クレリアは昼食の席に現れなかった。
拠点の学校から戻ってきたマルティナとメラニーは食事を食べ終えると、そそくさとまた出かけて行った。厨房横の小食堂は俺とセリーナ、シャロンだけになった。
「シャロン、二人はどこへ行ったんだ?」
「ユリアンがマルティナに町を案内するそうなんですが、メラニーが絶対に一緒に行くと」
「少し警戒し過ぎだろう」
「マルティナの体力もだいぶ戻りましたし、体を動かすのはよいことでは」
そろそろあの二人を一時的にでもガンツに戻さねばならないな。
「ユリアンの話だと、叔父のエルヴィンはとても厳しい人物のようです。まもなく王都から戻りますし、ユリアンも今のうちに羽を伸ばしたいのかも」
エルヴィンの一隊はガンツに寄ってサイラス商会に売り上げの報告をしているはずだ。早ければ明日の夕方には着くだろう。なぜユリアンは叔父の帰還が分かったんだろう。独自の連絡方法があるのだろうか。……この件は後回しだ。スターヴェークの案件は進めなければ。
「スターヴェークのギニー・アルケミンの場所が判明した。ルドヴィーク辺境伯の居城、おそらくその地下だ」
俺は発見に至ったあらましを二人に話した。今日、クレリアが昼食に出ない理由でもある。
「リアはまだ当時のことが残っているんですね」
「心的外傷はなかなか癒えないと言います。我々の持っている技術で……」
「それはもうやめておこう。査察の時の記憶操作だけでも後悔しているんだ」
「失礼しました」
俺は飲みかけのグラスをテーブルに置いた。
「ギニー・アルケミンを手に入れたいが、トラップがまだ生きているかもしれない。現地人だけが知る知識が欠けていたために、罠にはまる可能性もある」
「エルナはナノムの利用もできますし、ほかの女性近衛にリアの護衛をまかせられます」
「偵察ドローンで移動するには薬で眠ってもらうしかないですね。まだ先進技術を見せるわけにはいかないです」
「到着してからの説明も難しいな」
スターヴェークの王都までは馬車の速度で約一か月の距離だが、辺境伯の廃城はベルタ王国に近い。偵察ドローンだと三十分もかからない。
「スターヴェークに送り込む抵抗組織のリーダーにはブレーズを考えている。現地で合流すると伝えておく。辺境伯の城は帰路を少し回り道するだけでいいからな。ブレーズが到着するころに俺たちはドローンで向かう」
「リアから聞いたのですが、ロベルトはルドヴィーク家の側近で家令のような立場にあったそうですから、城のことも詳しいはずです」
「そうだな。事前に話を聞いておこう。セリーナは午後から辺境伯軍の鍛錬指導だったな。ロベルトに連絡しておいてくれ」
「了解。アラン、査察のために造営した闘技場ですが、ヴァルターたちから今後も存置してほしいと要望が上がっています。模擬戦や今後の鍛錬に使いたいそうです」
「いいだろう。本当はセリーナもそうしたかったんだろ」
「……地下の稽古場は手狭になってたので」
「シャロンの予定は」
「明日から拠点の学校を再開するのでその準備にかかります」
「学校運営も大切な仕事だ。たのむぞ」
「了解」
◇
セリーナたちを送り出したあと、俺は厨房にこもっていた。こうやって調理しながら考えをさまよわせていると、いいアイデアが浮かぶというものだ。幸い、魔石冷蔵庫にはロータル料理長が査察用にガンツから持ち込んだ食材がまだたくさんある。
どうやったらできるだけ人的損失を少なくして、この大陸を統一するか。
他国への侵略や略奪が当たり前の世界で、これが至難の業ということはわかっている。とはいえ人類銀河帝国はその長い歴史の中で、”人類に連なるもの”が生息する数々の惑星をその版図に取り入れてきた。
中には地球のように多様な人種と高度な科学技術を有する惑星もあれば、いまだ未開の惑星もあった。そういった諸惑星を取り込むうちに人類銀河帝国では未開惑星をアップグレードする標準的なプロトコルが定まっている。その基本的な精神は”人類に連なるもの”は互いに争わない、というものだ。
一時は人類を脅かしたサイヤン帝国の母星を数万発のノヴァ・ミサイルで葬り去った過去を持つ人類銀河帝国にしては矛盾するが、その方針はバグスとの凄惨なファーストコンタクトから大きく変わった。
人類が居住する惑星を、それぞれの独自の文化を尊重しつつ、対バグスのために集結させるのが今の人類銀河帝国の悲願となったのだ。
今回のガンツ攻防戦で、俺たちは一国の主力軍を必要最小限の力で打ち破ったと言える。大事なのはここからだ。今の人類銀河帝国の精神に照らせば、虐殺は許されない。人心掌握と融和政策、そして経済的発展で今後の統一につなげていく。
ただ、クレリアの考えるスターヴェーク奪還はロートリンゲン一族の殲滅というこの大陸にふさわしい落としどころを考えているようだ。そこに俺との根本的な違いがある。そこをどうやって詰めていくかが今後の課題だな。
気が付けばクレリアたちの昼食が出来上がっていた。
俺は魔石ポットに黒鳥のガラでとったスープをつめ、ビッグボアの照り焼きをパンにはさんで紙に包んだ。
◆
クレリアの部屋の扉をたたくと、エルナが顔を出した。
「クレリアと話がしたい」
エルナはだまって扉を開けた。
椅子に座ったクレリアは俺を見上げた。眼のふちがまだ赤い。叔父の死とその真相を知らなかったことにこれほどショックを受けるとは、王族の血族への思いは強いらしいな。
「クレリア、さっきは驚かすようなことを言ってすまない」
「アランの話を聞いて分かったの。あまりに私は何も知らない。父母の最後の思いすら私には見えていなかった」
「近衛や王宮の貴族たちも謀反に気づかなかったんだ。クレリアが知らなかったことで自分を責めることはないよ。それに新しい仲間ができたことだし、そのうちに歓迎の宴でも開こう」
「わかった。ありがとう、アラン」
「昼食がまだなんだろ」
俺は用意してきたバスケットから食材を取り出した。
「エルナの分もあるぞ」
「こんな顔を皆に見せるわけにはいかないわね。ここでいただくわ」
「あまり大した料理ではないけどね」
二人が食前の祈りを唱え、食べ始めた。俺は予備の椅子に座って一呼吸置いた。
「食べながらでいいんだけど、聞いてほしいことがある」
クレリアはパンを皿の上に戻した。
「今夜、捕虜を晩餐に招待しようと考えている。ダルシムたちにも正装で参加してもらう」
「なぜ? 彼らは侵略者でしょう?」
「俺が大陸制覇した暁にはそうではなくなる。俺は王太子を自国に返す」
「アラン、捕虜は死罪か奴隷鉱山と決まっています」
「王太子は戦場から自国に逃げ帰ったことにして、我々の関与はベルタ王都には知らせない」
「セシリオ王国が滅びてもスターヴェーク奪還には関係ないでしょう?」
「セシリオ王国と奪還後のスターヴェークとでベルタ王国を挟撃するつもりですか」
さすがにエルナは戦略的理解がはやいな。そうすることもできるが、アラム聖国の影がちらついている以上、簡単にはうまくいかないだろう。
「敵の敵は味方、というわけね。わかったわ。でも今日の晩餐と関係があるの?」
「スターヴェークの正統血統を引く者として、クレリアからも働きかけてほしい。俺はまだ知名度も低いし、王族でもないからね。彼を一国の王として丁重に扱って交渉を進める。これはクレリアにしかできないとても大事な仕事だ」
クレリアはしばらく黙っていたが、やがてきっぱりと言った。
「ようやくアランの恩にこたえることができそうね」
「ありがとう。クレリア」
「どうやって話を進めていくか教えて」
それから俺は王太子を説得する方法について打ち合わせをした。いつの間にか持ってきた食材はきれいになくなっていた。