「セリーナはドラゴンとともに拠点に戻れ。俺は偵察ドローンでここから直帰する。それとすまないが、ヘリング士爵には挨拶もせず出立した非礼を詫びておいてくれ」
「了解」
『ディー・テンとイレブンはハッチを開放しろ』
頭上の一点に開口部が見えた。機体はステルス化しているからそこだけ夜空に輝いて見える。
セリーナが乗り込み、ヘリング士爵邸へ飛び去って行く。俺も飛行魔法を展開し、ディー・テンに乗り込んだ。
『拠点に全速で移動』
[了解]
狭い格納室で俺はイーリスを呼び出した。
『イーリス、容態は』
[現在、体内のナノムと交信中です]
『ビット映像をもう一度見せてくれ』
格納室の隔壁にかぶさるように仮想スクリーンが映像を映し出した。
映像はクレリアとエルナの模擬戦が始まって数分後というところか。クレリアの刺突を難なくかわし続けるエルナ。次いで少し距離を開けたクレリアが大きく剣を振りかざした瞬間、四つのフレイムアローがクレリアの頭上に出現した。
『エルナを拡大、再生速度を五分の一に』
[了解]
フレイムアローの速度は剣速よりわずかに早い。それまで余裕でクレリアの剣戟をさばいていたエルナは、フレイムアロー現れた瞬間、退避行動をとろうと体と剣の向きを変え、右足を大きく前に出し、ダッシュしようとして……姿が消えた。
稽古場の入り口付近に倒れ伏したエルナの姿と、剣を取り落として駆け寄るクレリアの姿が続いた。
「再生を止めろ」
明らかに加速魔法だ。フレイムアローを回避しようとして全力で使って失敗したらしい。加速魔法はまだエルナに教えていない。ナノムを投与してからというもの、エルナは毎日のように稽古場で適応訓練をしていた。研究熱心なエルナは俺の加速魔法を見よう見まねでやっていたんだな。
エルナのさらに高みを目指したいという気持ちは痛いほどわかる。これはバグスの映像を見せた俺の責任だ。これほど思い詰めて修業を重ねていたとは。
だが、この魔法は加速だけでなく、高度な治癒魔法の技術が必要だ。治癒と加速の並行処理は俺でもたまに失敗することがある。
『イーリス、容体は』
仮想スクリーンに人体モデルが投影され、損傷部位が着色されている。
[右大腿四頭筋断裂、両大腿骨頭損傷、腰骨複雑骨折。現在意識不明……]
全力で加速したな。急激な加速に下半身が耐えられなかったようだ。俺も加速魔法でかなり怪我をしたが、これほどではなかった。
[ナノムの記録では、エルナは意識を失う直前、ナノムでシャロンに助けを求めたようです。駆け付けたシャロンにより治療中です]
エルナにはナノム、というか精霊様の力を使った魔法はクレリアの前で使わないように言い含めておけばよかった。ナノムと治癒魔法を併用すれば体は元に戻るだろうが、心の傷はまた別問題だ。とくにエルナは思い込みが強いからな。秘密裏に加速魔法の鍛錬を行い、それが大事故で露呈となると間違いなく自責の念に駆られることだろう。
もう一つの問題は……。
俺の加速魔法はクレリアもずっと前から習得したがっていた。これではクレリアが心底望んでいるのに、俺がエルナだけに教えたように見えるはず。クレリアにはバグスの情報を与えるにはまだ心の強さが足りない。あのときは戦士としての教育を受けたエルナですら取り乱していた。
どうやってクレリアに説明するか。いろいろ案を考えてみたが、あっという間に搭乗時間が尽きようとしている。眼下にはもう城塞都市ガンツの灯火が見えはじめていた。
◇
結局、何の解決策も思いつかないまま、到着してしまった。
着陸場兼用の中庭から城館へ入った。一歩足を踏み入れてすぐに探知魔法を展開すると、エルナの居室に三つの輝点がスクリーンに浮かんだ。クレリアとエルナ、そしてシャロンだ。
『シャロン、状況を報告』
『現在、打撲個所の炎症うっ血は治療済みです。主要な骨折箇所は患部固定の上、ナノムに治療を任せています。そのほかの軽傷は治癒魔法で処置しました。意識はまだ戻りません』
意識が戻らないのはおそらく魔力切れだろう。体内にある魔素のエネルギーをすべて加速に使い切ってしまったんだな。そんな初歩的なミスをエルナがやるとは信じがたい。
魔素そのもの転送する魔法はまだシャロンに教えていない。俺が処置するしかないな。魔力が枯渇したブレーズに使って成功したからエルナでも大丈夫だろう。
ドアをノックして中に入る。
「アラン!」
驚愕の表情でクレリアが立ち上がった。目元が赤く、ついさっきまで涙をこぼしていたのがわかる。
「遅くなってすまなかった。王都では裁判にかけられて、手間取ってしまった」
「裁判? ……それはあとで聞くわ。それよりエルナが」
エルナは青ざめた顔でベッドに横たわっていた。傍らにいるシャロンがエルナの汗を拭いてやっている。
「状況を詳しく教えてくれないか。俺にできることがあるかもしれない」
クレリアは一瞬口を開きかけて、そのまま黙った。じっと俺の方を見つめている。
「なぜ、今なの? なぜエルナが倒れた今、戻ってこれたの」
「王都での用が済ませてすぐに戻ってきたんだ。こんなことになっているとは知らなかった」
「あの魔法はアランしか使えない加速魔法だった。なぜエルナが使えるの?」
「見よう見まねでやったんだろう。接近戦では優位に立てるし、剣士としてどうしても習得したかったんだと思う」
「私もずっと練習していたわ。……でも全然できなかった」
エルナがしているなら当然そうなるか。ここらへんでもうはっきり言っておくべきだな。
「クレリアが習得する必要はない」
「なぜ?」
「では聞くが、王宮魔術師は何のためにいる? 近衛の剣技と魔法は何のためにあるんだ? 王国の、ひいては国王のためだろう。スターヴェークでは国王自ら魔法を使って戦いに出たりするのかい? 違うだろ。クレリアはこれから政治の表舞台に立つことになる。それに比べれば、魔法も剣技も雑事でしかない。これからはほかの者に任せるんだ」
クレリアの目が俺をまっすぐに見つめ、唇が引き締まった。う、これは爆発寸前だな。クレリアが山ほどある質問口撃の材料からどれを選ぶか考えているときの表情だ。
「その理屈だと、アランが魔法を使う必要はないわよね。アランは拠点の代表だし、領主でもある。アランはなぜ魔法を使うの?」
表情の欠落した顔でクレリアは言った。急に爆発しないだけでもかなりの進歩だが、背筋に寒気が走る。まるで暗黒星雲の中で宇宙機雷を手探りで回避するような感じだ。わずかな操舵ミスで触雷してすべてが終わる。
「俺の目的を達成するのに一番適しているからだよ。俺の代わりに俺と同じように力を行使できる者はいない。クレリアのように近衛や王宮魔術師がいるわけじゃないんだ」
「わたしだって、もっと強くなれる! アランが私にもっと教えてくれれば!」
「だめだ。クレリアはスターヴェーク王家の生き残りとして、なにより大切なことがあるだろう。それを忘れているんじゃないか」
クレリアがスターヴェークを奪還するためには、人々の信頼を集め、それを一つまとめ上げることだ。国は一人では成り立たない。多くの人々を統率する力が必要なのだ。
クレリアはじっと何かを思いめぐらせているのだろう。俺を見つめたまま黙っていた。と、急に顔が真っ赤になった。
「も、もしかして……王統の継続のこと? つまり私と……」
え。何を言っているんだ?
「こんなところで言うことかしら? もっと改まった場所でいうべきことでしょう」
急にむくれたように俺を睨んだ。いやいや何を言っているのかさっぱりわからないんだが。
クレリアはすっと向きを変えてドアに向かった。
「アラン、裁判の話は明日じっくり聞かせてもらう。いまは少し考えをまとめたいから。……シャロン、エルナの治療をありがとう」
俺が振り返るとシャロンが急に顔を引き締めた。笑ってた……のか?
「シャロン、何がおかしい」
「いえ、何でもありません」
ベッドに近づいてエルナを見る。
「熱があるみたいだな」
「体温には異常はありませんが」
やはり魔力の枯渇だろうな。俺は魔石をひとつポケットから取り出し、左手に握って、右手はエルナの額に当てた。
『ナノム、魔素の転送魔法の用意だ。転送ロスはライトで放出』
[了解]