翌朝、俺は捕虜への尋問が行われている兵舎に向かった。尋問に立ち会う前に予備情報を仕入れておくか。馬に乗りながら聞いておこう。
『イーリス、セシリオ王国の概要を頼む』
[セシリオ王国は旧スターヴェーク王国の北方に位置しており、寒冷地ゆえに農業生産は低く、牧畜が主体です。隣国のベルタ王国とは国境をめぐって係争が続いています。一方、古来より鉱工業が盛んなため、商取引が両国の間で活発であり、経済的には相互依存関係にあります。なお、採鉱にともなう樹木の乱伐により、木材資源は枯渇しています。特記事項としては採鉱技術が優れているため、大陸各地の鉱山にはセシリオ人が多く働いており、彼らの故国への送金が国庫を支えています。かつてはアーティファクト探索や古代遺跡の探索にもセシリオ人が関わっていたとされています]
なるほど。技術はあるが国は乏しいということか。領土拡張のため南進政策をとるのはやむを得ないところもある。たとえベルタ王国がセシリオを攻略したとしても対立の歴史を抱えている以上、統治は難しいだろうな。
◇
俺が兵舎に入ると、中にいた兵士たちが一斉に立ち上がった。
「そのまま作業続けてくれ」
兵舎の机には帳簿が広げられてあり、聞き取り内容を書きとっているようだ。
「ダルシム、進捗はどうだ」
「ライスター卿のご協力により、捕虜の半分の身元確認が終わったところです」
「あまり手荒なことはするなよ」
「必要とあれば、通常の捕虜と同じく扱います」
ここで乱暴に扱えばのちに禍根を残すことになる。
「できるだけ穏便に頼む。……ライスター卿は?」
「こちらへ」
ダルシムの案内で二階に上がると部屋は薄暗かった。ライスター卿が椅子に座っている。子息のアベルもそばに控えている。老いた父の身体が心配なのだろう。
「アラン様」
「尋問への立ち合いを感謝する。捕虜の人数も多い。あまりご無理をされぬよう」
「なんの、この老体にできることがあればいつでもお命じください」
「ベルタ王国の元宰相として、各国との外交にかかわった卿ならばセシリオの貴族も判明するかと思ったのだが」
「アラン様、これまでに尋問したのは敵本陣にいた者十名です」
「何人かはかつて外交の席で私が会ったことのある者でした。氏名や爵位も当時から変わっていなければ間違いないでしょう」
「残りの者は?」
「残りの者も閣僚級かと。ダルシム隊長、例の人物をもう一度尋問室に入れてもらえまいか」
ダルシムはドアの外に待機している衛兵に何事かささやいてもどってきた。
「部屋の下が尋問室です。こちらをご覧ください」
ダルシムがひざまずいて床板を少しずらすと、下から光が差してきた。
「尋問室をのぞけるように穴をあけてあります。ライスター卿にはここで確認していただきました。アラン様……あまりお顔を近づけませぬよう」
俺がそっとのぞいていると、衛兵に引きつられて一人の男が入ってきた。本陣で俺にフレイムアローを放った男だ。高座にいたからそれなりの地位にあるものだろう。
「無礼者! 軽々しくさわるな!」
拘束されたまま衛兵に食ってかかるところを見ると怪我は浅かったようだ。俺はのぞき窓の床板を元に戻した。
「何者だ」
「ルージ王太子。セシリオ国王となるはずだった男です」
「この男に後継者はいるのか」
「セシリオ王の後継者はルージ王太子のみ、王太子にも子息はいません」
「このまま捕虜として王都に差し出せばどうなる」
「間違いなく斬首され、ベルタ王国はセシリオ王国へ侵攻するでしょう」
それではベルタ王国だけが突出して力を持ってしまう。将来的に大陸全土を統一したあかつきには今の諸王国は一地方となり、統一大陸の議会の一席を担うことになるはずだ。強力すぎる王国は存在してはならない。
「聞き取りの結果、今回の侵攻はかなり以前から準備されていたようです。その原因というのが、」
「セシリオ王国の銀鉱が枯渇しているのも一因だな?」
「ど、どうしてそれを」
「魔術ギルドからの情報だ」
「なるほど、銀の清浄薬を扱っているギルドなら我々より耳が早いかもしれませんな」
「セシリオ王国は山がちで平地は少ない。主要産業である鉱山業も傾きかけている。それで領地奪還の名目でベルタ王国に侵攻、と」
「はい。大まかに言えばその通りですが、一つ疑問があります」
「傭兵のことか」
「アロイス王国が傭兵を紛争地に貸し出していることは、ブレーズ様の証言から明らかですが、五千人もの傭兵は無償で貸し出されたとか。さらに、傭兵をアロイス王国から調達した閣僚が一人、開戦して間もなく姿を消しております」
「俺が敵の本陣に降りた時にはすでにいなかったということか」
「その場にいたものはすべてヴァルターが捕縛したはずです」
どうもアロイス王国の動きが気になるな。セシリオを使ってベルタ王国を挟撃する計画でもあったのだろうか。
『イーリス、ベルタ-アロイス国境に軍の気配は』
[現在のところ動きはありません]
「ライスター卿、ベルタ王国はアロイス王国とは表向き対立はしていなかったようだが」
「スターヴェークの内乱以降、出自をスターヴェークにもつエクスラー公爵と古くから王家に仕えていた貴族たちはアロイス王国への方針で真っ向から対立しており、国軍を動かすに至っておりませんでした」
「ということは今回のセシリオを動かしたのもアロイス王国か」
ベルタ王国が北方からのセシリオ軍の侵略に備えれば、より南方のアロイス王国との国境付近が手薄になるのは間違いない。それが狙いか。
「ライスター卿、ルージ王太子をセシリオ本国に戻す案だが」
「王太子には経済的な手綱をつけ、監視するのがよいでしょう」
「わかった。今後のセシリオ王国対応は今後も相談に乗ってほしい」
ライスター卿は深々と頭を下げた。
「ダルシム、一つ頼みがある。スターヴェークへの偵察隊が帰還してからでよいのだが、アロイス王国内に抵抗組織を作りたい。傭兵の中から信頼できるものを抽出したいのだが」
「わかりました。してその構成人数はどのようにお考えですか」
『イーリス、スターヴェークで活動する組織だが』
[活動員は最低三十一名が必要です]
『十六、八、四、二、一の五階層で、構成員の下位の者は直上の人間一人を知っていればいい、という構造だな。同レベルの者は互いに知らないようにする』
[スターヴェーク奪還は秘匿性と速度が重要です]
『ありがとう』
「必要な人数は三十一人だ」
俺はテーブルに合った地図の裏側に簡単な木構造の構成図を書いた。
「この抵抗組織の長はブレーズに頼みたい。長は貴族であるべきだ」
「では人選はお任せください」
「傭兵の小隊長は何人だ」
「傷病者を除くと百人隊長が四十八名で、内、貴族が二十名です」
「よし、上位者はその中からダルシムとブレーズとで選別してくれ」
「直ちに作業に入ります」
「ライスター卿、この組織の連絡体制だが、商業ギルドのアーティファクトを利用してはどうだろうか」
「かねてより商業ギルドのアーティファクトを自国の通信手段にと考えている国は多いのですが、ギルドの激しい抵抗により実現しないでおります。かつてギルドを襲撃してアーティファクトを奪おうとした貴族領では、ほどなくすべての商業活動が停止するに至ったとか。かの組織は侮れませぬ」
商業ギルドの影響力はそこまであるのか。よく考えれば、第三者の目にはさらしたくない情報も多い。ギルド関係者が俺たちと情報を共有してしまうのはまずいな。
「ドラゴンを使ってブレーズの領地に定期的に通信文を投下するのはどうだろう。ドラゴンはこの大陸でもっとも移動速度が速い」
実際は偵察ドローンを使うが、それは伝える必要はない。
「それは名案です。ブレーズ様に場所を指定していただきます」
「文書の収納容器や連絡の頻度については任せる』
「はっ」
「ダルシム、ルージ王太子以下、身元の判明した閣僚級の貴族を晩餐に招く。もう少し穏やかな形で話を進めたい。俺にとってセシリオ王国には何の怨恨もないからな」
「よろしいのですか。捕虜を厚遇するなど前例のないことです」
「ここは俺に任せてくれ」
「わかりました」
ダルシム隊長は部屋を出て足早に階下に降りて行った。