クレリアが新拠点を宣言してから一ヶ月たった。新拠点の建物はほとんど完成しているが、家具はまだ全戸に行き届いていないし、生活必需品の多くはいまだにガンツに依存している。
いまではガンツからの商人が大挙してやってきては、日用雑貨を売って樹海の産物を購入していく。こちら側の価格はカトルの提案で市場価格より低めにしてある。ガンツ商人たちから見れば移動にかかる手間を考えてもボロ儲けであることには変わりない。噂を聞きつけた周辺の村々からも商売人がやってくるようになった。
まずは人が集まること。これが街を育てるもっとも重要な要素だ。
ガンツの旧拠点にはサテライトを一班だけ交代で常住させるようにしているが、入植希望者が殺到していて、さばくのに一苦労しているらしい。
選ぶ基準は、何らかの技能を有していること、年齢が行き過ぎていないこと。可能であれば家族で入植できること。読み書きができればなお良い……といった将来性を考えたものだ。このレベルでも条件を満たす人材はなかなかいない。任官を希望する傭兵や冒険者も多いが、今のところお断りしている。
ダルシムとも相談したが、近衛と旧辺境伯軍の兵力を一定以上に底上げしてから、厳選の上、次の集団を受け入れるべきという意見に落ち着いた。航宙軍でもそうだが、先達はあとから来た者たちより常に優れた能力を持っていることが望ましい。
一階の広間におりていくと、すでにクレリアたちがお茶を飲んでいた。
「アラン、今日は教会の司祭様から聖堂建築についてお話があるんだけど、一緒に聞いてもらえないかしら」
んー、王都のゲルトナー大司教とはうまく行っているし、いまは宗教関係者と話すことはないんだけどな。例によって話が長くなりそうだ。
「司祭さまがぜひアランの意見を聞きたいんですって」
「教会のことはクレリアに任せるよ。ロベルトも教会に詳しいようだし、一緒に行ったらどうだ」
「当然、ロベルトも打ち合わせに参加するわ」
「建築方針が決まったら顔をだすよ」
「アラン、これはとても大事なことよ。女神ルミナス様のお導きがあってここまで来れたのだから」
エルナから話を聞いてはいたが、どうも宗教とか誓いとかまだよくわからない。教会組織は利用するが信じないというのが俺のスタンスだからな。とはいえクレリアが女神に誓ったその瞬間、ナノムによれば何らかのエネルギー放出があった。この惑星の人間と信仰の間には謎が多すぎる。
「俺の支援者たちも聖堂までは作れなかったからな。そこはクレリアにまかせる」
「方針が決まったらかならず参加してほしいわ」
そう言うとエルナと二人で食堂を出ていった。
「宗教はなんとかしなくてはなりませんね」
セリーナがいつかのイーリスと同じことを言った。
「さっきからリアに信仰の大切さを説かれてまして」
「ここに到着するまで気持ちが揺らいでいたんだろうな。無理もないさ。その不安が消えたんで神様に感謝を捧げようとしているだけだろう」
「神様というよりすべてアランの働きがあったからです」
シャロンの言う通りかも知れないが、クレリアには話せないことがたくさんある。今は信仰が大切ならそれでいい。
……いつかは宗教と科学が対立する時が来るにしても。
「ふたりとも朝食は?」
「非常用固形食で済ませました」
「厨房も明日には完成だからもう少し我慢してくれ」
非常食ばかりの生活がつづいて一番こたえているのはたぶん俺だろうな。
厨房はいったんは完成したものの、俺の趣味が続けられるように小ぶりに作ったのがクレリアには不満らしい。エルナの意見によると城館の厨房としては規模が小さすぎるという。やむなく設計を変更して拡張工事中だ。
「二人の予定は」
「私は引き続きあとからきた旧辺境伯軍の兵士に教練を行います。サテライトの兵士は教育が進んでますが、後発組は体力づくりから始めないと。とくに幽閉されていたエンデルス卿ほか八名は定期的に治癒魔法の施術が必要です。体術とかコリント流剣術の指南はまだ先ですね」
コリント流剣術は教えなくてもいいような気がしたが、セリーナはここへ来て次席指揮官としての認識を強めたらしく、兵士教育に入れ込んでいる。
「シャロンの進捗はどうだ」
「孤児たちの多くは読み書きできません。また病弱な子も多くて問題だらけです。教会のシスターも年長の生徒には手を焼いているのが現状です。教育も午前中だけで午後からはそれぞれの親方のところで働かねばなりませんし」
「いつもすまない。教育には俺ももっと関わらないといけないんだが」
「いえ、これは大変やりがいのある仕事です。セリーナも私も全然苦にしてません」
「ありがとう。二人とも」
「そろそろ時間ですので」
二人が食堂を出ると、やがて馬を駆る音が遠くに聞こえてきた。
用意してあった非常食糧で味気ない朝食を済ませ、外に出た。午前中はカトルと商業ギルド(建設中)で打ち合わせの予定だ。
城館からしばらく正門に向けて馬を走らせると商業エリアだ。かなりの数の店舗が開いており、工房もあちこちで稼働している。建設中の商業ギルドの建物はガンツのものと引けをとらないほどの規模だ。まだこんな小さな町なのに支店建設に踏み切ったところを見ると、ギルド長のサイラスさんは俺たちの将来性を認めてくれたのだろう。
建物の入口で小柄な青年が人夫に指示しているのが見えた。
「よう、ウィリー」
「アラン様、ようこそ。残念ですが内装の工事中で中には入れませんよ」
「いや、いいんだ。カトルはいるか」
「いま親方と話しているはずです。こっちの現場指揮所に案内します」
「悪いな、ウィリー」
敷地の隅に丸太づくりの簡素な建物があって、ウィリーの案内で中に入る。
「アラン様!」
カトルが大声を出したせいで、図面を見ていた技師たちが一斉に立ち上がった。
「邪魔して悪いな。作業は続けてくれて構わない」
カトルの隣にたっている髭面の大男の頭の上に名前がポップアップした。
「たしか、トルコ親方だったな。以前はホームの内装で大変世話になった。商業ギルドの建築にも関わっていたんだな」
「覚えていただいて光栄です。内装はうちの組が一括で引き受けました」
「よろしく頼む」
俺が言うと、丁寧に頭を下げた。
うーん。どうも堅苦しくていけない。最近はクレリアからあんまりくだけた調子で一般民衆と話さないようにと固く言われているのがつらいところだ。
「カトル。進捗はどうだ」
「サンプルとしていただいた材木が素晴らしいですね」
「そうなんだよ! この試作したテーブルを見てくれ。なんとこの大きさで一枚板だ。乾燥しても歪みが全くない。おまけにこの木目の細かい均一な年輪ときたら! こんな大木はもうガンツ周辺にはほとんど残ってないんだ。みんな切り尽くしたからな。樹海にあることはわかってたが、魔物のせいでほとんど切り出せなかったんだ」
トルコ親方は興奮のあまり敬語がどこかへ行ってしまったようだ。俺としてもそのほうが助かる。
テーブルの表面に触れると、木工には素人の俺でも材質の良さがわかる。かすかに魔素のエネルギーをまとっているようだ。魔力感知能力のある者にとっては価値あるものかもしれない。
「これまでに試験的に販売した木材も好評です。すでにガンツだけでなく近隣の街からも買い手がやってきています。このぶんだと木材の販売だけで大儲けできますよ。良質な木材はいくらでも需要がありますからね!」
樹海の木々の生育はかなり早い。ガンツへの街道沿いは魔物の巣窟にならないように適度に間伐しなければならないし、イーリスの分析によれば奥に行くほどに大木が茂っているらしい。長期にわたって利益を出すには大規模な伐採は避けるべきだろう。そうすれば希少価値もつくというものだ。
「商業ギルド支店の建設も順調なようなら、カトルに頼みがあるんだが」
「アラン様の儲け話ならよろこんで!」
俺からの依頼はすべて儲け話と思っているらしい。俺は機会を提供するだけで儲けにするのはカトルの才覚だ。父親のタルスさんも大商人だったが、カトルはいずれ父親を凌ぐかもしれない。
「実はガンツのサイラスさんから連絡があって、こっちに来るそうなんだ」
「ギルド長が? 支店の完成はまだ先ですが」
「支店建設の視察という名目で、この街をさぐりにくるつもりだろう。視察のあとは城館でもてなすことになっている。カトルも参加してほしい」
「分かりました。僕が商人の目でギルド長がなんの目的で来たかを見抜けばいいわけですね」
「さすがカトル。わかってるな」
「ありがとうございます」
それからしばらくカトルと建設中の施設を外から見せてもらいながら、最近の取引についてあれこれ話を聞いた。
「一つ気になる情報があります。ガンツの小麦の価格が高騰しているそうです」
「収穫期はこれからだ。小麦の備蓄量が減ってきているんだろう」
「いえ、もしかするとアラン様が原因かもしれません」
……蒸留酒か。
サイラスさんに教えたのはワインのアルコール濃度を高める技法だったし、規模も小さい。どうやら俺は人間の創意工夫を侮っていたようだ。エールのように麦を発酵させて酒を作る技術はすでにある。それを蒸留することに気がついたんだろう。サイラス商会が大規模な買付をして、市場価格が上昇しているに違いない。
「蒸留酒は大量に小麦を使う。燃料の木材と魔石も価格が上昇しているはずだ。……役に立つ情報だ。カトルありがとう」
「いえ、このくらいのことは当たり前です。ガンツの情報については定期的に報告します。蒸留酒についてはここでも作りたいですね」
「わかった。考えておこう」
サイラスさんにたった百五十万ギニーで蒸留技術を伝授したのはまずかったかもな。ただでさえ植民地で穀物が不足しているのに、魔石や狩った魔物を売っても十分な穀物が購入できなければこの冬は越せない。……まいった。