ガンツ上空から見下ろした市街は早朝だというのにまだかなり混雑していた。
「人が多いな。クレリアの一行は出立したはずだが」
「傭兵だけでも五千人です。リアと近衛の先頭集団は一時間前にガンツを出ましたが、後続組はまだガンツから出られないようです」
「商業ギルドの荷馬車の出入りが多いからな。魔術ギルドの裏に野草園がある。そこで降りよう」
クレリアたちが拠点につくのはどう考えても夕刻になる。それまでにガンツで諸々の雑事をさっさと片付けてしまおう。街中を歩くことも考えて、俺とセリーナは目立たないようにガンツの平民の服を着ている。
野草園に着地するのは忍びない。セリーナは銀鉱のサンプルが入った革袋、俺はギニー硬貨のつまった航宙軍仕様のスーツケースをもって、飛行魔法を展開した。ケースが軽量金属でできているとはいえ、中の貨幣と合わせると二十キロ近い。よろけつつなんとか着地する。
野草園は区画ごとに種々の野草がもう芽吹いている。あまり見たことのない種類もある。ギルド長が大陸のあちこちで採取してきたのだろう。
以前、化粧品の材料をさがして保管庫を見せてもらったが、ここにはそれ以外の薬種もあるはず。いつか時間がある時にシャロンと一緒に薬種学の講義を受けたいものだ。化粧品の材料として有用なものがあるかもしれない。
古びた鋳鉄製のドアノッカーを叩くと、魔術ギルドのドアが開いた。
「アラン様!」
顔を出した中年の女性の頭上に名前が現れる。白いものが混じった頭髪の割には顔にシミがまったくない。
「マルタ。朝早くすまないが、シーラギルド長は在所かな?」
「すぐにお取次ぎいたします。こちらへ」
数人の事務員がもう机で作業をしている。前より人数が増えている。ということは繁盛しているようだ。
「アラン様。ようこそ魔術ギルドへ」
「今日は大樹海の資源について相談に伺った」
「アラン様の相談なら大歓迎ですわ。どうぞこちらへ」
ギルド長の衣装は以前とは違って生地も高級そうだ。髪に至っては後ろで固く結んでいたのを長く両肩に伸ばしている。女性は治療一つでこうも変わるものなんだろうか。というか……儲かっているんだろうな。
シーラギルド長は先に立って、執務室に向かった。焚き込めた退魔香の甘いにおいが一層強くなる。
ギルド長の執務室は書架が一新されて真新しい頑丈そうなものに変わっていた。部屋の隅には未開封の荷が無造作に積んである。そういえば薬草を取りに僻地に行くといってたな。
「ところで、こちらのかたは」
「部下で経理を担当している」
「セリーナです。よろしく」
「まあ、それでは新たな契約の話でしょうか」
「新製品もいくつか考えているが、今日は別の話だ」
俺とシャロンは並んで座り、シーラギルド長は応接テーブルの向かいに座った。
「以前、ここの研究室に保管されていたものとよく似た鉱物を発見したので、鑑定をお願いしたい」
俺は布袋から握りこぶし大の鉱石を取り出し机の上に置いた。
「お待ちください」
シーラギルド長は懐から虫眼鏡を取り出した。
「ライト」
ふわっと輝く光球が頭上に浮かんだ。ライト魔法は一気に放出せずに緩やかに照らすこともできるらしい。これは知らなかったな。
「透明感のある微細な金属粒がくっきりと見えます。しかも鉱石中に皮膜状に展開する性状……。これは自然銀のすばらしい良鉱です! これをいったいどこで?」
「よければ、鑑定書を書いて頂けないだろうか」
「いったい何に使われるのでしょうか」
セリーナと目が合った。
『拠点の財政が脆弱なことが広く知られれば、今後の入植にも差し支えます』
『わかった』
「採鉱するにも搬路の建設などで、人を雇わねばならない。サイラス商会に手配してもらうつもりだ」
急にシーラギルド長は銀鉱石を握ったまま、動きを止めた。
「アラン様。サイラス商会はガンツで一番の商会ですけれど、このあいだの化粧品販売ではいいように利益を取られました。このままではまた利用されるのが落ちですわ」
採掘権を担保にするだけで、採掘の主導はサイラス商会に渡すつもりはないんだが。よほど化粧品販売を独占できなかったことを根に持っているらしい。金の恨みは深くなるからな。
「銀は病魔を排し、身を清める作用があります。この薬効のため銀を含んだ清浄薬は大陸では広く用いられていました。ですが……」
「ほかの銀鉱は枯渇しているのですね」
「はい。三年前にセシリオ王国にあった最後の銀鉱山が廃鉱になり、いまは南方からの供給に頼っているのです。商業ギルドは銀器などつまらぬものに加工して売るのがおちです。人々の病を払うという目的のために、魔術ギルドが出資いたします!」
困ったな。鑑定書だけ書いてもらうつもりだったのに。シーラさんも人々の病を払うとかいっているが、銀鉱の価値に気が付かぬはずがない。ゴタニアのカーラさんもそうだが、魔術ギルドは相変わらずがめついな。
『アラン、魔術ギルドと商業ギルド両方から出資を募るのはどうでしょうか。どちらもアランのおかげで莫大な利益を上げています』
『単独のギルドだけではやはり難しいな。その案でいこう』
「両ギルトともに世話になっている手前、一方だけに肩入れはできない。これから商業ギルドで互いに納得する形で話を進めてもらいたい」
「鑑定書はギルドの正式な様式に従い書かねばなりません。商業ギルドと一戦交えるのはそれからにしましょう」
「ではその間にこちらの書架を拝見したい。新しい商品のヒントがあるかもしれない」
「ぜひぜひご覧になって下さい。私が大陸全土から取り寄せた書籍です。きっとお役に立つに違いありません。マルタに案内させます。鑑定書は二時間もあれば書けますので」
いかつい表情から、いきなり笑顔に変わったシーラさんは机の上の呼び鈴を押した。
ずいぶん協力的だな。化粧品のように俺が儲けの種を見つけるものと信じ込んでいるらしい。
マルタさんに案内された書庫は、以前着たときに化粧品の材料を探した保管庫のさらに奥にあった。床から天井までたくさんの書物が名前の付いた書架に整然と並んでいる。
「ありがとう、マルタ。シーラギルド長の作業が終わったら呼んでくれ」
「かしこまりました」
マルタさんは深く一礼して、廊下へ戻っていった。
『よし、何か金になりそうな情報がないか探そう』
『これを全部読むのは大変ですね』
『いい考えがある。……イーリス』
[はい]
『これから俺とセリーナがイーリスと視覚共有する。手分けして背表紙と書架番号を見ていくから、書籍目録を作ってくれ。そこから王都で収集済みのものを除くリストを作るんだ。できるか?』
[了解]
それから俺とセリーナは八個ある書架の前に立って上段から最下段まで、丹念に眺めていった。時折見えにくかったりする場合はイーリスから再度確認するように指示があったが、三分もしないうちに作業は終わった。
[リスト化終了……。現在書庫には千百二十三冊の書籍が存在し、そのうち未収集のものは六百十二冊です]
意外と収集済みのものが多いな。王都で廃業した書店の書籍を全部買い取ったくらいだから、まあ当然か。
『未収集の書籍の中でタイトルから今後必要になりそうなものを選択』
[古代史、博物誌、言語学、地方の歴史、農業などで三百二十二冊あります。残りは薬草研究や魔術ギルド関連です]
『重要度別にリスト化して、俺の視覚に重ねて表示』
[了解]
書架を見やると俺の視覚にかぶさるように本の背表紙が色分けされて光っている。よし、どのみちページをめくっていくだけだ。二時間もあれば相当読み込めそうだ。