午前零時。城館内は寝静まっている。
イーリスがARモードで現れた。もちろん送られたデータを視覚神経にオーバーレイして、その場所にいるかのように見えるだけだ。周囲が暗いと映像はくっきり見える。
続いてセリーナとシャロンが現れた。二人ともARでは軍服を着ているが、実際にいま何を着ているかは知らない。
倉庫街でイーリスからもらった資源リストは二人にも転送してあった。
[それでは帝国航宙軍幹部会を始める]
メンバーは今のところ四人しかいないが、なにかしらの仕切りが必要と思って幹部会にした。
顔を突き合わせての打ち合わせからARモードへ変えるのはイーリスが言い出したことで、適齢期の男女が一室で長時間過ごすのは周囲に誤解を招くとかいうコジツケ的理由だ。
考えをまとめるのを装ってARモードで長い時間目をつぶっているのはたしかに目立つ。戦闘中は危険だし、クレリアにも一度言われたことがある。精霊様と会話していることにしてその場を切り抜けたが、いつまでも通用しないような気はしていた。
仮想スクリーンに樹海のマップが広がる。
[これまでの資源探査の結果です]
仮想スクリーン上に広がった図面は以前見たものよりずっと多くのマーキングがされている。
「拠点に最初の住民を集めるところまではうまくいった。今後の作戦遂行に当たり、セリーナとシャロンの意見を聞きたい。資源探査の分析はそれからだ」
「バールケ伯爵の私設軍がここを狙うのは確実ですし、クレリアたちを追跡する追手もまだいるでしょう。エルナから聞いたのですが冒険者を装った怪しい者たちがいたそうです。ですので防衛体制を整えるのが先です」
「私は拠点の充実が先だと思います。特に食糧はいずれ問題になってくるでしょう。カトルにも聞いてみましたが、二千五百人分の食糧をガンツに依存するのは危険です」
「どちらかといえば食糧の問題をどうにかするべきだろう。地球のニホンには腹が減っては戦はできぬということわざもあるくらいだ」
俺はスクリーン上のマップを見つめる。
「イーリス。探査範囲内の資源活用で可能な食料供給はどれくらいだ」
「魔の大樹海の二十パーセントを開墾すれば、約八万人の食糧は供給可能です。この数字には軍馬や家畜に必要な飼料も含まれています」
「将来的にもっと面積を増やせないのか」
「可能ですが、それ以上だと周辺環境が悪化し、生態系に深刻な影響を与えます」
まあそうだろうな。開拓そのものが環境破壊といえなくもない。時期も悪い。俺たちがいる緯度ではまもなく寒季に入る。開墾したところですぐには収穫にはつながらない。
「食糧工場はどうだ」
完全な閉鎖系である航宙艦は積載には限りがあるため、リサイクルの徹底に加えて食糧工場が置かれているものもある。コンラート号も頻繁に帰投できない長期探査だったからユニットはあった。
「大型食料ユニットを地上に下ろす手段がありません」
これもだめか。
王都では王族の広大な直轄領の農地や、辺境伯から物納される食糧でまかなっているが、俺たちの現状では難しい。ビッグボアや黒鳥の家畜化も考えたが、ここでは家畜を養うだけの飼料が不十分だ。
ほかの食料源といえば……。
「魔物って食えるのかな?」
「…………」
「…………」
一瞬の沈黙のあと、
「絶対に嫌です!」
「オークやゴブリンをたべるなんて……」
『サイラスさんの邸宅でビッグ・ブルー・サーペントのステーキを食べただろ。あれだって魔物の一種じゃないか』
とたんに二人は嫌な顔をした。気づいていなかったらしい。サイラスさんは結構大きな声で話していたんだけど。ガンツの屋台で食べたブルー・フロッグは魔物かどうかは知らないがかなり美味かった記憶がある。辺境伯軍のヴァルター曰く、オークを何度か食べたことがあり、脂がのっているものはまあまあ美味いらしい。とはいえ俺だって人の形をしたものを食べるのには抵抗がある。ほかの魔物ならいいかと言われてもためらいは消えない。
『ふたりとも教練課程でサバイバル訓練はうけたはずだよな』
[航宙艦内でできるサバイバル訓練は限られています]
だろうな。俺もオークを解体して、食うというのは生命に直結する危険がない限りできないような気がする。
[次善の策ですが、艦のユニットを下ろす代わりに工場を地上に建設してはどうでしょう]
『ここでか? 工場生産のための動力がないぞ』
[こちらをご覧ください]
仮想スクリーンには点滅するマークが現れた。
[この付近の地下に良質な熱泉があります。汎用掘削機を使用すれば小型の地熱発電設備を建設可能です。発電機などはコンラート号の艦内工作室で製造し、残存する脱出ポッドで小分けにして投下します]
熱泉……つまり温泉じゃないか。いまは魔石で湯を沸かすようになっているが、そこから温水を引けばいい。
『パイプラインで街まで温水を引くことは可能だろうか』
[冬期に温水を利用した水耕栽培を行うのですね。検討します]
温水が引ければいいからそういうことにしておこう。
[電力が得られるまで、当面は魔石でバイオリアクターを動かします。空気中の窒素、炭素、水素などからタンパク質を合成します]
『魔物を食べるくらいなら合成タンパクのほうがずっとマシです』
『イーリス、合成したタンパク質を加工して美味しくできないの?』
[検討します]
もっと人口が増えれば、この程度では到底養っていくことはできないが、ひと冬くらいならなんとかなりそうだ。継続的に樹海の動物や木材、魔石などを売却して得た利益を穀物の購入にあてればいい。
『食糧問題についてはある程度めどが立ったようだな。イーリス、地熱発電、食糧工場建設の方向で設計を開始してくれ。優先度は食糧工場が先だ』
[了解]
『それと艦内の居住エリアに残された私物だが、有用なものがあれば脱出ポッドでおろしてくれ。選別は任せる』
[了解]
『イーリス。まだ大量に衣料品が残っていたでしょう? それもおろしてほしいの』
俺の感覚では衣料品より医療品のほうが優先度が高いが、まあいいだろう。
『イーリス、脱出ポッドはあといくつ残っている』
[衝突の際に失われたものを除くと、五十七機残っています]
戦艦クラスだけあって脱出ポッドの数も多いな。欠陥品だったけど。
『改良は終わっているな?』
[はい]
『では定期的に街の北側にある湖に落下させてくれ。人目を引かないように着水は深夜だ』
[了解]
『今日のところはこれぐらいにしておこう』
衣服のことを俺が咎めなかったからか、セリーナとシャロンは満足した様子で、ARモードを解除していった。
まだイーリスがARモードで待機している。
[艦長、ひとつお伝えしなければならないことがあります]
『なんだ』
[バイオリアクターに使用する菌株がありません]
『え。じゃリアクターは稼働しないじゃないか』
[ですが、菌株の遺伝子データは艦内にあります]
艦内の生物兵器セクションには遺伝子改良施設が当然あるが、膨大な遺伝子サンプルを持ち運ぶ訳にはいかないので、すべてデータ化されている。
『ならそれを利用すればいいだろう』
[はい。まずリアクター用の菌株を作り出すためにナノムにデータを送信します]
『それで?』
[次にナノムが細菌を遺伝子改良し、菌株を作り出します。ある一定以上の濃度に達した時点でとりだして、リアクターに投入する、という工程になります]
『ではその方法で作成しろ』
[了解。……アラン艦長のナノムにデータを転送しました]
ん? ちょっとまて。
[腸内細菌の遺伝子改変を開始後、48時間で目的量に達するでしょう]
『……それどうやって取り出すんだ?』
[排出してください]
俺にもようやく理解の光が射してきたようだ。
『それ以外の方法はないのか』
[この惑星上で遺伝子改良可能な場所はそこしかありません。有害物は完全に除去された状態で排出されますのでご安心ください]
不安要素しかない。俺の腹の中を一時的とは言え遺伝子改良構造にするのか。というか俺じゃなきゃだめなのか……だめだろうな。
セリーナとシャロンに頼めば、いや、命令すれば実行してくれるかもしれないが、なにか大切なものが失われるような気がする。
『イーリス』
[はい]
『魔物を食糧にしたほうがいいような気がしてきた』