惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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エルヴィン

 経済の初歩から説明するのは面倒だ。クレリアには将来の軍資金ということで納得してもらった。俺もあとから教会増築の話を聞くという約束をして、ようやくクレリアたちは朝礼拝に出かけた。

 

 エルナにはあとで言っておくことがある。ナノム話法は戦闘時以外には使わない、というような縛りをかけないとな。

 

『アラン、エルヴィンが戻りました。謁見を求めています』

『わかった。シャロン、ライスター卿にも立ち会ってもらいたい。連絡を頼む。セリーナも同席してくれ』

『『了解』』

 

 

「エルヴィン」

「アラン様」

 謁見室だと仰々しくなるので、エルヴィンには広間に来てもらった。ライスター卿は先日の動揺は毛ほども見せない。相当ショックだっただろうに、仕事になると落ち着いたものだ。

 

 エルヴィンは跪いてから面を上げた。

「まずは、この度のご戦勝まことにおめでとうございます。ガンツでもアラン様のご活躍は大評判になっております」

「長旅でご苦労だった。席についてくれ。詳しい報告はあとだ。概要報告を頼む」

「はっ」

 

 まずは本来の目的、王都での情報収集の結果を聞こう。

「我らが王都に到着してまもなく、驚くべきことにガンツ伯が王都守備隊によって捕縛されたとのことです。容疑は脱税と古美術窃盗団との関係を疑われたとか。いくつかの貴族家で手引きした者も処分されています」

「貴族家の家令を抱き込んで組織的に盗みを働いていた集団だな?」

「ど、どうしてそれを」

「貴族家での盗難が相次ぎ、王都守備隊ではかなり以前から調べていたようだ」

 

「……続いて佞臣バールケのことですが、エクスラー公爵が査察団長として王都を離れてからというもの、その権勢をほしいままにしていたようです。バールケが国王に奏上した結果、対立していた貴族家が一家、廃嫡となりました」

「先の窃盗団とも関係あるようだな」

「はい」

 おそらくガンツ伯同様、古美術窃盗団とかかわり私腹を肥やしていたのだろう。バールケとしては自分に敵対する貴族が財力をつけることを許さなかったというのが真相だろうな。

 

「さらに、バールケは王都守備隊に被害届を出したと聞いております」

「領地の居城から何か盗まれたんだろうな」

 エルヴィンは顔色を変えた。これを知っているのはここではエルヴィンと盗んだ人間……すなわち俺だけだからな。

 

「守備隊の協力者の情報では、大量の金貨が何者かに盗まれたとか。王都守備隊が調査しましたが今のところ証拠は見つかっていない模様です」

 

 バールケの野郎は今ごろ疑心暗鬼にさいなまれているに違いない。手ごまのルチリア卿からの連絡は途絶え、歴代の秘密書類と白金貨まで消えたんだからな。そのうえ金づるのガンツ伯は捕まっている。これで圧倒的優位に立つことができた。

 それにしても短い滞在期間に貴族の動きを調べるとは、エルヴィンは俺の知らない情報源を多数持っていると見える。ベルタ王国宰相の直属組織だけあってまだ明らかにしていないこともあるはずだ。

 

「続けてくれ」

「一方、バールケに反発を覚える貴族も増えたようです。王都での聞き取り工作の結果、永世貴族のうち二家が国王に直訴したものの、国王からの返答は保留となったとか。以降、貴族間の対立は激化しております。我らが王都滞在中にも、王都周辺で対立する貴族家の下級兵の小競り合いや私闘などがありました」

 

 若き国王アマド・ベルティも宰相に依存しているところが少なからずあり、決断できないでいるようだ。これでセシリオ侵攻の報が届き、エクスラー公爵が戻れば王都内の混乱と対立はさらに激化する。つまり、我々の打つ手が見えてくる。

 

「アトラス教会の動きは」

「年越しの祭儀の際、ゲルトナー大司教様のお力により使徒イザーク様が顕現されて以降、王都では教会を信奉するものが増えております。やはり庶民は王国の不安定な状況を感じているのでございましょう」

 

 こちらも上々だ。科学教育を進めるには宗教が障害になるとはいえ、ゲルトナー大司教はこれで俺との関係を今後も絶対的に必要とするはず。アラム聖国を打ち破った際には戦後処理を任せてもよさそうだ。ただ、大司教ではなくもう少し階位を上げ発言力を高めた方がいいかもな。そのためのバックアップはこれからだ。

 

 

「酒販売の様子はどうだ」

「アラン様からご指示のあった蒸留酒を王都商業ギルドに卸しました。試供品は大変な評判を呼び、瞬く間に売り切れとなりました。裏市場では三倍から五倍の値が付いたとか。控えめに言って大成功かと思われます。ただ、ゲイツ王国からきた商人たちからはよく思われていないようです。かの地は酒造が名産ですので」

 

 王都での評判は全土に広がり、この酒の販売に参加する加盟店は増える。醸造レシピの供給も始めねばならないな。

 サイラスさんの話では酔う成分を高めた酒の製造法はゲイツ王国の門外不出の秘密だという。職人を軟禁してまで作っているというから、利益を独占したいのだろう。……一国の産業が壊滅するとなれば敵対するのは必至か。これはこれで影響力を行使できる。

 

「同時に運搬した化粧品ですが、王都商業ギルドはあの温風器を発明されたアラン様ご考案と宣伝したうえで化粧品を販売しました。上流貴族のご婦人方があらそって買い求めたため、急遽、王都商業ギルドは競売を行い、数千万ギニーの利益が上がったとのこと」

 

 たったあれだけの量の化粧品の売り上げとしては破格だ。従来品をけちらして俺の名を冠する酒や化粧品が売れると、影響力も増すというものだ。そしてこの拠点の産物に依存するようになる。これからは生活必需品も少しずつ商品化して浸透させよう。

 

 報告を聞く限り、総じて順調に推移しているようだ。

 食料や生活用品もふくめ、高品質の製品や生活様式に依存させたのち、経済的な支配下に置く。戦争や略奪に代わる新たな影響力の行使こそが大陸統一の第一歩だ。

 

「売り上げ記録は後で目を通そう。ご苦労だった。まずは任務をおえた疲れを癒せ。今回の働きにより、残る里の者全員を入植者として無条件で迎えよう。まもなく春の作付けが始まる。里の農業技術を期待しているぞ」

「はっ」

 エルヴィンは深々と頭を下げ、去っていった。

 

 俺はライスター卿に向き直った。

「ルージ王太子との協議の結果、ベルタ王国とセシリオ王国との講和を図ることになった。そこで王都へ俺が王都に向かう必要が出てきた」

「なんと、それではもう……」

「王太子一行はセシリオに向けて出立した。ライスター卿、講和に当たりこの大陸の慣行や手続きを教えてくれないか」

「まずはアラン様が講和に望むものをお教えください」

 

「セシリオ王国の侵攻を不問に付すこと。賠償金や領土的な譲歩を示したうえで講和を結ぶ方向にもっていきたい」

 

 ライスター卿はすこし思案して言った。

「商業都市サンザノの領有権を今後主張せぬこと、賠償金は分割払いを明記するべきでしょう。今後のアラン様の大陸統一を考えると、莫大な賠償金はベルタ王国の国庫を潤すだけですからな」

「疲弊したセシリオ王国に攻め込む可能性はないか」

「先のエルヴィンの報告が正しければ、貴族家の対立が続く以上、彼らは国に戦費や兵を供出しないでしょう。自領の兵が失われれば力をそがれることになりますからな」

 

「わかった。今後とも相談に乗っていただきたい」

「バールケを捕縛の際はぜひとも立ち会わせていただきますよう。私の願いはそれだけでございます」

 ライスター卿は深々と頭を下げ、広間を出ていった。

 

「アラン、王都にはまさかおひとりでいかれるのですか」

「気持ちはわかるが、セリーナもシャロンも今後はそれぞれの仕事に専念する時間が必要だ。戦場に向かううならともかく、王に報告するだけだからな」

「叙爵の際、暗殺されかけたことをお忘れですか」

「今はタイミングが重要だ。エクスラー公爵が放った早馬がまもなく王都に到着する。王都には動揺が走るだろう。多少は軍の動きもあるはずだ。揺さぶりをかけておいて、次に商業ギルドのアーティファクトでガンツの無事を緊急連絡してもらう」

「その時点で王都に向かうということですね」

「そうだ。戦勝の報を伝えるために登城するという理由でな。ドローンは使えないからグローリアに頼む。行くのは俺とヘリング士爵夫妻だ。二人には俺の証人となってもらうほかに、エクスラー公爵や国王への報告義務がある」

「きっとグレゴリーも一緒に行くというような気がします」

 

 それはまずいな。王都に一匹だけ現れただけでも大騒ぎだったからな。話の信ぴょう性を高めるためには効果的だが……。

 

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