ライスター卿とダルシムに残りの尋問を任せ、俺は兵舎を出た。あまり手荒なことはしないでほしいが。
兵舎群をぬけ、南門広場を過ぎて教会の前に来ると、朝礼拝を終えたクレリアとエルナが門扉から出てきた。戦いが無事済んだことを女神ルミナス様に感謝していたんだろう。
深くフードをかぶっているのにクレリアは目ざとく俺を見つけて近づいてくる。それなりに人がいるのによくわかったな。しばらく黙って横に並んで歩いていたが、城館へ続く道へ出て人目が少なくなるとさっそく話しかけてきた。
「アラン、司祭様が相談があるそうよ」
「相談?」
「たぶん、教会の増築のことだと思う」
「拠点の人口が増えてきたので、教会堂が手狭になっています」
傭兵五千人、辺境伯軍とその家族、俺についてきてくれた職人たちや孤児をいれるともう八千人を超えている。本格的に拠点の北側を増築しなければと思っていた。が、教会のことはすっかり忘れていた。町を行き交う人々の数も多くなっている。もう一人で街中をぶらつくのは無理そうだな。
「増築については考えておく、今はほかにすることがあるんだ」
「教会のことより重大なこと?」
「ああ、クレリアにしか解決できない問題だ。城館まで歩きながら話そう」
一瞬、けげんな顔を見せたクレリアだったが、俺が拠点まで一緒に歩くと聞いてすぐに機嫌を直したようだ。エルナは気をきかせて、俺たち二人の少し後ろからついてくる。
辺りはもうすっかり春めいていて、大樹海の東西にそびえる山脈は山すそから徐々に淡い緑に染まりつつある。イーリスの報告によれば、大樹海の魔物たちの活動も活発化しているという。また間引きをしなければならないな。
しばらく考えをまとめながら歩いていた。並んで歩くクレリアも俺が話し出すのを待っているようだ。ときおり風に髪が揺れる姿はいつもと少し雰囲気が違って見える。冒険者だったころより落ち着きが出てきたような気もする。たぶん先日の大勝利で配下を従える王族としての自覚が芽生えたのだろう。
俺は足を止めて、クレリアに向かい合った。
「クレリア、頼みがある」
「な、なに。あらたまって」
「スターヴェーク奪還のことだけど」
「私はアランを信じている。私にできることならなんでもする」
「奪還は一筋縄ではいかない。単に敵軍を打ち破って終わりではないんだ」
「もちろんアランは勝ったあとのことも考えているんでしょう?」
全幅の信頼は荷が重い。実際、わからないことだらけなんだが。
「軍隊による攻勢もあるだろうけど、長期的には経済戦争になると思う」
「経済……の戦争? どういうこと」
「この大陸ではギニー貨幣によるやり取りが主流だよね」
「商業ギルドの送金もあるでしょう」
「法外な手数料をとられるから、利用者は少ないよ」
「それ以外の方法があるの?」
「信用よって成立する取引がこの大陸では難しい。諸国が乱立しているうえに、一つの国の中でも貴族の所領ごとに税率や商法がちがう。確実なのはいまのところギニー・アルケミンが作り出した貨幣だけだ」
「もしかして、ギニー・アルケミンを独占して市場を支配するつもり?」
「支配ではなく、商業活動がより自由になるようにしたいとは考えている」
「スターヴェーク奪還と何の関係があるの」
「この大陸にはギニー・アルケミンは三台しかないと言っていたよね? 俺はスターヴェークのギニー・アルケミンも手に入れたい。そうすれば優位に立てる。クレリア、あの機械について知っていることをすべて話してほしい」
「私は継承第二位だったから詳しくは知らない」
「ギニー・アルケミンは国宝だし、クレリアの家族は絶対に奪われないようにしたはずなんだ」
クレリアは黙ったまま、再び歩みを進めた。俺は横に並んで答えを待つ。
「王位を継承する直前に、口伝されるときいたことがある。書いたものがあるとは思えない」
「反乱がおこる前、クレリアが領地視察に出かけるときに何か渡されなかった?」
「その時はまだ反乱の兆しもなかったから……。父上から最後にもらった便りはこれだけ。肌身離さず持っている」
クレリアが俺に手渡した紙には、それぞれ違った字体で三つの文が並んでいた。
“クレリア、すまない”
“幸せになりなさいクレリア”
“スターヴァイン家を頼む”
「上から、父、母そして兄のアルフが書いてくれたの。忠義の者が命がけで私に届けてくれたわ」
一つの文ですむところをあえて分かち書きしたのは、文意ごとに強調するつもりだったからではないだろうか。おそらく王が考え、三人で一行ずつ書いたのだろう。
つまり暗号ではないだろうか。まず宛名はクレリアであることは間違いない。だから文の前後のクレリアの名前を削除すると……。
一番上に父の字で ”すまない”
二番目に母の字で “幸せになりなさい”
三番目に兄の字で “スターヴァイン家を頼む”
まず、このすまない、という言葉は「謝罪」ではないはずだ。亡くなった王に落ち度はないのだから。迂闊だったことの詫びともとれるが、クレリアに対してなにかを伝える目的であれば、その意味では不適当だ。
『イーリス、大市で購入した書籍には辞書があったな。アレス語におけるこの言葉の原義は何だ』
[古代アレス語では謝罪をともなう依頼という意味合いが強かったようです]
『謝罪ではないだろうな。頼むからなにかしてくれ、という意味だろう』
つまり原義通りに解釈して、何かを依頼していると仮定する。何を依頼しているかを伝えるのが次の段だ。
“幸せになりなさい”
このことばを分解すると、幸せと、成るという言葉の命令形だ。
[幸せの原義は、古代アレス語では富となります]
「成るは生成する……すなわちアルケミーだ」
富を生成するもの、すなわちギニー・アルケミンでは? だとすれば、その所在を示す言葉が次の文になるはず。
“スターヴァイン家を頼む”
並びで言えば「~家の」と固有名詞「スターヴァイン」が続いた言葉だ。
「家」の原義は家系とか血統など先祖からずっと続いてきたもの、という意味だろう。だから父、母、兄と続いてこの先に書くとすればクレリアの番だ。
俺はクレリアにこの三つの文意について考えを説明した。
「私が続きを書くの?」
「それで思ったんだが、スターヴァイン王家は三百年以上続いてきたんだろ。なにか伝承のようなものがあるんじゃないか」
「私はきいていないが……。エルナ、父君は国の大きな儀典をとりしきったことがあったな」
「はい。クレリア様の祖母、エリカ様がお隠れになった時、父が儀典長をとして葬儀を取り行いました。私は幼かったので詳しくありませんが……。王墓の話のうわさ話は聞いたことがことがあります。スターヴァイン家の本当の王墓は秘匿されているとか」
ライスター卿もセシリオ軍が侵攻したときにそんな事を言っていた。どの王家でも王族のみが知る王墓があると。それは古来よりのしきたりだという。
この説が正しいとすると、こうなる。
“頼む、ギニー・アルケミンを、王墓の”
文意が通るように並べ替えると、
”クレリア、王墓にあるギニー・アルケミンを頼む”
そしてクレリアは王墓の場所を知っているはず。
「クレリアは王墓の場所は知らないのかい」
「私は幼いころから教会に通っていたから、そこにあるものとばかり思っていたわ。それ以外考えられないでしょう」
といいつつも、クレリアの顔は少し青ざめていた。何か思い当たることでもあるのだろうか。
話しているうちに拠点の門が見えてきた。あと少しで答えが分かりそうなんだが。
「スターヴァイン家のことについて詳しく教えてくれないか。三百年前に王朝が始まったと聞いたが、王様になる前は貴族だったんだろう」
「スターヴァイン家の始祖は北部辺境のごく小さな領主だったそうよ。難攻不落と言われていた古代遺跡の攻略に成功して、その富とアーティファクトの力でスターヴェーク地方を統治することになった……。というのが私のきいたすべて」
城館の庭園に続く門扉を通りぬけた。城館までの石畳の道は五十メートルもない。ようやく答えが見えて来た。
「その古代遺跡はどこにあったんだろうか」
「北部のさらに辺境の……あっ」
「辺境伯の居城はその古代遺跡に上に立てられたんじゃないか。ルドヴィーク家は辺境を守るためより、遺跡、つまり王墓を守るために存在したのでは」
突然、クレリアは歩みを止めた。
ゆっくり俺を見上げたその顔には涙が伝わっている。
「なんてこと……。だから叔父上は最後まで戦ったんだわ。そうとも知らずに彼を一度でも疑った自分が恥ずかしい」
俺はそっとクレリアの肩に手をやった。俺はこのところ記憶改ざんにはじまってずっとクレリアを動揺させてばかりだ。本当にすまない。
「……私は何も知らなかった。王位継承者であるこの私が。何一つ知らずにさまよっていた」
「クレリア様」
エルナもクレリアに寄り添っている。
それ以上かける言葉もないまま、俺たちは城館の扉をあけて中に入った。
王墓は古代遺跡にある。そこにはクレリアの母の出自であるルドヴィーク家の城が建てられている。ロートリンゲン配下の貴族たちとの殲滅戦だったというから、今は廃城になっているだろう。今頃、ロートリンゲンは王都の周辺を探し回っているに違いない。王族を手にかけたことを後悔しながら……。
「クレリア、ありがとう」
クレリアは何も言わずにエルナをともなって自室へと階段を上っていった。