仮想スクリーンは眼下の大樹海に続く街道を進む隊列を映している。先頭はスターヴェークの国旗を誇らしげに掲げた近衛と辺境伯軍が続き、次に傭兵たち、隊列の後ろには荷馬車の列が続く。
スクリーンの視点を前方にもどすと、太陽は沈んで、わずかな光が山頂の残雪を輝かせているばかりだ。
『イーリス、クレリアはあと何時間で拠点に到着する?』
[現在の速度だと九十分後、最後尾がすべて入場するにはさらに三十分ほどかかるでしょう]
だいぶ遅れているな。俺の方が余裕で拠点に着いてしまった。遅れた原因は多分、捕虜だろうな。香木の収穫は急ぐ必要はなかったか。
◇
「アラン様!」
着陸した中庭から城館にはいって執務室に向かっていると、廊下の向こうからメラニーが走ってきた。マルティナも一緒だ。そういえば昨夜はガンツから戻ってすぐにバールケの居城に向かったから、メラニーたちに会ってなかったな。ということは一晩中ずっと俺の心配をしていたわけか。
「アラン様、……勝ったのですね」
「もちろんだよ。マルティナ。ガンツは無事だ。敵兵は逃げ帰った」
とたんにマルティナが口を覆った。目から涙がこぼれ落ちている。心配かけたな。
「姉様、アラン様なら当然だよ!」
「そこまで信頼されているとは嬉しいが、査察も終わったことだし、いったんデニスさんのところに戻らないか。きっと心配しているぞ」
「絶対にやだ!」
メラニーが俺の足にすがりついた。これを引きはがすのは大変なんだよな。
「アラン様からまだ魔法を教えてもらってないし、クレリア様もこのごろは全然、稽古場にきてくれないし!」
クレリアはとても魔法授業に参加できる状態じゃなかったから仕方がないが、このままメラニーを置いておくのもどうかな。
「わかった。なんとか時間をつくろう。それから今後のことを考える。いいね」
「メラニーがわがままばかりで申し訳ありません」
「魔法の才ある者はこの大陸では引く手あまただそうだ。自立するには特技があった方がいい。メラニー、練習は夕食の後にしよう」
「わかりました。約束ですよ?」
言いつつ、なおもしがみつくメラニーをマルティナは慣れた様子で俺から引きはがして、居室へ続く階段を上っていった。……メラニーの今後の扱いはエルナにも聞いてみよう。
クレリアが到着するまであと二時間か。一日中馬に揺られてクレリアも疲れ切っているに違いない。久しぶりに手料理でも作ってやろう。
◇
厨房の奥に魚醤樽が一つと木箱が四つおかれていた。大市の前夜にカトルと一緒に結構な量を買ってしまった。魚醤はあとで小分けにするとして、箱の中身を確認しよう。
一番上の小さな箱を開けるとツンときつい匂いがした。黒い布のようなもので覆ってある。これは海藻かな? めくると灰色のかたまりが現れた。小さな魚をすりつぶして固めたもののようだ。黒い布のようなものに触れてみた。
『ナノム、安全性を確認してくれ』
俺は布のような海藻をちぎって、指先でグニグニとつぶしてみた。
[沃素や亜鉛などの微量成分が含まれていますが問題ありません]
ある種の生物濃縮だろう。この惑星の海水の金属分布と比較してみるのも面白いかもしれないな。
『これは食べられるのか』
[可能です。人体に有用なアミノ酸が複数含まれています]
故郷、トレーダー星系のランセルでは高緯度地帯の海にこれと似たような海藻が群生していた。植物性の油脂がふくまれ、乾燥すると燃えるので燃料以外の用途はなかったが。
小魚を固めた塊を少しつまんで見る。
[人間の味蕾に嗜好性のあるいくつかのアミノ酸とタンパク質を検出しました。摂取しても問題ありませんが、アミノ酸の構成比が肉類とは違います]
そっと舌の上に乗せる。
「少々苦味があるが……。うっ」
鼻の奥に突き刺すような臭気を感じる。その直後にじんわり塩辛いうまみが口の中に広がっていく。酒のつまみに合いそうだ。これはヘリング士爵に鑑定してもらおう。
次の木箱は大きさのわりにずいぶん軽い。小さな蟹のようなものがざらざらと箱から出てきた。これは殻ごと乾燥させた蟹の干物だろうか。
川蟹ならゴタニアの街でも売っていたな。”豊穣”のバースと一緒に川蟹をつかってリゾットを作った記憶がある。水で戻すと結構いいダシがとれそうだな。次の箱は乾燥させた貝柱がたくさん入っていた。
一番下の箱は何だろう。丁寧に梱包された箱を開くと、現れたのは巨大な鱗が付いた肉の塊だ。鱗の下には真っ白な厚い脂肪層があり、その下には、昨日切り分けたかのような鮮やかな赤身がある。梱包していた油紙に書かれた文字は……海竜、と読める。
海洋という単語と竜、すなわちドラゴンが組み合わさってできている。海竜と理解したのは間違いないだろう。俺はそっと赤身に手を触れた。
『ナノム、遺伝情報を解析しろ』
[遺伝的にはドラゴンに酷似しています。可能性としては共通の祖先から分岐した可能性が高いと考えられます]
あとからじっくり時間をかけて見る必要がありそうだ。これは魔石冷蔵庫に保管するとして、とりあえずこれで今夜の食事は決まったな。メインデッシュは蟹チャーハンと干貝のスープだ。魔石冷蔵庫にはビッグボアの肉も残っているから、これはソテーにしよう。とりあえず干物は水で戻しておくか。
◇
拠点南門の広場には、たいまつを掲げた辺境伯軍の家族や職人たちが集まっていた。あらかじめガンツでの勝利を伝えていたから皆の表情は明るい。
やがて王国旗を掲げた近衛を先頭に次々と兵士が入ってきた。近衛たちの顔には微塵も疲れが見られない。初勝利の余韻がまだ残っているかのようだ。向かいに出た辺境伯軍の家族たちも喜びの声を上げている。
「アラン!」
愛馬シラーから飛び降りたクレリアは輝く鎧を着たまま、まっすぐに駆け寄ってきた。エルナも急いで馬を下りて後をついてくる。
「お帰り、クレリア」
たいまつの光の中ですら、クレリアの上気した頬がはっきりわかる。よっぽどうれしかったんだな。
「アランのおかげで七万の軍勢を打ち破ったわ!」
いや、脅かして帰ってもらっただけなんだが。だがクレリアがそう思うならそれでいい。
「先に帰ってすまなかった。ドラゴンたちを勝手に帰らせるわけにもいかなくてね」
「あとでわたしからもグローリアに礼を言うわ。……アラン、傭兵たちを救い出してくれて本当にありがとう」
「傭兵の救出はダルシムの提案だし、回収にあたったヴァルターの手際もとてもよかった。皆、クレリアの気持ちが分かっているからさ」
「私もいまさらながら彼らの忠義がうれしい」
「スターヴェークの傭兵が帰順したのもクレリアが姿を見せたからだ。俺も徹夜で鎧をつくってよかったよ」
ダルシム隊長とヴァルターがやってきた。
「アラン様。此度の戦いぶりにスターヴェーク奪還も夢ではないと確信しました」
「明日には状況報告をいたします。これから傭兵たちをご指示のあった拠点の北ブロックに野営させます」
「頼む」
「アラン様、セシリオの捕虜はいかがいたしますか」
「捕虜としたのはほとんどが貴族だろう。野営させるわけにもいかない。兵舎を一つあてがうといい。捕虜の聞き取りは明日から始める。面通しはライスター卿に依頼するように。ただし、卿の正体が露見するとまずい。尋問室は配慮を頼む」
「わかりました」
「ダルシム、私も傭兵たちが腰を落ち着けるまでそばにいる。近衛からも治癒魔法が使えるものを何名か選んでほしい」
「ありがたいことです」
ダルシムとヴァルターは深々と頭を下げた
いつものクレリアならすぐに城館に戻ったことだろう。戦場に立つことで、統治者としての自覚みたいなものが芽生えているかもしれないな。
「クレリア、詳しい話は食事の時にでもしよう。……戻ったばかりで疲れているだろう。軽い夕食を用意してあるよ」
「ありがとう。アラン。楽しみにしているわ」