「ライスター卿、ご協力に感謝する」
「これもバールケを倒す一歩と思えば苦になりません」
……バールケのこともそろそろ手を付けないといけないな。
「シャロンがから聞いたと思うが、入手した資料を確認していただけただろうか」
「どのような手段であの書類を入手されたかは問いませぬ。間違いなく歴代のベルタ王国宰相がその配下を使って得た情報です」
「ではほとんど中身は卿の知るところだな」
「王家は常に貴族たちの動向を把握せねばなりません。さもないと……」
「スターヴァイン王家のようになるわけか」
「ご明察の通りです。有力すぎる貴族、敵に通じている地方貴族など、統治を妨げる者は存在してはならぬのです」
姿勢を伸ばしたライスターはいつもの穏やかな老人から、鋭い目つきをした策士の顔に変わった。
「拘束されて以降、エルヴィンたちはバールケの配下にあった。蓄えられた情報は更新されていたようだ」
「奴もこれまでの情報を無視するほどには愚かではなかったようです」
「更新された情報のほとんどはエクスラー公爵とその支持者関連だろうな」
「アラン様の慧眼には驚嘆いたします。もうすべて目を通されたとは」
手に入れた書類は貴族ごとに分けられていたが、一番分厚かったのがエクスラー公爵関連だったのだ。昨夜シャロンに新しい部分の読込みを頼んでおいたのがよかったな。まだ全体の五分の一くらいだが。
「スターヴェークの内乱以来、国王陛下は祖母エリカ様の生国故、救援の手を差し伸べるかどうか、御心を悩ませておられました。叔父にあたられるエクスラー公爵は強く支援を主張されておりましたが、バールケを筆頭とする永世貴族が反対し、国王陛下は判断を留保しておられたのです」
スターヴェーク王国近衛のエルデンス卿たちはベルタ王国を頼ったが捕縛されている。だがロートリンゲンに引き渡されず、王城の地下に囚われていた。これは国王が不用意な戦を回避したかったからとも読める。俺がそれを救出したわけだが、表立って俺を疑うこともなかったのは、スターヴェーク関係者を厄介払いしたかったのかもな。
「今は国王陛下を挟んで両派が対立しているということだな。ライスター卿はこの争いの行く末をどう見る?」
「バールケの支持者は奴の財力と恫喝を恐れているだけかと。エクスラー様は貴族にこそ支持者はおりませんが、領民の支持は大変厚い。拮抗しております」
「財力については問題ない。やつの資金源だったガンツ伯は王都で捕縛されている。さらに財産の幾分かはすでに失われた」
あれだけの隠し財産だとやつの資産の四分の一くらいは俺の懐に入ったはずだ。
しばらくライスター卿は黙った。どうやら俺が言ったことを信じかねているらしい。
「バールケの金づるだったガンツ伯ユルゲンは古美術窃盗団とのかかわりに加え、脱税の確たる証拠により処罰されている。さらに俺の手の者がバールケの居城からやつの隠し財産を奪取した」
「では奴は……佞臣バールケはそう遠くないうちに」
「ああ、卿との約束は果たせるだろう」
ライスター卿は深く息を吐いた。
「私の一族が皆殺しにされたその日から、バールケの首を取ることを考えぬ日はありませんでした」
唐突に、ライスター卿と子息が跪いた。
「バールケの身をとらえた暁には、なにとぞその場に立ち会わせていただきますよう」
「跪くことはない。これからライスター卿にはぜひとも力を借りねばならぬことがある」
ここからが本題だ。俺はライスター卿の手を取り、再び椅子に座らせ机上に書面を広げた。
「これは入手した秘密資料のうち、バールケが追加したと思われる卿の記述だ」
書面に目を落とすうちに、ライスター卿の顔が怒りで紅潮していく。
「これは」
「卿の一族が誅されるまでの記録だ。日付を見てほしい」
「これは! 父上が地位を追われた日より半年も前ではありませんか」
「かなり以前から準備していたようだ。内容はアラム聖国への売国だそうだが、数人の貴族と口裏を合わせている」
「まさか、ケッペン家とレデラー家までが裏切っていたとは……」
ライスター卿は机上の拳を固く握りしめたまま震えている。
「父上! 気をお確かに」
「アベル、お前が信頼していたレデラー家までがわれらを陥れたのだぞ」
「アラン様! この者たちもバールケ同様、正義の裁きを!」
いつも冷静なライスター卿ですら動揺するとは、よほど信用していた相手らしい。
「一つ大きな疑問がある。それに答えてもらえないか」
「アラン様のためならどのようなことでも致します」
「スターヴァイン王家もアラム聖国への売国で断罪されている。ほぼ同時期に卿も同じ罪状で一族が罪に問われた。これには関係があるのではないか?」
アラム聖国への売国が、祖国への裏切り以上に罪が重いのは棄教に直結するからだ。アトラス教会からみれば、狂信者と手を結ぶのと同義だ。王といえど教会組織を相手にするのは難しい。
「バールケの手の者がアラム聖国への売国の証拠とされるものを私の城館で発見し、刑は確定したのです」
「もしかして白金貨か」
「…………」
父子の顔色が変わった。図星のようだな。
白金貨は金貨の百倍、すなわち一枚で百万ギニーの価値がある。俺が初めて見たのはバールケから奪取したときだけだ。あのサイラスさんですらめったに入手できないらしい。
「白金はベルタ王国では産出しないらしいな」
「それゆえ、アラム聖国からの賄賂であると断罪されたのです」
「おそらく事実は違うな。卿が王宮にいる間にバールケの手の者が持ち込んだのだろう。今となっては定かではないが、卿の邸宅に引き込んだ者がいる。そして捜査と称してバールケが発見した。つまりバールケこそが売国の徒にほかならない」
「憎しみのあまり私の目は曇っていたようです。まことに慚愧の念に堪えません」
さすがのライスター卿も見落としていたらしい。
ようやく背後が見えて来たな。ここまでアラム聖国の暗躍をすべて整理してみる。
スターヴェークの南部諸侯を焚きつけ、スターヴァイン王家を転覆させ、その後は食料供給などして事実上の支配下に置く。
同時に、ベルタ王国の忠実な宰相であるライスター卿を罠にはめ、買収したバールケを宰相の座につける。これにより祖母の出身地であるスターヴェークに親近感をもつ国王をけん制し、かつ、親スターヴェーク派のエクスラー公爵の勢力をそぐ。この時点で、もはやベルタ王国はスターヴェークを救援できず、ロートリンゲンのアロイス王国が権威を確立する。
次にセシリオ王国を焚きつけ、アロイス王国から傭兵を貸し出すなどして、戦争に持ち込み、ベルタ王国がよりスターヴェークに関与できないようにする。
俺、といういわば特異点が現れなければ、セシリオ王国がベルタ王国に侵攻した時点で、アロイス王国が背後からベルタ王国に侵攻した可能性が高い。最終的にはこの大陸の三つの王国はアラム聖国の事実上の支配下となったはず。
以上の事実から導き出される答えは一つだ。
……俺以外にも大陸制覇を計画している者がいる。
そいつは驚くほどタフで狡猾、目的のためなら手段を選ぶことをしない。しかも、大陸制覇という点では俺より一歩も二歩も先んじている。
これが今まで俺がアラム聖国に感じていた違和感の答えだ。アラム聖国はアロイス王国より先に倒さねばならぬ敵だ。ならば俺が最初にするべきことは……。