思い出した! 叙爵で王都に来た時、ダスカー商会に父親の経営していた書店を買いたたかれていた男を救ったことがある。そいつの名はハンス。元冒険者だという。救ったお礼にと酒場へと導かれ、仕方なくドラゴンと戦った話をしたんだっけ。ヘリング士爵の話では俺の話をネタに本を出版し大評判となり、演劇にまでなったというが……。
つまり、俺は俺の役をやるのか。
「では私はギルドで手続しておりますので、マルッキオが劇場にご案内します」
そういうと座長はそそくさと契約室を出て行った。
◇
「いや、ほんっと助かったよ。あんたをギルドで見つけたときはマジで女神ルミナス様のお導きかと思ったぜ。座長もジョフリーがぶっ倒れてからというもの気が気じゃなかったろうさ。なんせ今日は貴族様のご来場だからな。実はさ、俺たちの一座が王都で大当たりしたのは今回が初めてなんだ。ハンスの野郎が台本を持ってきたのが俺たちの一座だったのも運がよかったな。当時はスターヴェークの内乱が終わったばかりで、王都ではピリピリした雰囲気でさ。観劇なんて雰囲気じゃなかったからな。それで王立劇場にも空きがあって、上演の運びとなったわけだ。本当は俺たちの一座ごときが使わせてもらえる場所じゃないんだよね。なにもかも女神ルミナス様のおかげだよ。でもさぁ。アランの一回で三万ギニーはすごいよな。おれなんか週給五百ギニーだぜ。まあ、賄い飯があるんで助かってるど。何しろ王都は物価が高くてさぁ……」
市場の雑踏の中、小さな歩幅でぽちぽちと歩くマルッキオの話が長すぎる。劇団内でもかなり浮いているのは間違いないな。
「ハンスにわだかまりがあるようだが」
「あの野郎はひどいんだよ。俺に端役ばかりおしつけやがってさ。ジョフリーが倒れたときは一瞬俺がと思ったけどさすがに無理だよな。俺、背が低いし、ふとってるし……。でもアンヘルのおかげで助かったぜ」
王都冒険者ギルドから王立劇場まではそんなに距離はないのだが、ようやく劇場の姿が見えてきた。王立と冠するだけあって規模がでかいな。すでに劇場前の広場には精一杯のおめかしをした平民たちが列をなしている。
「アンヘル、俺たちは裏口から入るんだ。こっちだ」
俺たちは正面玄関から裏手に回り、中に入った。
楽屋でセリーナと一緒に台本に目を通すと、劇は俺がタラス村についたところから話が始まっている。これより前のことはハンスには話してないからな。
とはいえ、タラス村の村長のザックの名前や、トールとベックの名前まで出てくるのを見ると、現地取材までやったらしい。クレリアは”リア”、という名前になっているところも細かい。たぶん冒険者ギルドの窓口の人間から聞いたんだろう。
しかし、ストーリーは俺の話をかなり盛っている。
俺とクレリアは盗賊退治や困った村人を助けたりなどの善行を積みつつ、諸国を漫遊する。迫りくる追っ手を幾度となく撃退するうちに、リアがとある国の王女であることが発覚する。
そうこうするうちに森で迷った俺とリアはドラゴンの戦いに巻き込まれ、やがて激しい戦いの上、俺がドラゴンを配下にする。そしてアランはアランとリアはめでたく結ばれるのであった……。
『…………』
『アラン、これはやめるべきでは』
『なぜだ』
『リアのことをアロイスの追っ手に気づかれるかもしれません』
『いや、もう何十回も演じているらしいぞ。いまさらだろう』
『確かにそうですけど……』
『もう約束してしまったからな。契約放棄したら、冒険者としての評判は下がる』
『まで本名も伝えていないですし、人物特定は難しいでしょう』
『乗りかかった舟だ。やるしかない』
『はぁ……』
と、楽屋のドアが開いて、アブラーモ座長とマルッキオが一人の女性を連れてきた。
「これがリアの役をやる一座の看板女優、ロジーナでございます。初顔合わせということで連れてまいりました」
「へぇ。なかなかイケてるじゃないの。ジョフリーよりずっと若いし、冒険者の衣装もよく似合ってる」
「あっしが見つけたんで! すごくないすか」
勢い込んで言うマルッキオを完全無視して、ロジーナが近づいてくる。
年のころは二十代半ばくらいか。この大陸には珍しい黒髪で、化粧はかなり厚めだ。だが、目は面白がっていることを隠そうともしていない。そういえばガンツの夜街でもこんな女たちが街角に立っていたな。
「あんた名前は?」
「アンヘルだ」
「それ以上寄るな!」
いきなり俺とロジーナの前に魔法剣が振り下ろされた。
「なんなのこの小娘は」
「俺の部下だ」
「別に取って喰おうってわけじゃないし。というか、アンヘル、あんたこの子の思い人なの?」
「な、なんですって」
というセリーナの顔は真っ赤だ。次席指揮官でもまだ年頃だからな。俺を思うとか思わないとかは別の話だが。
「一時とはいえ、同じ舞台に立つ。あまり波風が立つことはするべきではないと思うが」
「へぇ。まるで本物の貴族様みたいな言い方だねぇ。それにスターヴェークのなまりがあるよ。あんた向こうの出身なのかい」
しまった。俺はクレリアから言葉を習ったから、スターヴェークのなまりがでるとエルナに言われていた。こんなところで露呈するとは。
「そういえば、アラン様もスターヴェークの出だっていうじゃない? ならちょうどいいわね。それにあんた、ハンスのもってきたアラン様の姿絵にそっくり。目元とか、鼻筋も通ってるし、髪も……」
ロジーナの言葉が途中で途切れ、目が大きく見開かれた。
「まさか、あんた……。もしかして、いやそんなことあるはずないよね」
「ロジーナ、そろそろ舞台の準備だ。さっさと動かんか!」
「……はぁい」
ロジーナは戸口を出しなに俺をちらりと見てから去っていった。座長はロジーナの振る舞いに何の疑問も抱いていないらしい。
「すみませんね。あの女はちょっとばかり空想癖がありましてね。もういい歳なのに中身は子供なんでさ。ですが演技力はすごいんですよ。まあ勘弁しておくんなさい。まだ小一時間ありますから台本にはしっかりお目通し願います。準備ができたらマルッキオを呼びにやりますので」
「舞台衣装とかはないのか」
「ええ、もうそのままで結構でございます。衣装合わせの時間はありませんので」
アブラーモ座長は、マルッキオとロジーナの後を追って楽屋を出ていった。
『イーリス』
[はい]
『今から視覚共有して台本を読み取るから、俺が舞台の上にあがったらサポートしてくれ。一応、仮想スクリーンに台本を投影するが、劇では盗賊と戦ったりするらしいし、立ち回り中には読み取れないからな』
[アラン艦長は私が軍用AIであることをお忘れではないでしょうか]
『これも俺たちの地位を保つための重要な任務だ。依頼を達成できるよう全力をつくしてくれ』
[了解しました。コンラート号の乗組員の遺品やライブラリに参考になりそうな資料がないか調べます]
『頼む』
『では私はアランが舞台に上がっているときに周囲を警護します。何かの罠かもしれませんし、特にあの女が』
『……わかった』
◇
「アンヘル! もうすぐ開幕だぞ!」
マルッキオが楽屋に顔を出した。服装はさっきの道化師風のものから、ゴタニアで見た商人の衣装に替わっている。この男も出演するらしい。
「わかった。すぐにいく」
「舞台まで案内するぜ」
舞台化粧すらなくいきなり舞台か。台本を読んでいるうちに時間が来てしまった。まあ、いいか。
舞台はまだ幕が上がっていないが、幕間からそっとのぞくとすでに会場はぎっしりと観客で埋まっていた。飲み食いしている者はいないし、穏やかなざわめきがあるだけだ。市民でもそれなりの素養がある身分の者たちだな。
舞台裏に目を移すと、舞台装置はかなりこっていてる。巨大な背景画も場面の展開に合わせて順番に何枚も並べてある。大道具を動かす裏方や端役も含めると、一座の人数は四、五十人はいるだろうか。
[アラン艦長、問題が一つあります]
『なんだ』
[この劇の末尾を飾る王女とのやり取りで、艦長は歌を歌うことになっています]
……よくわからない。これは劇のはずでは。俺の育ったトレーダー星系の惑星ランセルでは歌と劇は全く別のジャンルだ。
[地球の文化圏に似たようなものが存在します]
『俺は歌なんか歌えないぞ』
[対策を検討中……]
舞台から座長の声が聞こえてきた。
「ご来賓の皆様。ようこそいらっしゃいました。わたくしどもアブラーモ一座がお送りする、ごぞんじアラン男爵評判記、ただいまより開演といたします。皆様、盛大な拍手をもってお迎えください!」
おいおい、舞台の前口上が始まってるぞ。すでに舞台の裏方たちもあわただしく動き出している。
「開幕しまーす」
「よし、背景一番をだせ。二番は待機だ」
「よしきた!」
『イーリス! 対策はまだか!』
いつの間にかロジーナがそばにいて、俺の手を握った。
「アンヘル、顔色悪いわよ。あんたは英雄なんだから。それらしくないとダメ。きっとうまくいくから」
いや、歌なんかどうすればいいんだ?
ロジーナはそっと手を放して舞台に出ていく。足取りは女優だけあってしっかりしている。やがて魔石ランプに照らされた中央にある岩の張りぼてにすわった。重そうな幕が緩やかに開いていく。
”ああ、遠く故郷を追われこんなところにまで来てしまったわ。”
『イーリス! 劇が始まったぞ!』