惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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幽閉

『イーリス、王宮内のビットから映像を送ってくれ』

[了解]

 

 仮想スクリーンに謁見の間が映し出された。

 奥行き三十メートルはあろうかという大広間には、壁沿いに貴族たちが座っていた。左右で人数が大きく違うのはバールケ派とエクスラー派に分かれているからだろう。エクスラー公爵が不在のうちに貴族家がいくつか廃嫡になったというから、人数の多い方がバールケ派か。

 

 すでに王座には国王が座っている。ベルタ王国の作法では高位の者は最後に入場するはず。国王が待っているというのは異例だ。

 

 座するはベルタ王国国王、アマド・ベルティー。若干二十一歳ながら大陸有数の王国の頂点に君臨する王だ。叙爵の際に見た時よりは少しやせている。そのせいか目元から鼻筋までがまえより一層、クレリアに似て見えた。

 

 大広間の扉が侍従の手によって開かれ、バールケが入室してきた。入室の際の儀礼もそこそこに、バールケは玉座の手前五メートルほどで足を止め、片膝をついた。

 

「我が国の重大事ゆえ、取り調べに時間がかかりました。ご報告が遅れたことをお詫び申し上げます」

「前口上はよい。報告せよ」

「はっ。アラン・コリント男爵はスターヴェークの王女を匿い、叙爵の際に王城地下牢よりその配下を脱獄させたことを認めました」

「叙爵の裏でそのような行為を働いていたとは許しがたいことであるな」

 と言った国王は無表情だ。表に怒りを出さないだけなのか、それとも何か考えがあるのだろうか。

 

「さらに、セシリオ王国によるガンツ侵攻は虚偽と思われます」

「エクスラー公の報があるではないか」

「伝令使を問いただしたところ、エクスラー公に侵攻を告げたのも男爵であります。実際に目撃した者はおりませぬ」

「虚偽を伝える理由がわからぬ」

「侵攻の報により、王都商業ギルドは武器販売などで多額の利益を得ております。男爵と結託し、ギルドが利益を、男爵が偽りの勝利で売名するという仕組みでしょう」

 

 ……なんかひどい言いようだな。

 俺と結託なんかしなくても開戦の情報が伝わったら、商人たちは武器を売りまくるはずだ。有力な貴族の発言ひとつで、弱小地方貴族の地位なんかどうにでもなるという実例だな。

 

「たしか、ガンツ伯のユルゲンは脱税の罪に問われていたな」

「はい」

「ならば城主の不在を狙ってセシリオ王国が攻め入るのも不思議ではない。男爵が近隣の貴族として国土防衛に立ち上がったならば、それは英雄でないか」

「それは事実ではございません」

「結論を出すにはいささか根拠が薄弱に思える。エクスラー公も王都に向かっているであろう。公の意見も聞いたうえで判断しよう」

「しかし、王城からスターヴェークの近衛を奪ったのは明らかに外患誘致となります。一刻も早いご決断を……」

「くどい! そなたは余に指図するつもりか」

 

 壁の反対側にいた一人の貴族が、バールケの横に並んでひざをついた。

 

「恐れながら申し上げます。アラン・コリント男爵は先の盗賊討伐で王都の治安に多大なる貢献をしており、民も信頼を寄せております。処刑などすれば民の反感を買い、国王陛下の御威光に傷がつきます。どうか、公正な裁きをお願いいたします」

 

 バールケの失態を見て、すかさず横から入るとは宮廷内の抗争も相当だな。敵の失点はこちらの利得というわけか。

 

「宰相の言葉のみでは公正を欠く。エクスラー公の帰還を待って裁きの席を設けよ。よいな?」

「……手配いたします」

 バールケはさすがに国王の前で文句は言わないが、その顔は引きつっていた。

 

 

 俺は仮想スクリーンを閉じた。しばらく時間がありそうだな。

『イーリス、俺がこのまま裁判にかけられるとして有罪になる可能性は?』

[収集した法令書や判例集から判断すると七十六パーセントと推定されます。特に被告が地方貴族の場合、判決は被告に不利な傾向にあります]

『地方貴族が敵に寝返った事例が多いからだな』

[はい。有罪判決を受けた場合、死罪となるのは確実です]

 

 戦勝報告とセシリオとの講和を進めるのはもう無理だな。国王はできるだけ公平な立場につこうとしているようだが、老獪な上流貴族たちの前では力不足の感がある。国王の不確かな判断に俺の命を預けることはしたくない。

 

『イーリス、エクスラー公爵が王都に到着するのは何日後だ』

[公爵の一行は王都までおよそ三日の位置に到達しています]

『万一のことを考えて、偵察ドローンで護衛を頼む。またバールケの刺客が襲うかもしれない』

[了解]

『一行の到着までの間に根回しをしておく。日没後にここを一時的に脱出する』

 

 窓を開けて見下ろすと尖塔は相当な高さがある。飛行魔法を使えば問題はないが、飛行する姿を衛兵に見つかるのはまずい。日が完全に落ちるまで待つとしよう。

 

 

 ……誰かが階段を上ってくる。足音は軽く、甲冑をつけた兵ではなさそうだ。探知魔法を展開すると、反射波が仮想スクリーンに映った。胸のあたりに輝きがともっている。魔術師? ではないな。誰だろう。

 

 扉の前ドアを叩く音と同時にくぐもった女性の声がする。

「夕食をお持ちしました」

 ドアの下の小窓が開いて食材をのせたトレイが滑り込んできた。

 

「もしや、ヘリング夫人では」

「守衛に金をやり、食事を運ぶ役を変わりました。食事も貴族にふさわしいものにしてあります」

「そこまでする必要はありません。ここには長くいるつもりもないので」

「いえ、これは私の気持ちの問題です。……アラン様、私の力がおよばず申し訳ありません。伯父も昔はそれほど悪い人ではなかったのですが」

「俺はバールケから何の被害も受けてはいませんよ」

 以前、毒を盛られて危うく死にかけたのは除いてだ。

 

「これから俺とバールケ侯爵との全面抗争になるでしょう。夫人はいわば侯爵の身内。抗争で身内が傷つくことが気になりませんか」

「いえ、夫を侮辱された貴族の妻が泣き寝入りすることはありません。どうぞアラン様の好きなようになさってください」

「例えば、私かバールケのどちらかが死罪になるとしても?」

「アラン様が死罪などありえませんわ」

「覚悟ができているのですね」

「……はい。たとえそうなったとしても、私が生きている限り一族の血は途絶えることはありませんもの」

 

 やはり血脈の問題になるのか。貴族の考え方はよくわからない。

「あまり長く話すと守衛も怪しむでしょう。また参ります……」

 やがてドアの向こうの気配は消え、音がしなくなった。

 

[アラン艦長]

『なんだ』

[音声を真偽判定モジュールで確認したところ、真偽度は八十三パーセントでした。音声のみなので精度は落ちますが]

『わかってるさ。夫人も覚悟を決めたということだ』

 

 そういえば、ガンツ商業ギルド長のサイラスさんも言っていたな。貴族や王族には用心しろ、彼らは商人とは別の思惑で動くのだと。おそらくその思惑とは名誉や血統といったものなのだろう。

 

 窓を見ると日が暮れるまではまだ時間がある。この辺りで少しおさらいしておこう。

 

『イーリス。この大陸の勢力図について検討をしていたな』

[こちらをご覧ください。現時点のセリース大陸の勢力図です]

 

 仮想スクリーンに展開された大陸図は大まかに分けて四つに分かれている。

北のセシリオ王国、ベルタ王国、中央付近に旧スターヴェーク王国(現アロイス王国)、そして南方のアラム聖国だ。そのほか五十ほどの小国や地方豪族が乱立しているが、規模からいえばこの四王国がセリース大陸の列強であり、これらは互いに友好的な関係にあるわけではない。

 

[アラン艦長の交渉によりセシリオ王国は、資源や人材の点で今後わが方に依存することになるでしょう]

『予想より時間がかかってしまったな』

[現在知られている限りの情報をシミュレーション・モジュールに与え、国家間力学を演算させました]

スクリーンの先ほどの図面の横にさらに二枚の画像が投影された。

[我々の干渉がなかった場合、追加した最初の一枚が十年後、二枚目が二十年後の予想です]

「十年後ではアラム聖国が辺境の小王国をすべて手に収めている。二十年後は……」

 大陸の画像はアラム聖国の青一色に染まっている。

 

[軌道上からの観測では、アラム聖国内では大規模な開畑と農業用水路の設営が各地で行われており、農地開発が進んでいます。農業生産が増大すれば、人口が急増することでしょう。また農産物の輸出は輸入国に強力な影響力を行使できます]

 

敵国を侵略して、その国の農業を破壊して食糧輸入国に落とし込めば、その後は絶対に逆らえなくなる。だから農業生産は強力な武器にもなるのだ。

 

相当以前からアラム聖国は大陸制覇をめざして準備していたのは間違いない。すべての戦争の背景には人口変動がある。これは歴史の常識だが、人類に連なるものとしてやはり同じ展開になるようだ。

 

[アロイス攻略の前にアラム聖国を抑えるには、より迅速な展開が必要です]

『まだベルタ王国内の地固めも不十分だ』

[我々の大陸統一が足踏みしているのは、アラン艦長の地位がまだ男爵位であることです]

『冒険者から貴族になるところまでは順調だったんだが』

[辺境伯への昇格が必要です。アラン艦長はベルタ王国の護国卿でもあるので、昇格の暁には辺境防衛の名目で、国軍の協力を得て用兵が可能となります]

 

 とはいえ、護国卿は暫定位だ。俺の叙爵のときに国王がバールケの反対を受けて条件付きで任命したものだ。国王が正式に別の人間を任命すれば俺は解任される。

 

[今後の展開を見据え、作戦を強襲型プランBに変更することを具申いたします]

 

 プランBは俺とイーリスの中で最終手段として考えられたものだ。

 

 これまでは大々的な介入をして、俺の持つ力が喧伝されるのは避けていた。特に俺が神格化されたり、力だけが誇張されると科学的発展が阻害される。人々はみずから困難や科学的探究に身を投じるということをやめてしまうだろう。拠点でもすでにアラン様にお任せ、みたいな風潮がはびこり始めている。俺に依存しすぎるのは危険だ。

とはいえ、今の展開スピードは遅すぎる。

 

『もうバールケの説得や懐柔は不可能だな。王の判断も期待できない。よって方針を変更する』

[変更によりセリーナを増援として送ります。偵察ドローンに必要な資材を積載し、一時間後に到着]

『セリーナはドラゴンの扱いに慣れているから助かる。グローリアも御料林で待機しているグレゴリーと合流させてくれ、ああ、それとグローリアに周囲の衛兵を傷つけさせないように』

[了解]

 

 

 食事をしながら、俺はすっかり日が暮れるまでまった。やがて完全に日が落ちて、窓の向こうに王都の灯火の輝きが見えはじめた。

 

 俺は貴族服の袖をまくり上げて手首を確認する。両手首には魔石が布紐で縛りつけてある。いずれも魔石鉱山で発見された最高純度のものだ。ポケットに入れておいた魔石も衛兵たちは検査しなかった。全部合わせると相当な火力だ。電磁ブレードナイフとハンドガンも用意してある。小競り合い程度では全く問題はない。

 

『アラン、王宮の上空に到着しました』

『わかった。こちらも出る』

『了解』

 

 俺は窓を開け放ち、飛行魔法を展開した。

 

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