惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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商談

「アラン様。シーラ様がおよびです」

「ありがとう。すぐに行く」

 そろそろ昼だ。鑑定書ってそんなに時間がかかるものなのか。

 

『イーリス、全部で何冊読んだ?』

[収集目標のおよそ二十二パーセントです]

 二人がかりでそれだけか。魔術ギルドにはまだ何度か来なければならないな。

『何か資金源になりそうな記載がないか精査してくれ』

[了解]

 

 ギルド長の執務室では厚手のローブを身にまとったシーラさんが鞄に書類を入れているところだった。

「鑑定書の作成に感謝します」

「いえ、アラン様のためなら当然のことです。ですが、相手があのサイラスですから油断は禁物です」

 とうとう呼び捨てになった。化粧品販売を委託するときに、サイラスさんも魔術ギルドが関わると聞いて相当嫌な顔をしていたっけ。ギルド間にそんなに対立があるんだろうか。

 

「アラン様、新しい商品のアイデアはございましたか?」

「なにしろあまりにも膨大な資料ですからね。しばらく時間をいただきましょう」

「新商品はぜひとも魔術ギルド独占でお願いします。相応の対価はお支払いしますわ」

 

 

 サイラス家のドアを叩くと、ナタリーがすぐに顔を出した。

「アラン様」

「忙しいところをすまない。サイラスさんはまだ仕事中かな?」

「いえ、さきほど戻られて今は昼食をとっておいでです」

「では待たせてもらおうか」

「あの……、シーラ様もご一緒なのですね」

「ナタリー、気にすることはありません。私が来たと伝えて頂戴。あなたの責任ではないわ」

 俺が答えるよりさきにシーラギルド長が割って入った。知り合いなのかな。

 

 

 客間に案内されると、すぐにサイラスさんとアリスタさんが入ってきた。が、なぜかサイラスギルド長の目つきがきつい。

 

「アラン、よく来たな。……そこの女は帰れ」

「はぁ? またアラン様から儲け話をもらったくせに、少しは感謝しなさい」

「アラン、魔術ギルドに言いくるめられたのか? 今回の武器販売は完全に商会の独占だ。そこの女は無関係だろう」

「今日は別の契約の話です。そのためにはどうしても魔術ギルドの力が必要でしてね。ところで、サイラスさんはシーラギルド長をご存知なのですか」

 

 俺の困惑を察したのかアリスタさんが申し訳なさそうに言った。

「シーラギルド長は私の伯母です」

「ならば、そんなに強い言い方をしなくてもいいのでは。我々は仕事上のパートナーです」

 俺が仕切りを入れたが、二人はにらみを利かせたまま微動だにしない。

 

「お父様、今日は仕事でいらしたのですから私事はいったんおきましょう。伯母さまもあまり強くおっしゃらないでくださいな」

 アリスタさんが二人に穏やかに言うと、にらみ合ったまま二人は席に着いた。これほど両ギルドの間で対立があったとは……引き合わせるべきではなかったな。

 

「アリスタ、あなたがいつも父親のせいで苦労しているのはよくわかっています。そろそろ魔術ギルドの補佐役になって家を離れなさい」

「伯母さま、その話はまたいつか……。アラン様、いらしたのは武器のお話ではないのですか」

「まずは武器の引き渡しなど、作業の進捗を確認したいですね。シーラギルド長に同道いただいたのはまた別な話です」

 

 ナタリーが人数分の茶器をもって各人の前に並べ始めたが、誰も口を開かない。ナタリーはお茶を注ぎ終えると、そそくさと客間を出ていった。

 

「アラン、武器の話だが契約の一万組の売却はやめだ」

 いきなり何を言ってるんだ? 回収した武器は剣と盾、鎧で一万組を商会が取って残りは我々のものだ。

 

「実はな、回収した武具はどれも一級品だ。セシリオ王国は、かなり入念な準備をしていたらしい。そのまま売りに出せる品がざっと一万五千組あった。ガンツ近郊の貴族たちには一組三万ギニーで卸すことになっている。そこから諸経費分を二割ひいて、残りの一割が、アランの取り分だ。悪くないだろう」

 当初の予定より多くなったな。俺の取り分は三千六百万ギニーか。勝手に数量を変えたのは問題だが、回収率が高ければ拠点の兵士や農具用に鋳潰す分も確保できる。もう十分だ。

 

「いいでしょう。商業ギルドの私の口座に入金願います」

「いやにものわかりがいいな……。ほかに何かあるのか」

 相変わらず鋭いな。

 俺は昨夜考えた認証書をつかった引き出しシステムについて説明した。第三者が商業ギルド各支店に認証書を持ち込めば、特定の口座から引き出せるものだ。手数料は元口座から引き落とすので負担はかからない。

 

「その方法だと一方的にアランの口座から引き出されないか」

「認証書は一枚ごとに独立した数列を刻印しておきます。これは一度使った認証書は回収することで不正使用を防ぐ仕組みです」

「試験的にアランの口座だけで対応してみよう。三千六百万ギニーはその口座に入れておけばいいんだな?」

「これも入金手続き願います」

 

 俺は航宙軍のスーツケースを開いて中を見せた。

「こっ、これは!」

「白金貨を含め、全部で七千四百万ギニー。先の利益と合わせて一億一千万ギニーを口座に入金願います」

「…………」

 

 しばらく唖然としていたサイラスさんはやがて口を開いた。

「いきなりこんな大金を持ち込むとはお前も不用心だな。俺も白金貨を見るのは久しぶりだ。もう武器の売買利益なんかいらなかったんじゃないのか」

「白金貨はあまり流通していないようですね」

「国相手の大取引のときぐらいだ。なにしろ白金そのものが希少で南方でしか産出しない。それをこんなに手に入れるとは……。まあいいだろう。アリスタを証人として引き受け証を作らせる」

 

 よし、これで路銀は確保できた。クレリアの難題は解決した。あとは採掘の手配をするだけか。金を借りる必要すらなかった。……もう帰りたい。

 

「口座手続きの改変にかかる費用やお前の言う認証書の作成はこっちで負担しよう。王都商業ギルドにも筋を通しておく。これだけの大金を預かる以上、こちらも誠意を見せないとな。……ということで、なんでこの女がいるのか説明してもらおうか」

 

「まず、国王陛下の勅命により開拓が行われることを思い出してください。大樹海で産出したものはすべて俺の財産となります」

「なにか出たんだな。お宝か? そうなんだな?」

 

 サイラスさんはいきなり身を乗り出してきた。利益が出そうなことにはとりわけ理解が早い。とはいえ俺は一度として大樹海の財宝について話したことはないのだが。

 

「銀鉱です。ここにいるシーラギルド長直筆の鑑定書が……」

「アラン様、ここからはわたくしが話しますわ。アラン様は大変お優しい方。この男には強く言わねば通じません。サイラス、アラン様が発見した銀鉱はおそらくこの大陸一の良鉱。当然、ガンツ魔術ギルドが監督します。あなたは適正な価格で人馬を供給しなさい」

「なんだと! 利益を独占するつもりか! この…□…□…!」

 

 ん? なんだ聞いたことのない単語がでたな。ろくな意味じゃないことは容易に想像できる。シーラギルド長がいきなり怖い顔になった。

 

「お父様、ひどすぎます!」

「サイラスギルド長、できれば両ギルドで協力を、」

「アラン、ここは引いてくれ。いい機会だ。この強欲女とはいつか決着をつけるつもりだった。アリスタ、アランを別室に案内しろ」

 

「アラン様」

 アリスタさんのすまなさそうな顔を見ると、粘るのも気の毒だ。アリスタさんは俺とサイラスさんが酒販売の打ち合わせで使った応接室に案内してくれた。

 

「込み入った事情があるようだが」

「お恥ずかしい次第です。伯母は妹、つまり私の母が若くして亡くなったのは父のせいだと思い込んでいて。それ以来、反目しあっているのです。父母の婚儀ではそれまで不和だった二つのギルドがともに祝福したそうですが……。いまはこんなありさまです」

 

 完璧に人選を誤ったな。鑑定書はシーラさんに頼むんじゃなかった。せっかく路銀の手当ても見通しがついたというのに。

 隣の客間からでかい声が聞こえてきた。あのサイラスさんと互角にやれるというのもすごいな。唐突にグローリアとグレゴリーの頭突き合いを連想してしまった。もしかすると本当は仲が良いのかも……わけはないか。

 

「仲裁は難しそうだ」

「二人が仲良くなることはないでしょう」

 言い切ったな。アリスタさんが確信しているならとても俺の手の及ぶところに解決はない。

「父が王都商業ギルド長に選出されて、ガンツを離れたら話は違うかもしれませんが」

 王都ギルド長就任は、サイラスさんの希望というよりアリスタさんの願いでもあるわけか。とは言え、いまのところ仲裁する方法はないな。

 

「お二人に結論が出なければ、別の商会に」

「いえ、このお話、サイラス商会が請けます。……そうだわ。サイラス商会の支店にも独自の裁量をいくつか与えています。カリナを本請負の代表として支店と契約を結ばれては。銀鉱の現地にも近いですし、わが商会も損はしません。私が父を説得します」

「では魔術ギルドは」

「伯母が考えていることはわかります。日ごろから銀の清浄薬の原料不足を嘆いていましたから。その必要性は私も理解しているつもりです。アラン様がある程度の譲歩を引き出していただけませんか。例えば……とても残念ですけど魔術ギルド専売の新商品とか色を付けてです」

 

 さすがにサイラスさんが信頼するだけはある。アリスタさんは父親と違って才知に富んでいるな。あの二人をなだめるのは俺でも無理だが、アリスタさんなら何とかなるかも。

 

「いい案ですね。では二人を引きはがしに行きましょうか」

「アラン様と私が組めばできないことはありません。どうかこれからもよしなに。今回の契約もアラン様の拠点で結びましょう」

 アリスタさんは自信に満ちた笑みを見せて俺の手を取った。

 

「ああ、引き受け証はすぐに作ります。しばらくお待ちください」

 隣の部屋の音量はさらにヒートアップしている。顔色一つ変えずに机に向かうアリスタさんも傑物だな。この点はクレリアと大きく違うところだ。

 

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