「王都へ行くメンバーだが、俺とヘリング夫妻、グローリアの最小限の構成だ」
「危険すぎます!」
「シャロン、心配してくれるのはありがたいが、今回は戦場に行くわけじゃないからな。叙爵の時みたいに女官をそろえる必要もない。それにシャロンはマルティナ救出作戦で王都にも行っただろ」
「だったら今度は私の番です! シャロンは学校が再開したこともありますし、ここに残るべきです」
「セリーナも食料増産や近衛の鍛錬とかがあるだろう? 今後は分業体制を進めないとうまく回らないんだよ」
「……了解」
[アラン艦長、護衛のために偵察ドローン四機で直掩します]
いつもながらイーリスは心配症だ。偵察ドローン四機って明らかに過剰防衛だろう。まあ、いいか。気持ちはありがたく受け取っておく。
個人的には冒険者時代が一番気楽だったが、これから三人で一緒に活動することは難しくなる。俺たち一人一人が大勢の人を率いなければやっていけない。
「リアにはどうやって説明しますか」
「王都までヘリング夫妻を送ったと正直に言えばいい。今のクレリアならわかってくれるはずだ。多少のいざこざは俺が戻ってから引き受ける」
「リアが納得するかどうかわかりませんが、伝えます」
今回は王都に連れていくのは危険だ。クレリアの婚姻話はまだ国王に届いてはいないはずだが、やがてエクスラー公爵が王都に帰着した時点で動きが活発化する。その前にセシリオ王国にまつわる諸々の問題を片付けておきたい。まずは戦勝を国王に伝える方が先だ。
俺は執務室の机に紙を広げた。王都にもっていく荷物のリストだ。
「グローリアにはできるだけ負担をかけたくない。簡単な装備はもっていくが、ほかの荷物は偵察ドローンに運んでもらう」
「かなり荷物がありますね。夫人が持ってきた衣装箱とか装飾品、それと王都で披露してもらう化粧品の箱が二つ。スーツケース一つ」
「化粧品は夫妻が王都で売れば、ひと財産にはなるだろう。二人にはそれだけのことをしてもらったからな」
「アラン、この育苗箱とはなんですか」
「ああ、大樹海だけに育つ百合の原生種だよ。リーナさんに教えてもらってから、少しずつ収集していたんだ」
これもかなり将来性のある儲けの種だ。リーナさんの情報だと、王都の貴族には百合の愛好家が多いという。
「出発は明日の早朝だ。ドローンの荷物搬送は俺たちの王都到着に合わせてくれ。投下地点はヘリング士爵の邸宅、場所はイーリスが確認ずみだ」
「「了解」」
よし、あとはグローリアとの対応だ。
『イーリス、グローリアに連絡を頼んでいたが」
[グローリアは快く了解してくれましたが、グレゴリーの納得いかないようです]
“女神様”が言っても聞かないとは相当だな。
グローリアはドラゴンたちにとっては貴重な数少ない女性だからな。心配するのも無理はない。けれど、グローリアが移動するときにいつもグレゴリー以下五匹のドラゴンが群れをなして現れるのは威圧感がありすぎるうえに、隠密活動がしにくいという欠点がある。
『イーリス、王都周辺にドラゴンが隠れるような場所はないか』
[お待ちください……]
しばらくして仮想スクリーンに王都上空の画像が展開し、王都から東に数キロ先のエリアが赤く強調表示された。
[資料によれば、この領域は王族のみが狩猟できる御料林となっており、手つかずの自然が残る場所です。樹高も高くドラゴンでも十分に隠れる場所があります]
『ではグレゴリーにこう伝えてくれ。移動は夜間のみで極力目立たないように移動すること。途中の村落や王都の上空には立ち入らないこと。万一、俺やグローリアが危険になったら協力するようにと。この条件をのめるなら同行を認める』
[了解]
◇
まだ曙光が差し始めたばかりの城館の屋上には、俺とヘリング夫妻、そしてグローリアが集まっていた。セリーナとシャロンは見送り役だ。
「お二人の準備も整ったようですね。報告書を急がせたようで申し訳ない」
「はぁ。……このドラゴンに三日も乗るんですか」
「たった三日の移動で王都に着くとはすばらしいですわ」
二人がそれぞれ別方向の感想を言った。ヘリング仕爵としてはリーナさんのことが心配のようだけど、彼女自身はまったく気にしていないようだ。
リーナさんはいつもの純白のドレス姿から、航宙軍仕様の防寒服にマフラーまでしている。衣服は背筋を伸ばした均整の取れた肢体に完全にフィットしている。どんな衣装を着けても貴族としての立ち振る舞い忘れていない。この大陸の人間なら遠くから見ても貴族だと認識するだろう。たとえ防寒服を着ていたとしても。
これは俺も見習わないといけないんだろうな。
やがて二人はポケットから黒いゴーグルを取り出して装着した。急にここで違和感が出た。
俺の視線を感じたらしいシャロンが言った。
「寒気が目に長時間あたるとよくないので」
俺はナノムがあるので問題ないが、お揃いでもらっておくか。
見るたびにその体を大きくしているグローリアは、朝日を浴びながら頭を上げて大きく伸びをした。前より皮膚の赤色が鮮やかに濃くなった。鉱物の摂取は続けているようだな。
『皆さんと一緒に、旅ができるなんて楽しみです。今日は朝ごはんいっぱい食べちゃいました』
『グローリア、こちらはヘリング夫妻といって、俺の大事なお客さんだよ。この二人を王都まで送るんだ』
『イーリスから話を聞いています。三人だけなら王都まですぐですよ』
グローリアはゆっくり頭を下げた。ヘリング士爵が思わず後ろにのけぞる。
「大丈夫です。このドラゴンは気立てがやさしく、人間以上の知性の持ち主です」
「では人の言葉が分かるのですか」
「たがいに意志の疎通ができる程度には」
「アラン様、このドラゴンの名前を教えていただけませんか」
「グローリアです」
「グローリア。短い間ですけれど、どうかよろしく」
『どういたしまして!』
俺の耳にはナノムを介して女の子の声にしか聞こえないが、リーナさんにはドラゴンの唸り声に聞こえるだろう。
「どうやら歓迎してくれているみたいですよ」
「まあ、うれしい」
『グローリア、いつもすまないな。ガンツの戦いが終わったばかりだというのに』
『族長のお役に立てるならいつでもどうぞ!』
グローリアには三日間のまず食わずで飛んでもらうわけにはいかない。どこか森林の中か、適当な湖があれば、そこで久しぶりにゆっくり野営といきますか。実はひそかに楽しみにしているのはセリーナたちには内緒だ。
セリーナとシャロンがグローリアに鞍をつけ終えたようだ。
「ではそろそろ出発しましょう」
いまだに警戒気味の士爵はしっかりと報告書の入ったバッグを肩にかけ、こわごわとグローリアの背に乗っている。その隣にリーナさんが乗って俺が先頭だ。
「腰にあるベルトで固定しないと落下するかもしれません」
というと、ヘリング士爵はあわててベルトを腰に回した。次にリーナさんのベルトをしっかり確認している。
……よし、準備はできたな。
「セリーナ、シャロン、留守の間は頼んだぞ」
「どうかお気を付けて」
「良い成果を期待しています」
「出発!」
グローリアが力強く羽ばたいて、俺たちは城館の上に上昇していく。地上で見守る二人に合図するかのように、グローリアは上空で一回りしてから、一路王都に向かって行く。