アランとシャロンはベルタ王都に向かって行ってしまった。
……またしても私はお留守番。次席指揮官はつらい。軍規では戦線での指揮官と次席指揮官の同一行動は原則禁止だ。一度に指揮系統の上位二位の損失があった場合、たとえ練度が高い戦闘集団であっても戦闘の継続がむずかしくなってしまう。
おまけに今回のセシリオ戦で前線に立てると思ったのもつかの間、シャロンが前線指揮官になった。正直くやしい。王都でのマルティナ救出作戦もシャロンだったし……。
[目的地上空に到達しました]
とにかく、いまは銀の良鉱を探り当てることに注力しよう。すでに偵察ドローンのフックから汎用ボットが次々と降下している。合わせて四機だ。
ハッチを開けて外に出る。もう陽は暮れて森の中は静まり返っていた。以前、リアたちと一緒に狩りに出かけた時には、ネズミウサギなど小動物が姿を垣間見せていたけど、何かの予兆でも感じたのだろうか。
コンラート号からの砲撃が始まる前に、延焼防止帯を周囲に作る必要がある。汎用ボットは手の先端にアタッチメントを自分で装着し、イーリスが設定した領域の浅堀を始めている。目標地点の直径は五十メートル。その周囲にそって作業を進めていく。
鉱床の候補地は森林に囲まれているけれど樹勢は弱い。土の中の重金属が木々の繁茂を押さえているらしい。念のため近くの川べりに足を運んだが、川床も普通の砂礫だ。ちょっと期待していただけに残念。
機高二メートル近い汎用ボットの力強い作業が速やかに進んでいく。あたりは伐木を行うボットの作動音ほか、何の気配もない。大型の魔物はいまごろ冬眠しているのだろうか。
探知魔法を最大にすると南の探知限界付近にグレイハウンドの大きな群れがいた。それとは別に北側におぼろげに輝くエリアがある。明らかに生き物ではない。なんだろう。
偵察ドローンの降下音で、我に返った。
いつの間にか作業を終えた汎用ボットが整列している。次々とボットがフックをつかんで離床していく。全機離床を確認したところで、私も偵察ドローンに乗り込んだ。
『イーリス、準備が完了したわ』
ドローンが上昇し、採掘地点上空を大きく周回する。
[発射]
一瞬で地中に含まれる水分が爆発蒸散をおこし、表土を巻き上げた。噴煙が風に乗って大樹海の奥地に流れていく。十秒ほどの連続照射で目標地点に直径五十メートルほどの焦げた空き地ができた。赤外線モードで見ると熱を帯びた赤褐色の円が地上に見える。
[試掘機が稼働可能な温度に下がるまでしばらくお待ちください]
幸い、延焼防止帯のおかげで周囲の森に火の手は及んでいない。目標の中心部に繁茂していた樹木は炭化したものが数本残っているばかりだ。
[試掘予定地点を補正……終了]
仮想スクリーンに補正版の試掘位置が現れた。予想通り、すり鉢状になった底の部分だ。しばらくして、噴煙が収まり、温度も下がってきた。
『イーリス、試掘用掘削機を送って』
[了解]
掘削機は完成したばかりのシャトル発着場で待機していた。偵察用ドローンが二機体制で連結索をつないで運搬を開始した。
やがて到着したドローンが連結索を切り離し、円筒形の試掘用掘削機が着地する。同時にアウトリガーを展開して、長い筒状の掘削推進体が静かに地中にめり込んでいく。地中探査機とおなじく、筒状の推進体は物質の原子間力に干渉し、掘削を容易にしているけれど、予定の削孔はかなり深い。しばらく時間がかかりそうだ。
いつの間にかすっかり日が落ちて暗くなった。自動的に視覚が暗視モードになる。まだ残熱の残る地面がうっすらと赤くみえた。森は暗いままだ。
[推進体が鉱脈に到達、サンプルが得られたので引き上げを開始します]
バールケ侯爵のお宝がいくらになるのか知らないけれど、将来的には銀鉱のほうが大きな富を生み出すはず。今回ばかりはシャロンに負けられない。
試掘用掘削機の推進体が回転しながらすこしずつせりあがっていく。
『イーリス、推進体のケースを開けて』
円筒形が半分に割れて、中の鉱物があらわになった。まだ少し熱がありそうだが、灰褐色の砂礫に指を差し入れてみる。
[ナノム、分析]
指先がナノムの発するマイクロレーザー光で淡く輝きはじめた。
[当該鉱物にはおよそトン当たり20gの金と290gの銀が含まれます]
素晴らしい良鉱だ。想定値よりずっと濃度が高い。これなら証拠としては十分。あとで地中探査機を密に配置して潜在資源量を精査しよう。
『イーリス、サンプルは確保したわ。撤収する。試掘機を回収して』
[了解]
速やかに汎用ボットが近づいてきてサンプルを回収、試掘機は自動的に展開していたアウトリガーを縮めている。
探知スクリーンに反応があった。焼き払った範囲と森の境目のあたりに輝点が表示されている。ズームしてみると、一匹の巨大なグレイハウンドがよろよろと焼け焦げた広場を横切っていく。
一匹だけならフレイムアローの一撃で処理できるけど、なにか様子が変だ。ところどころ毛が抜け落ちた体はかなり老化が進んでいる。これほど老いた魔物は見たことがない。
グレイハウンドは、必ず群れで行動する高い社会性を持った生物だ。一匹だけで移動しているのはおかしい。こちらを見向きもせずにまっすぐに移動している。病気なのだろうか。
探知魔法を限界まで広げてみる。南側にいた群れはどこかへいなくなり、老いたグレイハウンドが向かっている北の方に、さっきみかけた輝きが見える。
『イーリス、探知魔法の画像を送る。上空からの地形データに重ねて、あのグレイハウンドがどこに向かっているか調べて』
[了解]
すぐさま映像が仮想スクリーンに現れた。
グレイハウンドの向かう先は、焼き払われた窪地の向こう、三百メートルほど先の谷間をめざしている。そのあたりに先ほどの輝きの源がある。イーリスには魔素の探知能力がないから、これまで発見できなかったのだろう。
「イーリス、試掘機の回収作業は任せる。私はあのグレイハウンドを追跡する」
[了解。念のため偵察ドローンを一機、直掩に送ります]
グレイハウンドの後ろ十メートルまで近づいても、全くこちらを認識していないかのように歩みを続ける。かりにも野生動物が至近の背後を取られて反応しない、というのはありえない。いったいどこに向かっているのだろう。
やがて採鉱地点の焼け焦げた領域を外れ、先に行くとグレイハウンドは丘をゆっくりと登っていき、唐突に姿を消した。後を追うと、そこから先は崖だ。底まで三十メートルはある。グレイハウンドが自殺? わけがわからない。もうグレイハウンドの魔素の輝きを追うことができない。谷底全体がぼんやりとした魔素光でみたされている。
『イーリス、谷の底まで下りてみる。念のため、ドローンで直掩して』
[了解。あまり深くまで降下すると偵察ドローンの射線から離れます。安全のために距離を保ってください。露頭に含まれる重金属のため通信状態もあまりよくないことが予想されます]
『底についたら周囲を確認するだけにする』
この深さならなんとか飛行魔法で昇降できそうだ。できるだけゆっくり降りていく。崖肌はある一点から急に光沢を放つようになり、下に行くほどまるで切削加工をしたかのように表面はなめらかになっていく。
谷底に着地した。探知魔法のスクリーンを解除する。どのみちもう真っ白でおよそ用をなさなくなっていた。解除したとたん自動的に視覚は暗視モードになる。足元にさっきのグレイハウンドの死体が転がっていた。暗視モードのおかげで全体的にぼんやりしていてよかった。周囲の黒い液体はもちろん飛び散った血漿だろう。
以前に何かで読んだことがある。ある惑星の大型原生動物の話だ。その動物は死期が迫ると群れをはなれて祖先が眠る場所に向かうという。
惑星アレスの大気中には魔素が大量に含まれている。特に大樹海ではその傾向が強い。魔素は互いに引き合う性質を持ち、魔物の体内に少しずつ蓄積されていく。魔物が普通の動物ではありえないほどの能力を発揮するのは体内に蓄えられた魔素によるものだ。
ではその魔物が死んだら……?
体が朽ちた後も魔石は残るが、ドラゴンの場合は死んだ個体から魔石をとりだし、一つの場所に集めるとグローリアは言っていた。ドラゴンは知能が高い生き物だから、ある意味、儀式化されているのだろう。
グレイハウンドには保管するような知能はない。けれど、魔素の互いにひかれあう性質を老いた個体が感じていたとしたら? もっとも魔素が多い場所に向かうのではないだろうか。その結果、死期を悟った個体が体内の魔石を運んでいく。
だとしたら、この地の底から湧き上がるような、スクリーンを飽和させてしまうほどのすさまじい輝きは……!