惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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クレリア

 大樹海の拠点はすっかり春めいて、居室から見える山頂に残雪が見えるばかりだ。エルナの話では、春の作付けを目当てに種子や農具を売りつけにくる商人も増えたという。明らかにこの街は繁栄へ向かっている。これは一年前の私にはとても想像できなかったし、誰も信じてはいなかっただろう。

 

 アランが王都に旅立ってから三日が過ぎた。シャロンからその話を聞いたときはがっかりしたけれど、

「今回はグローリアも一緒ですし、戦勝報告だけなので大丈夫でしょう」

との言葉を信じることにした。詳しい話はアランが戻ってからにすればいい。

 

 先日、ブレーズ・サンソン卿と辺境伯軍のロベルトとヴァルターを含む志願者一行はスターヴェークへ旅立った。アランは王都での要件を済ませたあと、彼らとルドヴィーク辺境伯の城で合流する計画だという。

 

 アランが解き明かしたギニーアルケミンの謎。スターヴェーク王国が所有していたそれはわが叔父、ルドヴィーク辺境伯の城――今は廃城になっている――に隠されているという。ギニーアルケミンを手に入れれば、スターヴェークの復興、そしてアランの大陸制覇へ向けての動きが本格化する。私も気を引き締めねば。

 

 朝礼拝のあと、午前中はライスター卿のいる兵舎で話を聞いた。傭兵たちの部隊編成について知恵を借りたかったのだ。ほかにも上に立つ者として私には学ばなければならないことがたくさんある。私がアランに秘密を感じるのは、私が知るべきことを知っていないだけなのかもしれない。そういった私の欠落を埋めていけば、やがてアランも私に本当のこと話してくれるに違いない。

 

 ドアをたたく音がした。

「入れ」

ドアを開けてエルナが入ってきた。

「クレリア様、謁見の用意が整いました。客人がすでに待っております」

「すぐに行く。それにしても急な話だな」

「なにか企んでいるのかもしれません。あのギルド長の娘ですから」

「アランではなく、この私に会いに来る理由もわからない」

「念のため、シャロンにも立ち合いを頼みました」

「こういう時は次席指揮官のセリーナの方が適任ではないか」

「セリーナは先日、王都に立ちました。アランに応援が必要になったとかで、ドラゴンが迎えに来たそうです」

 

「応援? アランの身に危険が及んでいるの?」

「シャロンからはそれ以上聞き出せませんでした」

「その話は私が直接聞く。まずは目の前の問題を片付けよう」

「わかりました」

 

セリーナの指揮官としての能力は本物だ。盗賊刈りでの指揮ぶりは私も学ぶべき点が多い。そのセリーナが必要になったというだけで不安が募る。

 

シャロンは拠点の教育者として、アトラス教会のシスターと一緒に実に献身的に働いている。以前、孤児院を見学した際、彼女は子供たちやシスターから絶大な信頼を得ていたのを覚えている。この信頼の獲得というのも、上に立つ者の持つべき特質なのだ。

 

 居室から謁見の間まで行く間、後ろに付き従っていたエルナは黙っていた。いつもなら商業ギルド長の娘にはかなり警戒した言葉が続くのだが。なにか考え事でもしているのだろうか。最近、エルナは考え込んでいることが多いような気がする。

 

 静まり返った廊下を二人で歩いていると急に空虚感が漂う。

アランはここを出発する前に、マルティナとメラニーの二人をガンツに送り返した。メラニーは頑強に抵抗したけれど、アランが拠点に戻り、家令のデニス氏の許可をもらってから連れ戻す約束でしぶしぶガンツに向かった。

 

 査察団の滞在中にガンツのホームから呼び寄せていた使用人たちも返してしまった。今は私とエルナ、そしてシャロンだけだ。定期的にダルシムやロベルトと元傭兵たちの部隊編成の打ち合わせがあるほかは、ただアランの帰りだけを待つ日々。

 

エルナとともに謁見室に入ると、アリスタ嬢とカリナ支店長がすぐさま貴族に対する丁寧な礼を返した。

 

「クレリア様。ガンツに戻ることになりましたので、ご挨拶に参りました」

「ご苦労。ガンツとの商業交流が盛んになるのは望ましいことだ」

「はい。アラン様との鉱山開発の契約は双方にとって大きな富をもたらすことでしょう」

「これからもよろしくたのむ」

「お別れの前に、一つ提案がございます」

「町の繁栄につながることであれば聞こう」

「大樹海の開拓は成功したと、ベルタ全土に延べ伝えてもよいくらいの発展ぶりと思います。そろそろ拠点とか開拓地ではなく、正式に命名されてはいかがでしょう」

 

 それは私も思っていた。でも、この町はアランとアランの協力者たちが作り上げたのだ。だからアランに命名する権利があるはず。

 

「確かに、取引文書でも町の名前は必要だろう。アランには伝えておく」

「ありがとうございます。名前が決まった折には創建祭など手配させていただきます」

「それもアランが決めることだ」

 

 本当に商魂たくましい。前回の大市でよほどもうけがあったのだろう。こんどは町の命名式典で稼ごうという腹づもりか。

 

「では、今後ともごひいき下さいますよう」

 二人はまた深々と頭を下げ、謁見の間から去っていった。

 

 

「商取引の話でもなかったようだ」

「町の名前についてはアランも考えているようですよ」

「シャロンは知っているの?」

「多分、リアに最初に教えると思います」

「だといいのだけれど、最近アランは私に隠し事が多いような気がする。商業ギルドに多額の資産を預けていることも教えてくれなかった」

「ガンツ攻防戦以降、忙しかったのもあると思います」

「ところで、セリーナがアランの応援に向かったのはなぜ?」

 

 シャロンは少し困った顔をした。エルナが私に話すとは思ってなかったらしい。

 

「王都に向かう途中で、応援が必要と考えたようです。それで一匹のドラゴンに命じてセリーナを迎えによこしました」

「アランが危険にさらされているわけではないのね」

「大丈夫です。……では私はこれから孤児院に用があるので」

 シャロンはそそくさと謁見の間を出ていった。

 

 ダルシムとの打ち合わせも昨日したばかりだ。アランが帰ってくるまでにはまだ時間がある。

 

「エルナ、久しぶりに魔法練習でもしよう。査察団が来てからというもの、すっかりご無沙汰してしまった」

「わかりました。では準備いたします」

 

 

 地下の鍛錬場で防具をつけながら考えていた。

 これまでのところアランと二回、模擬戦で戦ったが一度目は勝利を譲ってくれたような気もする。けれど、二度目は完敗した。

 

 私の追尾型フレイムアローもアランの加速魔法には追い付けない。あの魔法はぜひとも習得したいと何度も頼んだのにアランは教えてくれない。私にできない理由でもあるのだろうか。アランはまるで不用意に力を与えることを警戒しているかのようだ。アランに内緒で練習してみたが少しも早く動けない。

通常の魔法以上の何かがそこにあるような気がしてならない。

 

 アランは私に女神ルミナス様の眷属である精霊様の力を与えてくれた。今も精霊様が私とともにおられるのだ。この力を授かってからというもの、傷が治る速さは常人の十倍で聞かないだろう。多くの者が魂を売ってでも手に入れたがるこの力さえ、アランの力には遠く及ばない。アランにも精霊様のご加護があるはずなのだけれど、私のとはレベルが違う。

 

 二人で城館の地下稽古場に続く階段を下りていく。靴音がなんとなく寂しく響く。城館に人の気配がないのは寂しいものだ。もちろんそんなことは顔に出さない。もう子供ではないのだから。

 

私のコリント流剣技の習得も頭打ちなのに、このごろはアランは私に剣技の指導を施す回数が減っている。ある時などは技の名前を言わなくていいとまで言った。コリント流の技の中には技名を叫びながら剣をふるうものもあって、とても面白いのだが、アランはすごく嫌そうだった。あるときなど手で自分の耳を覆っていたくらいだ。

 

 たぶん、その技名を口に出すほどには私の技術が追い付いていないからだ。アランの舞いのように美しく、激しい剣技にくらべて、私の動きがあまりにも見苦しかったのだろう。今後は堂々と技名を大声で言っても恥ずかしくないように修練せねば……。

 

 それとも発音がおかしかったのだろうか。アランの大陸の言葉を覚えてみたい。これもずっと以前からアランに言っているのだけど……。

 

 稽古に使う胴着の上に皮鎧をつけていると、エルナが言った。

 

「クレリア様。今日は魔法と剣技どちらになさいますか」

「そうだな。今日は剣技と魔法の両方の相手をたのむ。エルナもコリント流で受けてくれ」

「アランの代役、ですね」

 

 エルナはすぐに私の気持ちを汲み取ってくれた。いつもながらエルナの気配りは素晴らしい。

 エルナはコリント流を学び始めてからは、近衛や辺境伯軍の中にもかなう者はいない。しかも剣を依り代にしてウインドカッターを放つ技を作り上げた。だからアランの代役にはちょうどいい。シャロン相手では私の新しい技はすぐに感づかれてアランに報告されるかもしれないし。

 

 エルナと稽古場の中央で向かい合った。

「では行くぞ」

「お手柔らかに」

 と言うエルナは余裕の笑みだ。

「コリント流に少し改良を加えた技があるのだが」

「喜んでお受けします」

 

 コリント流のメテオ・ストリーム、ファイナル・ブレード、サンダー・ボムなどは刺突の多いとても攻撃的な技だ。私はこの技でゴタニアの冒険者ギルドの剣士を一撃で倒したことがある。にもかかわらず、エルナは流麗な剣さばきで私のすべての突きをかわしていく。

 

 久しぶりに流す汗が心地よい。次第に筋肉がほぐれてきたのか、剣速が上がっていく。私はいったん引いて距離を置いてから大上段に構えをとった。コリント流最大の決め技、ジャスティス・ジャッジメント。かつてセリーナが盗賊の首領を一刀両断にしてしたという大技だ。

 

 振り下ろすと同時に、無詠唱でフレイムアローを同時展開する。エルナから見れば木剣の振り下ろしと同時にフレイムアローの群れが降ってくるように見えるはず。

 

 ……エルナの姿が消えた。

 

 私の木剣が床にぶつかって乾いた音ともに折れ、フレイムアローが火花を上げながら床に着弾した。

「これは……?」

 

 鍛錬場の入口にエルナが倒れていた。ここから跳躍した? 十メートル以上あるのに?

 エルナの足があり得ない向きにねじ曲がっている。急激に移動して足が折れるなんてことある?

 

「エルナ!!」

 駆け寄った私の腕の中で、エルナがゆっくり目を閉じて動きを止めた。

 

 

 

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