惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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二人の鍛錬

 食糧問題はセリーナにまかせ、俺は地下稽古場に向かった。

 

 稽古場の扉を開けると、シャロンとエルナが向かい合っている。二人とも防具の下につける動きやすい道着を着用していた。メラニーとマルティナは目を丸くして二人を見ている。普段は優しいシャロンの緊張した顔に驚いている。

 

 俺の入室が合図であるかのように、シャロンはハイキックをエルナに放った。が、エルナは難なくかわした。あの速度では俺でも無理だぞ。シャロンは三人の中で一番コンバットレベルが高い。その蹴りを余裕でかわすとは。

 

 エルナが回避した勢いで後ろ回し蹴りを放つ。シャロンは軽く受け流した。シャロンの髪をエルナの足がかすめる。怖っ。俺ならやられていたはずだ。続く第二撃を放とうとしたエルナがいきなり前につんのめって倒れた。

 ナノムによる神経系の改良に加えて、インペリアル・アーツも脳内アップロードしたが、体がまだわずかに追従していないようだ。それにしても驚異的な習得能力だ。エルナは近衛の中でも地力が抜きんでているからな。

 

 

 俺が差し伸べた手を素直につかんで、エルナは立ち上がった。シャロンが息一つ乱れていないのに対し、エルナはかなり息が荒い。

 

「よく頑張ったな」

「まだ体がうまく操れません」

「なれるまでは時間がかかる。めまいとか副作用があるならすぐに言ってくれ』

「すこし、ふらつきはあります」

 

『エルナ』

 黙り込んだまま見つめる俺をエルナは見返した。やはりまだか。

 

『シャロン、まだエルナにナノムの通信話法を教えていないなら、俺が手ほどきするが。というかメラニーを頼みたい』

『わかりました』

 

「メラニー、こちらにいらっしゃい。アランの指導の前に少し練習しましょう」

 いつものシャロンに戻ったので安心したのか、メラニーは素直に稽古場の中央に向かった。

 

 

 俺はエルナの手を取って、稽古場の控えに連れて行って座らせた。隣に俺が座るとエルナはすこしあいだをとった。

 

「精霊様は女神ルミナス様の眷属で、イザーク様と同じく教えを伝える役割があるとか」

「アランの精霊様はそれとは違うような気がします」

「そうだね。でも心に強く思ったことを伝える働きは一緒だよ」

 

 相変わらずエルナは鋭いが、科学教育を受けていないので説明がすこし難しい。使い方は簡単なんだが。

 

 人間は声に出しているところをイメージしながら言葉を思い浮かべると、発話に関する脳の部位が活性化すると同時に、声帯や呼吸器の周辺の筋電位も変化する。ナノムはこれを解釈して音声化し、相手のナノムに送信する。受信側のナノムはそれを聴覚神経に伝達する。簡単に言えばそれだけだが、送受信ともに使用者の学習が必要だ。

 

「エルナ、俺の名前を呼んでいる自分をイメージするんだ。ただし、口を開いて言葉は発してはならない。言葉は精霊様が拾ってくれる」

 

 エルナは俺を見つめて眉をひそめた。頭の中で必死でやっているようだが、まだナノム経由では聞こえない。ここは気長に待つことにしよう。

 

 

 メラニーがシャロンに向かってフレイムアローを放った。そういえばメラニーはもう追尾型フレイムアローができるんだったな。目覚ましい進歩だ。

 炎の輝きは紫がかった赤色で、俺やシャロンのとは違う。年齢や個性によっても違いが出るようだ。

 シャロンは難なく避け、フレイムアローは稽古場の壁に当たって土ぼこりを上げた。壁面はかなり強固に作ってある。壁面の土質硬化剤がもろくなったということは相当な火力だ。以前にもメラニーは二人の盗賊を焼き殺しているから当然だが……。

 

 

『ア……ラ、ン』

 思わずエルナに視線を戻す。

 口を閉じたまま俺を見つめている。俺ですら最初の一言にかなりかかったのに。

 

『エルナ。今はっきり聞こえた。この声は聞こえるかな?』

 エルナはぱっと目を見開いて驚愕の表情だ。聞こえたらしい。

 

「今日はここまでにしよう。一度にたくさん覚えようとすると混乱するからね」

 

 エルナは大きく息を吐いた。

「こんなにはっきり聞こえるとは……」

「これは緊急時や夜襲のときに、とても役に立つんだ」

「精霊様をそのように使うのはアランの大陸では当たり前なのですか」

「というか、これなしでは戦えないね」

「セリーナやシャロンが急に黙り込んでしまうことがあったのは、こうやって会話をしていたのですね」

「そのうちみんなとも話せるようになる。特定の人物だけの場合や、複数の人間に同時に話すにはすこしコツがいるけどね。ほかに聞いておきたいことはあるかな」

「探知魔法や加速魔法など、アランにしかできない魔法があります。教えてください」

 

 ……困ったな。

 探知魔法は魔素の反射波を測距に使うからナノムの演算能力が必須だ。まだエルナには少し早いかな。

 加速魔法くらいならなんとかなるか。もともとエリダー星系の第二サルサで原生動物がナノムなしで使っていたくらいだ。

 

「加速魔法はかなり体に負担をかけるから、治癒魔法を習得するところから始めようか。……シャロン、あとは頼む」

「了解」

 

 

「アラン様! 魔法のご指導お願いします!」

 稽古場の中央でメラニーが頭を下げた。礼儀正しくてよろしい。けど、俺はシャロンみたいに優しくないからな。メラニーがいつか戦いの場に出ることがあったとして、遭遇する敵がいつも紳士的とは限らない。

 

「今度は俺が標的になってやろう」

「メラニーには加速魔法なしでお相手お願いします」

 シャロンも他人事だと思って軽く言ってくれるよな。あの火力で着弾したらただではすまない。

 

「わかった。加速魔法は使わない」

 以前、クレリアの追尾型フレイムアローの標的になったとき以来、考えていたことがある。ヒントはクレリアと一緒に大樹海に狩りにでかけていたセリーナの言葉だ。

 

“追尾型フレイムアローは術者が標的を目視できないと使えない”

 

 ということならば……。俺はメラニーから十メートルほど離れた場所に立った。

 

「アラン様。本当に標的になって大丈夫ですか」

「メラニーの勉強のためになるなら光栄だね。全力でもかまわないぞ」

「ありがとうございます」

 

 メラニーは律儀に俺に一礼すると、集中に入った。

 二秒……三秒……伸ばした手の先に炎の矢が浮かび上がる。

 

 早いな。初めて会った頃のクレリアより早い。だが射速はかなり遅い。

 俺は直進してきた炎の矢を軽く上体をそらして受け流す。後ろに流れたフレイムアローが、くるりと方向を変えて俺に近づいてくる。

 俺はメラニーに向かって走った。そして身を伏せる。頭上をフレイムアローが通り過ぎて……。

 

「わ、わっ!」

「危ないっ」

 すかさずシャロンがフレイムアローを放ち、ぶつかった炎が霧散した。

 

「アラン、ひどすぎます。まだメラニーはまだコントロールが上手くないのに」

「フレイムアローがまさか自分に戻ってくるとは思わなかっただろ。魔法だけに頼ったらだめ、という教訓かな」

「メラニー、アランの言うことを信じてはいけません。本当に卑怯な手を使うんですから」

「シャロン、それは言い過ぎだぞ。臨機の対応と言ってくれ」

 

 

 今度はあれを使ってみるか。

 俺が外にいるときは偵察ドローンがパルスレーザーで俺への投擲物をすべて排除する。室内で同じことをできないかと考えたのがこの魔法だ。つまり、相手の視線、位置、弾速などから着弾想定位置をナノムが計算し、俺に向かっていると認識した瞬間、全自動で高速フレイムアローで迎撃する。探知、計測、魔素のコントロール、迎撃と複雑な演算処理が続くため、すこしばかり迎撃位置が俺の近くになるのが欠点かな。よし、迎撃魔法をメラニーで試してみよう。

 

「今度は全力で掛かってこい」

「本当にいいんですか」

「さっきと同じ方法は使わないと約束する」

「じゃ、遠慮なく」

 

『ナノム、迎撃魔法を展開』

[了解]

 

 メラニーは手のひらをぱっと開いてまっすぐに俺に向け集中に入った。

「ファイヤーボール!」

 気合を入れた発声と同時にすぐさま炎の玉が現れた。さっきと同じ紫がかった赤色だ。メラニーの金髪が巻き上がった熱風に揺れる。ほんとに全力らしいな。

 

 と、さっきより早く火炎が突進してきた。かなり威力がありそうだな。一瞬ひるんだが、すでにナノムの迎撃魔法は展開済みだ。俺は腕を組んだまま、迎撃を見守る構えを取った。

 

 眼の前に現れた炎の矢が、メラニーの火球に直進する。俺の正面一メートルのところで迎撃成功……のはずが消えない?!

 

「うわっ、あっちち!」

「アラン様!」

「アラン!」

 

 追加で放ったフレイムアローは俺の腕に触れるくらいの位置でファイヤーボールに直撃し、爆散した。危なかった。メラニーの魔法は迎撃フレイムアローを押しのける勢いがあったということか。

 

『ナノム、肘から先の痛覚神経を一時的に遮断』

[了解]

 

 メラニーとシャロンが駆け寄ってきた。

「アラン様! ごめんなさい!」

「大丈夫だ。手首から先が火傷したかな」

 

 メラニーの目がうるうるしている。別にそんなに動揺することでもないんだけどな。

「メラニー、素晴らしい魔法だったよ。俺の過信が原因だ。気にすることはない」

「一瞬、アランが火だるまになったように見えました」

「これは迎撃魔法っていうんだけどね。まだ改良が必要だな。……エルナ、治癒魔法はうまくいったかな」

 

 エルナは控えで呆れたようにこちらを見ている

「ええ、なんとか発動するところまでは」

 俺はエルナに近寄ってはやくも火膨れが出てきた手を見せた。ナノムがすでに治療を開始しているが、それでも時間がかかりそうだ。

 

「エルナ、習いたてで悪いが、俺の手を直してもらえないか」

「わかりました」

 エルナは俺の手のひらを両手で包んでから、目をつぶって集中に入った。

「ヒール」

 俺の手がふわっと緑色に輝いたかと思うと腫れがすうっと引いていく。素晴らしいな。俺と治癒光の色が違うのはなぜだろうか。俺のよりずっと柔らかでやさしい感じだ。

 

『ナノム、痛感遮断を解除』

[了解]

 手を動かして握ったり開いたりしてみる。違和感はない。皮膚の火ぶくれもおさまっている。……完璧だ。

 

「エルナ、ありがとう。治癒魔法は免許皆伝だな」

「私の方こそ、魔法書もないのにこんなに短期間に習得できるのが信じられません」

「今回はメラニーと俺にとって貴重な経験だった」

「あの火力では直撃したら怪我ではすみませんよ」

「俺は痛い目にあわないとわからないところがあるらしいな」

「「はぁ……」」

 エルナとシャロンが気の抜けたようなため息をついた。なんだろう。

 

「今日はもうこれでお開きにしよう。メラニーいいね?」

「はい」

 まだ目をこすっていたメラニーが今度は素直にうなずいた。別に泣かなくてもいいのに。

 

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