五日後……。
眠い。久々にナノムにたたき起こされてしまった。昨夜はイーリスと和解交渉の案について遅くまで検討していた。最も効果的にこちらの意思を通す方法だ。イーリスは人類銀河帝国の戦史から古今の講和条約の実例を引っ張り出し、俺も艦長モードで検討したのだが、正直疲れた。これがもう三日も続いている。
正気の沙汰とは思えないのだが、少しばかりイーリスが嬉々として作業に取り掛かっているように見えてくる。もちろん最新鋭弩級戦艦イーリス・コンラート号の軍用AIであるから、それが本業なのはわかるんだけど。付き合う俺の身になってくれ。
寝ぼけが抜けきれない状態で、城館の居室から外を見ていると、遠く南門の広場で早くも人々が集まり始めている。
ガンツでの戦い以降、拠点にやってくる商人たちの数がずいぶん増えた。これまでよそから来た得体のしれない集団が大樹海の中で何かやっている程度の認識だったのが、査察は始まり今回の戦いを経て、ガンツ市民の見る目が決定的に変わった。それは救援に向かった拠点の者たちに厚い信頼が芽生えたということなのだろう。
拠点の人口が増えると同時に生活や食料問題はまだまだ向上の余地はあるが……。
[アラン艦長、ガンツ侵攻の情報が王都に到達しました]
眠気は一瞬でどこかへ消えた。朝食の前にすべて情報をまとめておきたい。
『王都の反応は』
[ベルタ王宮内に設置したビットの情報をまとめると、伝令使をのせた早馬が王都に到着したのは昨夜未明、直ちに王都守備隊を通じて王城に連絡が届きました。以降、王国府の動きは以下の通りです]
仮想スクリーンに文字列が流れていく。
・ベルタ国軍の幹部招集
・主だった貴族家に協力要請
・ベルタ王国税務局への戦費調達の照会
・セシリオ-ベルタ国境付近の警備部隊に伝達使を発出
……
……
以下細かい動きが続いている。
一晩の動きにしては迅速だ。これはもともとセシリオ王国を仮想敵国としていたからだろう。だが、こちらの戦勝の連絡はまだ早い。心理的動揺が王都全域にひろがって、戦争への恐怖が平民にまで浸透したところを狙う。その時点でセシリオ軍撃退の報が伝われば平民たちに好印象を与えるし、貴族たちの心象もよくなるのではないか……。というのが俺とイーリスの出した結論だ。とにかくタイミングが大事だ。もう一つ、二つ心理的影響力を行使できるポイントが欲しいところだが……。
よし、俺たちも王都へいく準備をするか。
『イーリス、グローリアに王都へ向かう話を伝えてくれないか。残念だが、グレゴリーは遠慮してもらう。騒ぎになると困るからな』
[了解]
次はアーティファクト利用の件で一度商業ギルドと打ち合わせをしたほうがいいな。
◇
朝食後、クレリアとエルナが朝礼拝に行ったのを確認してから、俺はヘリング士爵に言った。
リーナ夫人はいつもながら純白の衣装を完璧に着こなしているが、ヘリング士爵は少し疲れたような様子で食後のお茶をすすっている。
「ヘリング士爵、報告書の進捗はいかがだろうか」
「ありがたいことに、リーナの助けもあってほぼ出来上がっております」
「王都にセシリオ侵攻の連絡が届いても、すでにことは終わっている。王都で大騒ぎになる前に、一刻も早く王都に伝えた方がいいでしょう」
「しかし、王都までは時間がかかります」
「ドラゴンで移動を考えています。私も直接、国王陛下に事の経緯を報告するつもりです。ヘリング士爵にはその証人となっていただきたい。報告書はその場で国王陛下にお渡しすれば確実でしょう」
「あのドラゴンに乗るのですか? ……私はよくてもリーナが」
「あなた、私は一度ドラゴンに乗ってみたかったの」
「しかし、空を飛ぶなんて危ないだろうし」
「喜んで騎乗いたしますわ。アラン様」
「グローリアには六人まで乗れるので大丈夫です。三日もあれば着くでしょう」
ヘリング夫人には本当に助けてもらってばかりだな。目を白黒しているヘリング士爵の手を取って夫人は立ち上がった。
「では出発日時が決まり次第、お教えくださいな」
「上空はまだかなり寒いので代わりの衣装をシャロンに用意させます」
「助かりますわ。楽しみにしております」
俺に一礼した夫人はヘリング士爵を引っ張るように食堂から出ていった。報告書を急がせるつもりらしい。
アリスタさんは契約締結後もこの拠点に滞在している。いろいろと拠点内を見て歩いているようだ。儲けの種を探しているといったところだろうか。何度か食事に誘おうとしたが、固辞している。たぶん以前、エルナがカリナに言った言葉が伝わったのかもな。とはいえ、せっかく来てもらったのだからお土産ぐらいは受け取ってもらおう。まずは通信アーティファクトについて相談だ。
『セリーナ、アリスタさんと打ち合わせだ。立ち会ってくれ』
『了解』
◇
拠点のギルド支店に足を運ぶとすでに、窓口は商人たちでごった返していた。以前来た時には見かけなかった掲示板も設置されていて、商人たちへの依頼状がかなり張ってある。掲示板か……何か懐かしい気がする。儲けになりそうな依頼を探してクレリアと一緒に掲示板を読んでいた冒険者時代のころを思い出す。
戸口をくぐって間もなく、俺の姿を認めたらしい商人たちが騒ぎ始めた。
「おお、アラン様だ」
「アラン様!」
しまった。こんなにいるとは思わなかった。
『ナノム、認識可能な人物の名前を視覚に重ねてくれ』
[了解]
3分の1ほどの商人の頭上に名前が浮かんで見えた。俺は次々に挨拶を交わしていく。相手もやはり名前を覚えてもらっていると嬉しいようだ。……対する俺はほとんど覚えていないのだが。
「アラン様」
アリスタさんが奥から現れた。人々はすぐさま道を開ける。商業ギルド長の娘、という事実以上の尊敬を集めているようだ。すごいな。
「ようこそ支店へ。……こちらへ」
アリスタさんの案内で客間に通された。
客間のテーブルの上には書類の束がいくつも置いてある。
「商人たちからの情報やこの町を直接見て歩いた情報をまとめています」
「他人に見せてもよいのですか」
「アラン様なら問題ないですわ。いえ、むしろご助言が欲しいくらいです」
ずいぶん俺を高く買ってくれているが、商取引はまだ俺にもわからないところがある。
カリナがお茶を運んできた。
アリスタさんと俺とセリーナの前においてカリナはアリスタさんの後ろに控えている。
「現在、査察団長が放った連絡使が王都に向かっているが、そろそろ到着するころだ。そこで戦勝の報を王都に伝えたい」
「先の武器販売の代金はほとんどの貴族から受け取っていますし、納品も終わっています。価格が暴落したところでガンツの商業ギルドに登録している商人たちは一ギニーたりとも損をしません」
「では通信にかかる費用、五万ギニーを支払います」
「いえ、今回は商業ギルド間の商報となります。送信料はいただきません」
なるほど、ギルド全体の利益になる情報は通信アーティファクトを使って共有しているわけか。これでは貴族も対抗できないわけだ。
「では送信は二日後にお願いする」
「わかりました」
二日もあれば、その時点で王都じゅうに戦争の不安は広がっている。そのころに戦勝の報を送信してもらえば、俺たちの王都への到着とほぼ同じになるはずだ。
「ところで、この大陸ではすべての町に商業ギルドの窓口があると考えて間違いないだろうか」
「小さな村落にはありませんが、ある一定規模の町には必ずあります」
「アラム聖国にも?」
「……残念ながら、かつてはアラム聖国にも商業ギルドは存在していましたが、いまは国境の町だけが、かの国との取引窓口になっております。もしや、アラム聖国にご興味が?」
「いや、今後販路を広く大陸に広めるには諸国の情報も必要なので」
アリスタさんが俺を見つめている。あまり話さないほうがいい、という気がした。
「では、わたくしからもよろしいでしょうか」
「こちらで答えられることならなんでも」
アリスタさんは微妙な間をおいてから、話し出した。
「先の大市で武器や鉄鉱石を販売されておりましたが、今後とも鉄鉱石は供給可能でしょうか」
「無論です。今は在庫がありませんが、そのうちに供給可能です。今は鉄を使った新しい商品も考えている」
「ではアラン様は鉄鉱石をどのように採掘されているのでしょう。人手が足りないのではありませんか?」
「それは……。私には協力者がいるので。この町を作ったのも協力者たちです」
「わかりました。いつかその協力者の方々とお話ししたいものですわ」
「機会があれば」
アリスタさんと話すと本当に油断がならない。常に商機や情報をうかがっているような気がする。
「では、発信の手続きは進めます」
「お忙しいところ時間を取らせてすまなかった」
「いえ、アラン様のためですもの。いつでもいらしてください。鉄の新製品にも期待しておりますわ。どうか今後もサイラス商会をご用命くださいませ」
アリスタさんは深く頭を下げた。