ついに劇は始まってしまった。
”リア”の嘆きのフレーズが終わると、舞台に四人の男たちが現れた。いずれも武装している。……山賊か。
“こんなところに、娘一人とは”
“俺たちも運がいいぜ”
一人の男がロジーナの腕をつかんだ。
“無礼者!”
仮想スクリーンに文字が浮かんだ。
“アランは舞台中央にむかう。セリフは……”
仕方なく俺は前に進む。
“か弱き女性に四人がかりとは世も末だな”
“何者だ!”
“悪漢に名乗る名などない。成敗してくれる”
“なんだと!”
もちろん全部演技だが、男たちは怖い顔をして俺に襲い掛かってきた。俺は仕方なく木剣を抜いた。
男たちの最初の刺突はすべて受けたが、剣速が思ったより早い。腕っぷしも強そうだ。この連中、本業は堅気じゃないな。
『ナノム、加速魔法だ』
通常の二倍速で三秒……。
「あっ!」
「ひっ!」
すべての剣をたたき落とす。男たちは驚愕の表情で動きをとめた。顔に合わず演技がうまいな。同時に観客席から海鳴りのような大きなどよめきが聞こえてくる。……こんなんでいいんだろうか。
“命が惜しくない奴はかかってこい”
“と、とんでもねぇ奴だ”
“逃げろぉ!”
男たちは足音も荒く舞台から去っていった。
ロジーナが俺の前にひざまずいた。
“わが命を救ってくださり感謝いたします。危うく命を落とすこところでした”
“膝をつくことはない。私はただの旅の者。当たり前のことをしたまで”
“いえ、私も多少は剣の心得がございます。剣聖に匹敵する本当に美しい剣さばきでした。”
なるほど、ここは実は高貴な身分であることを示す伏線、というわけだな。
“何やら訳ありで逃げているようだが”
“委細は話せませんが、遠い親戚を頼って旅をしているところでございます”
“ならば危険な道中、途中まで同道いたそう”
“まあ、ありがとうございます。失礼ですがご芳名をうかがっても?”
“俺の名はアラン・コリント。……はるか遠い別の大陸から流れてきた”
名前を言ったとたん、観客席から拍手が聞こえた。
こうして俺と”リア”はタラス村の近くで黒斑(黒いイノシシのハリボテ)を倒し、トールとベックと一緒にゴタニアを目指すことになる。
演じていて気が付いたが、トール役の青年なんかどこから見つけたのか瓜二つだ。時折の会話などもかなり細かい。ハンスのやつ、ベックたちにも聞き取り調査をやったに違いない。
そのあとは悪辣な村役人を倒したり、追っ手を撃退しているうちにとうとうドラゴンに遭遇する。巨大なドラゴンのそばには赤いドラゴンが横たわっていた。これはあのはぐれドラゴンとグローリアだな。ここだけは俺がハンスに話した通りだ。
ドラゴンは巨大な張りぼてだが、高さは七メートルはあるだろうか。はぐれドラゴンと同じく黒く着色されているところもよく似ている。
“アラン!”
“このアラン、命に代えてもそなたをお守り申す!”
俺は言ってるそばから力が抜けるようなセリフを吐き、木剣を握りしめた。
黒ドラゴンの口が開いたかと思うと、いきなり炎を噴き出した。おいおい舞台で火を使うなんて聞いてないぞ!
観客はやんやの大喝采だ。これがこの芝居の山場らしい。ツンと鼻に来る匂いはなんかの揮発油を使ったようだ。
仮想スクリーンの台本をチラ見すると、俺は剣でドラゴンと渡り合う事になっている。
目の前のドラゴンは作り物にしては可動域が広い。長い首が縦横自在に動くだけでなく、胴体も前後する。垂れ幕の後ろで屈強な男たちが何人も縄を引き、胴体を揺らしているのが見えた。
いや、もう観察する余裕はなくなってきたな。というかジョフリーはこんなことを毎回やってたのか。これじゃ体を壊すのも無理はない。気の毒に。
ドラゴンの頭突きと、たまにある火炎をかいくぐりつつ、適当に木剣でドラゴンの胴体をたたく。だが、一向に頭突き攻撃はやまない。いったいいつまで続けるんだ?
バキッ!!
「大変だ!」
「おい、支柱が折れたぞぉ!」
裏方の声が聞こえたかと思うと、巨大なドラゴンが俺と”リア”の上に倒れ掛かってきた。危ないっ! 俺は真っ青になっているロジーナを抱き上げ、飛行魔法を全力展開した。
「「おおっ!」」
ロジーナを抱いたまま、空中で振り返ると舞台にドラゴンの巨体が激突している。
だが観客の視点は俺に集中しているようだ。俺はロジーナを抱いたまま、場内の中空をゆるく一周した。風魔法の強い風が巻き起こり、場内は驚嘆の叫び声で騒然としている。視線を舞台に飛ばすと、男たちが素早く残骸を片付け、背景画の板が次の場面に移動していく。
……これくらいでいいか。
俺が舞台に着陸すると、それまで横たわっていた赤いドラゴンが裏方の引っ張るロープでゆるゆると持ち上がっていく。そして俺の前にひれ伏し恭順の体勢をとった。
なぜか顔を真っ赤にしたロジーナが言った。
“アラン、あなたはいったい何者なの? ドラゴンですらあなたに従うなんて”
“すべて女神ルミナス様の御心のままに、我が剣はそなたと正義のためにある”
俺が絶対言わないようなクサいセリフを仮想スクリーン上で追いつつ読み上げていくうちにシナリオのラストページ記載が目に入ってきた。
“アラン、リアに歌で応える”
『イーリス! まだか!』
[アラン艦長、許可を頂ければ、艦長の体内にあるナノムに直接指示したいのですが]
『許可する!』
突然、ロジーナが大きく息を吸った。
“アラン、私はあなたの本当の姿を知らない。あなたの真の名前を教えてほしい……”
おいおい、歌が始まっちゃったよ。
[ナノムはアラン艦長を長距離走行モードに移行]
[了解]
なんだって? 長距離走行モードはナノムが肺胞の細胞に干渉し、血中の酸素濃度を飛躍的に増大させる。しかし歌と何の関係が?
[声帯筋を改変、筋電位調整により、声帯を強制駆動可能にします]
強制駆動だと? なんか喉奥にひきつるような痛みが……。
[歌詞を艦長の短期記憶領域にアップロード]
いったい何をするつもりだ!!
リア役のロジーナが、切々と悩める乙女の心情を歌い終えた。うっすらと涙さえ浮かべた表情はハッとするほど美しい。これほど役にのめりこめるのも才能だな。だが俺は歌なんか歌えないぞ。ぶち壊してほんとうにすまない。悪いことをしてしまった。
突然、俺の口が意思に反して勝手に動いた。……なんだこれは。
俺の耳に信じられないほどの深く伸びた声が聞こえてくる。その発生源は驚くなかれ俺の喉だ。豊かな声は会場いっぱいに響きわたっていく。
“誰も寝てはならぬ“
“王女よ、あなたも、”
“星を見つめている冷たい部屋で”
“愛と希望に震えている”
“しかし私の真の名は誰も知ることはできない”
“いや、そなたの唇にだけは告げよう”
“陽が輝くとき、私の接吻はあなたを私のものにする”
“夜よ、溶け去れ、星よ、沈め!”
“夜明けに私は勝利するだろう”
“夜明けに私は勝利する!!”
最後のフレーズは最大の声量で、驚愕のあまり絶句している観客たちの頭上に朗々と響きわたり、歌は終わった。
そして……。
奇跡のような深い沈黙が、一瞬で爆発的な歓声によって消し飛び、すさまじい拍手が場内を揺るがしていった。
観客は総立ちになって拍手を送っている。ロジーナは驚愕顔で固まっていた。だが一番驚いているのは俺だ。あの声量が俺の口から出たとは信じられない。ほとんど息継ぎをしなくてすんだのは高速走行モードだからだ。しかも声帯の筋電位コントロールで普段出せない声を強制的に絞りだしている。イーリスのやつ、やりすぎだぞ。
ようやく幕が下りて俺は逃げるように楽屋に降りた。いや危ないところだった。これで三万ギニーは安すぎる。
楽屋では待ち構えていた座長が叫ぶように言った。
「アンヘル様! 素晴らしい歌でした! 歌詞こそ台本と違いますが、これほどの歌は聞いたことがありません。いったいどこで習得されたので?」
「故郷に古くから伝わる歌だ」
急速な声帯改変のせいで喉がめちゃくちゃ痛い。ナノムはすでに修復にかかっているようだが、初回であれだけの声を出せば喉を傷めるのは当然か。
「アンヘル、あんた……すごいよ。こんな歌聴いたことがないよ」
ロジーナが楽屋によろよろと降りてきた。俺も今日初めて聞いたばかりだ。
『イーリス、なんの歌なんだ』
[亡くなった乗組員の個人音楽ファイルにあったものを利用しました。地球文化圏では古くから知られている歌劇です。その代表曲をこの大陸の言葉に翻訳しています]
歌劇……歌と劇を一緒にやるのか。歌に乗せて感情を演技とともにぶつけるとは地球の多様な文化圏ならでは、という気がする。
突然、楽屋のドアがぶち破られるかのように開いたと思うと、冒険者風の男が飛び込んできた。
「おい、今の歌はなんだッ! 俺の台本よりすごいぞ。ジョフリー、お前いつの間に……って誰?」
「ハンス。久しぶりだな」
「久しぶりってお前、おとといの下稽古で一緒……だった……よな?」
みるみるうちにハンスの顔から血の気が引いていく。少しは罪悪感があると見える。
「だいぶ下調べをしたようだが、事実とはかなり違うな」
「ま、まさか……ほっ、本物ぉ!?」
ハンスはいきなり俺に跪いた。
マルッキオがげらげら笑い出した。
「ハンス。また酔っぱらってんのか。こいつはアンヘル。本物の冒険者だ。見つけた俺をほめてもらいたいね」
「バカ野郎っ!! この人は……、このお方は本物のアラン様だっ!」
「「え゛」」
「ああ、やっぱりアラン様だった!」
マルッキオとアブラーモ座長は驚愕の表情でひざまずき、ロジーナは俺の腕にしがみついてきた。
「アランから離れなさい!」
セリーナが離そうとするも離れない。
なんか急にめんどくさくなってきた。だが、ハンスには一言伝えねばならない。
「俺の許可なく伝記を出版、しかも演劇にするとは……」
「お、お許しください! 売り上げの半分、いや八割差し上げます!」
俺が買い上げたこいつの書店の代金は一千万ギニー。生活には困らないどころか庶民なら何十年も暮らしていける額だ。だが、金より創作欲が勝ったらしい。
「金は要らない。だが続編は書くなよ」
「わかりましたっ!」
「アブラーモ座長。成り行きで演ずることになったが、俺にも立場というものがある」
「ははっ。このアブラーモ、貴族様のお立場はわかっております。アラン様にご迷惑かからぬようにいたします。決して口外いたしません」
「ギルドにだけは、俺の名前で達成報告を頼む」
「はっ」
「セリーナ、行くぞ……?」
魔法剣を抜いたセリーナはロジーナをにらんでいる。
『何やってるんだ』
『この女がしつこいもので』
しかたないな。
「ロジーナ」
「はっ、はい!」
「だいじな劇を邪魔して悪かったな。ほんとうに素晴らしい演技だった。今度は観客として見せてもらうぞ」
これくらいは言っておかないとかわいそうだ。
なぜかロジーナは急に目頭を押さえて小さく、はい、と言ったきり、向こうをむいてしまった。よくわからないけど、何とか理解してもらったようだ。
俺とセリーナは裏口から劇場の外に出て、誰にも見つからないように路地裏に入った。王都での最後の仕事が待っている。