[アラン艦長、まもなく目的地に到着します。起きてください]
もう着いたのか。狭い格納スペースにあるシートから体を起こすと、すぐさま仮想スクリーンが展開した。眼下には広大な畑地が見える。どのみちアラム聖国には偵察に来るつもりだった。時間を有効に使おう。
『ステルスモードのまま低空飛行。情報収集を続けてくれ』
[了解]
アラム聖国はアレス大陸の南方に位置しており、温暖な地域ゆえ農業が盛んらしい。退魔香を栽培している場所の近くにも麦畑が見える。秋播き小麦にしては成長が早いな。品種改良までしているとなると相当な技術だ。
アラム聖国には自国に加えて旧スターヴェーク王都五十万の人間を余裕で養えるほどの生産力がある。農業は国富の基というし、農業技術に卓越しているのは将来性を感じる。
『イーリス、着陸予定地点の状況は』
仮想スクリーンが拡大表示される。山のふもとの大部分に整然と木々が植えられている。ブロックごとに樹高が違うということは、若木から老木まで一括管理しているようだな。
[退魔香の香木はアラム聖国の直轄栽培下にあり、着陸予定地点はその管理圃場の一つです]
画面がさらに拡大して、着陸予定地点の周辺を赤いマークが投影された。
[圃場の規模から、当該地は退魔香の集積地点の一つと考えられます]
広場には多数の荷馬車が集まっている。ただし、集積所の周囲は高い木柵で守られており、入り口は一つしかない。物見台からは衛兵があたりを監視している。
集積場の広場に積み上げられている香木は雑枝や節がのぞかれて裁断されているようだ。降りてからウィンドカッターで刈り取るつもりだったが、あれなら扱いやすいな。
香木を積み込んだ一台の馬車が集積地の門をくぐり街道に出ていく。行く先は隣国のアロイス王国だろうか。
『ディー・テン、あの馬車の進行方向二百メートル前方にで俺たちは降下する。指示があるまでディー・イレブンとともに直掩してくれ。ステルスモードは維持』
[了解]
仮想スクリーンに指を伸ばして指示する。
「セリーナ、もうすぐ馬車は広く開けた畑地を通る。ここで荷馬車を待伏せする」
「了解」
ドローンのハッチをあけると、暖かい南国の風が入り込んできた。もう初夏と言っていいほどの気温だ。これなら二毛作も可能だろうな。
街道をゆっくりと荷馬車が一台こちらにやってくる。護衛もなしで御者一人だけとは不用心だ。さっそく飛行魔法を展開し、近くの木立に着地する。
「セリーナは姿を隠してドローンとともに俺を援護だ」
「了解」
俺は道の真ん中に立って手を広げた。御者が手綱を引いて、馬車は止まった。ひげ面の御者は緊張をあらわにしている。いくら俺がガンツの市民服を着ていても、いきなり道をさえぎったら警戒するのも無理はない。念のため探知魔法で確認してみる……やはりな。
俺はゆっくり歩きながら言った。
「輸送中に申し訳ない。退魔香の香木を運んでいるようだが」
「それがどうかしたか」
「実は俺の村で病気が流行ってるんだ。銀の清浄薬も手に入らない。香木を少し分けてもらえないか」
「ほう……」
男は眼をほそめ、警戒顔から急にずるそうにニヤリとした。
「いくら払える」
「ギニー金貨十枚で買えるだけほしい」
「たったそれっぽっちか。やれるのはせいぜい木っ端ひとつくらいだな」
退魔香ってそんなに高いのか。値段が暴騰しているとは聞いていたが……。この男の話が本当なら、この荷馬車一台分で貴族の屋敷が余裕で立つ。
しばらく思案していた男は御者台から降りた。む、この男は相当鍛えているな。腕周りや足が異様に太くがっしりしている。
「こっちへ来い。少しだけなら分けてやろう」
俺が後をついていくと、いきなり荷馬車の後ろから大柄な男たちがつぎつぎと飛び出してきた。
「馬鹿め! また商業ギルドの間諜だな。生きて帰れるとおもっ、」
「ぎゃっ!」
「がはっ!」
パルスレーザーの甲高い電子音とともに、次々と肩と足を撃たれてのたうち回っている。
『セリーナ、早すぎるぞ』
『抜刀したので私の判断で射ちました』
『まあ、やられるつもりもなかったがな。こいつらを拘束する。武装解除を手伝ってくれ』
『了解』
男たちの手足を縛り、着陸する偵察ドローンの姿が見えないように荷馬車の反対側に並べておく。
よく見ると馬車に隠れていた男たちは同じ制服を着ている。兵士か。肩にはどこかで見たような記章が付いていた。荷台から飛び降りたときも、きちんと二人ずつ降りてきて、すぐさま抜刀していたな。一人は体内の魔素の量から言って護衛魔法士だろうか。制服を整えているところを見ると国軍か。軍が護衛しているとは退魔香はまさに戦略物質だな。
荷馬車に兵を忍ばせて無防備を装い、敵を誘導する、どこかで聞いたような戦法だ。一種のおとり捜査みたいなものだろうか。
荷台に上ってみる。とたんに強烈な香木の香りでむせそうになった。兵士がいた分、積み荷は少ないようだがこれだけあれば十分だろう。街道にほかの馬車が来ないうちに積み込んでおこう。
『ディー・イレブン、着陸しろ』
[了解]
香木は一定の長さに裁断したものを十本ずつまとめて結束されており、運びやすい。一本一本の直径もそろっている。つまり規格化されているということだ。たかが香木にさえパッケージ化が進んでいるということは、アラム聖国の兵站も充実していると考えるべきだ。
セリーナと俺で香木をドローンに積み込むのにさして時間はかからなかった。
俺は五人の捕虜がいる荷台の裏に向かった。おそらく御者をやっていたのがリーダー格だろう。
「おい、そこのおまえ」
「なんだ盗人のくせに」
「聞きたいことがある。さっきギルドの間者とか言ったな。結構いるのか」
「つまりお前は奴らとは違うってことだな。服装を見るにベルタ王国か。ここではその厚着は季節外れだぜ」
うっかりしていた。こいつ、外見からは想像もできなかったが頭が切れる。商業ギルドの間者か……。どこの商会だろう。
「俺の聞きたいのは間者の扱いだ」
「国富を盗もうとしたヤツの末路は決まっている。奴隷鉱山にお前の仲間がいっぱいいるぞ」
「香木を奪われて間者を取り逃がした間抜けの末路はどうなる?」
「…………」
俺は金貨をそいつに放り投げた。
「香木の代金は確かに払ったぞ」
『アラン、この者たちは口封じした方がよいのでは?』
『いや、俺たちの素性はわかるまい。追跡することもできないしな』
俺の姿は平民の服だし、顔や素性を知られているわけではない。ベルタ王国関係ということはバレたが。
しかし、まだ何か引っかかる。この違和感。俺は改めて拘束された連中を見る。
……制服か。セシリオ王国やスターヴェークの傭兵たちは種々雑多な鎧や武器を持っていた。だが、この兵士たちは全員そろいの実用的な制服を着用している。剣もすべて長さも柄の意匠もそろっている。布生地も耐久性がありそうなしっかりしたものだ。そして統一感と帰属意識を高める記章……。
まさか、こんなことがありえるのか。
『イーリス、視覚を共有する。兵士の記章を見てくれ』
[各種文献によればアラム聖国では一貫してこの文様を使用しています。このような幾何学的文様は人類にとって視認性が高く、人類銀河帝国内でも類似の紋章はよく用いられています]
確かにそうだ。かけ離れた星系の”人類に連なるもの”が使用している文様が他の世界のそれと一致することはよくある。人間のパターン認識には共通するものがあるのだろう。しかし……。
『アラン』
『すまない。考えすぎかもな』
[アラン艦長、後続の馬車が近づいています。直ちに離脱してください]
『わかった。ディー・イレブンは直ちに離陸、拠点へ向かえ』
[了解]
『魔術ギルドに卸さないのですか』
『香木は思ったより破格の値段で取引されているらしい。まず拠点でカトルに査定させよう。そのうえで供給配分を決める』
『了解』
上昇する機内から仮想スクリーンを通じて下を見ると、すぐさま捕虜たちは動き出した。だが馬車の背後には誰もいない。何をどうやっても説明不可能だろう。
この短い偵察でも分かったことがある。アラム聖国は侮れない敵になりそうだ。
おっと、大事なことを思い出した。
「セリーナ」
「はい」
「帰ったらすぐに服を着替えて入浴するんだ」
「香木の匂いですね」
「エルナには用心しないとな」
「というかリアでしょう?」
「もう冷汗はごめんだ」
「後ろ暗いところがなければ、冷汗をかくこともないと思いますが」
それはたしかに正論なんだけど……。