翌朝、俺とセリーナは王宮に向かった。昨夜の飲酒に伴う老廃物はすべてナノムに処理させている。結局、俺とヘリング士爵とで結構遅くまで飲んでしまった。夫人も結構いける口だ。ヘリング士爵の酔いが回る頃にも平然としているのはさすがだったな。
王宮正門の警備隊も俺が来ることを事前に知らされていたのか、すんなりと通してくれた。今日はエクスラー公の個人的な催しだ。なのに公爵が王宮に滞在を許されているのは王族だからだろう。
「アラン様」
王都守備隊のヘルマン軍団長か。王宮に来ているところを見ると、あの件だな。
「このたびは貴重な情報に感謝いたします」
「忙しそうだな」
「はい。国王陛下からのお呼び出しもこれで三回目です」
「事件に進展があったのか」
ヘルマン軍団長は急に声を潜めた。
「思いのほか根は深く、バールケ宰相は敵対派閥だけでなく、自ら率いる派閥の構成員にも強力な影響力を行使していたようです」
「貴族たちの醜聞や秘密をネタに脅迫していたというところか」
「ど、どうしてそれを」
バールケの居城の地下室で見つけた帳簿は相当な量があった。敵だけでなく味方へも手を緩めていなかったらしい。だがその秘密とともにバールケがいない今、各派は疑心暗鬼のはずだ。
「俺にも協力者がいる、ということにしておこう」
「…………」
一瞬の沈黙ののち、ヘルマン軍団長は何を思ったのか急に話題を変えた。深く追求してはいけないと判断したらしい。
「アラン様はどのような御用で王宮へ来られたのですか」
「エクスラー公爵がセリーナを護衛に採用したいらしい。それで今の女官と戦う事になった」
「あぁ、一年ほど前にも似たようなことがありました。その時の希望者は大けがをしています。どうかセリーナ様もお気をつけて」
「盗賊関係は今後とも耳にした情報は提供しよう」
「ありがたいことです。では小官はこれにて」
ヘルマンは深々と俺に頭を下げ、セリーナに目礼してから足早に去っていった。
◇
先日の部屋で待っていると、ノックとともに見知らぬ兵が現れた。制服も王都守備隊とは違う。
「失礼いたします。アラン様。私はエクスラー公爵様の護衛隊長を務めております。カミルと申します。お迎えに上がりました」
と、丁寧にお辞儀をした。
カミル隊長の年齢は俺より少し上くらいだろうか。この大陸の住民の年齢を推し量るのにもだいぶ慣れてきたから、間違いはないだろう。男にしては長い金髪と、透き通るような青い目が特徴的だ。探知魔法を起動すると、心臓の脈動に同期する魔素の輝きが全身を覆っている。相当な手練れだ。この若さで大貴族の護衛隊長なのもうなずける。
応接室から一階フロアに降り、王宮の西翼を通り抜けるようだ。ここは財務や法務に携わる文官たちが働いている場所だ。ナダルス主任主計官にはガンツ伯の脱税調査結果について聞きたかったがその時間はないな。
やがて先頭を行くカミル隊長と屋外に出た。
「アラン様。ここは王都守備隊専用の闘技場です。エクスラー様が今日のために国王陛下に願い出て一日だけお借りできたのです」
王城の庭を抜けて闘技場に入った。城壁の内側にある施設にしてはかなり広い。弓矢の練習用の的などが並んでいるほか、中央には直径二十メートルほどの円形に土が盛立ててある。模擬戦などにつかわれる闘技台だな。この広さだと剣技と魔法戦兼用のようだ。
闘技台にはすでにフリーダとゲルトルードの二人の女官が待っていた。
探知魔法で見ると、赤毛のフリーダは魔素量が半端ない。心臓を中心に魔素光が脈動しながら四肢に伸びている。ゲルトルードは魔素の量は少ない代わりにかなりの筋肉質だ。初めて見た時は女官の衣装でよくわからなかったが、腕周りなんか並みの男より太い。剣技は相当な手練れだな。
重い甲冑をつけているところを見ると本当に真剣での戦いらしい。だがセリーナは航宙軍の戦闘服と長剣だけだ。
おそらく戦闘はフリーダが魔法に集中するときに、ゲルトルードがカバーする流れだろう。これでは単騎で対戦する側はかなり不利になる。だがセリーナの剣の実力と魔法の展開の早さが二人を圧倒するはず。
セリーナは二人に五メートル以上の距離を開けて向かい合った。二対一で向かい合う中央に隊長が立っている。なるほど、審判に加えて、エクスラー公に事後報告するためにカミル隊長がいるわけか。
「始めっ!」
隊長が声を上げ、手を振り下ろした。
その瞬間、フリーダがセリーナの背後に回り、ゲルトルードが大上段に剣を構えた。セリーナは微動だにしない。
探知魔法の映像では赤毛のフリーダの輝きが増していく。と同時にゲルトルードが前に出て、裂ぱくの気合とともに振り下ろした。同時に、背後からフレームアローが放たれる。その瞬間、セリーナの姿が消えた。
加速魔法でゲルトルードの背後に回ったセリーナが、重い甲冑を装着していない理由がこれだ。結果、ゲルトルードは飛来するフレームアローの的になった。が、辛くもかわし、体勢を立て直すはずが背後からの強烈な蹴りで思わず膝をつく。
セリーナはかなり手加減しているな。敵が野盗なら、背後を獲った時点で一刀両断しているところだ。
今度は剣を構えたフリーダが赤毛をなびかせて、刺突をかける。だがそこにセリーナの姿はない。つんのめって転倒したフリーダと膝をついたままのゲルトルードから五メートルくらい離れた場所で、セリーナが治癒光に満たされていく。さすがに今の加速では無傷とはいかないな。
「もう終わり? あなたたちみたいな人が大貴族の護衛とは呆れたわ。田舎貴族はとっとと地元にお帰りなさい」
セリーナの挑発が図星だったのか、二人は雄たけびを上げながらセリーナにかかっていく。が、セリーナは二人の剣戟を一人ですべて受けつつ、時折、ローキックで相手を挑発するのをやめない。
急にフリーダの動きが速くなった。まるで炎のように赤毛を流しながらとびかかっていく。一方、ゲルトルードの動きが次第に遅くなる。
『セリーナ、でかい方が仕掛けてくるぞ。距離を置け』
『わかってます!』
その瞬間……。
「ウインド・カッ……」
だがセリーナの動きが一瞬早い。身をかがめ、ゲルトルードの腹に強烈な蹴りをお見舞いして発動を抑止、すかさず身を返してフリーダに反撃に出る。手に持った魔法剣が禍々しい赤色光に染まっていく。
足元にうずくまるゲルトルードに見向きもせず、フリーダはより一層、剣戟の速度を速めていく。三連撃、四連撃……。しかも上下段、袈裟懸け、刺突とあらゆる剣戟のパターンを目まぐるしく展開するのは男でも無理だろう。
だがセリーナはすべての攻撃を全くの無表情のまま受け流している。
これは試合というよりセリーナの指導剣だ。フリーダが全力でやったという実績作りだな。そのうえで、とてつもない格上と戦っているという感覚を相手の心に刻み込んでいるのだ。セリーナも人が悪いな。
セリーナの魔法剣が激しく輝いたと思うと、一撃でフリーダの剣をたたき切った。赤熱する剣の切断面を眺めたままフリーダの動きが止まった。
「そこまで! 勝負あり」
カミル隊長が叫んだ。同時に気が緩んだのかフリーダが膝から崩れ落ちた。
『よくやった』
『なかなかの使い手ですね。これくらい頑張ったなら公爵も悪いようにはしないでしょう』
カミル隊長は剣の柄に手をやっている。敗者への対応は厳しそうだな。
「アラン様、敗者の処分はいかようにでも」
「エクスラー公の元へ帰してやれ。言い訳は本人たちがするだろう。だが、二人は全力を尽くしたと俺からの言葉として伝えろ」
「承りました。そのように伝えます」
そういうと、カミル隊長は足元もおぼつかない二人を闘技台の外へと追い立てていく。
「……王都での仕事はこれで終了だな」
「一時はどうなることかと思いましたけど」
予定では大樹海の拠点を出発したブレーズの一隊と、ルドヴィークの廃城で合流し、ギニーアルケミンの探索をすることになっている。
『イーリス、ブレーズ一行の位置は』
[予定よりかなり遅れ、あと十日ほどで到着予定です]
ブレーズたちは大樹海の拠点からベルタ王国を抜け、旧スターヴェークの領地内にあったルドヴィーク領に移動しなければならない。まださらに遅れる可能性もある。いったん大樹海の拠点に戻るほうがいいな。クレリアを心配させたくないし。
俺は闘技場を出ながら、セリーナに言った。
「グローリアたちはどうしてる。数日で拠点を行ったり来たりではかわいそうだな」
「それが御料林には、ほかにはない珍しい獲物があって退屈しないそうです。とくにグレゴリーはずっと極地に住んでいたのでなおさらのようです」
「ひょっとしてまた体がでかくなったとか」
「……はい」
ドラゴンには好きなだけここにいてもらって、俺たちはドローンで移動するか。それだとだいぶ時間が余る。王都魔術ギルドにも顔を出しておきたいが……いや、まてよ。
『イーリス、冒険者ギルドのランク維持のための依頼達成期限はいつだ?』
[あと四日です]
大樹海の拠点に戻ればアラム聖国の問題でほかのことはできない。ランクが落ちればクレリアも残念がるだろう。王都で任務を受けて片付けておこう。