惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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契約

 セシリオの閣僚たちに馬をあてがい、荷馬車一台に一週間分の食料を積んだ。貴重な食糧だがやむを得ない。

 クレリアの話では賓客には必ず手土産を持たせるのが王族や貴族の習慣らしい。しかたなく魔石を詰めた袋を渡すとルージ王太子は変な顔をしたがまあいいだろう。本当は金貨とかのほうがよかったかもしれない。が、

「講和については約束を忘れぬよう。そなたが約束を違えれば、わかるな?」

 とは酷い言い方だ。いったい何様だよ。っていうか王様だからな。王族ゆえに地方の男爵ごときに指図はされたくないのはわかるが……。これではどちらが勝ったのかわからない。そのうえ、王太子の視線はもっぱらクレリアに向いている。クレリアも本心はわからないが、ぎこちなく薄い笑顔で返していた。

 

 王族同士の煩雑な挨拶が終わって、ルージ王太子と捕虜の一行はようやく動き出した。敗走した部下たちがどうやって王太子を迎えるかはわからない。反抗するか、命令に従うかは王太子の人望しだいだ。念のため、持たせた装備にビット装着してある。ちょっとでも裏切る気配があれば、セシリオ王都にコンラート号からの物理的な”教育的指導”を降りおとすことになるだろう。

 

 セシリオ人の最後の一人が城館の門を出て姿を消すと、クレリアは大きく息を吐いた。

 

「私にとって初めての交渉だった。アラン、貴重な経験をありがとう」

「とっても立派だったよ。王族にふさわしい態度だったと思う」

「これからはこういった交渉が増えてくるのね。言葉一つで国が傾いたりするのを思えば、気を引き締めないと」

「これからもお願いしていいかな?」

「もちろん!」

「ちょっと気になったことがあるんだが、ルージ王太子は話がまとまってからずっとクレリアと話していたけど」

「だからなに」

「王太子はまだ独身だったな。もしかして……。ごめん冗談だって!」

 

 クレリアの手のひらにふわっと炎の矢が浮かびあがった。俺がすばやく回避すると炎は消えた。発動がものすごく早くなってないか? しかも無詠唱だ。

 

「フレイムアローはないだろ」

「アラン、その種の冗談は以後、絶対禁忌よ。わかった? せっかく人がいい気分でいるのをぶち壊しにするんだから」

 だから謝ってるだろ。

「で、次は? まだ私にできることがあるなら……」

 クレリアは勢いよく言った。やる気満々だな。

 今回の成功で俄然、意欲がわいてきたみたいだ。それはいいことなんだが、直接的にクレリアが俺の行動を補佐できないのが痛いところだ。

 

「傭兵たちはここで軍として再編しなければならないだろう? 大事なクレリアの兵なんだから、ダルシムと相談しながら進めるといいんじゃないかな。俺はスターヴェークの兵制に詳しくないからね」

「わかったわ」

 

 再編やスターヴェークの地下組織はダルシムに頼んでいる、お姫様が乱入すると迷惑かもしれないが、ダルシムには我慢してもらおう。

 

 

「馬車が門を入ってきます」

 エルナの声で目をやると、サイラス商会の紋章をつけた馬車がやってくる。御者はナタリーだ。ということはアリスタさんがわざわざ契約に出向いて来たか。

 

「クレリア様、あれは商業ギルドの馬車ですね。何の用でしょうか」

 しまった。まだクレリアには契約のことを話してなかった。というか、ガンツ攻防戦が終結して以降、路銀の件で狂ったように動き回っていたからな。いちいち報告するものでもないし。

 

「樹海の鉱山のことで契約を結ぶことになっているんだ」

「そんな話はきいてなかったけど?」

「クレリア様、契約には立ち会った方がよろしいのでは?」

 

 また余計なことを。エルナは商業ギルド、というかアリスタさんやカリナを警戒している。貴族とそれ以外の関係には一線を引くべきだ、というのが彼女の考えだ。

 

「そうね、私もどんな話か興味がある。アラン、私も立ち会いたい」

 ……やはりそうなるよな。

 

 

 アリスタさんは馬車から降りると、礼儀正しくまずクレリアに、そして次に俺に貴族の礼にのっとったお辞儀をした。俺から見ても気合の入った貴族風の衣装をしていて、メイクは魔術ギルドで開店したばかりの美容院で仕上げたようだ。サイラスさんはアリスタさんを貴族に仕えていた者を雇って教育させていたというから、ただの商人とは格が違うな。

 

 

 俺の執務室に、アリスタさんとカリナ、ナタリー、そして俺と会計担当のセリーナがそろった。

 クレリアは書架のそばにあるソファに座って本をとった。エルナもそのそばに控えている。契約に直接参加するわけではないらしい。……どう見ても監視だろこれは。

 

 

 最初にアリスタさんが口火を切った。

「支店との契約は、父にかわりわたくしが立会人として契約に参加いたします。こちらが契約書の素案です。お目通し願います」

 

 素案は二部作ってきたらしい。そのうちの一部を俺は受け取った。

 

『イーリス、視覚共有するから内容を精査してくれ』

[了解]

 

 俺は読むふりをしてゆっくりページをめくる。商取引については俺も少し経験があるから、二、三質問がある。その間にイーリスに内容を確認してもらおう。

 

「今回の契約は、採鉱に必要な人馬の供給を商会に依頼するが、内容を見ると想定より人数が多いが」

「はい。大樹海の中ですので、道路建設や通いの旅費をふくめています」

「鉱山の関係者にはこの拠点に居住してもらいたいと考えている。道路建設と住居はこちらで提供する」

 町に金が落ちるし人間の交流が活発になる。中には定住を希望する者も増えるだろう。

 

「ただし、拠点の作付けがまだなので、労働者たちの食料は供給していただきたい」

「わかりました」

 

 カリナがペンを走らせ、素案に速やかに訂正と注釈を入れていく。

 

「給与の支払いは新しい決済方式を採用したい。給与は認証書で与える。労働者は必要に応じて拠点の商業ギルドで換金するもよし、拠点内の商店では直接、認証書のやり取りができるようにしておく。額面設定は今後詳細を詰める」

「わかりました。商業ギルドにとってもありがたいお話です」

 

 アリスタさんはすぐさまその真意を理解したようだ。さすがだな。これは現物貨幣による取引からから相互信用を利用した経済拡大の第一歩だ。

 

 商業ギルドとしても拠点での商取引のために現物貨幣を大量に持ち込む必要はない。必要に応じて認証書を発行すればいいわけだ。ただしギルドの信用が失われるようなことがあると、認証書――つまり紙幣――の価値は暴落する危険がある。この部分は俺がイーリスと調整しながらギルドに指示するべきだろう。

 

「鉱山技師についてはこちらで手配した。労働者は採掘、運搬、精錬のみに従事させたい。精錬は魔術ギルドの協力を取り付けている」

 

 アリスタさんは急に無表情になってじっと俺の瞳を見つめた。俺の背中に冷たいものが走る。なにか変なことを言ったかな。

 

「こちらに来る途中で、セシリオ王国の鎧をきた数名とすれ違いました。もしかしてセシリオの鉱山技師を雇うおつもりでしょうか」

 

 相変わらず鋭いな。それにしてもタイミングが悪すぎた。商業ギルドに知らせるつもりはなかったのだが。セシリオの鉱山技師には俺たちが教育を施し、現在より少し優れた技術を習得してもらう。そうやって技術の蓄積を行うつもりだ。

 

「古来よりセシリオ王国は採鉱技術に優れ、技術者は諸国に迎えられているときいている。何の問題もないはず」

「……この契約とは別口ですね」

「そうだ」

 

 アリスタさんは何も言わず、カリナに目をやった。素早くまた用紙に追記されていく。

 

「さきの大市で鉄鉱石などが完売し、ほかに売り物がない。契約金は魔石で支払いたい。」

「アラン様の口座には一億一千万ギニーあります。口座からの引き落としではだめなのでしょうか」

 

 クレリアの耳がびくりと動いたのを俺は見逃さなかった。やはり読書は演技だな。この口座は捕虜のスターヴェーク帰還が流れた以上、秘密にしておきたかったのに……。

 

「アラン様?」

「口座は今後のために温存する。支払いに際し、魔石の査定をお願いしたい」

「わかりました」

 

 俺が契約書の最後のページを見終えると同時に、イーリスからメッセージだ。

 

[アラン艦長、査読したところ、今後の鉱山経営にかかる要点がいくつか欠落しています]

『読み上げてくれ。対応策も頼む』

 

 俺は手に持った契約書をまた最初から見直すふりをして、イーリスの報告を聞く。

 

「契約書には精錬された銀はすべてサイラス商会が買い取ることになっている。銀の価格は今後、大きな変動が予想される。定期的に価格の見直しを行いたい」

「それはありがたいお申し出ですわ。市場にあった価格で買い取りできれば双方にとって利益があります」

 

 疫病などが発生すれば銀の清浄薬の消費が早まって価格が高騰するはず。固定価格だと売り手が利益を取りそびれる恐れがある。

 

 このほか数か所の訂正を経て契約内容はまとまった。

 

「魔術ギルドには市価よりも安く銀を供給してほしい。難しければ差額をこちらで補填しよう」

「アラン様、それはあまりに過分なご配慮ですわ。魔術ギルドには市価の半分で供給します。シーラ伯母も喜ぶでしょう。アラン様からの気持ちは必ずお伝えします」

「ではこの内容で契約を締結を」

「支店ですぐに浄書して、正式に作成します」

「よろしく頼む」

「アラン様、もしよければこの拠点を改めて見学させていただきたいのですが」

「良ければ案内し……」

 

突然、背後で咳払いが聞こえた。エルナだな。見やると素知らぬ顔で書籍を手に取っている。

 

『アラン、庶民と貴族の間には距離を置かねばなりません』

『わかった。気を付けるよ』

 

 エルナの気持ちは理解できるけど、ナノム通話を教えたのはまずかったかな。

 

「案内はカリナに頼みます。では明日、正式な契約ということでまたお伺いいたします。……アラン様、クレリア様」

 貴族の作法にのっとったお辞儀をして、アリスタさんとカリナは執務室を出てドアは閉じた。

 

「アラン、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 

 ……困った。

 

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