エルナの治療が終わって、俺は執務室で航宙軍幹部会を開くことにした。
俺とセリーナ、シャロン、イーリスは久々にARモードで一堂に会した。セリーナはまだグローリアに乗って移動中だが問題はない。ドラゴンには夜間の移動を命じているから騎乗した姿を地上から目撃されることはないだろう。シャロンは自室からだ。
『今回の作戦の成果を全員に共有したい。……イーリス』
イーリスの立体映像の横にはセリース大陸の地図が浮かんでいる。
[ベルタ王国におけるアラン艦長の地位は開拓者兼、護国卿という名目上のものから、ベルタ国王の命により、正式に辺境伯となりました。領地はこの拠点及び城塞都市ガンツ領です。これらの成果から見て、今回のミッションはおおむね成功と言ってよいでしょう]
『イーリスの具申通り、途中からプランを変えたのが奏功したな。思えばこの事態のセンターピンはバールケだけだった。その除去に成功したとたん、いい方向に進んだ』
[セシリオ王宮内のビット情報からは、ルージ王太子は敗走した国軍の再建に成功したものの、将校たちの抵抗により当面の戦争継続は不可能です。このまま我が方の傘下となるのは確実です。和平交渉と資源の供給は早急に行うべきかと]
近いうちにセシリオ王都に行くべきだな。向こうは事実上、賠償金なしでベルタ王国の反撃を回避できる。俺の和平工作はうまくいくはずだ。
制服姿のシャロンが言った。
『でも、スターヴェーク奪還に必要な兵力は辺境伯軍と元傭兵だけでは足りません』
[辺境伯は辺境域における戦いにおいて独自の用兵が認められています。”辺境”をベルタ-アロイス国境付近と拡大解釈すれば、周辺貴族からの兵の徴募や国軍の用兵も可能でしょう]
『スターヴェーク奪還は、アラム聖国への工作とブレーズの抵抗組織の活動でロートリンゲンの体制を弱体化させてからだ。大軍は必要ない』
イーリスと一緒に投影されていた地図が着色されていく。
[赤が我が方の影響力を、青がアラム聖国の影響圏です]
地図上では、大樹海全域とガンツが濃い赤で、セシリオがやや薄い赤だ。正式に和平交渉を結べばセシリオ王国は完全に色は同じになる。ベルタ王国はピンク色だ。隣接するアロイス王国から南のアラム聖国にいたるルート上の村々はほとんどが青く塗りつぶされている。
『アラム聖国の偵察が必要だな。上空からの情報には限界がある』
『エルヴィンの配下にまかせましょう』
『いや、時間がかかりすぎる。我々に残された時間は三週間だ。往復で二か月では話にならない。……俺が行く』
『だめです! 危険すぎます』
『もし行くなら私も同行します』
『セリーナ! 抜け駆け禁止よ!』
いつものやり取りが始まってしまった。電子的な情報収集には限界がある。相手がバグスならともかく、相手は人間だ。対人情報収集は欠かせない。
『イーリス、アラム聖国の商慣行について教えてくれ』
[アラム聖国は優秀な農業政策により、他国に依存する物資がないため、国民は豊かです。商業は海路ではデグリート海洋王国との貿易が、陸路ではアロイス王国(旧スターヴェーク)との国境にある町、ボーグシュタットのみで他国との貿易を行っています。他国の者が国内に許可なく滞在することは認められていません]
『アラム聖国にも商業ギルドがあるのか』
[同様な組織は存在しますが、他国との交流は少ないようです]
商業ギルドの利用も期待できないな。退魔香の香木を奪取した時も、護衛は他国の商業ギルドとは敵対しているようなことを言っていた。国民が豊かなら商人として潜入するときにはそれなりの売り物が必要だな。
『バグスならともかく、相手は人間だからな。現地で直接見聞きした情報の価値は高い。俺も航宙軍の情報小隊で一次情報の重要性を叩きこまれたよ』
[最高指揮官が敵地に単独で潜入するのは軍紀の上でも不適当です]
『偵察ドローンだとアラム聖国まで片道二時間もかからない。現地滞在はこの惑星時間の一日未満にする。まあ、日帰り偵察だな。これならクレリアに長いこと留守番させなくて済む』
[安全確保のため、偵察ドローン三機で直掩します。補佐のためシャロンを同行させてください]
『わかった』
ちょっと行ってアラム聖国の拠点を偵察して帰ってくるだけだ。もとより俺はこの城館での領主としての仕事が山積している。あまり長い旅には出ていられない。
『セリーナには拠点でしてもらうことがある。次席指揮官として重要な任務だ』
『食料増産より重要なことでしょうか』
『それも重要だが、大陸制覇という目的には俺たち三人だけではすでに限界が近い。つまり戦力の増強が必要だ。俺は現地人による特殊コマンド部隊の育成、実戦践投入を考えている』
『兵の選抜、育成をすべて私の裁量で行ってもよいのですね』
『もちろんだ。兵の選抜に当たっては俺に代わりダルシムと調整をとってもらいたい』
『わかりました。最強の部隊を作成して見せます!』
シャロンが俺と同行するのを聞いてつまらなそうな顔をしていたセリーナが、いきなりやる気を見せてきた。セリーナには次席指揮官としてこれからも仕事を任せていこう。
『条件としては近衛、辺境伯軍、エルヴィンの配下から希望者を募り、知力、体力、そして魔法能力もあったほうがいいな。これらは我が航宙軍傘下の準軍事組織として科学技術を限定的に解除する』
『たとえば、動作機構などの説明をせずにハンドガンなどを魔道具の一種、という名目で与えるのですね』
『そうだ。ナノム投与以外でできる限りの装備の質を上げていく。そのレベルはイーリスと相談しながら立案してくれ。これは今後の航宙軍の増強につながるとても重要な仕事だ。まかせたぞ』
これでセリーナの指揮官としての経験値も上がるし、優秀な部隊が育成されるだろう。
『イーリス、アラム聖国の偵察ミッションを立案』
[アロイス王国方面から冒険者あるいは商人として国境の町ボーグシュタットに潜入、周辺情報を確保します。その上で、アラム聖国王都を目指ざすのがよいでしょう]
『商業ギルド証もあるし、取引で訪れた形にするのが自然だな。俺の言葉にはスターヴェークの訛りがあるから問題はない』
[スターヴェーク商人の衣装などを地下工場で製作します。こちらが標準的な衣装となります。職業は商人、富裕な市民層を想定しています]
仮想スクリーンにはこの辺りの衣装よりずっと軽装の衣服が表示されている。男女ともにシンプルで動きやすそうだ。
[衣料は植物の繊維で作られており、風通しがよく、毛織物の多い当地の衣料とは一線を画しています]
『布はサイラス商会に頼んで取り寄せよう』
[取り扱う商品はいかがいたしますか]
仮にも商人なら売り物を持っていくべきだ。
『シャロンも同行するし、化粧品一択だな。万能調味料なんかもかさばらなくていいんじゃないか』
王都魔術ギルド長の話では、アラム聖国では魔法が禁忌とされている。だから温風器などの魔石を使った商品はダメだ。
[なお、アラム聖国内では未婚の男女がともに旅行することは認められていません]
『兄弟ってことにする』
[商業ギルド証を持っているのはアランだけですので、シャロンは商人として同行できません]
『じゃ、どうすりゃいい? 』
[アラム聖国では夫がギルド証を持参すれば妻は商業に従事できます]
『じゃ、夫婦でいいか』
『ふ、夫婦……シャロンとアランが夫婦!?』
『ただの変装だから! 任務だから!』
もう少し情報が必要だな。途中でゴタニアの町に降りて、タルス商会のヨーナスさんからも情報を得よう。ここよりずっとアロイス王国に近いからな。