王都上空……。
偵察ドローンの格納スペースは狭かった。戦闘用の装備が積んであるため、俺たち二人はほとんど身動きもできない。
「急に呼び出してすまない」
「途中でイーリスから概要を聞きました。バールケの懐柔は無理そうですね」
「大規模な干渉は避けたいが、仕方がないな」
仮想スクリーンの地上の風景が熱源探知モードに変わった。
俺たちはバールケの邸宅の直上にいる。国の宰相だけあって王城に近い一等地に大邸宅を構えていた。ところどころにゆっくり移動するオレンジ色の輝点が見える。
「豪邸の割には、警備が少ないな」
「警備兵の詰所に何人かいます」
「そちらの沈静化は任せる。俺はバールケと最後の交渉だ」
「了解」
バールケは俺にとって最重要敵性人物だ。当然ながらやつの行動は常時モニターされている。
『イーリス、バールケの位置を』
即座に画像の一点が点滅する。
[邸宅最上階の執務室に一人でいるようです]
『ドローンの配置は』
[予定通り、アラン艦長の搭乗しているドローンのほか、三機が上空で待機しています]
「セリーナ、降下するぞ」
「了解!」
◇
バルコニーから中をうかがうと、執務室の薄暗く暗く、机上のろうそくの灯があるばかりだ。男の影が壁に張り付いて揺れている。かすかに酒の匂いがする。俺を追い込んだつもりで気が緩んだか。バルコニーから中に足を踏み入れる。
「何者だ!」
「この顔をお忘れとは」
「き、貴様はアラン。……衛兵!」
「この屋敷の護衛はすべて沈静化した」
「殺しに来たのか」
「すこし話をしませんか。宰相閣下」
「話だと? 来週には処刑されるお前とか」
「スターヴェークの王女の件で話したい」
「外患誘致であることは間違いない。宰相としてそれを阻止するのは当然だ」
「セシリオ軍からガンツを守ったのは事実」
「そのような報告は届いておらぬわ」
こちらに害意がないと判断すると、とたんに強気に出るところはこいつらしい。だが情報優位性はこちらにある。
「お前の部下だったルチリア卿は死んだ」
「…………」
「査察団の出発間際にルチリアを参加させたのはお前だったな。ルチリアはアロイス王国の刺客を使ってエクスラー公爵の暗殺を謀った。三日後に公爵は無事に王都に帰還する。暗殺未遂は国王の耳に入るだろう。いうまでもなく公爵は国王の叔父にあたる。王族に手をかけるなど反逆そのものだ」
「そのような者は知らぬ」
「では、居城に隠してあった白金貨についてはどう説明する。六千四百万ギニー。ベルタ王国では白金は産出しない」
「……お前だったのか」
「ライスター卿が売国で断罪されたのは、白金貨が邸宅から見つかったせいだった。実はお前の手下が邸宅に持ち込んだのだろう。つまりお前はアラム聖国とつながっているってことだ。だがその理由がわからない」
「…………」
「黙して語らず、か。これ以上言っても無意味だな。あまり手荒なことはしたくないが、……セリーナ」
かすかな溜息のような射出音がしたかと思うと、バールケは崩れ折れた。気づかぬように背後にいたセリーナが鎮静薬を使ったのだ。床に横たわるバールケを二人で縛りあげ、バルコニーに引きずり出す。
『ディー・テン、イレブンは直上五メートルで待機』
[了解]
「俺はこいつを拠点に連れていく。セリーナはこの後の処置を頼む」
「了解」
セリーナはそのままディー・イレブンの開いたハッチを目指して飛行していった。
◇
王都より一時間の飛行で大樹海の拠点に到着した。
偵察ドローンはステルスモードで兵舎近くの広場に着陸した。俺は”荷物”を肩に担いでいく。
『ディー・テンは上空で待機』
[了解]
拠点の兵舎は静まり返っていた。城壁の一部に明かりが見えるのは不寝番の兵だろう。ほんの数日、離れていただけなのに帰ってくるとなぜかほっとする。とはいえ用件が済んだら王都にとんぼ返りだ。
兵舎群の中に周囲よりひとまわり大きい家屋がある。隊長格が利用するタイプだ。
扉をノックすると、二十代後半くらいの男が警戒のまなざしで顔をのぞかせた。ライスター卿の子息、アベルだ。
「ア、 アラン様!」
「夜分すまない。届け物がある。御父上はご在宅か」
「ちょうど床についたばかりですが、すぐに起こします。……どうぞ中にお入りください」
俺は”荷物”を戸口において中から見えないようにしておいた。
しばらく待った後、ライスター卿が姿を現した。急いで身を整えたにしては全く乱れがないのはさすが上流貴族というところだろう。恭しく俺に一礼した。
「アラン様、王都での戦勝報告はお済みになられたようですな」
「いや、一時的にドラゴンで戻っただけだ。卿に渡したいものがある」
俺は扉を開けて、猿ぐつわをかませた男を椅子に座らせた。
「こ、これは!」
「ヴィルス・バールケ侯爵。ベルタ王国宰相だ。いや、だったというべきかな」
突然、ライスター卿がよろめいた。あまりの衝撃に気が遠くなったらしい。
「父上、お気を確かに!」
あわてて、アベルが支えている。
ライスター卿はしばらく胸を押さえていたが、やがて声を絞り出すように言った。
「アラン様、……いったい、どうやって」
「驚かせてすまない」
「父上、これを」
アベルが小さなコップに瓶から琥珀色の液体を注いだ。気付け薬がわりの蒸留酒か。ライスター卿は一気に飲み干してまた呼吸を整えている。
バールケの野郎はまだ熟睡中だ。セリーナは一般人用の鎮静薬をつかったから、そろそろ目覚めるはず。
魔石ランプの光がライスター卿の顔を照らしている。これまで見たことのないの怒りの表情だ。
俺は王都での顛末を話してやった。戦勝報告はおろか、国王とバールケは俺を処刑する可能性が高いこと、最後の交渉も決裂したことなどをだ。
「それでは、ベルタ王国との戦争になるのでは」
「いや、バールケはアラム聖国とつながっている確かな証拠がある。やつは自分の居城に大量の白金貨を隠していた。卿の邸宅で見つかった白金貨も出どころは同じだろう。王都守備隊のヘルマン軍団長が調査を始めているところだ」
「なんと! われらの冤罪すらも晴らしてくださったとは」
「俺はかつて卿と約束した。その機会が巡ってきた時にはバールケを任せると。今がその時だ。この男は売国の証拠が見つかったので自宅を焼き払って逃亡したことになるだろう」
すでにセリーナの指示で偵察ドローンがバールケの邸宅を焼き尽くしているはずだ。
「一つ頼みがある」
「何でもお命じ下さい」
「こいつはアラム聖国とつながっている理由を話さなかった。お二人に聞き取ってもらうわけにはいかないだろうか。その後は任せよう」
突然、二人は俺の前に跪いた。
「この命、スターヴァイン家とアラン様に捧げます!」
「クレリアもきっと喜ぶだろう。おっと、俺が一時的に戻ったことは黙っていてくれ。顔も出さずに王都に戻ったなんてばれるとまずいからな」
「承知いたしました」
俺が戸口を出しなに振りかえると、アベルが壁にかけていた長剣に手をやるのが見えた。……これで約束は果たされたな。
俺は扉を閉めて頭上を見上げた。姿は見えないが、上空からかすかな排気音が聞こえる。
『ディー・テン、ハッチを開けろ』
[了解]