国王が入室すると、一斉に貴族たちが立ち上がった。国王の顔は三日前に見た時よりもさらに痩せ、焦燥の色が濃い。
俺は衛兵たちに囲まれて、床に跪いたままだ。
「おもてを上げよ」
周囲に目をやると、左右の貴族の数が減っている。見知った顔としてはエクスラー公爵がいるが、ひと月近い長旅のあとなのに疲労の色は見えない。ヘリング士爵の姿が見えないのは、昨夜の呼び出しで用は足りたと国王が判断したか、被告側に位置する人間とみなされているかのどちらかだな。
味方になりそうなのはシュマールバハ侯爵だけだが、こちらに目を合わせようともしない。
「エクスラー公の報告によれば、そなたはスターヴェークの王女をかくまったという。これはまことか。直答を許す」
「間違いございません」
「ふむ、言い逃れすらせぬのだな。そなたが叙爵の際、王女の配下を奪取したのも事実か」
「わが配下の者が、脱出を手助けしました」
「なにゆえ」
「王女を大樹海に隠せば、アロイス王国の介入を避けられると考えました。すべて私の独断です。いかようにも処分をお与えください」
「…………」
国王は俺を見下ろしたまましばらく黙っていた。
「そなたの言い分では問題そのものをなかったことにしたようだが」
「はい。他国とはいえ、王位を簒奪したロートリンゲンなど相手にする必要はございません」
「虜囚の扱いについては閣僚の間でも意見が分かれていたのは事実。だが今回の行いで問題のすべてをそなたは背負ったことになる。今後、アロイスの剣はそなたに振り下ろされよう。それでも良いか」
「望むところでございます」
「では、余はスターヴェークの兵も王女も知らぬ。そなたが勝手にやったことだ」
ん? 全部俺に丸投げしたな。もちろん国王は数少ない身内のクレリアを手放すつもりはないだろう。この辺りはエクスラー公の入れ知恵か。公爵の顔を見ると、俺から目をそらした。……間違いないな。
「では、セシリオ軍侵攻の件はどう釈明するつもりか」
「セシリオ軍のガンツ侵攻は事実にございます」
「言葉では何とでもいえよう」
「ではその証拠をお見せします」
『セリーナ、準備はいいか』
『いつでも飛び立てます』
『全ドラゴンを王宮上空に展開』
『了解』
「まことに恐れながら、広間の窓側に席を移られますよう」
貴族たちがバルコニーに並び始めると、ほとんど同時に街のあちこちにある教会の鐘楼から鐘が鳴り響き始めた。それもかなりの急ピッチの乱打に近い。
突然、あたりが暗くなった。
赤いドラゴンが大きく羽ばたきながら、バルコニーのすぐ上でホバリングしている。つづいて巨大な黒ドラゴンが背にセリーナを載せてその巨躯をあらわにした。
「「おおっ!」」
驚愕の声と同時に数人の貴族が腰を抜かしている。後続のドラゴンが続いて一匹、また一匹と王城の上空で旋回しはじめた。兵士たちが右往左往しているのが見える。
やがてドラゴンたちは整然と隊形を組んで王城の低空を大きく周回飛行をはじめている。ドラゴンの威容がバルコニーからみてわかる配置だ。
俺はすかさず国王の前に跪いた。
「ガンツ攻防戦にてセシリオ軍を撃退した、わが配下のドラゴンでございます」
「…………」
さすがの国王でもすぐには応答ができないようだ。
「セシリオ侵攻軍はドラゴンに蹴散らされ、敗走いたしました」
「ドラゴンの軍団とは……。これならばガンツ防衛も可能だったかもしれぬ。あの黒ドラゴンの背に乗っているのはそなたの配下か」
「我が配下、セリーナ・コンラートと申します」
「あの若さで苦も無くドラゴンを操るとはな」
国王はそれだけ言ってしばらく上空を見上げていたが、やがて踵を返して王座に向かった。貴族たちも自席に戻っていく。
「アラン、今後セシリオの扱いはどうするつもりか」
「私がセシリオ王国との交渉にあたり、賠償金を取り立てます。それをもってセシリオ侵攻の事実証明といたします」
「よかろう。賠償金はすべて国庫におさめよ。のちに戦勝の事実確認のためガンツには調査の者を派遣することになろう。さて、そなたと開拓地の扱いだが……」
国王は右の壁側にいる一人の年老いた貴族に声をかけた。
「シュマールバハ侯爵、そなたの領地では商工業が盛んであったな。大樹海の資源をどう見る」
「恐れながら申し上げます。古文書には大樹海には豊富な金属資源があることが記されています。大樹海の開拓を成しとげた有為の人材をここで失うのはいささかもったいのうございます。陛下のお慈悲を民に示す好機でもあるかと愚考いたします」
先日の根回しもあるが、こんなにも簡単に裏切られるとはバールケはよほど人望がなかったんだな。
「なるほど。他の者の意見はどうか」
「私も男爵の存命を望みます」
「私もです」
二つに分かれていた貴族のそれぞれから声が上がった。これは大樹海の資源のおこぼれにあずかろうとしている連中だ。
エクスラー公爵が立ち上がり言った。
「国王陛下、もはやアラン・コリント男爵を断罪する者は貴族の中にはおらず、訴え出たバールケ侯爵の行方も知れませぬ。これ以上の審議は不要かと。陛下、アラン・コリント男爵への裁定をお願いいたします」
そういうとエクスラー公爵は、一瞬俺に視線を飛ばしてから自席に戻った。多分あれは俺に貸しを作ったというメッセージだな。
国王は俺をじっと見つめながら言った。
「余はスターヴェークの王女について関知せず、よって外患誘致とはせぬ。また、査察団の報告書により開拓は順調であると判断する。したがって三年間の租税減免は廃止する」
減免廃止とはきついな。これは王都から虜囚をかすめ取った罰か。この入れ知恵も公爵だな。
「さらに、開拓の功績によりそなたを辺境伯に任命する。今後、セシリオのさらなる侵攻があった場合、男爵はドラゴンをもってガンツ防衛にあたれ」
「陛下!」
エクスラー公爵が顔色を変えた。俺の辺境伯への昇格は予想していなかったらしい。俺もだが。
「余は叙爵の席で男爵に約束した。開拓成功の暁には辺境伯への昇格を行うと。辺境伯の領地が開拓地のみということはあり得ぬ。ガンツ城主とするのがよい。王都にあるユルゲンの邸宅も授ける。これで長きにわたる脱税も是正の運びとなろう」
「し、しかしガンツはわが国でも有数の商業都市。それを男爵位に与えるなど前代未聞でございます」
「開拓の成功と減免廃止を強く説いたのはそなたではないか。それとも、成功は虚偽なのか?」
「い、いえ、陛下の御意のままに」
「では正式に布告し、世に知らしめよ」
「ははっ」
国王は顔をひきつらせたエクスラー公から視線を俺に戻して言った。
「よいな。アラン」
「はっ。陛下の慈悲深き裁きに感謝いたします」
俺は深く頭を下げた。
これでセシリオ側から賠償金が支払われれば、両国間に争いは生じない。もっとも賠償金の源は俺の領地からだが。
辺境伯の地位も得たし、イーリスのプラン変更の具申を採用して正解だったな。これで対アラム聖国への動きが加速する。
◇
国王が退出した後、高位の貴族から少しずつ謁見室を出ていく。俺の身分だと退出は一番最後だ。延々と続く貴族の列が最後の数人となったころ、ザード儀典官が近づいてきて俺にささやいた。
「アラン様、国王陛下がお呼びです。ドラゴンに騎乗していた配下の方も来るようにと」
「わかった。少しまってくれ」
俺は誰もいなくなった謁見室のバルコニーに立って上空に手を振った。
『セリーナ、こっちに合流してドラゴンは御料林に待機だ。グローリア、グレゴリーには感謝していると伝えてほしい』
『了解』
セリーナはグレゴリーの背から飛行魔法を展開してバルコニーに降りてきた。同時にグレゴリーの黒い巨体がバルコニーの手すりをかすめるようにして飛び去った。どうやら暴れたりなかったみたいだな。
横を見るとザード儀典官が目を丸くしている。
「あのドラゴンを意のままに指示できるとは……」
「ドラゴンは義理堅い生き物なのさ」
「はぁ……。しかし、こちらの方のお召し物はいささか問題が」
セリーナは航宙軍の黒い戦闘服を着ている。すらりとした体形にぴったりだが、ハンドガンや電磁ブレードナイフ、魔法剣など剣呑な武器をフル装備だ。儀典官にもかなり怪しく見えたらしい。貴族の警護を考えると当然だが。
「いや、大丈夫だ。俺が保証する」
「わかりました。ではご案内します」
ザード儀典官に案内されるまま、俺とセリーナは謁見室から一つ上のフロアに上がり部屋に通された。儀典官は俺たちをのこしてドアを閉め去っていった。
部屋は高座にどっしりした椅子が一脚あるだけで、他には何もない。窓も小さく、二つある燭台がなければかなり薄暗かっただろう。多分これは国王か閣僚級が密談する場所だな。
右側の扉が静かに開いて、エクスラー公爵と国王が入ってきた。すかさず俺とセリーナは跪いた。
「……おもてを上げよ」
国王が王座に座り、公爵は少し下がった位置に立っている。
「昨夜、ヘルマン軍団長より報告があった。バールケが前宰相を陥れた証拠があると。自宅が焼失、本人が逃亡とあれば間違いなかろう。ならば裁判など開く必要もなかったのだがな。此度の茶番、その方にとって不快であったろうが貴族どもの顔を立てるためだ。許せ」
「はっ。辺境伯の地位を授かりながら、不満のあろうはずもありません。ご裁可には感謝するばかりでございます」
「ところで、呼んだのはほかでもない。クレリア王女のことだ」
やはりそうなるか。
「クレリア王女はスターヴェーク王家の血筋。大樹海にかくまうそなたの気持ちは理解できるが、余が向かうわけにもいかぬ。アロイスの手の者の目を避け、秘密裏に王都に連れてくるのだ」
困ったな。予定では国王と会う前にスターヴェーク奪還という既成事実を作るはずだった。事態が速く動きすぎている。
「セシリオとの講和がすむまでの時間を頂けないでしょうか」
「ならぬ。そなたは講和に向けて動くとよい。王女の登城はそれとは別の問題だ」
「では移動に三十日ほどお待ちいただきたく、」
「そなたは先にガンツを立ったエクスラー公より早く王都に着いたというではないか。ならば王女をドラゴンに運ばせればよい。一週間を与える」
クレリアだけを国王のもとに置くことはできない。本人も絶対に納得しないだろう。そのうえ、ベルタ王国主導でスターヴェーク奪還が動き出してしまう可能性すらある。
「国王陛下。恐れながら申し上げます。一国の王女を何の準備もなくドラゴンに乗せて運ぶのはあまりに失礼ではないでしょうか。拠点には王都のように貴族の身支度をする店すらまだありません」
「なるほど。では三週間を与える。……よいな。かならず連れてくるのだぞ」
それだけ言うと、国王は部屋を去った。
残ったエクスラー公爵は言った。
「アラン、そなたは二つの約束をした。一つは王女を王都に連れてくること。そしてもう一つ。……忘れてはおるまいな」
国王が出た側と反対の扉から、二人の女官が入ってきた。ハッとするような深紅の髪の毛に見覚えがある。もう一人は女性にしてはごつい体つきだ。たしかエクスラー公の護衛、フリーダとゲルトルードか。裾の長い女官の衣装をまとっていて、一瞬、誰だか思い出せなかった。
「この二人はセリーナとの対戦を望んでいる」
望んでいるというより公爵が二人をたきつけたんじゃないかという気がする。
なぜかよくわからないが、公爵はセリーナにご執心だ。しかしその女官たちの反発もすごそうだ。確かにセリーナとの対戦を約束していたな。
「セリーナはこの二人に勝てば好きにしてよい。しかし、負けた場合は王都に残ってもらう。どのみち王女が来るからには、見知った顔があったほうがよいではないか」
『イーリス』
[真偽判定モジュールは彼の発言に明確な虚偽を感知しています]
モジュールの助けを借りずともわかる。決してクレリアのためであるはずがない。
『なぜセリーナが残る必要がある』
[可能性は以下の通りです。人質:八十二パーセント、部下としての徴用:十一パーセント、愛人:七パーセント。いずれもアラン艦長を今後とも自分の支配下におくためのようです]
『アラン! 絶対に嫌です!』
『わかっている。そんなことはさせない』
あからさまに嘘をついて平然としていられるのは大貴族らしいな。それにしても愛人とは。
「……セリーナは対戦可能です」
「明朝、この部屋に来い。場所は用意してある。武器は模擬剣ではなく真剣だ。よいな?」
不敵な笑みでエクスラー公爵は席を立ち、一瞬セリーナに目をやってから、二人の女官とともに謁見室を出た。
やはり貴族制度は滅ぼすべきだな。いつになるかわからないが。