惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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晩餐

 

「ルージ王太子。改めて、拠点にお越しいただいたことを感謝する」

 王太子が片方の眉を上げた。まるで連れてきたのはお前だろうとでも言わんばかりだ。広間の大テーブルには俺の左側にセリーナとシャロン、右側にクレリアとエルナが並んでいる。対する王太子は配下を二人だけ連れていた。これが腹心の部下だな。

 

 エルナを除いた全員が、シャロンによるメイクを施し、衣装もベルタ王国風の装いで統一している。エルナだけがメイクを断固拒否したので、ドレスを着せるわけにもいかず、以前着てもらった航宙軍の女性士官用の礼服になった。これはこれで武官としての見栄えはいい。

 

 席に座った王太子は疑念の表情を崩さない。いきなり捕虜から賓客扱いされれば疑いたくもなるだろう。

 

「この拠点に来るまでの間、いささか不自由な扱いだったことをお詫びする。まずは歓談といこう」

 ルージ王太子は盃を取ることもせず、しばらく動きを止めてクレリアの顔を凝視していた。

 

「戦場でスターヴェークの王国旗が見えたが……。もしや、この方は」

「紹介しよう。スターヴェークのクレリア・スターヴァイン王女だ」

「やはりそうだったか。五年ほど前、使節団を率いてスターヴェークに行ったことがある。立派に成長されたものだ。スターヴァイン家はロートリンゲンの手によって滅ぼされたと聞いていたが」

「私はアランの助けを得てここまで勢いを取り戻した。城館に来るまでの間、拠点を見られたと思うが、この繁栄も一年前までには存在しなかった」

 

 俺に向かって話すときと違って、クレリアには言葉を選んでいる。しょせん、男爵位の俺と王族では格が違う。なんか俺が添え物扱いだ。ガンツで戦ったのは俺なんだが。

 

 食事が始まると、最初は疑わしげだった王太子とその部下も食が進んでいる。そうとう空腹だろうに、ヘリング士爵のようにむさぼるようなそぶりは見せないところは上流貴族らしい。

 

 ルージ王太子は俺には見向きもせずに、スターヴェークを訪れた時のことを話している。クレリアも記憶をたどりつつ会話を合わせているようだ。やはり社交術は上流教育を受けている者の独壇場だ。王都でザード儀典官に褒められたとはいえ、俺の礼儀作法は付け焼刃だからな。

 

 

 何となく互いにぎこちなさをのこしつつ、食後酒の時間になった。グラスに俺のオリジナル蒸留酒を注いで、唇を湿したところで本題に入る。

 

「貴国がガンツに侵攻したのは不幸な出来事だったが、両国の全面戦争にならずに済んだのは僥倖だった」

「我が国が勝利する可能性は急襲にかかっていた。失敗した以上、ベルタ王国は我が国に侵攻するはずだ」

「そうならないための手段を考えよう」

 

 ルージ王太子は女性たちに目をやった。わずかに警戒しているようだ。

「俺の部下とクレリア王女の警護の者だ。いずれも軍務についている」

「やはりそうか。所作から見てそうではないかと思っていた。しかも皆、手練れだ」

 

 よく見抜いたな。観察力はあるらしい。ならばこちらも応援が必要だ。

 

『イーリス、これから視覚共有する。真偽判定モジュールで観察するように』

[了解]

 

 俺は王太子に視線を向けた。相変わらず俺に向ける目つきは厳しいものがある。初陣で惨敗し、部下が逃げ散ってしまったとなれば晩餐くらいで気が晴れるわけもない。

 

「ルージ王太子、あなたはベルタ王国への侵攻に成功すれば、セシリオの王となるはずだった」

「…………」

「この大陸では敗軍の将は斬首される。だが俺はそうするつもりはない。ベルタ王都に差し出すこともない」

 

 王太子の目つきが変わった。わずかでも勝機をのがすまいとするいい目つきだ。この男、ここまで惨敗しても絶望もあきらめもないようだ。つまり利用価値がある。

 

「聞けば、お父上の治世は長きにわたったものの、国力は減弱していたそうだな。たとえば、商業都市サンザノがベルタ王国に下ったのも父王の妥協によるものだろう?」

「これは国土奪還のための正しい戦いのはずだった」

「目的はそれだけだったのだろうか」

「…………」

 

 まだ何か隠しているな。

「ここからセシリオ王都までは一週間の距離だ。明日、この拠点を立ったとしても、帰国した時点でまだベルタの王都には侵攻の報は届いていない。セシリオの将兵は傷を負ってはいるが、再建は可能だろう。ガンツもなんら被害を受けてはいない。ベルタ王国との講和も可能かもしれない」

「本気で言っているのか」

「今、あなたの王国が滅びるかどうかという話をしている」

「ベルタ王に使者を放ち、お前に謀反の動きがあると伝えることもできる」

「そのような動きを少しでも見せたら、セシリオ王都は一夜にして灰燼と化す。ドラゴンブレスと雷撃がどんなものかはガンツで体験したと思うが」

「…………」

 

「悪くない話だと思わないか。あなたは王国を失うことがない。材木に困っているなら供給しよう。樹海には豊富な材木資源がある。技術的支援も可能だ」

「話がうますぎる。誰が信じるものか」

「一方的な譲歩ではない。そちらからの提供も当然ある」

「我が国に提供できるものはない」

「セシリオ王国では古来より鉱工業が盛んで、優れた技術者も多いと聞くが」

 

 とたんに、ルージ王太子の目は見開かれた。王位継承者だけあって察しがいいな。

 

「樹海に大鉱脈が見つかったのか」

「悪い話ではないだろう? ……ベルタ王国侵攻の真の理由はなんだ?」

 

 王太子の額に汗がにじんだ。必死で考えているようだが拒否することはできない。俺に依存しなければ自分の国は亡ぶ。

 

 やがて王太子は意を決したように言った。

「真の目的はギニー・アルケミンだ」

 

『イーリス』

[真偽判定モジュールによれば高確度で真実を語っていると推定されます]

 

 ギニー・アルケミンがベルタ王都から盗まれた情報が漏れていたらしい。それでガンツに向かったわけか。

 

「我が国には通貨発行権がなく、ベルタ王国の前に経済的支配下にあった」

「国の独自貨幣を流通させてもよくないか」

「商業ギルドはギニー貨幣しか認めないのだ」

 

 まだこの大陸では実物貨幣による経済が主流だ。貨幣の増減で市場をコントロールしているから、発行能力のない国は他国の経済政策に翻弄される。

 

「ギニー・アルケミンはこの大陸に三つあるときく。あえてベルタ王国のを奪う必要はないのではないか」

「スターヴェークのギニー・アルケミンは失われた。もうひとつはアラム聖国にある。到底手の届く場所ではない」

 

 三つの大国はそれぞれ、ギニー・アルケミンによる通貨のコントロールで自国の経済を有利にしようとしていた。しかし他国の有利は自国の不利になりえる。それでギニー・アルケミンを独占しようとしたわけか。

 今後なすべきことはやはりスターヴェークのギニー・アルケミンの獲得、次はアラム聖国だな。

 

 俺の求めていた答えは得た。そろそろクレリアに代わってもらおう。俺が目をやるとクレリアは小さくうなずいた。

 

「ルージ王太子。国を富ますことは王位継承者の使命だと私は考えている。貴国がベルタ王国との遺恨を抱えていることは理解しているが、今後の交渉はスターヴェークとセシリオ王国の関係だと考えてほしい」

「残念だが、かの地は簒奪者の手に落ちたままだ。男爵の配下とて四、五千人ぐらいではないか。それでは国とは言えぬ」

「今、簒奪者と言われたが」

「たかが地方貴族の分際で王に反旗をひるがえすなど外道の所業。かの王国を認めるつもりはない」

「今の言葉に心から感謝する。私はこの拠点と貴国の繁栄を望んでいる。そのためには手を取り合う必要があるのではないか」

 

 ルージ王太子は黙った。閣僚二人も黙している。それぞれ言いたいことがあるのだろうが、この場は王太子に従うつもりらしい。

 

「セシリオとベルタ王国が本格的に戦争に突入すれば、簒奪者を勢いづかせ、両国ともにロートリンゲンの罠にはまるのではないだろうか」

「なるほど。よく考えていらっしゃるようだ。わが王国が存続するために提携が必要ということだな」

「無理強いはしない」

「もう選択肢などないというのに、殿下も人がお悪い」

 ルージ王太子は苦笑いとともに、グラスを手に取って飲み干した。

 

「一つだけ問題がある。講和の条件としてベルタ王国から賠償金が求められることは確実だが?」

「それなら我々が援助しよう」

 いいつつ、クレリアは俺の方を見た。ルージ王太子もこちらに視線を飛ばしてきたのであらかじめ考えておいた回答をする。

 

「セシリオ王国の鉱山技術者への給与というかたちで支払う。技術者が母国への送金をしたあとは、その金が何に使われようとこちらの知ったことではない」

「なるほど。あくまでそちらの関与を隠すということだな」

「そうだ」

「明日にでも故国にたって戻って手配をするとしよう」

「講和に向けてこちらからもベルタ王国への働きかけを行うと約束する」

 スターヴェーク攻略まで王国に行くつもりはなかったが、この際やむを得ない。

 

 話し合い自体はうまくいった。クレリアとの打ち合わせ通り、相手に主導権を握っていると錯覚させつつ、こちらの要求を通す目的は達成した。

 ルージ王太子の俺に対する物言いはカチンとくるが、王族だからな。”たかが地方貴族”の俺ごときが文句は言えない。……そこが階級社会のつらいところだな。

 

 

 

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