惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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ささやかな祝勝会

 戻ってきたへリング士爵は自室にこもって執筆をつづけるという。シャロンによれば、ガンツに向かってからというもの、ずっと筆を走らせていたらしい。リーナさんも手伝うというから、どんな観戦記になるか期待しておこう。

 

 食卓にはシャイニングスターのメンバーと、メラニーとマルティナの七人だ。全員がそろったのは久しぶりだな。

 料理を一通りならべ、皆が席についた。各人の前にはワインが注がれたグラスがある。メラニーとマルティナには大市で手に入れた柑橘類のジュースだ。

 

 いつにもまして熱心な食前の祈りの後、クレリアはグラスをもって立ち上がった。

「今回の勝利で、兵士たちの意気もこれまでになく上がっている。これもアラン、セリーナ、シャロンのおかげだ」

「クレリア、ドラゴンのことを忘れてるぞ」

「もちろん。グローリアにも後で礼を言うわ。けれど、今はここにいる皆に感謝したい。……ありがとう」

「「乾杯!」」

 

 久しぶりに飲むワインのうまさが胃の腑に染み渡る。そういえばこのワインはエルナが大樹海で見つけてきた野生の葡萄から作ったんだったな。しばらく酒造りから間があいてしまったが、ヘリング士爵が滞在中に再開したいところだ。

 

 食事を始めて十分ぐらいはみな黙々と食べ続け、会話はなかった。メラニーはもとよりマルティナもいつもより食が進んでいる。クレリアの食欲もすごい。手足の治療中に見せたのと同じくらいの勢いだ。ビッグボアのソテーはもう少し作っておけばよかったな。

 

 俺の視線を読み取ったのか、エルナが言った。

「途中で昼食は取らずにガンツから戻ったのです。野営するとどうしても時間がかかります」

「傭兵はいいだろうが、捕虜は歩きだろう。よく言うことを聞いたな」

「いえ、怪我をした者が多かったので、荷馬車に分乗させています」

「荷馬車はセシリオ軍の糧食だと思っていたが」

「アラン、報告が遅れてすみません。グレゴリーのブレスでほとんど焼けてしまいました。荷馬車はサイラス商会から借りたものです」

 

 グレゴリーもかなり張り切っていたからな。あのドラゴンブレスを食らったら荷馬車もひとたまりもないだろう。まあ路銀の件も解決したし、食料は傭兵たちが帰郷の道すがら途中の町で購入してもらえばいいか。

 

「やはりアランの手作りは別格だわ。これまでにない味わいね。この小さな赤い身は蟹? これはゴタニアで食べたのとは少し違うけど」

「海洋王国の商人が大市に来ていたからね」

「みんなで一緒に大市に行ったとき、アランはあまり買い物していなかったけど?」

「……カトルに珍しい食材があったら仕入れるように言っておいたんだ」

 あぶないところだった。大市の前夜にカリナと一緒に視察したことは話していない。

 

「ドラゴンもすごかったけど、シャロンも立派な指揮ぶりだったわ。私も見習わなければ」

「リアの演説も立派でしたよ」

「実はガンツに向かう道すがら、ずっと考えていた」

 持っていたカトラリーの動きを一瞬とめてクレリアは得意そうだ。たしかに十八歳という年齢にしては結構気合の入った内容だった。……路銀の話はべつとしてだ。

 

「アラン、捕虜の中には貴族もいるのでしょう? 彼らの扱いをどうするつもりなの」

「必要な情報を聞き出したら、セシリオ王国に戻すつもりだ。対外的には戦場で逃げ帰ったことにして我々の関与は表ざたにしない。無条件で釈放したら、エクスラー公爵はもとより国王からも俺がセシリオと通じている疑いをかけられるだろうからね」

「よかった。アランならそうすると思っていたわ」

「セシリオ王国とスターヴェークの関係はどうだったのかな」

「昔はかなり交流があったそうよ。私の祖母の妹、イレナ様がベルタ王国に嫁入りしてからは交流はとだえがちになったって聞いたわ」

「それまでは交流があったんだ」

「私が幼いころに一度だけ使節団が来たのが最後」

「この大陸では戦争の捕虜はどうするのかな」

「それは……」

「ああ、すまないことをきいた」

「いや、かまわない」

「アラン、この大陸では捕虜は奴隷として処分されることが多いです。昔には、冬季攻勢で大量の捕虜が出た場合、食料不足で処刑した例もあるようです」

 

 戦争に出かけて死ぬか奴隷になってしまえば、負けた側の国民から恨みを買うことになる。憎しみの応酬が続くだけだ。大陸統一を阻害することになる。

 ……この話題はもうよそう。

 

「クレリア、メラニーの魔法練習のことなんだけど」

「メラニーには悪いけど、今日は疲れたわ。湯あみをしてからすぐに床に就きたい。指導はエルナに任せる」

「わかりました」

「俺も指導する。けど、地下で魔法を使うとクレリアは感知してしまうから、眠りが妨げられないか」

「もう慣れたわ。メラニーは時々一人で魔法練習しているのは知っている」

「そうなのか、メラニー」

「ごめんなさい。でも……」

「練習するのはいいことだよ。今晩は俺が指導する」

「やったぁ!」

「メラニー」

 すかさずマルティナがたしなめたが、メラニーはどこ吹く風だ。

 

 

 食事が終わるとメラニーとシャロン、そしてエルナもすぐに地下の稽古場に向かった。

 

 テーブルをはさんで俺とクレリアが向かい合っている。クレリアはしばらく考えていたが、やがて思い切ったように言った。

「アラン、大戦果を挙げたばかりなのに、また相談があるのだけど」

 

 きた! 路銀の話だな。とはいえ、ここで俺からあわてて金の話をすることもあるまい。ここは余裕を持った大人の態度で接しよう。

 

「アラン、私たちがここに来た時のことを覚えてる?」

「あれからもう半年だね。ずいぶん経ったような気がする」

「私はアランを信じていたけど、近衛には疑問を口にする者もいたわ」

 

 そうかもしれないな。お世辞にも道のりがいいとは言えない中、しだいに緑が濃くなっていく大樹海を進むうちに疑問がわいてくるのは無理もない。

 

「けど、拠点の大門をくぐったとたん、皆の気持ちは一つにまとまったわ。ガンツに勝るとも劣らない城壁、そして街並み。これらを本当にアランが用意してくれたものだと」

 作ったのはイーリスと汎用ボットたちで、俺はちょっとばかり城館のデザインをイーリスとやりあっただけだ。

 

「傭兵たちの治療に立ち会っていると、傭兵隊長たちが私に頼んできたの。……この拠点で私のために忠義を尽くしたいと。祖国奪還のため力を蓄えたいって」

「えっ?」

「だから、彼らを正式に拠点に迎え入れたいの」

「じゃ、路銀とかは」

「もちろん今後の軍資金は必要だけど、今は彼らの気持ちを大切にしたい」

「…………」

 

 この二日間の俺の血のにじむような努力はいったい……。ガンツ攻防戦のあと、バールケの居城を急襲し、かたや銀鉱を発見し、送金体制を整えて、はるかアラム聖国まで行ったのに。

 まてよ? このままだと食料が全然足りなくなるぞ。シャロンはセシリオの糧食はグレゴリーが焼いたとかいってなかったか。

 

「アラン?」

「……傭兵もスターヴェークに戻れば処罰されるのかもしれないし、気持はわかるよ」

「じゃあ、彼らを拠点に迎え入れてもいいのね?」

「ああ」

「アランには感謝という言葉だけでは足りないわ。わたしはスターヴェーク再興のその日まで全力でアランを手伝う!」

 弾むような足取りでクレリアは食堂から去っていった。

 

 

「アラン」

「なんかセリーナに無駄働きさせたみたいですまない」

「いえ、見方を変えれば、リアのおかげでスターヴェーク奪還に必要な戦費が確保できたともいえます」

「そうだな。俺は雑事に追われて本来やるべきことを見失っていたような気がする。クレリアのおかげ、ということにしておくよ」

「この資産は当面手を付けずに置きましょう」

「これからの信用に基づいた経済を回すための原資にもなる。クレリアには説明が難しいから黙っておいたほうがいいな」

「また食料問題が復活してしまいましたね」

「今の在庫状況はどうなってる」

「こちらをご覧ください」

 

 仮想スクリーンに在庫管理のグラフが現れた。

「越冬用でかなり消費してしまったな」

「はい。傭兵を迎え入れた場合、供給を極限まで制限しても一週間が限度です」

 この時期はガンツも条件は同じだ。ガンツからの調達も難しい。

 

「農作物は」

「昨年に播種した秋小麦の収穫は三か月後、春作付けの作物は早くて半年後です」

 

「ガンツからこの拠点までは一日の距離がある。その区間は環境保護と拠点防衛のため伐採や狩猟は禁止しているが、これを限定的に解除する。兵士たちに狩猟採集で食料を得ることを認めよう」

「ヴァルターに伝えます」

 

『イーリス、指示していたバイオリアクターの拡張計画はどうなってる』

[電力需要の増加を見込んで地熱井を一基増強済みです。バイオリアクターの増設は一週間ほどで完成の見込みですが、問題があります]

『なんだ』

[現時点で多少のサンプルは製造可能ですが、大量生産するだけの材料が不足しています]

 

『空気と水から合成できるはずでは』

[アミノ酸や糖は空気中の二酸化炭素と水、空中窒素固定でおおむね賄えますが、核酸合成にはさらにリンと硫黄が必要です]

『リン鉱床は大樹海にないのか』

[地質調査範囲に鉱床は存在しません]

 

 地質調査範囲を大樹海の外に広げるのも手だが時間がないな。大量のリン資源がそう簡単に見つかるとも思えない。まてよ? ……リン資源は鉱物由来だけではなかったはずだ。

 

「セリーナ、魔石鉱山を発見したとき、まわりに魔物の骨がなかったか」

「あっ」

「魔石を運んできた魔物の骨にはリンが含まれているはずだ」

「谷底に大量の骨の山がありました』

「魔石と骨を同時に回収しよう。硫黄も近くに火山活動の跡があったからそこを調査してくれ。回収作業はセリーナに任せる」

「了解」

 

 これで材料なんとかできたな。だが、現地の人間に生成したタンパク質の塊を与えて食えといってもダメな気がする。

 

「アラン、食料増産は私に任せていただけませんか。シャロンも現地で指揮したことだし、私も一貫した仕事をしたいんです」

「わかった。セリーナに一任する。食料問題は拠点にとって重要だ。俺も食品加工や調理なら手伝おう」

「ありがとうございます。ではさっそくサンプルの製造にかかります」

「頼んだぞ」

 

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