王都上空……。
眼下には王宮の尖塔群やアトラス教会の大聖堂がそびえたっている。王都を南北に走る大通りには三階建ての豪壮な商館やギルドの建物が見え、四方に枝分かれした小路には商店や住居が広がっている。
ベルタ王都は、スターヴェークの王都に次ぐ大都市だ。遠く朝霞にかすむ王都の北側には兵舎も見え、その向こうには広大な山地が広がっている。すでにグレゴリーたちは待機中だ。御料林は王の所有物だからあまり獲物を取らないで欲しいが、長時間の飛行では我慢しろとも言えないな。
グローリアはまたしても飛行速度を上げており、三日の予定が丸二日で済んでしまった。もうすこし野営を楽しみたかったのだが。それは良しとしよう。
移動中の二日間は実に楽しかった。グローリアとビッグボアの追い込みをしたり、そのあたりで採れた黒鳥と一緒にビッグボアの肉を堪能したりと、かつての冒険者時代さながらの旅だった。たまにはいいだろう。
ヘリング士爵だけは王に献上する重要書類ということもあって、報告書を何度も見直している。
リーナさんも旅を心から楽しんでくれたようだ。普段は貴族の夫人がこんな冒険者じみた移動をするはずもないし、新鮮だったのだろう。これは想像だがヘリング士爵の冒険者時代の話を何度も聞いているうちに興味が増していたのかもな。
たっての希望でリーナさんが単騎でグローリアに乗ることになったが、これがものすごく気に入ったみたいだ。あとからグローリアに聞いたが、時々セリーナやシャロンをのせて練習飛行しているので、同じくらいの重さの女性の扱いは慣れているという。
市街地上空にさしかかると教会の鐘が鳴り響きはじめた。一つ、二つ……、何ごとかと人々がつぎつぎと家屋から飛び出してきている。前回、グローリアに来てもらった時もそうだったな。
士爵の邸宅について王宮への登城を願い出て許可を待つ、という手続きもめんどくさい。王城の直上も速度を落として周回した。こうしておけば向こうから反応があるだろう。
『イーリス、王城内のビット映像を転送してくれ』
[了解]
…………
あわただしく兵が城郭の詰め所に飛び込んでいる。
「護衛長! ドラゴンが! ドラゴンが王宮上空に飛んでおります!」
「なんだと!」
年配の兵士が窓から空を見上げた。
「直ちに国王陛下へお伝えしろ! それと王都守備軍にもだ!」
「バリスタを用意します!」
「馬鹿者! そんなものが通用するか! 警鐘を鳴らせ!」
「はっ!」
二人の兵士が詰め所から飛び出し、別々の方向に走っていく。
やがて王城の警鐘も次々と響き渡っていく。
…………
よし、十分伝わったようだな。
もう一周、王城の周りをぐるりと回って、ヘリング士爵の邸宅に向かった。
邸宅は王城から馬で一時間くらいの位置にあり、王都の中心街にある大貴族の邸宅群からはかなり離れている。はっきり言って郊外というより田舎だ。周辺が林に覆われていて、こじんまりとした三階建ての建物だった。あまり大きくない厩舎が併設されている。士爵の資産規模ってこれくらいなのか。
俺はグローリアの仮想スクリーンに座標を落とした。
『グローリア、速度を落としてもっとゆっくり飛んでくれないか。このマークのところが、ヘリング士爵の邸宅だよ。そこに降りてくれ』
『了解』
ゆっくり飛べば王城からの迎えも行き先が分かるだろう。
邸宅の玄関前にはセリーナに頼んでいた荷物がすでに投下されているのが見える。
着地と同時に、ヘリング士爵が言った。
「アラン様、これは……」
「拠点から届けてもらった。リーナ夫人の荷物と今回の拠点訪問のお礼です」
「化粧品のことはシャロンさんから聞いていますわ。ですがこの箱は?」
「それは以前、教えていただいた大樹海の百合の原生種ですよ」
「まあ、覚えていてくださったのね。ではさっそく園芸に興味のある貴族をご紹介します」
「助かります」
王城での報告が終わり次第、営業に回ろう。拠点の財政のためだ、王都魔術ギルドにも顔を出しておきたい。シーラギルド長からも紹介状も持ってきている。
「ヘリング様!」
厩舎から驚いた顔の一人の男が出てきた。たしかベイカーとかいったな。俺の叙爵のときにヘリング士爵の先ぶれでガンツのホームにやってきたのを覚えている。
「アラン様のおかげで急遽戻ることになった」
「よくご無事で……」
言葉が切れたベイカーの目はグローリアを見つめている。
「大丈夫だ。今宵はアラン様をもてなすつもりだ。暇を出した召使たちを呼び寄せてくれ」
「わかりました!」
ベイカーは慌てて厩舎に戻っていった。
ほかの召使が見当たらないのは、主人が長旅に向かったため、一時的に暇を出していたらしい。邸宅と言い、使用人の規模も王宮の華と称えられたヘリング夫人が住むにはあまりにも簡素だ。
ヘリング士爵が邸宅の扉を開いたので、俺は荷物を持ち上げた。
「では荷物を運び入れましょう」
「とんでもない、私がやっておきますので」
「いいんですよ」
俺とヘリング士爵が荷物を玄関に運び入れていると、
[アラン艦長、王城より武装した集団が出発し、こちらに向かっています]
『先頭集団を拡大投影』
仮想スクリーンに街路を走る騎馬集団が表示された。旗印は王都守備軍だ。先頭を走るのは五十代の精悍な顔つきをした男……ヘルマン軍団長だな。全員が鎧兜のフル装備で馬を走らせている。しかも総数は百騎以上とは迎えにしては大げさすぎる。原因はグローリアか。
「ヘリング士爵、ドラゴンのおかげでまもなく王城より迎えが来る。登城は可能だろうか」
「今からですか? 報告書は間違いなくできております。しかし先ぶれもなくいきなり登城するのは、国王陛下にたいへん失礼では」
「いや、国王陛下から直ちに登城を命ぜられると思います」
「私は構いませんが」
「私もすぐに着替えます」
リーナさんはすぐに邸宅に入っていった。そのあとを衣装箱を抱えたヘリング士爵が慌ててついていく。
◇
「申し訳ありません。アラン様」
「女性の化粧には時間がかかります」
この件について俺は女性を責めるつもりはない。そういうものだからだ。とはいえヘルマンたちがくるまではそれほど時間がない。
しばらくして、邸宅に続く通りに騎乗した兵士が列を組んで入ってきた。門の前で先頭のヘルマン軍団長が馬を下りたのは、ここが士爵の領地だからだ。他の貴族の土地に許可なく武装したまま入るのはご法度なのは俺も知っている。
ヘルマン軍団長がこわばった表情で、俺の前に立った。背後の兵たちも緊張しきっている。
「アラン様、大変申し訳ないのですが。ヴィルス・バールケ宰相により、反逆の疑いありということで王城への出頭が命ぜられております」
「そんな馬鹿な! アラン様が一体何をしたというのだ!」
突然の話に普段は温厚なヘリング士爵が真っ赤になって言った。
「ヘリング士爵、ここは任せてください。ヘルマン軍団長、もし俺が断ると言ったら?」
「…………」
ヘルマン軍団長の日焼けした顔に汗が浮かぶ。まさか抵抗すれば捕縛せよとでも言われてきたんだろうか。バールケの野郎なら言いそうだ。
ただならぬ雰囲気を感じたのだろう。グローリアが上体を大きく持ち上げた。兵たちは一斉に後じさりする。
「恩義あるアラン様にこのようなことを申し上げるのは心苦しいのですが、軍団長として宰相の命に背くことはできないのです。どうか……どうかご理解ください」
軍団長の苦渋に満ちた表情で、どういうことかは大体想像はついた。
「わかった」
「できればおひとりで」
「ドラゴンはここに置いていく。だが手出しすれば俺でもどうなるかわからない」
「承知しております」
『グローリア、俺は王城に出かける。戻るまで待っていてくれ』
『族長、こいつら悪いやつですか。私が焼いちゃっていいですか』
『いやダメだ。向こうから手出しをしない限りじっとしていてくれ。必要なら呼ぶ』
『でも……』
続々と乗り込んできた兵は邸宅の周囲もすっかり取り囲んだようだ。これだけの人数でもグローリアにかなうはずはないのだが。
「ヘルマン、俺が王都に来たのはガンツ攻防戦の詳細を報告するためだ。ヘリング士爵も査察結果に加え、戦の様子も記録している」
「はい。その件についても問いただしたき件ありと、宰相閣下から承っております」
「ではヘリング夫妻も同道するが」
「わかりました」
その時、邸宅のドアが開いた。思わず兵たちにどよめきの声が上がった。
ヘリング夫人が例の純白のドレスに加え、シャロン直伝の人類銀河帝国モードのメイクアップを施している。もともと素地がいいだけに、初めて見る者には衝撃を与えたようだ。
しかし、その顔には欠片の笑みもない。
「行きましょう。あなた。今こそアラン様に恩返しする時が来ましたわ」
この時ばかりはヘリング士爵も強くうなずいている。
……この王都には少なくとも二人の友と呼べる存在がいたようだ。俺は彼らの助けを決して無駄にはしない。