ベルタ王都近郊、ヘリング士爵私邸、正門付近……。
「ヘルマン軍団長、俺に手鎖は付けないのか?」
「アラン様を王宮にお連れすることだけが目的です。手鎖など必要ありません」
この大陸では罪人は手鎖で歩かせるのが普通だが、俺には馬が用意されていた。軍団長も気を使ってくれているみたいだな。ヘリング士爵夫妻は自分たちの馬車で行くらしい。
俺が騎乗するとすぐにヘルマンが横に並んだ。
「王都の賊を討伐されたアラン様を、逆賊と考える者は守備隊にはおりません。命令とは言え、残念です」
「俺は反逆罪に問われているんだな?」
「反逆罪は国家を揺るがす大罪ゆえ、国王陛下直々の裁定が下されます」
「弁護人を付けてもらいたい」
「慣例により貴族ならば誰でも可能です。ですがアラン様が有罪となった場合、弁護した者は同罪となります」
それはひどいな。それなら弁護人を買って出る者はいないだろう。この大陸の司法制度はあまりにも原始的だ。
「ヘルマン、一つ頼みがある。いや、宰相の命に背くようなことではない」
「であれば何なりと」
「古美術窃盗団の調査は進んでいるか」
「はい。アラン様の情報により、貴族家で手引きした者、間を取り持った者などはすべて捕縛しております」
「その中に元宰相のライスター卿の城館で働いていた者がいるはずだ」
ライスター卿の邸宅でアラム聖国産の白金貨が発見されたことが、彼の失脚につながった。これは卿を罠にはめるために、外部から持ち込まれたと考えるのが自然だ。結果、ライスター家は取りつぶしとなり使用人も解雇されたが、バールケの息のかかったその男は、同じように他の貴族家に仕えているはず。行き先は当然、バールケに敵対する貴族家だ。
ヘルマン軍団長の目が鋭くなった。
「たしかに二人、ライスター様の邸宅で働いていた者がおりますが」
「ライスター卿の失脚に手を貸した疑いがある。白金貨について強く尋問してみろ。新たな事実が判明するはずだ。その背後にはある貴族が関係している。貴族への捜査は国王陛下の許可が必要だ。早急に動いた方がいい」
「直ちに調べます!」
俺の知らぬところで何か腑に落ちたのか、ヘルマン軍団長は馬を早め、俺の警護の者を数名残して走り去っていった。
『イーリス、この国の裁判制度について教えてくれ。聞きながら王宮にむかうことにする』
すぐに仮想スクリーンにテキストが展開されていく。
この大陸の裁判は権力者による裁定、決闘裁判、神判の三種類だ。
俺の場合は国王が裁判官になる。決闘裁判は勝者に正義ありという発想で、名誉のかかった戦いだ。神判は高所から飛び降りたり煮え湯に手を入れたりする。要は正しき者は神に守られているはずだから、怪我をしたら罪人という屁理屈だ。野蛮としか言いようがない。この大陸では権力者や教会に歯向かう者はいつでも罪に陥れることができるのだ。
『イーリス、そもそも俺はこの国の法律で裁くことはできないはずだよな』
[アラン艦長は人類銀河帝国の航宙軍士官なので、軍法が適用されます]
『いわゆる治外法権というやつだな』
[はい。しかしながら、この惑星の住人は人類に連なる者ですので、この大陸独自の法律や慣習も尊重せねばなりません]
そうなんだよな。ゴブリンしか存在しない惑星なら、一掃したのちに惑星を手に収めることもできないわけじゃない。けれど、ここには人類に連なる者が存在する。問題はこの大陸の住民から見れば、俺は未知の大陸から流れてきた怪しい人間に過ぎず、この国の法に照らせばかなり立場が危うい。
ガンツでの戦勝を報告、そしてセシリオとの講和工作を進める予定だったが、いきなり反逆者扱いなのも俺の身分が低すぎるからだ。上流貴族から見れば、俺は一代限りの地方貴族にすぎない。
『まずはバールケの動向を見よう。それまでは当初の計画通りに進める。今後は裁判終了まで視聴覚はイーリスと共有する。裁判中は真偽判定モジュールを展開』
[了解。どうかご無事で]
◇
俺とヘリング夫妻は王宮内にある上級貴族の執務室に入った。すかさず俺たちは冷たい床に膝をつく。
この部屋は以前来たことがある。ドラゴン討伐の褒賞として大樹海開拓の契約書を受領した場所だ。バールケの野郎が契約書を放り投げてよこしたのは今思い出しても腹が立つ。
「衛兵どもは下がれ。こちらから呼ぶまで待機しておれ」
「はっ」
衛兵たちが退出して執務室に沈黙が降りる。何しろ相手は上流貴族、宰相閣下だ。許可なく勝手に話すわけにはいかない。
「アラン・コリント男爵……。男爵位で呼ぶのもこれで最後だ。呼ばれたわけはわかっているな」
「反逆の疑いありと聞いております」
「査察団の伝令使は、セシリオの侵攻とお前がスターヴェークの王女を匿っていることを報告した。これがベルタ王国にとってどんな意味を持つか知らぬはずはあるまい」
今ではスターヴァイン王家の血を引く者は現国王、エクスラー公爵、そしてクレリアだけだ。公爵は国王の関心を引こうとクレリアの存命を伝えたらしい。だが、その情報は宰相であるバールケにも伝わってしまった。……すかさずそれを利用するとは。
「お前の叙爵の当日、スターヴェークの残党が王宮地下牢から姿を消した。つまり王女の願いで脱走させたのであろう? これですべて筋が通る」
クレリアの存在が知られた以上、やはりこうなるか。だが、バールケの訴える理由はこれだけではないな。
「アロイス王国は逃亡貴族に莫大な懸賞金をかけている。まして王女だ。引き渡さねば、アロイス王国は我が国に圧力をかけるだろう。つまりお前のしたことは外患誘致にほかならない」
「私はセシリオ王国のガンツ侵攻を阻止した報告に上がりました」
「そのような報告は届いていない」
今頃、こいつの配下だったルチリア卿はガンツへ向かう街道の途中で朽ち果てている。バールケは自分の手ごまの情報しか信じていないらしい。
「私には証人がおります。フォルカー・ヘリング士爵に観戦武官として戦を記録していただきました」
ヘリング士爵が顔を上げた。
「バールケ侯爵様、わたくしは査察の記録のほかにガンツでの戦いを、」
「黙れ! お前ごとき我が一族に連なる者だと思うなよ。リーナがお前を伴侶に選んだというだけだ」
「…………」
さらっと衣擦れの音がした。振り返るとヘリング夫人が立ち上がっている。
「伯父上様、わたくしは一族に連なるものとして発言いたします。よろしいでしょうか」
「いいだろう。お前の間違った選択を謝罪するというなら聞いてやってもいいぞ」
見やるとヘリング士爵が歯を食いしばっている。いつもこんなひどい言い方をされているんだろうか。だがヘリング夫人は怯まなかった。
「ガンツ城門前は戦火のあとも生々しく、激しい戦闘があったことは間違いありません。戦闘を目撃したガンツの有力者たちも喜んで証人となるでしょう」
「リーナ。頭の良いお前ならわかるはずだ。セシリオの侵攻が事実なら、なおさらアロイス王国に攻め入る理由を与えてはならんのだ。この男はガンツ防衛という理由で開拓失敗を糊塗しようとしているだけだ」
「いいえ。大樹海の開拓は成功しております。すでに数千人が居住しております」
「世迷いごとはもういい! いい加減に目を覚ますのだ。お前の夫はアランに与した罪で裁かれる。よって婚姻は無効とする。私が一族として最もふさわしい相手を見つけてやろう」
ヘリング士爵が、勢いよく立ち上がった。
「私はエクスラー公爵の命で査察報告をまとめております。アラン様の植民地は成功しています!」
「査察の報告は査察団長たるエクスラー公が行う。公が戻らねばお前の発言など意味はない」
「ガンツの住民も開拓の成功には同意することでしょう。やがて噂は全国に広まります。なかったことにはできません」
「もうよい! たとえお前の開拓が上手くいったとて、王女をかくまった罪は変わらぬ。衛兵! この男を捕縛せよ!」
「伯父上様!」
「ありがとう、ヘリング夫人。もう十分です」
俺は公爵に一礼して執務室を出た。
特に拘束されることもないまま、兵士の後に続いて執務室から階上に向かう。地下牢ではないのか。一度破られた牢にいれるほどバールケは無能ではないらしい。階段を上り切って扉を開けると、王城にいくつかある尖塔の最上階だった。一応貴族だし、ライスター卿のようにひた隠しにする理由がないからだろう。それでも幽閉牢であることに変わりはない。俺が中に入ると、一人の兵士が頭を下げた。
「アラン様。どうかしばらくご辛抱ください」
扉が閉まり、錠前がかちりと音を立てた。