サイラス宅から魔術ギルドの帰路、シーラギルド長は押し黙ったままだった。
二人を引きはがすのに手間はかからなかった。俺とアリスタさんが客間に入った時には二人ともまさにつかみかからんばかりの勢いで話していたが、アリスタさんが父親にすがりついた隙に、俺はシーラギルド長の手を引いて玄関へ向かった。どのみち話もまとまっていなかったのだろう。
何となく不穏な雰囲気を醸し出したまま、ガンツの城壁沿いにある石畳の道を歩いていると、
[アラン艦長、先ほどの文献に興味深い記述が]
『金儲けになりそうな案件か』
[現地の人間による補足情報が必要ですが、利益になりそうです]
『読み上げてくれ』
◇
イーリスの読み上げを聞き流しつつ、魔術ギルドの門扉をくぐると、シーラギルド長がようやく口を開いた。
「アラン様。このたびは大変お見苦しいところをお見せしてしまって」
「銀の清浄薬の供給はよほどひっ迫しているようだが」
「ええ。退魔香と同じく病を清めるには必須なのです。仕方ありません。魔術ギルドが人手を用意しましょう。この辺りの労務者はすべて商業ギルドがしきっています。王都魔術ギルドから人を送ってもらいましょう」
となると作業は早くても一月後か。セシリオ戦の余波で、王都から人を用意するのも難しいと思うが。
なんとなく肩を落とした感じのシーラさんと一緒に執務室に戻った。シーラさんが机上の鈴を鳴らすと、すぐさまマルタさんが顔を出した。
「マルタ、お茶を用意して。少し落ち着きたいの……茶葉は沈静系のを見繕って」
「はい。シーラ様」
「シーラギルド長。銀の清浄薬が不足しているとのことだったが、退魔香も不足しているのでは?」
「その通りなのです。大陸全土で銀の清浄薬の代替品として使うので消費が増え、価格も暴騰しています。何しろ退魔香は南方が原産……」
「おもにアラム聖国が原産とされているようだ」
「どうしてそれを」
「先ほど閲覧させていただいた書物に原産地の記載があった」
「かの国はいまやこの大陸の諸王国を脅かす存在。スターヴェーク内乱以降、魔術ギルドでも次第に取引が難しくなっているのです」
「アトラス教会の意向だな?」
「はい。先のスターヴェーク内乱はアラム聖国が関わっていたとされています。それでアトラス教会はかの国との交流をとても警戒して……取引は難しくなる一方なのです」
『アラン、これは大変なチャンスです。退魔香の安定供給を約束すれば莫大な利益を上げられるでしょう』
『それだけでなく、魔術ギルドに影響力を行使できるな』
「シーラギルド長。良い案がある」
マルタさんが運んできたお茶を渋い顔で飲んでいたシーラさんが顔を上げた。よほどまずいお茶らしい。口をつけるのはやめておこう。
「銀の本格採掘がはじまるまで、退魔香の香木を供給しよう」
「えっ!」
シーラギルド長は渋い顔から突然、目を見開いて驚愕顔をみせた。
「香木はこちらで精製し、困っている各地の魔術ギルドや治療院に供給すればよいでしょう。商人たちにはガンツ魔術ギルドの専売で売れば利益も上がる」
「ど、どうやってそんなことが。ここからアラム聖国はアロイス王国よりずっと南にあるのですよ!」
「供給は可能だ。そこで頼みなのだが、香木を専売とする代わりに、商業ギルドに歩み寄ってほしい。我々も銀鉱を早いうちに手を付けたい」
「…………」
またも苦い顔になったシーラさんはまだ黙り込んだ。しばらく考えていたが、不承不承といった感じで言った。
「いいでしょう。そこまでアラン様が魔術ギルドの窮乏を心に留めて下さっているのなら、サイラスは何とかします。精錬にかかる技術も提供しましょう。でも、その前に香木の実物を見せていただいてからです」
めんどくさい人だな。ここまで言っているのに。
「では、実物をもってきてから話を進めよう。今日はお忙しいところ商談に付き合わせてしまって申し訳ない」
「いえ、とんでもない。悪いのはすべてあのサイラスのせいですわ。愚かな父親を持ったアリスタが哀れでなりません」
なんか愚痴が長くなりそうなので俺とセリーナは早々に出口に向かった。まあ、マルタさんと二人で見送りまでしてくれたから、俺を疑っている様子はないようだが。
もうすでに陽は傾きかけている。あまり時間はない。俺たちは人目のつかない路地から飛行魔法を使って、上空で待機していた偵察ドローンに乗り込んだ。
「拠点に戻りますか」
「当然、アラム聖国だろ」
「リアが拠点に戻るまで時間がありません」
『イーリス、香木を採取したいんだが場所はわかるな』
[先ほど読み込んでいただいた書物が正しければ、アロイス王国とアラム聖国の国境付近に栽培場がひとつあります]
『往復時間は』
[全速で片道一時間。作業時間を入れると三時間は必要でしょう]
『拠点に戻るにはギリギリだな。ドローンは二機体制でいこう。一機は運搬用だ』
[了解、直近を周回中のディー・イレブンを送ります]
「アラン、香木は明日でもよいのでは」
「ここまできたら最後までやるさ」
「はぁ」
「どのみちアラム聖国は調査する必要があったからな」
「先日の戦いからずっとほとんどお休みになられていないので」
確かに昨日のガンツ攻防戦からずっと、路銀対策で振り回されっぱなしだが、香木を集めればこれで最後だ。十分な路銀が渡せるし、銀鉱の手はずもうまくいく。これでクレリアの望みもかなうだろう。とはいえ少し疲れた。
『ナノム、目的地に着いたら起こしてくれ』
[了解]