどうだろうか。これなら耐久性にも問題はないし、番号を変えれば再利用できる。

 

 よし、ならば口座に一億ギニー(と手数料分)を入金すればいい。引き出す傭兵たちには負担はかからない。……ということでまた振出しに戻ったな。

 

「セリーナ、拠点の財産台帳を投影」

 数字の羅列が仮想スクリーン上をスクロールしていく。高額で売れそうなものは見当たらない。樹海の材木や酒製造の道具などは買い手が決まっているし、価格交渉は終わっている。

 

「はぐれドラゴンの魔石が台帳に記載されてないが」

「値の付けられないものは載せられません」

 ……だよな。グローリアが先祖代々保存している魔石を除けば、現存する唯一のドラゴンの魔石だ。ベルタ国王も欲しがっていたはず。これを王の意向を無視して誰かに売っぱらったら今後の地位も危うくなる。

 

「いつか魔素が大量に必要な時にそなえて、とっておこうと言ったのはアランです」

 確かにそんなことを言ったような気がする。思えばブレーズの回復に要した魔石はオーガのものだ。ではドラゴンの魔石では死んだ人間がよみがえったりするのだろうか……。

 

 俺は椅子の背に身を預けて伸びをした。だめだ。何も思いつかない。

 

「拠点の土地を担保にして、商業ギルドに融資してもらうのはどうでしょう。今後は拠点の人口も増えますし、住人からの租税を借入金の返済に当てるとか」

「ここは最終的にこの惑星の星都になる。将来的な土地の価値ははかり知れない。現時点で契約するのは危険すぎる」

 セリーナの案は魅力的ではあるが、ここで将来に禍根を残すわけにはいかない。

 

「イーリス、アルミの精錬はどうだろう。この大陸では金よりも価値があるらしい」

[地熱発電の電力は地下工場の維持に使われています。地熱井増強後に余剰電力を精錬に当てることは可能ですが、精錬には時間がかかります]

 

 ガンツの魔術ギルド長はアルミが金銀よりも高価で、薄片一つで家族が楽に二か月暮らしていけるだけの価値があると言っていた。手元にあったアルミ部材はクレリアの新しい鎧に全部使ってしまったのが悔やまれる。少しでも残しておくんだった。

 あとは何があるだろう。財産を所有しているが売れず、あるいは売りたくないが、現金が欲しいときは……。

 

「鉱床の採掘権を担保に金を借りよう」

「証拠となるサンプルが必要ですね」

「そうだな。ギルドの鑑定士も立ち合いの上、俺たちが鉱床を所有していることを証明する。高い金利は取られるだろうが、採鉱が始まれば返済できる」

 借りた金を俺の口座にいれて、傭兵たちは行く先々の商業ギルド支店から金をおろせればいい。

 

 仮想スクリーンに大樹海の画像が投影された。大樹海の周辺から中央に向けて褐色の円形エリアがいくつかある。中央に位置するものほど色が濃い。

 

[これは地質調査により得られた銀の鉱床を示しています]

 サンプル採取はどこにするかな。あまり遠方でもいざ採掘するとなると手間がかかる。

 

[アラン艦長、文献に大樹海の財宝についての記述がありました]

「要約を頼む」

[多くの記録や物語に引用されており、この大陸に幅広く流布されているようです。およそ百五十年前の大冒険者タスカ―の伝説です。彼は大樹海の奥地で黄金が敷き詰められた川床を発見し、金塊を持ち帰ったとされています。また、冒険者タスカ―は金銀をしのぐ宝の存在をほのめかし、最後の探検で消息を絶ちました]

 

「金の川床……砂金かな。だとすると河川のそばだろうな。樹海を流れる河川に一番近い鉱床は」

 すぐさま図上の茶褐色のマークが一つ、赤色に変わった。大樹海の中央からやや南側で、発着場近くの鉱床とも近い。

「この距離なら魔物に遭遇しさえしなければ、冒険者が歩いて到達しても不思議はないな。伝説を信じるわけではないが、この場所にしよう」

 

 画像が当該地点にズームした。周囲の地形は太古の火山活動の痕跡だろうか、かなり深い渓谷や窪地がいくつか見える。

 

「イーリス、試掘用掘削機KS-10Gを一台、および作業のために汎用ボットを四機投入する」

[アラン艦長、時間短縮のため提案があります。当該地点をコンラート号から艦砲射撃を行い、樹林を焼き払えばすぐに掘削に取り掛かれます]

 

 この場所ならたとえ噴煙が上がっても拠点からは見えないはず。

「いいだろう。できるだけ周囲の森林に影響がないように設定してくれ」

[了解]

「セリーナはサンプル採取を監督するように」

「了解」

 

 銀の採掘だけに依存するのも危険だ。サンプルを見せただけで、はいそうですかと商業ギルドが大金を用意してくれるとも思えない。もっと別の財源はないだろうか。借りる金をもっと現実的な額に圧縮できるくらいのほかの財源……。

 

『イーリス、商業ギルドと鉱物資源以外で収入が見込まれるものはないか』

[教会組織か上流貴族でしょうか]

 

 教会には借りを作りたくないな。あくまでこちらが主導権を握っていたい。となると……。

 

「イーリス、王都での情報収集は続けていたな?」

[はい]

「宰相のヴィルス・バールケの領地はどこだ?」

 

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